小説など感情を伝えるものは紙、利便性を追求するものは電子、
と使い分けたい
中村航さんは芝浦工業大学工学部工業経営学科卒業後光学機器メーカーへ入社。2002年『リレキショ』で第39回文藝賞を受賞。2003年『夏休み』で第129回芥川賞候補。2004年『ぐるぐるまわるすべり台』で第26回野間文芸新人賞を受賞された新進気鋭の小説家です。独特の世界で読者を魅了する中村さんに、書き手として、読み手としての本とのかかわりをお伺いしました。
連載を同時並行することで、仕事で仕事を「リフレッシュ」する
――6月22日に、中村さんの小説『100回泣くこと』が映画化されます。早速ですが、近況をお伺いしたいと思います。
中村航氏: 最近は連載で小説を書くことが多く、日々なるべく淡々と書くようにしています。デビューして10年ですが、ようやく作家らしくなってきました。2年くらい前から並行して月刊連載を受けるようになって、書き下ろしではなく、同時に数本を書くスタイルになりました。
――書き下ろしと連載とでは、考え方は違うのでしょうか?
中村航氏: 『100回泣くこと』で言えば、1年半くらいあの小説にかかりきりになっていて、別のことをしていても、24時間そのことを考えているようなところがありました。今は、「今週はこの小説のことを考えて、次の週はこの小説のことを考えて」という感じ。作品によって気持ちの持っていき方や、書き方自体もそれぞれ違ってきます。
最後までプロットをきちんと作って、文章に落としていくような小説もあるし、毎月ライブのように書くものもあって、作品によって全然違っています。小説は、書いて直すことを繰り返していくのですが、作品を並行することによって前のことをいったん忘れられる。ずっと同じ小説にかかりきりになっていると、作品の文章を暗記するくらいになってしまいますので、忘れることによって、修正作業がより第三者的な目で見られるし、新鮮な気持ちでできる。
――あえて作品から離れることによって、冷静に見て書けるようになるんですね。
中村航氏: 昔は自分の小説を忘れるために、工夫が必要だった。今はいろいろ書いていて、それぞれ書くときの気持ちも違うから、またその作品に戻った時に「お、こんなことを書いているな」という新鮮な感じが楽しい。何十年も同じタイトルを連載されている漫画家さんとかは、本当にすごいと思う。
自分の小説で読者を鼓舞したい
――小説を書く時に、中村さんが大事にされていることはなんですか?
中村航氏: 読み終わった後、読む前よりも世界がクリアに見えたり、優しく見えたり、何か違う感覚を持ってくれること、読んだ人が鼓舞された気分になることを目指しています。そこまで大げさなことじゃなくても、小説の中に出てくる何かをしてみたくなる、出てくる音楽を聴きたい、食べ物を食べてみたい、ということは多いと思います。読者の方が、僕の小説を読んで自転車の修理を慌てて始めましたとか聞くと、ちょっと嬉しかったりする(笑)。『100回泣くこと』の中に、バイクのキャブレターの分解を詳細に書いていますが、キャブレターが恋愛小説に必要かと言ったら、そうではない。でもその行為に宿る神のような美しさには、命の美しさに通じるものがあって、そういうのを小説に活かしたい。
小説というのは、記憶などに基づいて読者の方が自分で描いた絵の中で、その小説の世界の旅をすることなので、心に強く残るものは、自分の何かと組み合わさっているからなのだと思います。小説は、ストーリーを読むものだという風に思われているところがありますが、単にストーリーを利用して、何かを伝えたり届けようとしているんじゃないかと思ったりします。
――そうなると読書は書き手と読者の世界観のせめぎ合いですね。
中村航氏: それで共鳴できたらすごくうれしいです。読書という行為はやっぱり1対1だと思うので読者の人と本当に握手できたらいいなという気持ちで書いています。
幼少期は目立ちたがり屋の子供だった
―― 今日は中村さんの幼少期の読書体験とも絡めましていろいろお伺いできたらと思うのですが、岐阜のご出身でいらっしゃいますね。
中村航氏: 岐阜の大垣は水の都という触れ込みで、地下水が昔からよくわき出るところです。輪中っていう、堤防が街をぐるりと回っているような土地で、人々の心が牧歌的な場所な気がする。
―― 子供のころはどのようなお子さんだったのですか?
