しりあがり寿

Profile

1958年、静岡市生まれ。日本の漫画家。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。1985年、単行本「エレキな春」で漫画家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。1994年独立後は、幻想的あるいは文学的な作品など次々に発表。2000年「時事おやじ2000」、「ゆるゆるオヤジ」が第46回文藝春秋漫画賞、2001年には「弥次喜多 in DEEP」が第5回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞した。近年ではエッセイ、映像、ゲーム、アートなど多方面に創作の幅を広げ、iOSアプリ「さるやまハゲの助アプリ」の開発にも取り組んでいる。

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この、『あてにならない時代』にこそ、冒険の旅へ出よ



多摩美術大学卒業後、キリンビールに入社し、パッケージデザインや広告宣伝を担当されたのち、1985年『エレキな春』で漫画家としてデビュー、その後も文学的な作品やエッセイ、ゲーム、アートなど幅広く活躍されているしりあがり寿さんに、子ども時代からの本との関わりや、電子書籍に期待する事などをお伺いしました。

好きなジャンルはSF。剣と魔法の物語にハマった若き時代


――しりあがりさんと本との関わりをお伺いしたいと思うのですが、最近読まれた本で面白かったものなどありますか?


しりあがり寿氏: 家内が韓流の本『韓流時代劇にハマりまして』(西家ヒバリ・小学館刊)を出したんで、それを読みました。読書としてはそんなに沢山読むというわけではないんですが、新聞とかネットとかでも色々読みますよ。それから本も新書はパパッと読んだりしますね。最近は仕事関係の資料集めもかねて、日本で活動している仏教の僧侶アルボムッレ・スマナサーラさんの本を結構読みましたね。この方はテーラワーダ仏教の先生なんですが、僕は開眼しなきゃいけないんで読みましたね(笑)。でも、特に流行っているものをチェックしたりおさえたりはしないですねー。



――人生の転機になったような書籍との出会いについてお聞かせいただけますか?


しりあがり寿氏: 赤塚不二夫の漫画の影響が大きいんじゃないかな。『天才バカボン』とか。僕はあまり運動ができる方ではなかったし、性格もそんなに外向きではなかった。そういう人間が人気者になるための手段は、やっぱり『笑ってもらう』事だと考えたわけです。高校生になると山上たつひこだとか湯村輝彦、あとテレビでもやっぱりドリフとかクレイジーキャッツが好きでしたね。転機という事でもないけれど、中学校から大学ぐらいにかけて本をよく読みましたね。その時期皆読むような太宰治やヘルマン・ヘッセとか。筒井康隆は好きだったなー。SFはそんなに沢山読んでないけれど、J・G・バラードとか好きな作家です。好きといっても本当のSF好きの足元にも及びませんが。

――80年代、美大生でいらしたと思うんですが、大学時代は読書はなさいましたか?


しりあがり寿氏: うん、本は多少読んだかな。世の中では片岡義男の『スローなブギにしてくれ』とか流行ってた時代だったけど、へそ曲がりだから全然別の方向の内田百閒の『冥途・旅順入城式』(岩波文庫)とか。これはとても不思議な話で、夏目漱石の『夢十夜』みたいな小説です。それとかゴジラの原作者の香山滋が書いたような人外魔境(人が寄り付かない、何がいるか分からない土地)の話とか。小説自体も戦前のノリで、日本の諜報部の人が、中国だとか色々な所に探検しに行くんだけれど、その頃の世界は今とは全然違っていて、中国の奥地にまで色々潜っていく。そこで何を発見したかというと、幻の巨大パンダグマだったりっていう話ですね(笑)。あとはアメリカのSFでH・F・ラヴクラフトを読みましたね。ハガードのコナンシリーズも好きだったなー。昔の冒険物語をよく読んでいて、剣と魔法の物語が好きだったんです。そうしたらドラゴンクエストが発売されて、「この世界観がゲームで体験できるなんて!」とすごく嬉しかったんですよね(笑)。

自分の才能と時代が『ぴったり』合うかは、最後は『運』でしかない


――大学を卒業されてからサラリーマンも経験されて、社会人になって読む本が変わったというのはありますか?


