人の思考が多様化していることはいいことだと思う
――本というのは、今と昔とでは変わったと思われますか?
田中和彦氏: そんな風には思わないですけど。音楽もそうなんですが、誰もが同じ本を読むという時代じゃなくて、ジャンルがものすごく幅広くなって、細分化されている気がします。ミステリー好きな人はミステリーの本ばかり読んでいたり、文芸なら文芸だけとか、別のジャンルのことについては全く知らないという人も多い気がするんですよ。昔は邦楽か洋楽かという分け方だけでしたよね。今は、洋楽といっても、ヒップホップだとかレゲエとかボサノバとか、色んなジャンルがあるわけですよ。小説や本の世界もそんな風になっているのかなって思います。自分はこの世界で楽しめばよくて、隣のジャンルでどんなに話題になっていても関係ない。だからメガヒットや超ベストセラーみたいなものが生まれにくくなってるような気がしますね。そういう風に人の思考が多様化していくのは、僕はいいことだと思いますね。
――本もたくさん出版されていますが、映画は、今、年間どれ位作られているんですか?
田中和彦氏: 公開されている作品でいうと洋画も邦画も700本くらいで、年間約1500本くらいじゃないですかね。毎週30本新たに公開されてるペースです。公開されてない作品もありますから、すべて網羅しようがないですよね。
――どんな風にピックアップしてるんですか?
田中和彦氏: 自分に近いテイストの人が「あの映画がいい」といったものは見たくなりますし、雑誌や新聞で取り上げられているもので面白いという評判のものですね。
本は大きな宇宙の入り口
――田中さんは電子書籍を利用されていらっしゃいますか?
田中和彦氏: 僕はほとんどアナログ人間なので、電子書籍は、青空文庫で絶版になってるようなものを読むくらいでしょうか。つい最近、横光利一の「蝿」を読み返してみたんですが、とても新鮮な感じでした。
――では、紙の本のよさってどんなところにあると思いますか?
田中和彦氏: パラパラと読めるということでしょうか。本屋さんのよさもそうですけど、僕は「偶然の出会い」というのを大事にしているんですよ。検索は明確な目的があって、ゴールにたどり着くじゃないですか。それは近道で一番いいとは思います。でも、目的もなく漠然と歩いて色んなところを見ている時に、ふっと目につく本があったりして、そこで予想もしなかった世界に触れられるということが大事なような気がしますよね。電子書籍もパラパラめくるという機能ももちろんありますけど、めくってる時に目が留まるというのは、本じゃないと成立しないような気がするんですよね。本がなくならない理由はそこにあるのかなっていう気もします。だから目的がある時はAmazonで検索して買いますけど、実際の本屋さんでは、やっぱり本との偶然の出会いがある。あれだけの量の情報が並んでいてパッと見渡した時に視界に入ってくるというのは、それだけでその本に何かしらのパワーを感じますよね。
――先ほどの「無駄なものは何もない」というのにもつながりますね。
田中和彦氏: そうです。寄り道とか回り道に自分の知らない価値があるっていう、そういうことにつながる気がします。
――田中さんにとって、本はどんな存在でしょうか?
田中和彦氏: 本は、時間や空間を超えて色々な方と会話ができるものだと思っています。世界中の人とでも、あるいは、もう既に亡くなられた人とでも、本を通してその考え方に触れられる。悩んでいる時に本を読んで一歩前に進めたという人がいますけど、ポンと背中を押してくれるわけです。地球の裏側の人や100年以上も前の人が背中を押してくれるなんていうことは、本じゃないとないですよね。それが本のすばらしさだと思います。だから僕は、本は大きな宇宙への入り口だと思ってるんです。1冊の本の向こう側にとてつもなく広がった世界があるんだっていう。
電子書籍が広がっていくことは、宇宙がさらに大きくなるということ
――今後電子書籍が広まっていく中で、出版社や編集者はどのような役割だと思いますか?
田中和彦氏: 電子書籍が広まると、印刷会社や物流もなくなるわけですから、誰でも電子書籍という形で書籍を出版できる時代になりますよね。それが広がっていくっていうのは宇宙がさらに大きくなっていくことだと思います。なので、僕はそれを否定もしません。ただ、読者とその本をつなぐことを編集者は考えていかなきゃならない。単純にたくさん本があって、「どうぞ」って言うんじゃなくて、「この本はどういう人に読んでほしい」という接続する部分を考えて、誰に伝えたいのかというターゲッティングを考えていかないと、混沌としすぎてしまって、本来届くべき人に届かなくなるのは心配です。本の点数はもっと増えるわけですから、本当にこの本を読ませたい人に対して、そこに導く役割が編集者にはあると思います。。今は、過渡期なのかなという気がします。レンタルレコード、レンタルCDというものが一般化して色んなものが整備されていったように、権利を持ってるクリエイターの人から流通の会社、出版社や取り次ぎの会社とかで、どう共存できるのかを、皆さんで話し合ってる途中なのかと。電子書籍は利用者にとって便利なものだし、それが本を読む機会をたくさん作るわけですし、収納場所が限られている中、容量次第で数万冊の本がこの薄っぺらいiPadの中に入るんですから、時代の流れとしては間違ってないと思います。
本は人それぞれの価値観の中で変わっていくもの
――紙の本を電子化する際に、断裁しなければならないのですが、何か心理的に抵抗はございますか?
田中和彦氏: それはないです。それは人それぞれの価値観があるので。僕も本は大事にします。僕のメンタリティからすると、本はそのままにしておきたいなという風には思いますけど、本を機能だと思っている人もいますからね。それは人それぞれの価値観の中で変わっていくものだと思います。音楽だって、CDというモノとして自分で持っておきたいという人はいるわけですよね。それと同じです。
――それでは最後に、今後お書きになりたいテーマを伺えますか?
田中和彦氏: 今、ビジネス書だと「会社の中でどう働いていけばいいのか」みたいなことを中心に書いていますけど、もう少し生き方に寄るような本も書きたいと思ってます。実際出版社から依頼もあったりするので、「広く、いかに生きればいいのか」というそんなテーマに挑戦したいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 田中和彦 』