中村航氏: 子供のころは、常に抑えられない何かがわき出てましたね(笑)。それを抑えられないことがコンプレックスで「なんで自分は目立ちたがりなんだろう」と思っていました。その一方で、全然人前でしゃべれない、人付き合いが苦手という部分もありましたし、まあ、よくわからない。いろいろ持てあましてたんだろう、と思います。小説とか創作に似たことと言えば、学級新聞を書いたり、劇の脚本を書いたりしていました。お楽しみ会で何をやるかという話になると、グループに分かれて「手品やる人はこのチームに集まれ」とか、「歌う人はこのチーム」という風に決めるのですが、劇をしたらすごくウケたものだから、次のお楽しみ会からグループ分けをするのに「中村のところに行く!」とクラスの男子がほとんど僕の劇のチームに入っていたのを覚えています(笑)。
――小中高と進まれる中で、読書はされていたのでしょうか?
中村航氏: 子供のころ、児童小説みたいなものはよく読んでいました。図書館で週に1回、借りられる限度の4冊を借りて、大体その日のうちに読んでしまっていた記憶があります。
好きなことを同時並行するために、就職の道を選んだ
――大学は芝浦工業大学に入学されましたが、どんな大学生活でしたか?
中村航氏: 東大宮というところに住んでいて、共同生活でキャンプ場みたいでした。みんな自分の家に帰らない。ずっと泊まって、たまり場みたいになっている家がありました。ゲーム機がそこにしかなく、みんなその家で順番にドラクエを解いた(笑)。しかも2、3回解いた記憶があります。
――1つの節目でもある就職された時のことをお聞かせいただけますか?
中村航氏: その時も小説家になろうとは思っていませんでした。卒業する時は、「就職してバンド活動を並行してやっていこうか」などと悩み、結局は慌てて就職した覚えがあります。情報系か工程設計かで探していたのですが、例えばシステムハウスなどそういうところでは大きなシステムを作るから、自分が作るものがあんまりよく分からなくなるんじゃないかって気がして…。それよりもメーカーに入る方が自分で作ったものが見えると思い、光学メーカーに入りました。当時、印刷機器や、ミニラボと言って写真を焼く機械を作っていて、それが大体、一番多い機種で1日10台ぐらい作る。1日10台ということは一人でやったとしても10人で出荷できるぐらいのもので、それだと全体像を見渡すことができる。僕は工程設計をやっていたのですが、1から10までやれるというのは、ブラックボックス化していない感じで良かったです。
仕事に手を抜かない姿勢というのが、何より大事だと思う。
――何かをつくる上での中村さんの理念は何かありますか?
中村航氏: 小説に関しては、自分でもあきれるぐらい凝ります。文章がうまくないという自覚があって、ただ、下手なりのファイトの仕方というのがあって、下手だけどこれでいいやというのではなく、下手だからこういう風にしなきゃということを、繰り返していくと最終的にはすごいところまで行けると言いますか。
僕はアウトプットするのに時間がかかるので、小説を書くのもとても遅いのですが、その代わり24時間、365日営業みたいな感じに長時間考えて、書いています。でも遅いことによる利点もあります。少しずつしかアウトプットしないことによってラッキーに出会う確率が増える。ゆっくり書けば書くほど、ふと思い付いたことや、ほかからの刺激に出会う回数が単純に多くなりますよね。自分の弱点のようなものは、逆にそういう利点に変えています。
読むのは紙で読んだ方がいい
――電子書籍に関して、書き手としてのお気持ちをお伺いします。
中村航氏: 最近では特に同級生くらいの人に「電子書籍はいつごろ出るんだよ」と言われるようになりました。人それぞれの生活習慣によって、寝る前に読みたい、電気が消えた中で読みたい、あるいは通勤などもありますから、電子ブックがいいという人も増えているみたいですね。僕自身は単行本を想定して書いてますから、電子ブックは二次的なものにしかならない。せっかくページをめくるダイナミクスというかインターフェースがあるわけだから、作者としてはそれを利用したい。電子で拡大したりするのはとても便利だと思いますが、そういう意図は完全に外れます。
――インターフェースについても考えて書かれていらっしゃるんですね。
中村航氏: そうですね、特に単行本では考えます。最後のページはこれくらいの行数で終わりたいとか、ここでこう見せたいなどはあります。長編小説なら最後の方に来るとページが少なくなってくるのが読んでいて分かるから、読み手の緊張感なども変わってくると思う。そうするとページめくった時にどう感じるのかというのは、すごく大事になってきます。短編集だったら、本を読んでいて、いつどこでその短編が終わるか分からないですよね。それなのにページをめくった瞬間に終わるのは自分の中ではアウトで、そこはコントロールしたい。だって、もうすぐ終わるという緊張感って大切ですよね。単行本から文庫本になる時は、また変わってしまうので調整をできる範囲でします。あと紙は折って印刷するので、8や16の倍数が都合がよくて、16×16の256ページなどがちょうどよくて、それに合わせようとしたり(笑)。絵本を作ってから、そういうのも意識するようになった。
日本はブックデザインの技術がとても高い
―― 装丁でも何かこだわりはございますか?