しりあがり寿氏: 多少はビジネス書とか、マーケティングの本とか、そういうのは読んだけれど、そこからほとんどひまな時間がなくなっちゃって、通勤の途中で文庫本を読むぐらいになりました。

――大学生からサラリーマン時代を経て漫画家になられたという事で、何か自分なりに確立された仕事術はございますか?


しりあがり寿氏: 僕に聞くか?(笑)。仕事術…何だろう。すごいこういう所でオヤジ臭い事を言った方がかえっていいかもしれないな…。やはり「人事を尽くして天命を待つ」(笑)。今は厳しい時代だし、相当一生懸命やらなきゃいけない。でもそこで上手くいくかどうか、最後は運だと思う。ちょうど自分の持っている才能なり技術が、ぴったり時代と合うかどうかという事でしょうね。サラリーマンの時に僕は『一番搾り』というビールの開発をやっていて、その商品が結構ヒットした。僕は宣伝部の下っ端で対外的なつき合いをする係だったので、30歳ぐらいの時に外へ行って、「何でヒットしたのか」っていうのを分析して講演するんだけれど、どう考えても最後は運なんだよね(笑)。運というと言い過ぎだけどやっぱり商品のヒットには社会の流れとかめぐり合わせみたいのがあって、これは開発チームや会社がコントロールできるものじゃない。特にビールとかマンガとか商品ごとの優劣がつきにくいジャンルではちょっとしたことで売れるもの埋もれるものが大きく別れますよね。広告費に年間何十億使ったって、ダメなものはダメ。もちろんせいいっぱいの努力をしたうえでの話ですけどね。ホントにがんばっても最後はね、言っちゃいけないけど運もあるんですよね。それを講演の最後とかに言う。「最後は運ですね」で、みんながっくり(笑)。

80年代の『軽い』けれど『切ない』空気を感じて育った


――しりあがり寿さんのセンスですが、いつからそのような感覚はお持ちなんでしょうか?


しりあがり寿氏: どうなんでしょうね。やっぱり時代に影響された部分はあるかな。僕は80年の最初にデビューしたんですが、その頃は『宝島』(宝島社)とか『ビックリハウス』(パルコ出版)みたいな雑誌が元気で、それまでは漫画が『巨人の星』みたいな根性モノだったり、文学にしても重かったりと、なにか湿った感じが中心だったのが、何かね、ちょっとおちゃらけてもいいかなっていう感じで、時代が軽くなったんですよ。僕の聴く音楽も、4畳半のフォークみたいなものからテクノとかに変わっていったし、テレビでも漫才ブームが起きて、ビートたけしやタモリが出てきた。そういう時期に、漫画も同じように、少し自由になって「面白ければいいじゃん」みたいな流れになった。でもその時代の人間は、例えば学生運動が終わったりとか、何か挫折感のようなものを持っているんですよね。面白ければいいじゃんと言いながら、そうしか言えない自分たちがちょっと情けない感じ。「夢とか目標とか、憧れもそんなにないし面白ければいいじゃん」という時代の空気と、だけど何か切ない気持ちみたいなものが一緒にあったんじゃないかな、あの頃。

――しりあがり寿さんにとって本とはどんな存在ですか?


