なぜ、今の時代はクリエイターが育たないのか
――昔と今を比べて、先生の所に来る若い人も含めて、何か時代として変わったなあというのは?
小池一夫氏: やっぱりネットでしょ。僕はCG使って書くのが嫌いで、全部手書きでやる漫画家が好きですけれど、流れには逆らえないんですよね。CGを使った方が、線は太いし、早くできますけれどね。僕もインターネットの世界も詳しいし、それで日本中がBitWayと2Dfacto、それからAmazonが来ているという状況の中で、この日本も守らなければいけないと。それでTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が敷かれて、日本が加入するでしょ。そうすれば当然大変なことになる。こういった観点から、弟子達に教えるキャラクター新論の後半は、全部ネットになっているわけですよ。
『ドラゴンクエスト』の堀井雄二も僕の弟子です。今度『ドラクエ10』が出たんですけど、今までは個体のゲームでしたから、本と同じで、1個買えばそれにお金を払えば良かった。これがソーシャルでオンラインのゲームになると、課金する方法がなくなる。どうやってそのゲームをやった人達からお金を取るかと。コンプリートガチャみたいにアイテムをガチャガチャガチャって買うたびに300円増えていくならいいけれども、そういうこともできないでしょうしね(笑)。これをどうするのかという問題で、『ファイナルファンタジー』が先に発売したけれどどうだったのかな!?だからスクエア・エニックスは大変だろうなと。『ドラクエ10』を発売する前に、また1、2巻別の物を出してみて様子を見ていたような状態じゃないんですかね。ゲームの世界も大変です。
でも、一番の問題はこれから日本が加入しようとしているTPPですね。現在カナダとメキシコがTPPに加入しているわけですけれど、ここで作られるコンテンツは必ず英文で書かなくてはいけないんです。そして、揉め事が起こった時にはアメリカの連邦裁判所で裁かれなくてはいけない。
――ある意味、治外法権を認めているようなものですよね。
小池一夫氏: そうなれば、絶対に勝てないでしょ。自国の利益という事を考えたら、日本の著作権が著しく強い物であっても、アメリカの裁判所が「いや、これはアメリカの勝ち」と言ってしまったら、それまでです。いつもそうじゃないですか、ソニーだろうが日立だろうが東芝だろうが、日本がアメリカから賠償金取られているでしょ。そしていつの間にか、日本が技術を盗作したような具合になって、向こうで裁かれて何百億って払っている、それと同じようなことが起きるわけですよね。
5年後、中国のコンテンツ市場が台頭してくるはず
――カルチャー・コンテンツは、日本の数少ない財産の1つですよね。もはや資源のようなものですよ。
小池一夫氏: 2002年に小泉首相(当時)が内閣官房の下に、知的財産対策戦略本部(知財)というのを作ったの。その後小泉さんはすぐ辞めちゃったの。初代の座長は荒井久光さん、この方もすぐ辞めちゃったんですよ。今、知財は外務省の下にあって、機能としては「何もしていない」のと一緒ですね。それを経済産業省が何だかんだ騒ぐ、文部科学省が「知的財産だ」「コンテンツだ」と言って騒ぐ。それと官房長官も文科省のトップですからこれも騒ぐと。ごちゃごちゃやっているだけで、実際知財に対して何の援助も与えていない。映画の世界には50億円くらいの援助金が国から出ているんですが、漫画やアニメ、ゲームの世界には何も補助金がない。
漫画の世界では僕、小池一夫。音楽の世界では谷村新司とかいっぱいいると思いますけれど、中国から引っ張られて、向こうの学校で教えると。現に僕がやっていますからね。谷村も中国へ行ってやっている。素晴らしい音楽を作る生徒達がどんどん出てくる。漫画も同じように今みたいな新理論で中国へ行って教えて、アニメとゲームと漫画のノウハウを教えると。そうすると、中国からどんどん良い生徒たちが出てきますよね。
――熱心な生徒たちが多いんですね。でも、なぜそんなに中国ではコンテンツを育てることを推奨しているんでしょうか。
小池一夫氏: いま、中国は「千人計画」というのを敷いてます。今までの中国はGDPが10%の成長率だったのが、ガーッと7.8%まで落ち込んだんですよ。それで、経済政策を知的財産コンテンツに切り替えたんですよ。中国は何兆円という予算を組んで、深圳(しんせん)香港みたいな経済コンテンツ特区みたいなものを作り出したんです。その1つが蘇州の寧波(ねいは)にある128区という特区ですね。そこへ莫大なお金を掛けて大学を作る、いろんな設備を作る、それで僕らを招へいするわけですね。それで小池一夫1人を連れて行く。ところが僕の後ろにぞろぞろっと、日本の有名な漫画家や原作者、いっぱい弟子がいるわけでしょ? 僕1人行けば10人連れて行ったと同じ事になっちゃう。「来い」って俺が呼ぶでしょうからね。さすが中国ですよね、そこまで考えているんだから。
――なるほど、戦略的ですね。
