紙のユーザーを守りながら利便性を提供するには?
――さて、本日は岸良さんに、現状の出版業界、特に紙の本の電子化についての諸問題を分析していただきたいと思っているんです。
岸良裕司氏: いつも世の中っていうのは、何かものごとが対立してるときがあります。そういう一見、対立しているものを解消することを、世の中ではブレークスルーと言うんですね。そのブレークスルーがニュービジネスにつながったりするわけです。例えばいまおっしゃった、紙なのか、電子なのか。一方には電子化があって、一方で、紙で刷るっていうのがあって、これは対立するっていう概念になりませんか?
――はい。まさにそのとおりですね。
岸良裕司氏: そこで電子化するのは何のためでしょう?
――読みやすいとか、便利だからですかね。
岸良裕司氏: 便利さを確保すること。じゃあ紙でやるのは何でしょう。(質問者、返答に困る)なかなか出て来ないようですね。出版社は基本的には従来の流通ネットワーク、町の本屋さんを守りたいとか、そういうのもあるんじゃないでしょうか。電子化すると、従来の流通ネットワークが駄目になってしまう。実はね、電子化することの目的はあっさりとすぐに言えるのに、紙でやるの目的がなかなか出てこないのは、相手の要望が本当はよくわかっていないっていうことかもしれません。相手の立場になって考えることが足りないということ。難しいのは、ここなんです。相手の立場に立って、紙でやることの要望がわからなければ、もう紙をやらなきゃいいじゃんという極端な議論になりかねない。電子化すると、いまの紙が好きなユーザーとか、流通チャネルを守ることに対して妥協を強いてしまうことになるし、紙でやると、便利さを確保するっていうことに妥協してしまうことになりそうです。では、紙でやるのと電子化することの。共通の目的は何でしょう。本の本当の目的って何でしょう。
――知識を得るためのものではないでしょうか。あるいは娯楽という機能もあります。
岸良裕司氏: 知識と楽しさを提供する。それが本の役割ということですね。知識と楽しさを提供するためにはいまのユーザーも守らなきゃいけない。紙のユーザーがいるなら紙でやらなくちゃいけない。一方で、知識と楽しさを提供していくためには便利な媒体を使わなくちゃいけない。ユーザー便利さを追求しなくちゃいけない。そのために電子化する。どうですか。
――まさにいまそのような状況ではないでしょうか。
岸良裕司氏: では、いまのユーザーと流通チャネルを守りながら、ユーザーの便利さを提供する方法は本当にないでしょうか。という風に対立しているものが両立する方法を考え出したときに、ブレークスルーが生まれるんです。いまの段階ではまだそこまで至ってない。例えば、コンピューター、Eメール等ができたときとかも、電子媒体ができると、紙媒体は要らないって言われたんです。ところが、PDFで配布された資料って、そのまま見ます? 皆、読むときは印刷するから、実は紙の資料が増えたんです。やっぱり皆、紙を見たいからでしょうね。でね、実はブックスキャンさんは、1つだけブレークスルーしてるの気が付いてます?
――何でしょうか。
岸良裕司氏: まず電子化によって紙で利便性を供給していて、もう1個、いまのユーザーチャネルを守るということに対しては、「スキャンした本を廃棄します」と言っていることです。その言葉で既存のチャネルを守っている。だからあまり文句を言われないんです。これが廃棄って言葉を言わなかったらどうなると思います?
