鈴木亘

Profile

1970年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学経済学部卒業後、日本銀行入行。退職後、大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了、2001年経済学博士号取得。大阪大学社会経済研究所助手、社団法人日本経済研究センター副主任研究員、大阪大学助教授、東京学芸大学准教授などを経て、現職。専門は社会保障論、医療経済学、福祉経済学。主な著書に『だまされないための年金・医療・介護入門』(東洋経済新報社、第9回・日経BP・Biz Tech図書賞)、『生活保護の経済分析』(東京大学出版会、第51回・日経・経済図書文化賞)、『年金問題は解決できる! 積立方式移行による抜本改革』(日本経済新聞出版社)などがある。

Book Information

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「デジタルで考える人」の出現


――電子書籍はお使いになっていますか?


鈴木亘氏: はやりものが好きなので、Kindleは真っ先に買いました。大きいのから小さいのまで、色々と持っていますが、だんだん使わなくなったというのが正直なところです。

――使わなくなってしまった原因はどこにあるのでしょうか?


鈴木亘氏: 腰を据えて考えるためには、書き込みまくって、後で読み返したり、読んだところにすぐ戻ったりできるから、最初に触れるものは紙がいいんです。電子は便利だけど、アクセス感もないし、血肉にならないというか、なんとなく頭に入ってこない。ただ、一度読んだことがあるものを、たくさん持てて、常にレファレンスできるというのは便利だと思います。私は本を持って歩く人間で、大学の時は「移動図書館」や「通信兵」などと呼ばれていました(笑)。若い頃はそれで良いのですが、40歳を超えると辛くなってくる。大阪や海外も良く行くので、旅行に行く時はKindleを持っていきます。学者ですから論文をたくさん読むのですが、論文のほとんどは電子化されているので、関心がありそうな論文を大量にダウンロードしておいて、必要な情報だけを抜きとったものなどを、飛行機や新幹線の中で読めるので、便利でいいですね。
今は「紙か電子か」というモデルになっていますが、セットにしてもいいんじゃないかなと私は思っています。紙を買うと電子版も500円などで付いてくるとすごく助かります。日経新聞の電子版を取っている人は、紙の新聞も毎朝開くけど、細かいことは電車の中でスマホで詳しく読んでいます。そういった使い分けが、電子書籍でできると便利なんじゃないかなと思います。

――教育の現場でも電子書籍によって変化がありましたか?


鈴木亘氏: スタンフォード大学などでは新入生にKindleが配られていて、教科書はもうすでに電子版です。授業のスタイルも、動画などを使ってリンクして、日本よりもはるかに進んでます。私は、ミシガン大学に1年いたんですが、パソコン1つ持っていたら、どこでも勉強できるという素晴らしい環境でした。デジタルネイティブは紙を介在しないので、おそらくこれからそういう世界になっていくのだと思います。



私にも似た経験があって、私が大学に入った頃に表計算ソフトが出て、すぐ飛びついて使っていたんです。LotusからExcelに移っていった時代ですが、私の先生たち、あるいは銀行の上司たちは、紙と電卓で「不良債権はこれぐらいになってるんじゃないか」と考える。そろばんを使っている人もいて「よく鈴木君はパソコンの前でものが考えられるな」などと言われていました。最初のアクセスがそうだったから、ものを考える時は表計算の上で考えて、ソフトがなくても、発想自体が表計算の形で頭に浮かぶのです。今は色々なプログラムがあるから、今の人はもっとすごいんでしょうね。

情報の質を担保する「セレクション」を


――電子技術で大量の情報が発信されるようになりましたが、今後の課題はどのようなところにあると思いますか?