しりあがり寿氏: 本は読んだ方がいいよ。特に若いうちは読んだ方がいい。本当に自分なんかはちゃんと読まずにダメだと思うんだけれど、本をしっかり読まないと頭の中に棚ができないんだよね。情報とかの棚みたいなのが。読書はくだらない本じゃなくて、多少難しい本を一生懸命読んだ方がいいね。自分なりの価値観、「これはいい事でこれは悪い事だ」とか、「これとこれは反対にある事だな」とか、「これの隣にはこういう生き方があるな」とか、そういう棚みたいなものを脳みその中に作るのは、やはり本だと思います。宇宙の話がある一方ではミクロの世界もあるし、生物の生態系もあるし人間の社会もあるとか、本には自分が経験しない事も色々書いてある。それで頭の中に棚ができると、その後に来る情報を入れておける。そうすると混乱しない。それを若いうちにやっておかないとね、後から情報が溢れちゃうからきついと思うんだよね。人間は沢山本を読めないんだから、新しいものをそんなに読まなくてもいい。別に古典を読めというわけじゃないけど、自分の中心になるようなものを押さえておけばいいと思う。

『デバイス』はやがて集約されていく?


――しりあがりさんは、電子書籍は読まれますか?


しりあがり寿氏: いや、全然。僕はiPadもiPhoneも使いますけどね。本を読むよりも情報の断片みたいな物を取り入れるだけで、時間がなくなっちゃう。読むとしても、新書だったり、物の見方や取材のためにバッと読んだりする。エンターテインメントのために何かを読むというのは今はまずない。最近の読書の方法は、最初を読んで、面白ければ最後まで読むし、面白くなければ途中で終わる感じかな。途中で分かったような気になるとそこで終わっちゃうとかね。

――電子書籍は、iPadやKindle、各デバイスの普及で徐々に広がりつつあるのですが、電子書籍に関して、何かご感想をお持ちでしょうか?


しりあがり寿氏: 僕個人の考えでは、自然に端末は集約されていくと思うんです。僕は出張する時に、ノートパソコンとiPadとiPhoneと、何故か普通の携帯電話も持っているんですよね(笑)。やはりフラッシュが使えないので、どうしてもWindowsも必要で。だからね、これ以上増やせないんですよ。iPadなり携帯で移動中に見ようとすると、画面を開いて、ニュースやTwitterやメールのチェックをすると時間が終わっちゃう。逆に夜、囲炉裏の側でブランデーを飲んで読むような時は、そんな時ないけど(笑)囲炉裏ないし。紙の本の方が便利だよね。パラパラめくったり、重みを感じたり。本を読み返したり。時間があったら本を読みたいなー。

大道芸のマーケット的な実験『さるやまハゲの助アプリ』やっています


――しりあがり寿さんの書籍を、読者の方がデータ化することには抵抗はありますか?


しりあがり寿氏: あんまり抵抗はないですね。そういうのって時代の流れだからなぁ。今、僕は仲間と一緒に『さるやまハゲの助アプリ』(通称さるプリ)というiPhone用のアプリを実験的にやっているんですね。僕は、紙の本をわざわざ電子の形に持っていくのって、やはり難しいんじゃないかなと思ってるんです。なので、iPhoneだとか端末に合った形で面白い作品を逆発想できないかなと思った。さるプリには動画や小説もあるし、漫画も色々なものが入っているんですよ。クイズがあったりね。「こういうコンテンツに絶対人ってお金を出さないよね」とか言いながら作っている(笑)。僕は、iPhoneが出た時に、なんとなく「しばらく端末ってこういう物(スマホ)で定着するんじゃないかな」と思ったんですね。だから「これ(スマホ)にあった表現って何かな」と思って、今色々実験しているんですよ。ある一方で、You Tubeとかで動画がタダで見られる。その一方でAmazonみたいな巨大ストアがある。だからさるプリの目指すのは、YouTubeの有料化というよりは、安いAmazonみたいなものを目指している。現物のない、在庫を持たないAmazon(笑)。漫画や動画、小説、何でもゴチャゴチャ売っているけど、ひとつひとつが安い。7円とか。小説だったら小分けにして販売すれば、7円という設定もできるんですね。さるプリは今チケット制で、10ネタ券が85円 30ネタ券が250円、100ネタ券が700円という風になっています。それで作者に少しお金が入るというシステムです。



――どうしてそのような試みに挑戦しようと思われたのですか?


