出張授業では、小学生や中学生に「手」を動かして数学のデモをさせる
――お仕事の話に戻りますが、岡部さんは出張授業も行われるということですが、どんなことをされるんですか?
岡部恒治氏: 小中高の中でも、高校と小学校が多いかな。パズルみたいなのを作って、数学っていうのはこんな風に役に立つんだよっていう話をします。苦手という意識をまずときほぐすというのが大事だと思いますね。メビウスの帯を応用した数学手品をしたりします。小学生では、正三角形を習うけど、いったい何に使うのかわからない。「いっぱいある三角形のうち、どれが正三角形でしょうか?」という問題をいくらやったって面白くないでしょう。でも、「正三角形は、こういう面白いパズルに使われるんだよ」という話をすると、非常に喜ぶんですね。
――やっぱり、何に使うかわからないまま勉強をしても面白くないんですね。
岡部恒治氏: これは直角2等辺三角形を16個つないでできるパズルなんだけど、「これをセロハンテープのところだけ曲げて裏返しなさい。厚紙のところは曲げてはいけません」という面白いパズルなんですね。赤い色を外側にすればできあがり。さらにこっちは、われわれがそれを一般化して作ったパズルで。それは三角形をちょっと変えたものです。ちょっと変えるとこんなに変わるかと驚くくらいです。
――そうですよね、ちょっと分解して考えてみます。えっと…。
(パズルをやる)――こういうことで、数学とか算数というものに対するアレルギーみたいなものは減りますよね。
岡部恒治氏: 減りますよ。すごく効果的です。特にこういうものは小学生のほうがいいんです。中学生と小学生を一緒に授業をやったら、だいたい小学生のほうが先にできるしね。やっぱりそんなもんですよ。われわれは年をとると、なかなか頭が固くなって、余計なことを考えますからね。
自分が計算が苦手だからこそ、計算を減らそうという工夫をする
――授業が終わった後に、「先生、ありがとう!」という子どもが多いんじゃないですか?
岡部恒治氏: そうですね。数学の新しい面に気付いてもらえるんです。僕は算数が全然ダメだったけれど、数学が好きになったというのはそこなんですね。算数だと計算を最後までやらないといけないし、計算を間違えて、それで算数2になってイヤだったんです、それは偽りのない事実です。今度中学に進学したときに、数学を学ぶようになって、もっと難しくてイヤだなと思ったけど、中学になると文字式になっちゃって計算はいらない。だから、それがすごくうれしかったですね(笑)
――計算だけをやらせるのが算数とか数学じゃないですもんね。
岡部恒治氏: そうそう、それが大事なんですよね。僕はそこに気が付いたから、すごくうれしくなって、数学に進んだ。でも計算しなくていいと思われると困ります。やっぱり計算する経験はちゃんとしておいたほうがいいと思います。計算に苦しめられると、計算を減らすことがいかにすごいかがよくわかるんですよね。例えば、ちょっとした変形をすると、すごく簡単に計算をできることがありますよね。何でもパンパンパンってやっちゃう人は、その恩恵がわからない。
――苦しんでいる人ほどありがたみがわかるんですね。
岡部恒治氏: 例えば、分配法則を使うとすごく楽になるとか、色々なことがあるわけなんだけど、そろばんなんかをやっている人なんかは、もちろんそんなのは計算をやっちゃったほうが早いじゃないかと思うわけだよね。だからある意味で、計算が苦手だったから数学科に行ったと言うほうが正しいのかもと、このごろ思うようになりましたよね。「こういう風にやると簡単になるだろう」とか、そういう見方が本当は大事ですね。
読者へ伝えたいと思うメッセージとは
――岡部さんは本を書かれる時に、一貫して伝えたい思いというのはありますか?
岡部恒治氏: やっぱり数学はすごく自分のためになっているわけだから、それを伝えたいですよね。実は数学的思考というのは、自分の根本にあるような気がします。要するに、これは覚えたほうがいいか、これは覚えなくていいかとかの整理をするとか。そういう時も、数学的な考え方ってすごく大事ですね。
――数学的思考ですね。生きていく上でとても大事なんですね。
岡部恒治氏: ええ。そこが一番言いたいところなんですが、伝えるのが難しいんですよね。文章で「数学はこういう風に役に立ちますよ」っていう話をしていても面白くないんですよ(笑)。
――岡部さんの本は図解が多く入っていますが、そういう意味での工夫をされていらっしゃるんでしょうか?
