著書は「ユーザー第一主義」でわかりやすく、
伝えたいことをクリアに
桜井久勝さんは、1975年神戸大学経営学部卒業後、神戸大学経営学部助手、神戸大学経営学部教授を経て1999年より神戸大学大学院経営学研究科教授となられ、現在も教鞭をとられています。財務会計・財務諸表分析をテーマとした研究の傍ら、『会計学入門』『財務会計・入門』『テキスト国際会計基準』など、会計学を一般向けにわかりやすく書いた著書も好評です。今回は桜井さんに、会計学について、そして書き手としての書籍や電子書籍についてのお考えを伺いました。
大学教員は3つの役割を期待される。
――普段のお仕事の内容と、会計に関するお話をお聞かせ下さい。
桜井久勝氏: どこの大学でもそうですが、大学の教員は、3つの役割を期待されています。メインは研究で、2番目が教育、そして3番目に社会貢献です。若いうちは圧倒的に研究にウェイトをかける人が多いですが、年をとると研究の第一線では若い人に太刀打ちするのが難しくなってきますので、研究は若い人にバトンタッチして、教育や社会貢献の仕事の割合が増えてきます。今日も午後から金融庁の会議に出席するんですが、そういう仕事でよく上京します。教育の面では大学で授業をしますし、教科書を書くこともあります。
――普段は学生とはどのようにお付き合いをされていますか?
桜井久勝氏: 学生にとっては、自分の親よりも私の方がおそらく年上だと思います。気楽に接するように心がけていますので、親しみやすいのではないでしょうか。
――学生や教育について、昔と今と変わったと思われることはありますか?
桜井久勝氏: よく、ゆとり教育の話を聞きます。私は団塊の世代よりは2、3歳若いんですが、同世代の人数が多かった時代なので、競争が激しかったです。それに比べれば、最近の若い人は多少のんびりしている感じがします。うらやましくもあり、「もっと頑張れよ」という気持ちもあり。私たちが学生の頃は、特に社会科学系では大学院へ進学する人は少数でしたが、最近は随分増えました。大学院へ行くということは、昔は研究者になるということを意味しましたが、今は必ずしもそうではないのです。
――そういった変化の中で教えるために、どのような工夫をされていますか?
桜井久勝氏: 学生の教育ニーズのどこに焦点を合わせるのかということを考えます。最近、大学院で特に重視されているのは、社会人教育です。経営学研究科ですから、MBA教育があります。私のところは、研究科が定員51人で、MBAコースが69人ですので、MBAコースの方が少し定員が多いのです。社会人教育には、彼らのニーズに応えるための特別な配慮が必要とされます。
大学進学時に「公認会計士」を目指して
――兵庫県のご出身でいらっしゃいますね。
桜井久勝氏: 生まれは加西市です。そこで公立の小学校、中学高校と過ごして、高校生になった時に、どの大学へ進学するか考えました。その時、当時の受験雑誌で特集されていた、色々な仕事のリストを見てみたら公認会計士という仕事が載っていて、「これは自分に合っているかな」という気がしました。公認会計士になるためには、どの大学でどのような勉強をしたらいいのか、色々と調べてみたところ、神戸大学は会計学で伝統があるということがわかったので、神戸大学経営学部へ進学しようと決心したのです。
――ご両親は教育熱心でいらっしゃいましたか?
桜井久勝氏: 両親が教育熱心だったかどうかはあまり覚えていませんが、その頃の私は、今にして思えば、人一倍向上心が強かったような気がします。勉強好きで、田舎の高校でしたが、受験体制がしっかりしている学校でした。上位にいる方が楽しいから、それはもう必死で勉強しました(笑)。その頃は、入試センター試験がまだなく、受験は一発勝負で、倍率が15倍、25倍くらいだった。入学試験の会場が60人ぐらいの小さな教室だったのですが、「この中で合格できるのは、3、4人なんだ」と、身が引き締まる思いがしました。合格通知が出た時には、「一生懸命やったら、なんとかなるもんだ」と思いました。裏表の関係ですが、「そのためにはもうやるしかないんだ」ということも、その時によくわかりました。
そろばんで会計士試験を受けた大学生時代
――どのような大学生活を送られましたか?
