本を買ってもらう以上、値段以上の満足感を
――ライブ感あふれる内容が、2千円もしない額で買えてしまうというのは、本の魅力のひとつですね。
牧田幸裕氏: 実は、本の価格を僕はすごく意識しているんですね。
――それはなぜでしょうか?
牧田幸裕氏: 例えば1800円で売るということは、大人が映画を見に行く料金と同じわけです。映画は2時間で、観客に対して「ある満足感」を提供するわけじゃないですか。僕自身の本も2時間から4時間ぐらいで読んでもらうわけですよね。だから、映画に負けないだけの満足感を提供できないと僕はコンテンツとしてはまずいと思います。ですから、彼らが1800円の投資の対象として、僕の本を選んでくださったわけなんですから、映画にも負けないクオリティーのコンテンツを提供したい。1800円を投じてそこから得られる満足感を、ちゃんと読者に対して与えられることが、僕のノルマだと思っています。
――映画の満足感と比較されていらっしゃるんですね。
牧田幸裕氏: もう一つ書くときに気をつけていることは、「自分ができる限り一次情報の取得者であること」を目指しているんです。例えば、「ビジネスとして成功している例」を説明するときに、仮面ライダーベルトの話をしたりするんです。このベルトはこの数年売り切れが続いていて、僕も仮面ライダー難民だったからなんですよ。僕には息子がいて、毎年子どもを持つ親は仮面ライダーベルトを探しているわけですよね。
そうやって僕が当事者として経験した、シズル感をもって発信できるようなケースを伝えることを目指しています。当事者であるがゆえにそこで感じた喜びや苦悩を説明できるので、読者の方々も実感を持ってケースに入り込んでくださるんだと思うんです。ビジネス書でもそうですし、特にこういう経営戦略の本や教科書は入り込めないとだめだと思います。「違う世界の話だ」と思って読んでいると、教科書になってしまって頭の中に入ってこない。教科書のロジックが自分自身にも通じる話だと思って読んでもらわないと普段のビジネスの現場で使えないので、そのための工夫というのはできる限り頑張ろうと思っています。
――やはりそこが大きな差別化だと思うのですが、そのような生き方というか仕事のスタイルはいつごろから身に付いたのでしょうか?
牧田幸裕氏: 現場に入るようになったのは、やはり経営コンサルタントになってからですよね。コンサルタントの1年生の仕事というのは、現場の生の声を集めてくることなんです。まだロジックなんか全然作れないし、クライアントといっても大きな企業の役員の方々ですから、そこに響く提言なんかなかなかできない。マツモトキヨシだとかツルハドラッグだとか、ドラッグストアでの消費者の行動を見るために、幹線道路を挟んだ反対側や駐車場の脇に車を止めて、どんな人たちが入っていってまた出てくるのかを観察するんです。POSデータで消費者の動向というのは見られるわけですが、ただそれはレジを通した人の動向でしかない。物を買わずに帰った人たちの動向もあるので、それを全部見るためにはやはり生で見ないといけないですね。
――本当に現場が大切ですね。
牧田幸裕氏: 現場なんです。駐車場に止めて、駐車場であんパンと牛乳を飲みながらずーっと人を見ている。そこでまず「店に誰が来るのか」を見る。親子連れが来ていて、薬を買うのと同時にお母さんが子どもにお菓子を買ってあげて、子どもが喜んでニコニコしていている姿があるだとか、そういう表情まではPOSデータからは見ることができない。生の消費者の姿は、やはり現場を見ないとわからないので、「とにかく現場を見てきて、気づいたことを教えてくれ」とコンサルティング会社でいわれるわけなんですけども、そこで考えたのはやはり「POSデータから取れないことをいわないと僕たちの存在価値がない」ので、「お客さんが笑顔だった」とか、「何か苦しそうだった」とか、「マスクをしていた」とか、そういうほかの人には伝えられないことをできる限り伝えていきたいということを、コンサルタントになってから初めて考えました。
最初はできませんでした。人数だけを数えて上司に報告して「そんなことはわかっているよ」とかいわれて、「お前が使った24時間の存在価値は何なんだ。それじゃ、コンサルタントとしてのお前の存在価値はないんだ」っていうことをいわれて。クライアントである企業の人たちも現場をよく見ているわけですから、現場のことを誰が一番よく知っているかというとやはりクライアントなんです。でも、まっさらな自分が同じ場面を見たときに、彼らが気づいてないこんなこともあるよねって、「ほぉー」といわれるようなことを1個でも出そうと思って、1年生、2年生のころから頑張っていましたね。
――もちろん、現場に行くというのは体を使って、そして頭も使うのですね。
牧田幸裕氏: ファーストフードのリサーチをしたときは、開店から閉店までいましたからね。もうおなかの中がポテトとコーヒーでちゃぷちゃぷになっちゃうんですけれど(笑)、そこで誰がどういう物を頼んでというのはPOSデータで取れるので、「そこで何をしているのか」というのを見るわけです。マクドナルドのライバルはモスバーガーだとかロッテリアといわれがちなんですけれども、決してそこだけではない。本当のライバルは違うところにいて、例えば幼稚園のママ友ランチとかにはガストも利用したりする。なぜならば、幼稚園でも小学校でもいいけれど、子どもを送って、お迎えに行くあいだ、下にも子どもがいてちょろちょろしている。その間にママ友と話をして楽しく時間をつぶすには、ガストでもいいし、マクドナルドでもいい。だから彼女たちの頭の中では、選択肢としてロッテリアやモスバーガーだけではなくて、ガストも入ってくる。
一方で、ビジネスパーソンがマクドナルドに何を求めているかというと、別にハンバーガーを食べに来ているわけではない。プレミアムコーヒーを飲んで、Wi-Fiがある環境を探しているわけなんです。現場でリアルにお客さんの行動を見ていると、マクドナルドの本当のライバルがいったいどこなのかというのが見えてくる。生の現場を見ていかないと、頭が固くなって、同業の他社だけがライバルだと考えてしまいがちですよね。
――さらに「頭を柔らかく」が必要になんですね。牧田さんは、どのように頭の中の引き出しを出されているのでしょうか?
