ユーザーが何を求めているか、常にふかんして見なくてはいけない
戸田覚氏: 電子書籍のリーダーがいっぱい出てきましたけど、それを見ていても、その製品単体の良し悪ししか分からない。もっと大事なのは、読者というかユーザーが何を求めているかという事を俯瞰(ふかん)しなくてはいけなくて、そのために情報を集める必要があるんです。大事なのは点よりも、面を見る事です。例えば、アップルが新製品を出した、それが売れるかどうかというのは、その新製品を見ていても分からない。全体を見て、他がこういう風に出している、こういうものを出している。ユーザーが今までこんな体験をしてきた。新しくこんな体験をするとウケる、ではこの製品は売れるなと判断する。その時に記事でどう伝えようという時に、「今度の新製品は何がいい」と書くよりも、「あなたの体験はこう変わるよ、今までやってきたのはこんな事で新しい製品だとこんな事ができるから、この製品を買った方がいいよ」、という記事を僕は作っていく訳ですね。だからそこが多分、普通の人とちょっと視点が違うと思います。
――確かにそうですね。
戸田覚氏: あまりテクノロジーを重視していないというか。例えばね、今日も週刊誌が、この後、電子書籍の取材に来るんです。今度Koboが出ました、AmazonもKindleを出します、iPadももしかすると今週発表になりますと言っているんですが…良く考えると、プア(貧しい)だと思いませんか?…というのは、既に我々はウェブページでリッチなテキストなり写真なり、下手すると動画まで見てる訳でしょう? それを電子書籍リーダーを使う事になって得られる情報は、ウェブの情報よりプアなんですよ。では何故電子書籍という形が必要かというと、本という古い媒体にとらわれた商習慣なり、流通なり、利益なり、フォーマットなり、まあありとあらゆるものが本だったからですよ。でも我々は既に本と同じもの、もしくはそれ以上のものをウェブブラウザーで見ているのに、なんで今更電子書籍リーダーとか訳の分からない事を言うんだよと。でも電子書籍リーダーなんてあっという間に瓦解するのは間違いないと思います。シャープはガラパゴスをiOSに対応させたでしょう? あれが正しい…というかあれも正しくないんだけれども、OSに対応だとかリーダーだとか言ってるのが古くて、ブラウザーでやればいいと。必要ならテキストデータでも何でもいいじゃないですか。それを、囲って商品を売るために、ハードウェアから買わせようとしても絶対、間違っています。みんなiPhoneなりiPadなりアンドロイドの携帯を持っているのに追加で電子書籍リーダーを買いますか?と。「それで何ができるの?」「本が読めるんですよ」と。僕からすれば、失敗するとしか思えません。
今の電子書籍の流れは時代に逆行している
戸田覚氏: iPadがあるのに何でまたSONYのリーダーを買ってモノクロの本を読まなきゃいけないの? iPadで読ませろよという風に普通の人は漫然と今思っているけれども、まだ気付いていない。僕は、出版業界にお世話になったから出版業界をダメにするつもりは全くないんだけど、出版業界なり色々な人達がそうやって利益をあげようと思っているからそうなる。でもそれは間違っていて、ウェブで読めるコンテンツを適正価格で売ればいい。それは別にウェブじゃなくて、専用のリーダーがあってもいいんだけど、それはソフトウェアじゃなきゃいけないんですよ。ハードウェアである必要はない。ハードウェアであった瞬間に、そのハードウェアが他の事もできなきゃいけない。メールも見られるとか、ね。あなた重いデバイスを3個も4個も持って歩くんですかと。
――それは難しいですね。
戸田覚氏: 単行本を5冊持って電車で読む人はいないでしょう? それが電子書籍だったらできて、デバイスに100冊でも入りますよと言っているあなたがリーダーとiPad両方持つんですかと。間違っていますよ。だから、あっという間に瓦解すると思います。そんなの一般の消費者は、求めていない。世界中を含めて電子書籍リーダーなんてダメになります。絶対にタブレットだけでいい。まあパソコンかもしれないですが。だからソフトウェアにした瞬間にデバイスの垣根を越えるんですよ。つまり、iPadだろうがアンドロイドのタブレットだろうがパソコンだろうがスマートフォンだろうが、何でもいいよ、あなたの持っているデバイスで本が読めますよ。もう言うまでもない。音楽は、そうしてる。You Tubeもそうやって見ている。何故本だけ専用の端末を使うの?という事でしょう。
情報とコンテンツで、時代と勝負する
戸田覚氏: 今の形の電子書籍に未来はないと思う。あんなリーダーで読ませようと思ったら未来ゼロだと思う。そりゃそうでしょう、だって意味がない。僕らが売りたいのも出版社が売りたいのも、書籍を売りたいんじゃなくてコンテンツを売りたいんだから。雑誌だとね、レイアウトを売りたいとか…でもそれもやっぱりコンテンツだから、コンテンツを売りたいのにハードウェアをパッケージングして何か売ろうとする。逆行している訳ですよね。そんなのダメです。だから電子書籍業界だけにいたって、そういう事に気付かないし、はい、プロの作家でございと言って文字だけ生み出していても気付かないし。僕は、どちらかというと情報を取って発信するのが僕の命なので、そういう事ばかりを考えて未来を常に見ていますから。電子書籍で勝負をするつもりもないし、僕は、コンテンツと情報で勝負しようと思っているので。だからウェブに、例えば、Yahoo!でもGoogleでもどこでもいいんですけど、そこに1万字の記事を書きました。雑誌にも1万字の記事を書きました。テレビで1万字分しゃべりましたと。ユーザーの脳に情報をインプットできれば、僕にとってはみんな一緒なんです。文字でも映像でも音声でも、電子書籍でもウェブでも何でもいいんですよ。それでお金を頂いて、僕はご飯を食べ、でもその何割かはまた新しい情報を得るために、お客様のために使わせて頂く。で、そこの形態を変えてお金を取ろうというのが多分、間違っているんです。