――紙と電子、2つ存在してしまうことになりますから、複製をどんどん作れるという対立的なメッセージになってしまいますね。
岸良裕司氏: だから、Appleなんかも、電子化って言ったときに、コピーに回数制限をかけるプロテクトをかけた。スキャンした本に、もしもプロテクトまで掛かる様にしたら、これはもう皆賛成するかもしれない。いまのユーザーとチャネルを守るという部分を満たすレベルが上がれば上がるほど、御社の認知は高まる。いまの紙のユーザーと流通チャネルを守り、ユーザーにも利便性を提供する、さらに、知識と楽しさを提供するということと、すべてを満たさないと、つまり三方良しじゃないと駄目だということ。
例えば、1000円の本を買ったら電子媒体が100円払ったら付いてくればそれは絶対買いますよ。そうすると、その分だけ出版社の売り上げも本屋さんの売り上げも増える。例えば1000円の本で10円しかもうかっていないとします。電子媒体っていうのはお金が掛からないので、100円分が全部われわれに入ってきます。1100円になって儲けは110円。1%の利益率が何%になります?電子化オプションを買ったら、あと100円入って、それを3分の1ずつ、出版社、書店と著者で分けたら、三方良し。電子化することを嫌がるどころか、もっとハッピーになることができる。デジタルものの値段付けは難しいけど、携帯電話なんかで月100円とか、300円の入会料ってノーって言います?そういう風にすれば大丈夫なんじゃないでしょうか。
電子書籍で編集者の役割はますます大きくなる
――さながらコンサルティングを受けているようで、ちょっと得をした気分です。岸良さんの考察で、するすると解が導き出されるような感覚がありました。
岸良裕司氏: 僕はみなさんに質問しただけで、何もしていませんよ。でも答えを引き出すことができるんです。いまのユーザーと流通チャネルを守って、ユーザーに便利さを提供して、知識や楽しさを常に提供する。この3つができれば、実はものすごい素晴らしいソリューションになる。そしたら対立しなくていいでしょ。ブレークスルーっていうのはやっぱり、対立するところからしか生まれないんですよ。それを解決したところが、やっぱり事業を成長させることになるんです。一見対立するものでも本当の要望は何なのかを考えて、その要望を満たす方法を考えることによって解決するのであって、これは対立してるから仕方がないと思い込んだ瞬間、駄目になってしまうんです。この具体的な手法は、『全体最適の問題解決入門』(ダイヤモンド社)に書いてあります。
――電子書籍についてもう一つ質問です。今後、出版のハードルが低くなることで、出版社や編集者という存在はどうなるでしょうか?
岸良裕司氏: ちゃんと出版社から出版されているっていうのは、それなりにいいものなんだっていうことを一般ユーザーは思ってるんじゃないでしょうか。編集者とか出版社の手を経たものっていうのはやっぱりクオリティーは高い。僕も色んな編集者の人と仕事させてもらうけど、やっぱり編集者っていうのはその道のプロだから、共同作業でより良いものになる。コンサルティングで実績は出していても、それをどう表現して多くの人に伝えるか、というのは別の問題だから。編集者の手が入るほうが多くの方々により理解してもらえるようになる。
一方で、プロの編集者や出版社の手を経ないっていうことはプロのスクリーニングを経てないから、本物の知識を提供しているかどうかユーザーがわからないってことになるじゃないですか。だって、例えば色んなニュースっていうのも格があるでしょ。例えばタブロイド紙を読むときは、すべて真実が書かれてるとは誰も思わないわけですよね。われわれが情報の取捨選択するのに、出版社のスクリーニングを経たっていうのはすごく重要です。ですから、これからはむしろ、より出版社とか、編集者の質が問われる時代になるんじゃないかと思います。本物の知識と楽しさを提供するっていうことについて、編集者の役割がますます大きくなる。逆に言うと、その差が作れない様であるならば、淘汰されるだろうと思います。
――岸良さんの本は装丁や構成、奥さまによるイラストなど、非常に工夫されていますね。
岸良裕司氏: 特に女性の方々に評判がいいですね。『最短で達成する 全体最適のプロジェクトマネジメント』(中経出版)の装丁は、けた外れに違うんです。パラパラ漫画を付けたり、スゴロクをつけたりしているわけです。パラパラマンガは嫁さんが作ってくれたんですけど、やっぱりでもこういうのはね、レイアウトを作れるデザイナーと出版社と一緒にやってかないと、とてもじゃないけどできないことですよね。だからやっぱり、編集者の役割って僕は大きいと思いますよ。プロジェクトマネジメントの本って売れないと言われていたんですが、編集者の方が本気で売れる様にしたいという思いで取り組んでくれました。だから紙でしかできないものもあるんです。紙の感触を感じながら、パラパラ漫画でパラパラとめくるのは紙じゃないとできない(笑)。だから、紙の良さと電子の良さって、両方ともある意味、必要なんだなと思います。ユーザーに両方提供するのも悪くないでしょう。
ただし、僕の本ではマンガもはいっているんですが、これYouTubeでアニメーションにしてるんですよ。だから、電子版だったらクリックすると、アニメーションになるということはできますよね。電子はもう1ついいことがあって、検索できるというのはやっぱりものすごいパワーですよね。特に僕みたいに本を書いている人にとっては、引用した場合にはちゃんと引用元を書かなくちゃいけないじゃないですか。そのときに検索できるというのはものすごく便利ですよね。そうだ、僕の本って脚注が多過ぎませんでした? 僕の本が好きな人は皆、そこにハマってくださってるんですね。暴走脚注と自ら名付けてますが、バカげた脚注を楽しみながら、書いています。本文に対して、本音はこうだよねって、脚注では自分でつっこむわけです。こういうのがあると、読者の興味がずっと続くっていうのもありますから。