中村航氏: 本にはモノとしての面白さがあるというか、本棚に並べるとインテリアみたいなものも兼ねるし、所有する喜びもあります。買うことが喜びにつながるような何かをやろうとは思って、カバーを取った中にも絵をいれてもらうなどいろいろやっています。日本の本は優秀みたいで、以前、海外版で同じ装丁で出したのだけど、同じような色は全然出てなかった。
個人にとって小説の正体とは何なのかといえば、それはやはりモノではなく、心の中に残った感動とか、印象とか、ロジックではないでしょうか。ただそれを伝えたり残したりする手段として僕らは、文字を使う。それだけではなく、レイアウトや表紙のブックデザインでも伝えようとするし、帯などもある。やれることは何でもやりますから、きっと紙の本というのは、完成されたモノなんだと思いますよ。
以前、ある作家さんのインタビューを読んでいたら「小説が電子化される前に死んでしまいたい」と書いてあって、なんか分かるなあと思った。あれですよ、小説よりも電子化に向いているものがあるはずで、例えばビジネス書、法律書などは超絶便利だと思います。
これから電子書籍は、本の読まれ方として一般化していくとは思います。感性を一対一でやりとりするようなことと、情報を入手するというのはまた違うと思います。あ、でも僕は編集の方の家が本であふれていることはよく知っているから、それらを読み取ってデータとして残しておくというのはすごい理にかなった行為だと思いますよ。
テクノロジーが進む過程で、良いものはなくならないでほしい
――古本屋さんに本が出回って、著者や出版社に対して1円も還元されない状況で回っていくという悪循環というのも実際にあります。どのようにすれば今の状況を打破できると思いますか?
中村航氏: んー。人間の欲というのは、便利さを追い求めたりすることも全部含めてですが、流れができたものについては不可逆で進んで、みんながよかれと思って見ていた方向に進んだ結果、「あれ、草木一本生えてない」みたいなことにならないといいなと思います。
面白さは無料で得るものだと、無邪気にそう思っている人もいるし、それはそれでいいことだと思うんです。でも職業作家として専業でやっている人のすごみというのは絶対にあって、そういうものを僕は読みたい、聞きたいと思うし、面白いと思ったものにはお金を払いたい。人類はそうやって多様性とか専門性をわけあってきたわけですよね。面白いものに触れたいということを、多分みんな思っていて、だけどそれとは矛盾した行動を全体としてはとる。完全にコントロールはできないかもしれないけれど、クリエーターにも、それからオーディエンス、受け取り手も、一番ちょうどいいラインがあるんじゃないかなと思います。それを探さなきゃならないですね。
ただ僕自身の問題としては、どんな状況になっても生き残ろうというだけです。僕の本があった方がない世の中よりいいんじゃないかと、今のところはそう思っているし、そう思われるようにありたい。
出版社、編集者に求めるものは「読者へ届ける」こと
――状況が目まぐるしく変わっていきそうな中での編集者、出版社の役割、理想像について伺いたいと思います。
中村航氏: 編集の仕事はすごく幅広いと思うのですが、ちゃんと仕事をして作品に貢献してくれたらうれしいです(笑)。彼らには読者に届けるという役割もあるので、僕の中から何を引き出して、それをどうアピールしてくれるのか、全ては編集者や出版社にかかっている(笑)。今はエディットよりも、できた作品をどういう風に売るのかなど、そちらの方が重要な役割になってきているのかなと思います。
今後はストックではなく、今から経験することをテーマに
―― 今後はどのような展望を描かれていますか?
中村航氏: 自分の体験から引き出せることは大体書き終わったと言うか、幾つか書いた中で1周した感じはあるので、今度は今自分が体験していることが、テーマになるかもしれないです。そのためにもボーッとしていてはダメで、もっと自分でもいろんなことに好奇心を持って生き生きした毎日を送ろうと思います(笑)。今後は今やっている小説を仕上げていきますが、2、3年先くらいは今書いているものをどう仕上げていくかというだけでワクワクしています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 中村航 』