デジタル時代でも、文字は重要な要素である
戸田覚氏: 文字っていうのは情報を得るために最も有用なツールなんですよ。例えば、人が物を買う時に文字を見ずに判断する人はいない。まあミカンとかなら別かもしれないけど、ちょっと値段が高い物を買う時は誰もが、あ、これ重さ何キロかなとか、車だったら何人乗れるのかな、燃費はどれくらいかなとか考える。それで、そこだけでも我慢できなくて、他の車と比較する時に、映像を見たって比較できなくて、やっぱりカタログとかの文字を読むんです「ああなるほど、こうなっているのか」と。「燃費がいいのはこういう理由か」と。それで、全ての物事を判断する時には、やっぱり文字は一番我々にとって、判断しやすいんですね。それで、営業マンもどんどんいなくなってきて、ウェブなどの情報から人々がモノを買うようになってきた。これはね、映像でも写真でもなくて、やっぱり文字が主要な要素を占めているんですよ。だから僕は今後も文字は無くならずに増える一方だと思っています。というのは、1時間の映像を見るのに1時間かかるでしょう?ところが文字は拾い読みができるから、ある人は新聞を全部読むのに丸1日かかるけれども、飛ばして読めば20分で済むかもしれないです。文字はそれができるけれど、映像は、「この情報は俺、要らないや」って思い付くまでにすごく時間がかかる。そういう意味で文字の文化というのは、これからもますます加速していく一方で、もっともっと認められるし、単価が下がっていくと思いますね。でも、小説を読むみたいな情緒的な楽しみのバリエーションが増え過ぎてしまった。一つの感動を得るために、文字で読みたいっていう人と、映像で見たいという人と、声で聞きたいという人と、多分いっぱいいると思うんですけれども、それは、小説でしか得られなかったというものが簡単にネットの映像で得られるようになってしまった。だから文字の価値は、かなり薄まってしまったんですね。それが、今小説が急にダメになって来た理由だと思います。だから、芸術作品としての文章と、情報伝達ツールとしての文章は、全く僕は別物だと思っています。芸術作品としての文章は、それを読んだだけで感動し、対価を払い成り立っていくビジネスです。そこが、無くなるとは絶対に言いませんけど、他のものにだいぶ取られるというか、薄まっていってしまった。例えばウサイン・ボルトについて興味関心がある人が、昔は全員本を読んでいたけれど、今は、2ちゃんねるを読んで終わりという人もいれば、You Tubeで映像を見る人もいる。文章で読む人もいれば、もしかしたらビデオで見る人もいる。ところが情報を取得するツールとして最も適しているのはやっぱり、文字ですね。文字の方が早く、短時間に沢山の情報が取れるし、必要があれば深く読み込む事もできる、保存しておく事もできる。ニュースを保存しておいたって検索できないでしょう?音声とか動画っていうのは検索できないです。文字は検索できますから。10万年分のニュースを10万年後の人はテキストデータを持ってま。100年後の人が「100年前にいた戸田って奴が当時のスマートフォンという歴史的な電話機について、こういう事を書いている」って、もしかしたら研究者か何かが言うかもしれないじゃないですか。映像はできないですよ。探し切れないから。だから文字って大事なんですよ。
文字で残しておけば、10万年後まで検索ができる
戸田覚氏: 紙ってデータじゃないから。紙では検索しづらいですね。100年後では、技術が発達して何だってできるという話があるかもしれないけど、やっぱり映像の解析は難しいと思います。時間もかかるしね。まだ過渡期だからみんな気付いていない。文章とか文字で勝つという人たちは沢山増えてくるはずですよ。企業が物を売るにしても、映像や写真も重要ですけれど、やっぱりインターネット上で売るというのは文字が大事だという事に気付いてくるはずです。さっきの電子書籍もそうですけど、デバイス…製品とかコンテンツとかっていうのは、まだ皆さんの頭の中で整理し切れないからこうなっているんだけど、電子書籍リーダーは、まず1つも要らない。文字を伝えるのにインターネットほど適したものはないと思います。映像を垂れ流すならテレビは、将来オンデマンドになるのは間違いないですね。ただ、リアルタイムのニュースはオンデマンドになりようがない。3時間前のニュース、見たくないんですよ。最新のニュースを見たいから。天気予報もそうですから、あれはあれでいい訳です。ところが、ドラマだったら全部オンデマンドになるのは間違いない。そうなった瞬間に、もうテレビじゃなくてインターネットなんですよ。双方向になってくるから。
著書一覧『 戸田覚 』