電子書籍で、本との「出会い」の演出を
気鋭のマーケターである池田紀行さんは、マーケティング、プロモーションにおけるソーシャルメディアの有用性に着目し、様々な企業にコンサルティングを提供しています。マーケターとして、またビジネス書の著者としてのキャリアに自らの読書体験が大きく影響しているという池田さんに、読者として、書き手としての本への想いをお聞きし、ITに関する見識をふまえ、電子書籍の可能性について分析をしていただきました。
~人類にオドロキと感動を!~企業文化の背景と込められた願い
――代表を務められる(株)トライバルメディアハウスでは、「人類にオドロキと感動を!」というキャッチフレーズが掲げられていますが、どういった意味が込められているのでしょうか?
池田紀行氏: 今はコンサルティング会社と言われることが多くなりましたが、もともとはプロモーション会社でした。誰かを幸せにできるようなプロモーションがやりたいということで当初に、夢は大きくということで「人類」という言葉を使ったのが始まりです。できる限り多くの人たちを幸せにして、社会に対して大きな影響を持てる会社にしていこう、という考えが根底にあるので、他の会社とは少し違う文化がある気がします。
――独自の文化とはどういったものでしょうか?
池田紀行氏: 皆が高いホスピタリティの精神を持っています。この前、「トライバルナイト」というお客様感謝会を初めてやりましたが、その時も、お客様から「自分たちをもてなそうという気持ちが溢れていて、すごくうれしかった」と言っていただきました。今スタッフが50人くらいで、コンサルファーム出身の人間もすごく多いし、エンジニアも増えてきていますが、人を喜ばせる文化は、ずいぶん根付いていると思います。
本ってこんなに面白いものなのか
――本は小さな頃から読まれていましたか?
池田紀行氏: 小さい頃は小説などの本を読む習慣が全くなくて、マンガばかり読んでいました。だから、僕の初めての読書体験は、22歳で大学を卒業して、最初の会社に勤めていた頃でした。
――どのようなきっかけで本を読まれるようになったのでしょうか?
池田紀行氏: 働いて半年ほど経った頃、東北で拠点の立ち上げをやってくれと言われて、家族や友人とも離れて1人で仙台に赴任した時、すごく時間があったんです。その頃から「将来は社長になりたい」と思っていたのですが、世の中のことを全く知らずに会社を作ってもすぐにつぶれるだろうから、経営の勉強をしないといけないと思って、『Big Tomorrow』という雑誌に広告が載っていた中小企業診断士の学校に申し込んで、仙台から東京の学校まで新幹線で通いました。診断士は受験する人たちが多様で、僕は当時23歳でクラスの最年少でした。最初に入った会社は平均年齢が20代で、ほとんどが新卒のプロパー。女性が職場の9割を占めていました。「男の背中」を見せてくれる先輩がほとんど会社の中にいなかったんですが、診断士の学校には、社会人の大先輩がたくさんいました。その中に、今でも親交の深い3歳上の先輩がいたんですが、その人がものすごい自己啓発オタクで、「紀行、この本を読んだか?」「これを読め、その次はこれ」と勧められて読んだ本の印象が、今でも僕の中に強く残っています。
――どのような本が印象に残っていますか?
池田紀行氏: トム・ピーターズの『ブランド人になれ!』や、『セクシープロジェクトで差をつけろ!』、それから落合信彦さんの『「豚」の人生「人間」の人生』などにはすごく影響を受けました。落合さんは「20代から貯金して将来に備えるなどというのは、豚の人生で、稼いだ金は全部自己投資に回せ」ということを言っています。当時は、月に10万円ずつ貯金していたんですが、それからはその貯金分を全額本代に回して、年間100万円分以上の本をむさぼるように読んでいました。仙台から帰った後は、中野で18㎡位の狭い部屋に1人暮らしをしていて、その部屋にはシングルベッドと、天井まで届きそうな本棚の中に本が1500冊くらい納まっていました。
――本のどのようなところに惹かれたのでしょうか?
池田紀行氏: それまで全く本を読んだことがなかったので「本ってこんな面白いのか!」と思ったんです。診断士の勉強と遅すぎる読書体験を通して、初めて勉強の楽しさを知ることができました。知識欲というか、世の中の広さ、色々な考えなどに刺激を受けて、わくわくしてしょうがなかったので、診断士の勉強にも没頭しました。自己啓発の本には「20代までにこれをやれ、30代までにあれをやれ」といった本がありますが、僕は心配性なので、20代のときに、30代、40代の人向けの本を先回りして全部読んでいました。
著書一覧『 池田紀行 』