――仕掛けがほしい、ということですか。
糸川洋氏: そうですね。アプリ版が発売されるやいなやもの凄くウケて、今でも大変好評です。ところが今度の『マーカス・チャウンの太陽系図鑑』の場合、逆なんですね。著者であるマーカス・チャウンが話を持ちかけられたのは、iPadアプリの原稿を作ってくれということでした。彼は、『俺が図鑑を書いたらどんな図鑑が出来るのかを見せてやる』という意気込みだったんです。だから一番最初の出だしが図鑑にはあり得ないような、夏目漱石の草枕みたいなものになってる(笑)それは彼自身がSF小説を書いたり、文学も大好きで、村上春樹も大好きというバックグラウンドもあるからなんですね。通常の図鑑とちょっと違いますね。だから僕は、改めて本として読んだ時に、ちゃんと物語として成立しているのはやっぱり凄いなと思いましたね。
――ただ情報を得るための図鑑ではなく、また子ども達が読んでも、大人たちが読んでも楽しめる物語のような図鑑なんですね。ワクワクしますね。
糸川洋氏: 普通の図鑑とはひと味もふた味も違うと思っている。掲載された情報、星にまつわるエピソード、人間が中心なんですよね。
糸川洋氏: ああ。あと例の小惑星イトカワも載っている(笑)
――最近見ました。渋谷に復活したプラネタリウムで上映されていたのが小惑星イトカワを扱った物語でした。
糸川洋氏: 昔ね、僕が子どもの頃ですけど、伯父が盛んにロケットをやっていたときに、『なぜロケットを開発するの?』と、聞いた事があるんですね。何のためなのか。そうしたらもの凄くはっきり答えてくれたんです。『地球はいつまでももたないよ。やがて太陽はどんどんどんどん大きくなって、地球に住めなくなるから、その時に必ず脱出しないといけない。もしその時までに人類が生きていれば。だからロケットは必要なんだ』って。ああ、そうなんだと(笑)。今考えれば、太陽が赤色巨星になるという話なんだけど、子どもの頃は太陽が大きくなるとかってピンと来ないじゃないですか。だって、『燃えている物はやがてしぼんで暗くなるんじゃないの?』と思っていましたから。それから、やはり子供のころ、ロケットっていうのはビューっと火が出て、地面を蹴って、空気中だと空気の抵抗があって飛んでいく。だけど真空だと何も押す物がない、抵抗がないから進まないんじゃないかと考えていました。『どうやってその真空中をロケットが上に行くのか』その疑問にも、図を書いてわかりやすく教えてくれたんです。『ロケットがあって、燃焼室というのがあって…、四角い箱みたいなものの中で火薬がこうやって爆発するんだ。爆発する力は上にも向いて、その上に向いた力が燃焼室の天井を押すから飛ぶんだ』と。なるほどねって、一発で疑問が解けましたよ。(笑)
――そんな貴重な話を間近で聞ける環境にあれば、科学に興味を持たざるを得ないですよね。
糸川洋氏: そうですね。ところで、この爆笑問題の太田光さんが帯で推薦してくれている『僕らは星のかけら』。12年前の本でもうとっくに絶版になってもおかしくないんですよ。でも人気があるんですよね、この本は、すごくいい本。で、この本がきっかけで著者のマーカス・チャウンと縁ができて、その次が今回のiPadアプリ『マーカス・チャウンの太陽系』の翻訳、それから紙の書籍版の太陽系図鑑へとつながったわけです。だから書籍からアプリ、アプリからまた書籍に帰ったということです。
――紙の本での出会いが、大ヒットアプリの翻訳につながり、また紙の書籍の翻訳もするという…面白い体験ですね。
糸川洋氏: いやぁ、本当に面白い体験。だから電子媒体、紙媒体どっちかを否定されても、『そんな…両方大事でしょ』としか言えないですよね。それと書籍版『マーカス・チャウンの太陽系図鑑』の場合、どの写真を取り上げてダイナミックに見せるか、というところにも注目していただきたいですね。iPadだと画面一杯広げれば全部同じ大きさなんですよね。そこでやっぱりデザインと編集力が出てくると思います。編集者とデザイナーの腕の見せ所ですね。
――図鑑独特の紙の質、香りもすごくいいですね。(笑)
糸川洋氏: そう、だからこれを見ると、紙も電子(アプリ)版も両方いいなって思います。『電子書籍だ、いや紙の書籍だ』と言っている人には、この両方を見てほしいですよね。あと紙の本の特性を挙げるなら、ぱっと色々な物が目に入ってくるという一覧性ですよね。これはなかなか電子書籍では味わえないな。
――そうですよね。このパラパラとめくる感覚もいいですよね。でもなにしろ匂いがいいです。(笑)
糸川洋氏: それも紙の大事な部分ですね。(笑)とにかくお互いが補完し合って、時代に合わせて進化したほうが断然いいですよね。
このあとも、取材場所である『カフェ・エフェメラ(Café Ephemera)』店内で、美味しい食事をいただきながら歓談させていただいた。
(聞き手:沖中幸太郎)
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