小池一夫氏: 僕はしょっちゅう呼ばれる。しかもそれを外務省は「どうぞ行ってらっしゃい」と。「日中国交回復40周年記念イベント1号だから、先生行ってください」と。それって、尖閣諸島を「どうぞ」と中国に捧げてるのに、匹敵するでしょ。ぞろぞろと弟子を連れて知財が出ていく。知財を中国にプレゼントしているようなものじゃないですか。日本の漫画とアニメとゲームがかつて年間14兆7千億稼いだんですよ。経済白書に出てるじゃないですか、デジタルコンテンツ白書にね。ピカチュウ1個で3兆円、これは日本の鉄鋼業売上げと一緒ですね。
日本は基本的に何もしないんですよ。何を育てようともしない。今や、文化を育てているのは大学であり専門学校であり、そういう人達がメディアミックスの情報学部というのを作り、漫画学科を作り、一生懸命やっているじゃないですか。この大学や専門学校にも補助金も何もいかないから、日本はいったい何をしているのかと。消費税10%になって、15兆円あったとして、漫画も同じなんですよ。だから何を見ているんだという(笑)。僕はあちこちでそのことを喋って講演していますけれど、どうしても政府の耳に届かない。今もコミックコンベンションがサンディエゴで開かれていて10万人くらいの人が集まっていますけれども、日本の漫画がいっぱい入っていますね。このあとはフランスのジャパンエキスポが開かれる。役人も政治家も見て行ったらいいと思う。どのくらいの人が集まって金を落としていくかね。
中国人の文化に根付く「4大コンテンツ」を、解体することからはじめました
――政治をする人の頭が、古臭いまま現状を見れていないと。
小池一夫氏: 古いというよりも、漫画とか小説・アニメ・ゲーム、いろんな知財を一体どう見ているのかという問題なんですね。いったい彼らは、僕らが中国へ行っているということをはどう見ているんですかね。中国は「もうディズニーとかは嫌だ」「何か言えば非難される」と。だったら自分達で作ろうというのが、さきほどお話した「千人計画」ですよ。だから音楽のヘッドや、漫画のヘッド。そして、アニメのヘッドなどマンハントして、「千人計画」を遂行しているわけですよ。128区という区を作って、日本の150社のアニメやゲーム会社を招致すると。もちろん家賃も地代もタダ。その代わり、そこでいろんなものを作ってそれを中国製にしてもらうと。だからゾロゾロ行くんじゃないですか。このままだと、どんどん日本は衰えて行っちゃうでしょうね。
――先生ご自身が中国へ行こうと思った決め手は何でしたか。
小池一夫氏: 日本がやらないから中国へ行っているだけですよ。日本がやってくれて、日本漫画大学でも作ってくれて、そこへ僕らをみんな集めて知財の研究をしろとか、大学院も作ってくれてやろうとかあるのなら、日本にいます。それにしても、1つのメディアでも何でもいいですけれど。今15兆円稼ぐメディアなんてないですよ。
――1つの産業とかではなくて、大きな基幹産業ですよね。
小池一夫氏: そうです。だから地方にも出ていく。若い人達に援助を与えて、感性のいい人を漫画家に育てたいね。
僕はが中国に行って中国の学生たちを前にして「君たちは4つのコンテンツに支配されている」と言っているんです。それは、『三国志』と『西遊記』と『水滸伝』と『金瓶梅』。彼らはこの4つしか頭にないんだね。小学生の頃からこの4つを叩き込まれるわけですよ。だから中国は何を作っても孫悟空になるし、何を作っても関羽になるんですよ。
つまり、キャラクターが全部そこに似てくるんです。でも、それじゃダメだと。そこから『まどか☆マギカ』は生まれないと。中国はやっと、僕の教え方が正しいというのが分かってきたわけで、京劇がアニメの延長線上にあるんじゃないよと。つまり、京劇は忘れましょう、4つの物語は忘れましょう、仏様は忘れましょう、三国志は忘れましょう、と言っているわけですね(笑)。
――その「4つのコンテンツを忘れましょう」と言ったとき、どうでしたか。中国の方々の最初の反応は。
小池一夫氏: いやいや、反応はすごかったですよ。何か書かせると全部関羽か張飛になっちゃうし、西遊記になっちゃうし沙悟浄になっちゃう。それに似てくるんですな。よっぽど小さい時からそれが染み込んでいるんでしょうね。
――自分達が見るコンテンツが少なかったということでしょうか。
小池一夫氏: そもそも、中国にはオリジナルコンテンツがほとんどないんですよ。優秀なクリエイター達がいながら、パンダというものがいるんだから、それをドーンと押し出してキャラクター化すればいいのに。なぜか、ミッキーマウス使っているでしょ?だから最初に「あんたらバカじゃないの? パンダがいっぱいいるじゃないか」って言ってたの。何で世界一のキャラクターを持っていながら、それをキャラクター化して面白くやらないんだと言ったら、みんな笑ってて「あー!」なんて言ってましたよ。
――本当に「灯台下暗し」という感じですね。
小池一夫氏: 向こうも教える人がいないから、何が何だか訳がわからないんでしょうね。
著書一覧『 小池一夫 』