岡部恒治氏: ええ、基本的に図版は僕のところの事務局長に書いてもらっています。最初、『マンガ・微積分入門』は相当よく売れて、初版4万部だったんですが、店頭に出る前にさらに4万部増刷したんです。8万部一気に出たんだけれど、それが実は、図が間違っていた(笑)。y=sinxっていうサインカーブのグラフが原点を通っていなかった。特急のスケジュールでやっていたから、しょうがないんですが(笑)。
――誤植は、版を重ねるごとに修正されるのですか?
岡部恒治氏: 普通は、1回目の増刷で修正しちゃうんだけど、ところが1回目の増刷は、僕の手元に渡っていない状態で増刷が決まっていた。手元に来た時ビックリしたんです。だけれど、僕もギリギリまで書いていたので責められないんですね。大みそかに原稿をあげて、2月10日にはもう発売されていたんですから。
――大みそかまで執筆されてたんですね。
岡部恒治氏: いや、大みそかまで働くのはいつものことだから。まあ、時々、「缶詰にしますよ。ホテルで過ごしてもらう」とか脅かされたりします。今年も可能性はあるよね(笑)
練り過ぎた原稿はベストセラーにはならない
――『マンガ・微分積分』もとてもよく売れましたね。
岡部恒治氏: あれも売れましたね。僕の経験なんだけども、だいたいの場合、ものすごく準備周到にして、きっちり時間をかけた本ってダメですね(笑)。『マンガ・微分積分』なんていう本は、本当に2~3週間で書き上げたからね。でも経験としては、短時間のやっつけ仕事って、よく売れる(笑)。
――でもベストセラーで終わらず、ロングセラーされてますね。
岡部恒治氏: 『マンガ・微分積分』なんていうのは、その年のベストセラー新書部門の第2位に入ったこともあるんだけど、いまだに増刷してくれますよね。年金生活になるとそれはありがたい(笑)。あと、『微分と積分なるほどゼミナール』っていうのがロングセラーで、この本も三十何万部売れた本なんですけど、原稿を出した当時はそんな感じでね。あの時はワープロも何もないから、原稿用紙に手書きで書きなぐって、原稿を直すときは、はさみで切ってノリでペーストして(笑)っていう、激しい追い込みだったんです。1週間何ページずつ出せって言われて、最後のほうになると、本当に徹夜でしたね。だからああいうのも、何か短期間で集中して仕上げたほうがいいのかなっていう感じがしますね。あの本は、本当に色々な人から手紙をもらいましたね。タクシーの運転手さんとか灯台守の人とかね。色々と面白い方の意見もサジェストになってくれて、非常によかったです。野球評論家で、2軍選手の教科書になったという本を書いた方とも、随分長い間親しくさせていただいたんですけどね。わりとそういう方たちに、意外なところに読まれましたね。あの時から、微分の教科書が変わったと思います。その前は微分って面白くなかったんですよね。ただ計算するか、あるいはただ文章で説明するだけだったのが、あの本で根本的に変えられたんじゃないかと僕は自負していますね。
電子書籍は、高校生までは考えて使うべき
――今回は電子書籍のお話もお聞かせいただければと思います。
岡部恒治氏: 電子書籍ね。すごく便利な面もあるけれど、便利をあんまり追求すると、例えば教育の側面から言うと、かなり問題があると思います。僕たちのころはコピーさえ満足にできなくて、手書きで写して勉強したこともありました。色々厚い本を、一語一語を手で書くなんて、今では考えられないでしょうね。でも今の学生がなんとなくコピーをとって、勉強したつもりになるのとは、えらい違いだと僕は思う。それで、特に高校ぐらいになるとしょうがいないかなと思うけど、小学校から電子教科書を使うというのは、僕はやめたほうがいいと思う。電子教科書っていうのは基本的にiPadみたいなものを想定しているんだけど、あれはネットにつながるでしょう? ネットと子どもの関係って、危ないしね。それからiPadとかああいう物って、まあいわゆる電子計算機の小型版なわけだから計算もやってくれるし、図もすぐ出せます。でも、あんまり機械に計算させたり、図を描かせないほうがいいんです。僕は、計算嫌いだったけど、計算はやっぱり自分でやったほうがいいと思います。
――嫌いだからこそ見えてくるものとかありますね。
岡部恒治氏: 嫌いならなおさらやらなきゃいけないんですよ。それを何か、パッと電卓でやるっていうのはよくない。アメリカとかイギリスの教育って電卓を与えてやっているから、算数はいつまでたってもよくならないでしょう。それはやめたほうがいいと思うね。高校以上になると、ああいうものもありかなと思いますよ。ただ小学校、中学校の途中まではやめたほうがいいですよね。
著書一覧『 岡部恒治 』