編集者と「壁打ちテニス」ができないと原稿が書けない
――西田さんにとって、編集者の役割はどのようなものですか?
西田宗千佳氏: 僕は「壁打ちテニス」ができないと原稿が書けないんです。というのは、例えば僕が何か面白いと思ったものがある。「これ、すごく面白いと思うんだけど」と思って原稿を書いても、読んでいる人にはつまらなくて、ポカーンとしているかもしれない。もしくは「ここがわからない」と思っているかもしれない。編集者が壁になってくれれば、壁にボーンと当てて「はい、面白かったです」とか「ここ、この方がいいです」とか返ってくるわけじゃないですか。返ってくることによって、自分が書いているものが正しい方向に進んでいるか、もしくは面白い方向に進んでいるか分かる。世の中には編集者の方がいなくても自分で全部できるという方もいらっしゃるんですが、僕は編集者がいないと何にもできないです。
――二人三脚で作られていらっしゃるんですね。
西田宗千佳氏: いや、そのへんは微妙ですよ(笑)。編集者の方がいて、「自分をぶつけていること」が大切なんですよ(笑)。特定の誰かに依存しているわけではないです。やりやすい編集者の方は、直す・直さないにかかわらず自分の意見をいってくれる方で、やりづらい編集者の方は受け取ったままレスポンスがない方。キャッチボールはどうしたの?、投げてこないのかなっていう時はやっぱりあります。
――西田さんにとって、キャッチボールができる編集者が大切ということでしょうか?
西田宗千佳氏: いい編集者の方・悪い編集者の方みたいな言い方をよくされていますが、それは人によってまちまちだと思うんです。例えば日本語のテクニックとか、企画力がどうかとか、売る時に努力してくれるかどうかとか、いろいろ問題はあります。でも僕にとっては、きちんとキャッチボールが成立する方がいい編集者で、キャッチボールが成立しないで「原稿をもらっていきました」、「本を出しました」というだけの編集者の方は、いい編集者だとは思っていないということですね。どの物作りの現場を見ていてもそうなんですけれども、最初に思ったものが、そのままいいものとして世の中で受け入れられることってほとんどない。どこか欠陥があるんですね。欠陥をキャッチボールしながら開発の現場で直して、結果いいものが出来上がって世に出ていくわけです。それは本に限ったことではないのかなとは思っています。
日本の電子書籍は「そろそろ助走しないで踏み切れ」
――電子書籍についてはどう思われますか?
西田宗千佳氏: よくなったと思いますよ。陸上競技の幅跳び競技でトラック2周分ぐらい助走しているような状況だと思うんですよね。「お前そろそろ助走しないで踏み切れよ」って話はあるんですけど(笑)。日本の書籍のシステムを考えた時に、一番面倒くさいのは権利を取得するための手間の問題です。みんなお金がもうかるって分かっていれば一気に行くんですけれど、まだまだもうかるか分からない。だからなかなか突っ込めない、というのがここ2年間だったと思うんですね。それが少なくとも、大手の出版社に関しては、「もう電子書籍を出しません」という話はほとんどない。
要はそれをいつ出すかとか、出すための手間がどうかだとかそういう話になってきている。2004年にSonyがLIBRIe(リブリエ)を出して、PanasonicがΣBook(シグマブック)をやった時っていうのは、出版社はまさに「けんもほろろ」だったわけですよ。うまく軌道に乗っていれば、今ごろ日本はKindleだ何だなんていわれることはなかったんです。あの時に比べれば2010年はちょっとマシになって、いまはさらにはるかにマシになっている。
――ではいつまでも離陸しないでダメじゃないかと。
西田宗千佳氏: AmazonがアメリカでKindleを成功させるまでに何年かかっているかというと、2年半かかっているんです。2007年にビジネスをスタートして、きちんとKindleが売れるようになるまでに最低1年半。2009年、2010年になってやっと売れるようになったんですね。Kindleって、最初は「今年出た一番買ってはいけない商品」とかに選ばれているんですよ。初代って本当にひどかった。それを少しずつ改善して、出版社との関係も出来上がって本が集まって、「こうやって本を買えば楽なんだね」というのが分かって、2010年になって明らかなブレイクを見せて、2012年にはある程度定着しているという流れです。向こうも2~3年かかったんだから、日本が2~3年かかるというのはしょうがない部分はあるなと思います。もちろんそれは情けない話だとは思いますけれども、だからといって「あいつらは何もしてない」とは言えない。抵抗している人もいない。
電子書籍の現場を取材していて、一生懸命作ろうとか環境整備をしようとしている人たちがたくさんいるのを知っているわけです。2011年の末と2012年の8月を比べると、出ている本の冊数だとかバリエーションは全然違う。だから、この2年間は無駄じゃなかった。ただ、そんなにアップするためにトラックを走らないでもいいでしょ、という状況ですよね(笑)。
雑誌・新聞の電子化は5年から10年の間に大きなチェンジがあると思う
――西田さんは最先端で色んなものを見られていると思いますが、今後電子書籍はどんな風に進んでいくと思いますか?