鈴木亘氏: データを得ることのコストが安くなって、ほとんどがタダだから、お金がかかると誰も読んでくれない。情報を生み出すことで稼ぐのが、相当難しくなるんじゃないかなと思います。単価が安くなれば数で稼ぐしかないわけですが、私たちがやっているような分野は、知りたいと思う人はそれほどいないので、ベネフィットが低くなります。情報を出すことのコストも低くなって、情報が拡散するという意味ではすごくいいことなんだけれど、難しいビジネスモデルになっていくと思います。私は「もうタダでもいい」と思ってやっているところもあります。ブログなどのように「知ってほしいからやる」という動機でしか情報が出てこなくなってしまうでしょう。
それともう1つは、質が分からないことです。本当にうそ八百といったものも世の中にたくさん出回ります。私の分野を見ると、本当にゴミのような情報ばかりで読む価値がない。特に、最近は生活保護の本が多いんですが、ろくでもないのがたくさん並んでいます。本ですらそういう状況なので、ネットとなると目も当てられない混乱状態になっています。それが将来どうなっていくのか、ということにはすごく関心があります。

――しっかり分析された良い情報を、見つけ出すにはどうすればよいのでしょうか?


鈴木亘氏: クオリティをセレクションするとか、格付けすることをやらないと、本当に必要な情報にすらたどりつけない。出版の役割には、一種そういうところがあって、昔の編集者にはものの分かった人が多いので、著者を選んだ時点で相当クオリティをチェックしていたと思います。編集者が色々な意見を言って、新人を育ててくれたりするから、出た時点で本はわりと価値があるものになっていました。
電子書籍でも、格付けのようなものができて、いい本しか薦めないとか、いい本の最初の1章ぐらいをタダで提供してくれるとか、そういうビジネスになるのかなという気はします。紙の本の場合は、「この書店に行くといい本が並べてある」ということがあって、例えば経済学でも、東大の生協は、だいたいこれを読まなきゃいけないという本をそろえています。そういうモデルがあるといいと思います。

学問も実践も、「欲張り」に追求


――今後の展望をお聞かせください。


鈴木亘氏: まず、今一番力を入れているのは、大阪のあいりん地域の改革です。ここはホームレスが多くて、生活保護の割合も4割になる大貧困地区です。世界中のスラム地域の改革は追い出してしまうといった「クリアランス」でした。例えばニューヨークにソーホーというおしゃれな地域がありますが、あそこはもともとホームレスたちが住んでいたところだったんですが、放水車でみんなを追い出して、新しい街を作るということが「再生」なんです。でも、私がやっているのは、まずホームレスたちに仕事を創り出すことです。例えば不法投棄の処理とか、分別回収とか、地域の見回りなど、環境美化を仕事としてもらって、彼らが賃金を得て、ホームレスをしないでドヤに入ったり、シェルターに入ったり、ステップアップしていく形の再生を考えています。ホームレスたちは、お互いに仲が悪いことも多く、行政と地元の人たちとの仲も悪いなどといった相互不信がありますので、その間をつなぐような、小さな坂本龍馬のようなことをやっています。また同和の問題など、100年話し合っても解決しないことを、経済の観点でつなぐということにも努めています。

――経済学を世の中のために活かす、まさに学生時代からの想いが結実しているのですね。


鈴木亘氏: 本当に高校の時に考えていたようなことをやっている感じがします。純粋な学者では発想できない形で、経済を活用したいという野心が私にはあります。そして、そのような問題について、分かりやすいメッセージを発して、分かってもらうこと。「こうしなさい」じゃなくて、「こういう仕組みになっていて、こういう状況になっていて、いろいろ問題でしょ?だから、私はこうしたらいいと思う」という形でアプローチしていきたいと思います。
その一方で、本業は学者なので、学者のギルドの中で、100年後に役に立つかもしれないことを考えなければといけないと思っています。学者としての仕事は、社会保障の問題を色々と難しくする政治過程について、学術的に最先端のことができるのではないかと思っています。まだ40代なので、あと10年ぐらいはいろいろな仕事ができるだろうと、かなり欲張りなことを考えています。

(聞き手:沖中幸太郎)

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この著者のタグ: 『大学教授』 『経済』 『考え方』 『価値観』 『教育』 『経済学』 『景気』

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