しりあがり寿氏: 今の時代って、コンテンツを作る人にお金が入らなくて、間に入っている人ばっかりお金儲けをしている気がしてね。これは世の中の必然なんだろうけれど、作る方としては「なんだかな」なので、わずかな抵抗みたいなものです。そんな感じで7円払ってくれないかな…と思って(笑)。この2012年の4月に始めたんですよね。例えば人気者のコンテンツだったら別に7円じゃなく70円でも売れるわけですよね。App Storeなので価格の自由な設定もこれからできるし。でも結局作者の所には7円のうち2円とかそのぐらいしか入らないですよね、App Storeが20%で、管理する所が何パーセントとかね。

電子書籍は今、戦国時代である


――今後、電子書籍はどのような未来をたどるとお考えですか?


しりあがり寿氏: おそらく電子書籍やアプリというのは、今「戦国時代」な感じで、色々な人が色々なとらえかたをしていると思うんだよね。で、みんながおそらく必死(笑)。みんなが淘汰される立場だと思ってるんじゃないかな。で、最後に何が残るのってところで、ほとんどの人が上手くいかないんだろうけど、もし上手くいったらカッコイイ(笑)。そういう時代なんだろうね。でも、こういうさるプリのような実験的な試みが、みんなの協力と、小規模の投資でできるわけです。漫画家の仲間も「どうやってお金を取るか」という事に、頭を悩ませて色々な事にトライしている。今は漫画でも無料で見せて人気が出たものを有料にするというパターンがなんとなく多い気がする。僕らは大きな額での先行投資はしないで、大道芸みたいなマーケットで、ほんのちょっとずつお金を貯めて、ちょっとずつ見てもらう(笑)。という風な道を探りたいと思っています。

今のような時代こそ『勇気』を養う事が必要


――今の時代をどのような風に感じていらっしゃいますか?


しりあがり寿氏: 日本や世界をとりまく問題について、なかなか希望が見つけられないという感じかな。少子化、財政危機、原発事故、次の大地震、お隣の国との緊張関係、数年前じゃ大騒ぎだった大きな危機がいくつも目の前にあるのに、一向に答えが見出せないばかりかそれを考える体制すらできない。究極の選択肢は、日本は最後の最後はどこかの国の自治区になるか、どこかの国の51番目の州になるかみたいな道をたどるのか(笑)。最近よく思うのは、本当に、ドラゴンクエストのように冒険の旅に出た方が良いなという気がするんですよね。

――何故、冒険の旅が必要だと思いますか?




しりあがり寿氏: 今は、色々な事があてにならない。会社も国も、一寸先はどうなるか分からない。そうなると勇気が必要だと思うんです。今までにない事をやってみるとか、人に「それはないよ」と言われても頑張っちゃうとか、そういう勇気が必要。その勇気のある人が色々な仲間を集めて、中にはダメな人もいるけれど、でもどこかにいい所を見つけて「この人は僧侶の役」とか役割を割りふる(笑)。「この人は魔法は使えないけど力だけある」とか、「こいつは性格が悪いけど盗みが上手い」とか。そういう風に、勇者がリーダーになって、パーティーを作って冒険しないといけないんじゃないかなと思いますね。大きい会社でやる、というよりは、4、5人のパーティーが色々な冒険をして、様々な可能性を探っていく。こんな時代だからほとんどはどこかでのたれ死にするかもしれないけれど(笑)。でもやはりそれをやらないでもダメだろうなと思う。今の時代、国とか自治体とかのセーフティネットに期待できないし、頼れない。下手に期待すると痛い目を見そうだし(笑)。だから家族でもいいけれど、仲間同士で助け合って進んでいくのがいいと思います。自分が勇者になるか、盗賊かは分からないけどね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 しりあがり寿

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