西田宗千佳氏: いきなり電子書籍ブームが来て、紙の本の何倍も電子書籍が売れるようになるということは絶対にない。それはなぜかというと、日本がアメリカより狭いからなんですよね。アメリカは本当の田舎に行くと、車のガソリンが切れたら死ぬような場所なわけですよ(笑)。町にある店っていったら、いろいろなものが複合になったよろず屋みたいなものしかないというところがたくさんあるわけですよね。本を買いに行こうと思っても車に乗って1時間かかる場所にあったら、誰も行かないじゃないですか。だからこそAmazonで宅配してもらうのが成功したし、電子書籍によって60秒で本が国中で買えるというのが成功した。でも、日本はまだ駅を降りれば本屋がたくさんあるわけです。田舎でも車に乗って15分の場所に本屋がある。
だとするならば、機械を買って本を買うという人は、まず本が好きな人しかいないだろうなと。夜中にTwitter見ていて「この本面白そうだな、欲しいな」と思った瞬間に買えないといけない。いままではそれがAmazonをクリックして1日後に紙の本が届く、という形だったのが、瞬時に届く電子書籍に変わっていくということはあり得る。それによって、本の10%とか20%とか、比率が何年でどのくらいになるかというのはいろいろあると思いますけれども、電子書籍が普及していくのは間違いない。じゃあ普段本を買う人のほとんどが「もう電子書籍しか買わないよ」という時代がすぐにやって来るかというと、人間そんなに簡単じゃないよねとは思います。
――紙がなくなることはないと思いますが、本以外はどうなのでしょう?
西田宗千佳氏: 例えばアメリカに比べると、手紙の流通量も実は日本ってそんなに少なくないんですよね、年賀状があるから(笑)。手紙ってほとんど電子に移行したんだけど、それでも紙って残っているわけですね。だから本もたぶんそうなんですよ。他方で、明らかにこれはもう紙でやっている方が面倒くさいでしょ、というのがたくさんあるわけです。雑誌と新聞はそうですよね、特に新聞はそうだと思います。雑誌については、日本の場合は雑誌の美しさというのがあるので、あのクオリティーだとか価値っていうのを全部電子に移すというのは、まだなかなか難しいかなとは思います。でも、情報誌・ニュース誌に関しては、電子化してしまってもいいのかなと思いますね。逆に、ネットに載っていないニュースは「世の中に存在していない」と見られがちなんです。
たぶん新聞・雑誌のデジタル化・電子化というのは淡々と進んでいく。もっというと「紙で売ってももうからないから電子にしないとしょうがないよね」となっていく。広告のほとんどは電子に移行するから、広告収入を取りたいんだったら電子に行かざるを得ない……という話には、数年以内、どんなに長く見ても5年から10年の間になる。その間に大きなチェンジがあると思います。でも、本については5年たっても、20%がいいところかもしれないですね。10年たっても25%とか30%とかそんなものかもしれないです。でもそれで、夜中に「俺はいきなり『エリア88』が一気読みしたくなったんだ』という時に客を逃がさないようになる。いま実際に電子書籍で成功しているeBookJapanなどを見ても、まず成功してるのは「まとめ買い」です。まずそういうところから着実に増やしてくることになるのかなと僕は期待しています。
電子しかできない形もあるし、むしろ電子しかできない売り方に注目
――電子書籍の販売方法は紙とは違った形で進化していくでしょうか?
西田宗千佳氏: 中身は、紙と同じものかもしれません。でも売り方は違うでしょうね。本屋さんでPOPがついて平積みされて「これがベストセラーです」、もしくは「これが書店員さんのお薦めです」といっているのが、いまの本の売り方ですけど、電子でそれが再現されるわけじゃない。極論をいうと、画面の中にはたかだか20個か30個のアイコンしか並ばないので、店としてはすごく狭い(笑)ところが紀伊國屋書店のきちんとした店へ行けば、パッと視界に数千冊入ってくる。紙と電子では売り方は全然違いますよね。「まとめ売り」されても、紙だと持って帰れないし、店舗に在庫も置けない。だから電子書籍で売る。電子書籍で「まとめ買い」したら、じゃあ10巻セット全部買ったらポイント5倍つけましょうと。本1冊分ぐらいポイントで返ってくるから、じゃあ買ってみようかなと思う人もいるかもしれない。
もしくは、「本日タイムセールです、今日24時間に限りこのシリーズ全部半額にします」とかっていうフェアをやることもできる。実はこれ角川さんがやったんですよ。タイトル名は忘れました が、ライトノベル二十何冊のシリーズを24時間1時間ずつに分けて、1巻ずつ「この時間は何巻が半額、この時間は次の巻が半額」というのをやったんですね。それで24時間マラソンをやって、マラソンについて来た人たちは全巻半額で買えるというキャンペーンをやったんですよ(笑)。
――面白い売り方ですね。
西田宗千佳氏: そういう売り方ってどんどん出てくる。逆にそのぐらいしないと、電子書籍で買ってもらう価値というのはそんなにないと思うんですね。むしろこれは電子でしか読めないから、ということでできることもある。僕もメールマガジンをやっていますけれど、僕のメールマガジンって近況が書いてあるわけじゃなくて、1万数千字の短い電子書籍が送られてくる感じなんですね。要は新書の1章分くらい。それは電子書籍を定期的に買ってもらっていると思っているんです。1万数千字じゃ本にならない。じゃあ紙の雑誌に1万数千字で載るかって、普通載らないわけです。映像が入ったり音が入ったりと、電子書籍でしかできないことってたくさんあると思うんですが、同様に「ものすごく長い」「紙だと本にならないくらい短い」というのも、電子書籍じゃないとできない。僕は「形」より、むしろ電子書籍じゃなきゃできない「売り方」の方が注目だと思っているんですね。それはどういうことかというと、人って意外と保守的だと思っているからです。
著書一覧『 西田宗千佳 』