0を1にするクリエイターを、リスペクトすることが大切
――電子書籍に対してのご意見をいただけますか?
岩田松雄氏: 私はまだ電子書籍は一度も読んだことがないですが、流通コストが0、つまりより安価に、より多くの人に届けられる可能性があるという点ではとてもいいと思っています。
一方で、私はゲーム会社にいたことがありますが、例えば音楽CDは今ほとんど売れなくて、CDは曲の広告のためで、ライブで儲けて回収する。こういう流れの中で一番大事なことは、コンテンツを作る人、クリエイターにきちんとそれが戻っていくような仕組みを作っておくことです。そうしないと、若い才能のある人のジャパニーズドリームはなくなってしまって、本を書くより官僚になりましょう、別のことをやりましょうという話になってしまう。頑張って自分の作品を残すと、それなりに飯が食べていける仕組みがあれば、みんな参入してきます。一番大事なコンテンツを作る人がいなくなれば、読者もいい本が読めない、新しい自分の発見もないわけです。だから、ものを生み出す、0を1にしているクリエイターや作家に、きちんとお金がリターンする仕組みを考えて欲しい。読者も含め、クリエイターに対して経済的にも、精神的にも、リスペクトすることが大切です。
――現状では、なかなか作者に還元されないのが実状でしょうか?
岩田松雄氏: 「岩田さんの本を回し読みしました」というメールをよくもらいますが、本当は10人いたら、10冊買って欲しいなと思います。だから、「みんなで回し読みして良かったです」と嬉しそうに報告されると、非常に複雑な気持ちです。(笑)
レンタルについては、ツタヤ方式は幾らか入りますが、ブックオフはないです。グルグル回っているだけで、著者に全く返ってこない。二重三重と使い回しされるなら、最初のところで取るしかないので、経済的に考えれば新しい本を高くしますよ。
松下幸之助さんの「水道の哲学」というのがあるんですが、例えば人のものをとったら泥棒で、罪になる。でも、道を歩いていて喉が渇いて、たまたまある家の庭に水道栓があったので水を飲んだとする。多分それは、罪にならないですし、訴え出る人は多分いない。そこで松下さんは、水道の水と同じように電化製品を世の中に溢れさせようと考えたわけです。タダではないですが廉価なものにして、あたかも水道のようにみんなが誰でも利用できる仕組みを作ろうと、これが彼の水道哲学。それを社会的使命にしたわけです。素晴らしい考え方ですよね。世の中進歩して、いろんなことが手軽にできるようになりました。例えば私が小さいころは牛肉なんて年に1、2回食べるだけだったのが自由化になり、高級だったお寿司も、今日はお金がないから回転寿司食べに行こうという話。それはすごく世の中に貢献している。ですから、きちんと著者に戻ってくれさえすれば、たとえ1冊200円だとしても、それなりに著者に戻るという仕組みを作るべきだと思いますよ。
――電子書籍という流れはこれからも広がっていくとは思いますが、その中で出版社や編集者の役割はどんなところにあると思いますか?
岩田松雄氏: 実際に編集者の方や出版社と付き合いますと、例えれば名馬を見つけてそれを磨く、鍛えて一緒に作っていくような名伯楽もいれば、そうでもない人もいて、すごく力の差を感じます。本とは、著者が勝手に全部書くのではなく、編集者がタイトル、目次など大枠を作ってくれるわけで、そこに良し悪しがある。いい作家を見つける、一緒に作品を作って世に知らしめていく努力とは、結局人を育てるようなものですよ。あとはいい本を作ろうという熱意と、より多く売ること、両方が必要ですね。もちろん著者としては常に編集者に感謝をしています。
ミッションを進化させる
――最後に今後の展望を伺えますか?
岩田松雄氏: 自分のミッションとしては、リーダーシップ教育です。でも、またチャンスがあれば、どこかの社長をやってもいいなと思っています。ミッションとは多分宗教用語ですから、何か生まれ持って背負った十字架のような印象がある。でも、私はミッションは進化させたらいいと思っているんです。私は、日産の社長から専門の経営者、専門の経営者そしてリーダーシップ教育とミッションを進化させてきた。ここから先は、ご縁みたいなものがあるわけで、例えば私がどこかで社長をやりたいと言っても、話がない限りはできない。でも、もし話がきたら、きちんと聞き、その会社のミッションに自分が共鳴できれば引き受けると思います。ただ、10年後を見据えれば、緩やかに教育、人を育てる方向に移行してこうと考えています。
(聞き手:沖中幸太郎)
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