桜井久勝氏: 公認会計士になろうという志を持って入ったので、最初からずっと勉強していました。会計学を勉強する人は、商工会議所の簿記検定を受けるんです。今は電卓が自由に使えるのですが、私が勉強し始めた頃は、圧倒的にそろばんの人が多かったのです。小さい頃に、親に言われて嫌々そろばんを習いに行ったことはあったのですが、あまり得意ではありませんでした。大学へ入ってからそろばん学校へ行きなおすと、生徒は小さな子供ばかりなんです(笑)。2、30人のクラスで、たまに大人がパラパラ混じってるような感じ。当時の電卓は大きくて、乾電池を何本も詰めて、それでやっと試験時間中使い続けられるようなものでした。値段も高く、貧乏学生に買えるような金額じゃなかったので、私はそろばんで受験したんです。大学の時には、卒業に必要な単位を取りつつ、空いた時間は図書館で簿記試験のための勉強をしていました。でも「そろばんの音がうるさい」という苦情が来るんですよ(笑)。学生からよく聞きますが、今でも電卓を使っていると、「電卓をたたく音がうるさい」と苦情を言われるそうです(笑)。
――公認会計士へ向かって無我夢中で駆け抜けた大学生活だったのですね。
桜井久勝氏: おかげで、公認会計士試験、昔で言うと2次試験に、大学の3回生の時に合格できました。インターン制度で、会計士協会が運営している補習所があるんですが、そこへ通いつつ大学へも通い、3次試験を受けるためには実務経験も必要なので、ある個人事務所で業務補助という形で、監査業務も経験させてもらいました。4回生の時に、もともと勉強好きですから研究者になるのもいいなと思い始め「このまま公認会計士になるのか、どうしようか」と迷いました。その時に「もうちょっと両方やってみよう」と思い、大学院へ行きつつ会計士業務もするといったように、大学院の時は二足のわらじを履いていました。当時は公認会計士の業務をすると、日当が1万円と高額だったので随分助かりました。個人事務所ですから毎日働きに行く必要がなく、声を掛けられた日に働いて、あとは大学院へ行っていました。今はとてもそんなことはできないと思いますが、私は幸いにして両立することができました。私どもの大学は実学主義の大学で、大学院の時の恩師が、「実務経験がきっと研究の役に立つ」という考えをされていたので、両立を認めてもらったことには本当に感謝しています。
公認会計士と研究者
――77年に第3次試験に受かり、その後も大学院で研究を続けて、そこから助手になられましたね。
桜井久勝氏: 当時、国立大学の教員は国家公務員だったので、公認会計士と両方はできないというルールでした。だから最終的にどちらを選ぶかという選択を迫られました。
――研究の道へ進まれようと決心されたのは、どのような思いからだったのですか?
桜井久勝氏: 一般の皆さまが会計学に関して持っているイメージとして、簿記の延長で考えられている人が多いと思うんです。でも、もっと重要なのは、企業が作った決算書が、社会の中でどのように役立っているかという側面だと私は考えています。それを、真正面から取り上げた研究で1968年に出版されているアメリカの論文がありました。それが随分面白かったのです。つまり、企業が「今年の利益はこれだけですよ」と決算を発表した時に、株式市場がそれに反応するのかどうか。実際にそういう企業の決算書が、市場や経済社会になんらかの恩恵やインパクトをもたらしているのかどうか、といったことを調べた論文でした。それまで私は、会計にはルールがあって、それを当てはめて決算書を作ること。その方法を研究するのが会計学だと思っていましたが、その作られた決算書が実際に役に立っているかどうかを調べた研究があって、その論文に感動したのが研究者の道を選ぶきっかけになりました。
文章は短く、かつわかりやすく
――『会計学入門』にも今のお話にリンクする内容が書かれていました。門外漢である、私でも、会計についてすんなり読めたというのが驚きでした。
桜井久勝氏: それは、私が意図してやっていることなんです。どう説明したら一番手っ取り早く理解してもらえるのかと、考えているんです。
――執筆の時にはどのようなことを大事にされていますか?
桜井久勝氏: 書くものは、研究関連と教育関連のものがあります。研究関連では、要するに、とりあげる問題の重要性と、それに関して自分の論文が新しく提供しようとする知見がなんであるのかを、アピールするのが論文の目的です。
一方、教育関連では、ユーザーにとって、ベストなものを提供するということを重要視しています。本を読んで勉強しようという人は、やはりそれなりの意志を持っておられる方だから、それに応えなければならない。そのために一番重要な情報はなんなのか、ということをいつも考えています。本には根幹の論旨と枝葉末節がある。ページが限られているから、なんでもかんでも詰め込んで、豊富であればいいというものではない。過剰スペックになって売れなくなったものも、電気製品ではたくさんありますよね。そういう本にならないように心がけています。
――そういったことを考えられるようになったきっかけはありますか?
桜井久勝氏: 自分が学生時代に読んだ本の中には、色々と書いてあるんだけれど、この人が言いたいのはなんなのかということが、あまりクリアに見えてこない本が多かったのです。だから、人に読んでもらう本を自分が書く時には、「一番重要なエッセンスはなんなのか」ということを考え、それがわかるような書き方をする必要があると思っていました。特に私が意識しているのが、長いセンテンスはダメということです。だからどのように長い文章になっても、3行以内で「。」を書こうと心がけています。
――そこまで読者のことを考えられて書かれているのですね。
桜井久勝氏: 完ぺきには守られてないかもしれませんが、3行を越える文章はほとんどないはずです。文章の長さに関しては、意識的に数えてやっています。文章の書き方に関して言うと、同じ単語を繰り返し使うと文章が平板になってくると私は思っています。例えば、文末が「である。」「である。」「である。」というように3回続いてしまうと、読者に飽きられてしまう可能性があります。だから私は、文末を変えます。能動形で書いてあることを受動形に書き換えたりすると、読んでいる方にとっては躍動感が出てくるかもしれません。テクニカルターム、専門用語は絶対使わないとダメですが、それ以外のところは、近い部分で繰り返して同じ単語は意識的に使わない。例えば、「分析する」「検討する」「考察する」など、同一の言葉を、文章の中の近い部分で繰り返して使うと単調になってしまいます。私が守っているルールは、「3行以内におさえる」ということと、「近くで同じ単語は使わない」というこの2つです。
自分の教科書を作りたい
――本を執筆されるきっかけはどのようなことだったのでしょうか?