牧田幸裕氏: 意識して出すというより、過去の思い出を手繰っているという感じです。あとはその場で考えたことを思い出すということですよね。現場での経験が蓄積されているので、すぐに頭の引き出しからいろんなケースを出せるということです。
子どもが生まれたことをきっかけに、コンサルタントから教授の道へ
――コンサルタントの世界から、アカデミックな道へ進まれようと思ったきっかけをお伺いできますか?
牧田幸裕氏: ちょうど2005年に長男が生まれて、僕は2006年に大学の先生になったんですけれど、子どもが生まれたときに「もう家族中心の生活にしよう」と考えたんです。ハードに働くのではなく、アーリーリタイアして、家族が第1のプライオリティであるという生活を送ろうと思ったんですね。僕自身も、自分がこんなに家族を大切にする人間だとは全く思ってなかったんですけれども、わりとすんなりと切り替えられました。子どもの幼稚園の送り迎えもほとんど僕がやっていましたし、子どものお受験の模試のつきそいや、幼稚園のイベントの参加率は多分99%ぐらいですね。
――子どもとしては最高にうれしいですよね。
牧田幸裕氏: 親が出しゃばってあちこち行きすぎだというのもあるんですけれど(笑)。本当に満足できる子育てをできていますね。子どもと一緒にゴルフをプレーしたり、接する時間はすごく長いですね。
――学者になったときというのはどんなお気持ちでしたか?
牧田幸裕氏: 今まではクライアントだけに対して価値を出していたのが、本という媒体を通じていろんな人たちに価値を出していくという仕事に変わりましたね。気持ちの変化はあまりなくて、基本的に相手が求めているものを理解してそれに応えるのが僕の仕事だと思っているので、そこの軸はぶれていないと思います。むしろ学者になることによって広げられたという感じです。マスに対して発信できる機会が多くなったので、そういう意味ではより色々な人に伝わるのかなということぐらいです。
世の中が求めているものを理解し、その期待値を超えるよう努力する
牧田幸裕氏: 基本的に僕のモデルはこうです。「相手が求めていることを正確に理解する」そして、「その相手が求めているもの以上の期待値を超えて何かを提供する」ことによって「相手が喜ぶ」というのが基本的なモデルなんです。クライアントの場合は、狭い対象ですから相手が求めていることはよくわかる。ところが、世の中に対して何かを発信しようとするとき、世の中が求めているものというのを理解して、その期待値を超えていかなくてはいけない。ところが、世の中が求めているものは何なのかを把握するのがすごく難しい。だからそこは仮説をもって「多分こうなんだろうな」と考えるんですけれども、それが当たるときもあるし、当たらないときもある。
ただ僕自身は、「しょせん仮説なんだから間違えたって構わない」と思っているんです。間違えたのならその修正スピードを速くすればいいだけなのであって、学者になってからむしろ間違える喜びを経験するようになったという感じがしますね。自分の最初に立てた仮説が当たらない。当たらないからまた修正していくんですけれど、それでもまだちょっとピントを外していると。それで、ピントを外しているのでまた修正していくということをよくやっているんですけれどね。世の中という漠とした存在の中のニーズをくみ取るのは仮説を作る力であって、仮説を作る力というのは自分がばかでも構わないと思えるマインドがないと無理なので、それは学者になってからわりと持てるようになりましたよね、外すことが増えたので。
――「自分はわからないで当然だ」と思える、ある意味謙虚な姿勢というのはどうして持てたのですか?
牧田幸裕氏: これは経営もそうだし、今のマーケットのニーズを知ることもそうなんですけれど、いくら考えたってやってみないとわからないですよね。だから僕らが優れているところというのは、「わからないけれどやってみよう」といえる力だと思っていて、そのサイクルを回す力だと思うんです。ですから、わからないから尻込みするだとか、想定外だみたいな言い方をするんじゃなくて、できる限りチャレンジをして想定外を想定内にしようと。そういう姿勢はコンサルタント時代もそうだし、学者になってからもそうですね。基本的に間違えることに慣れているので、間違えてもそんなに恥ずかしいとも思わないし、怖いとも思ってないですね。
著書一覧『 牧田幸裕 』