桜井久勝氏: 授業で楽をしたいと考えたことがきっかけだったかもしれません。自分の教科書がない場合、他の人が作った教科書を使うことになるのですが、それは、実は私にとっては教えにくいのです。次第に、他人が書いた教科書を参考にしながら、自分で副教材を作って学生に配ろうという気になる。でも、毎回毎回それをするのは大変だから、1つ教材を作れば、微調整して何年か使えるのではないか、ということを思い始めました。そのようにして取りまとめた教材が、現在の教科書につながっています。研究書の方はまた別の目的がありますが、私の教科書執筆の出発点はさぼり精神だったのです。
――編集者の方とのやり取りはどのようにされているのですか?
桜井久勝氏: 幸いにして教科書の方は版を重ねることができています。教科書ですから、色々な先生にお使いいただいているんですが、その先生の意見を情報として編集の方がこっそりと教えてくださるのが、実は一番ありがたいですね。同業者ですから面と向かって、「あなたの本の、ここがわかりにくい」とはなかなか言いにくいと思います。その編集の方は、「名前は控えさせていただきますが、こういう意見を言っている人がいますよ」、という情報をたくさん寄せてくださるんです。そういった意見を聞いて反発する方もいらっしゃるかもしれませんが、それでは、絶対ダメだと私は思います。消費者の声ですから、ユーザー志向を徹底しようと思ったら、「いつでもウェルカム」という態度でないと、人は意見を言ってくれません。自分のできること、知っていることには限りがありますから、人の知恵を拝借して、少しでもランクアップしていきたいと願っています。
電子書籍は研究のための電子ジャーナル購読がメイン
――発信者、書き手として、電子書籍に対する思いはございますか?
桜井久勝氏: 自分ではほとんど使ったことがないので、長所短所がよくわかっていないんです。私がユーザーとして使う場合は、勤務先の大学図書館へアクセスして、電子ジャーナルを読む時です。わざわざ図書館へ行かなくても、有名雑誌の論文は全部読めるし、ダウンロードして印刷して研究室で読むこともできます。私はそれぐらいしか使っていません。昔は図書館まで借りに行って、紙にコピーをして、それがどんどんたまっていくという感じでした。電子で便利なのは、キーワード検索ですね。この分野で今までどのような論文が書かれてきたのかというリストアップをすることができることです。その中から取捨選択していけるので、重要なものの見落としがなくなりました。昔は、資料の有る無しといった経済力のようなものが、仕事のできに影響してきていましたが、今は、資料の入手という点に関しては皆平等ですので、より一層競争が厳しくなったのだと思います。競争が厳しいということは、個人にとってはあまり幸せではないかもしれませんが、ユーザーにとっては、競争してより良いものが生き残った方が良いのではないでしょうか。
――電子書籍に対して期待することはありますか?
桜井久勝氏: 自分の博士論文を本にして日経賞をいただいたことあるんですが、ありがたいことに、今でもその本を読みたいと言ってくださる方がいらっしゃいます。しかし今はもう手に入らないのです。もし電子化されると、そういうこともなくなるのではないかと思っています。あとは、自分が電子ジャーナルで論文を読む時にも思うんですが、離れたページをめくる時には、どのようになるんでしょうか。例えば20ページくらいの論文の場合、数式で使う記号は前の方で説明されているじゃないですか。後ろの方の離れた数式の中の記号を見て、「これってなんだったんだろう」と振り返る時に、紙の雑誌だったら、ペラペラめくりながら見比べられます。それが電子ジャーナルだと、随分さかのぼって行ったり来たりしないといけない。それが不便だと感じるので、そういうことが改善されていけばいいと私は思っています。
読者のニーズに応えるための会計の本、趣味の島巡りの本も書いていきたい
――今後、著作に限らず様々な活動も含めて、どのような展望を描かれていますか?
桜井久勝氏: 今、私の著作を読んでくださっている方がいらっしゃるので、力の続く限りそういう需要に対応していこうと思います。あともう1つが、これは全く仕事と関係なく、完全に自分の趣味の本を1冊、本名ではない名前で出版してみたいです(笑)。
――どのような本をお書きになりたいと考えていらっしゃいますか?
桜井久勝氏: 色々と趣味はあるんですが、旅行が好きで、ここ10年ぐらいずっと、日本全国島巡りをやっています。加藤庸二さんという方が、『日本百名島の旅』という本を出版されています。それから、光文社新書で、斎藤潤さんという方が、何冊か『日本《島旅》紀行』や『東京の島』などを出版されていています。私はそういう紀行モノが好きなので、自分でもそういった本を書いてみたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 桜井久勝 』