加藤文

Profile

1964年、北海道生まれ。明治学院大学社会学部卒。広告代理店勤務を経て、制作会社のコピーライター。グラフィック・CM等の制作、CI、PR誌の創刊、編集、執筆も行う(SUNTORY クォータリー他)。2005年、退職し執筆に専念。2000年に発表したノンフィクション・ノベル『厨師流浪』(日本経済新聞社刊)で作家デビュー。その他に『やきそば三国志』『花開富貴-横浜中華街繁盛記』『電光の男』(共に文藝春秋刊)などがある。インタビュー&ポートレート誌の企画を立案し、英知出版から月刊誌「IJ(アイ・ジェイ)」が創刊になる。同誌に編集企画メンバー、執筆陣として参画。

Book Information

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原点回帰で、新しい創作物を生み出す



加藤文さんは、明治学院大学社会学部卒業後、広告代理店勤務を経て、制作会社のコピーライターに。グラフィック・CM等の制作、PR誌の創刊、編集、執筆に携わったのち、2000年、ノンフィクション・ノヴェル『厨師流浪』(日本経済新聞社刊)を発表し、作家デビュー。『やきそば三国志』『花開富貴』『電光の男』などの著作があります。また、電子書籍も自作されたという加藤さんに、創作について、また電子書籍についてのご意見をお伺いしました。

言葉と写真。ふたつのコミュニケーションを並行して


――近況とお仕事の内容をお聞かせ下さい。


加藤文氏: 実は最近、病気になり、まだ完治していないんです。病気になった時、自分があと何年生きられるかなと思うのと同時に、今まで自分が書いてきたもの、発言してきたことが、果たして自分が考えていることに本当にシンクロしているのか、とまじめに考えました。僕は文章を書く仕事をする前に写真の仕事をしていまして、その時にやり残していることが、すごく多いことにも気が付きました。この2つが頭に思い浮かんだ時に、1回、言葉というものから離れて言葉のないコミュニケーションを突き詰めてみたいという気持ちがわき上がったんです。それで、『 HUMIDITY(水脈上のアリア)』というタイトルで作品をまとめました。この地球を包んでいる水分が空気中に漂っていて、いずれ雨になって、川になって海に流れていくというところと自分自身の一生を重ねました。「海に流れていった水は再生する」ということを写真で表現した作品で、今年出版しました。しばらくは、そういった活動を文章と並行してやっていこうと思っています。

――言葉のない方法で伝えようということですね。


加藤文氏: 例えばブライアン・イーノという音楽家がいますが、彼も最初はメロディーのあるポップ・ロックやロックをやっていました。それがある時、メロディーがなく音響のみで作られた環境音楽に携わるようになったんです。基本的に何かを作るということ、そしてそこに相手がいるということは、言葉があってもなくても全く変わらないんです。それならば、言葉が避けて通れないストーリー性や言葉そのものを自分の中で排除してみたかった。
僕は自分自身の中で言葉というものを突き詰めたいと思っています。言葉とはとてもうそをつきやすく、扱うことがとても難しい。それが、言葉を中心とした活動を続けてきた上での反省点というか、1番の重みだったという気がしています。

――『 HUMIDITY(水脈上のアリア)』を作り上げることは、伝えることと同時に自分自身の内省もあるのですね。


加藤文氏: 内省だけするんだったら寺にでも篭もるのが、一番いいんじゃないかと思います。でも、僕の場合はどこかで人と接点を持つというか、表現というものからどうしても離れられないので、こういう形で活動をしています。
この写真集はカラーとモノクロの両方でできていて、水の一生と輪廻転生を伝えています。そして全く言葉が書かれていません。沢があり、水が溜まり、耕地を潤し、稲田、実りがありといった感じで、99枚の写真で構成されています。これが僕のこの時点の気持ちであり、僕がこの世から旅立った後の世界を現しているんです。



谷川俊太郎の作品に魅せられて



加藤文氏: 僕の「最も感銘を受けた本」は谷川俊太郎さんの『谷川俊太郎詩集(正・続)』です。これはずいぶん古い本で、僕が高校以前に買った本です。実は今日までの一生を支配しているのが、この中の『旅』という詩集です。その中の「鳥羽」という作品は彼が家族と旅をしている中で見ている風景だけを淡々と伝えており、虚無的で、すごく彼自身の寂しさを感じる詩なんです。高校1年生の時にこの詩に心を動かされました。 「何ひとつ書く事はない 私の肉体は陽にさらされている 私の妻は美しい 私の子供たちは健康だ 本当の事を云おうか 詩人のふりをしているが 私は詩人ではない 私は造られそしてここに放置されている 岩の間にほら太陽があんなに落ちて 海はかえって昏い この白昼の静寂のほかに 君に告げたい事はない たとえ君がその国で血を流していようと ああこの不変の眩しさ!…」という詩で、こういう描写がどんどん続いていくわけですが、本当に感動しました。

――どんな風に感じましたか?


加藤文氏: 「本当のことを云おうか 詩人のふりをしているが 私は詩人ではない」「何ひとつ書く事はない」といったように、とても正直なんですよ。まさに今の僕の気持ちです。だから作家や写真家のふりはしているけども実はうそだよ、本質はもっと別のところにあるよ、という感じです。50歳になる手前まできて、まさに自分自身のこととして、今この言葉がすごく染み渡ってくる。谷川俊太郎さんもここで詩人をやめるとは一言も書いていません。でも、「書くこともないんだけど」と言っていたりして言葉を突き放し、本当に率直だと思います。

――言葉を生業にして、実績も数々の実績もお出しになりましたが、伝えること、表現することに勇気が必要だったり、怖さはありませんでしたか?


加藤文氏: それは常にありますね。人間同士は言葉でしゃべらなければわからないという大前提があるんだけれど、正確に言葉を相手に伝えることは、すごく勇気の要ることです。僕自身もインタビュー誌を企画してインタビュアーをやってきた経験がありますからわかります。
特に、『IJ』という雑誌で経験したことがまさにそうです。それまでは自分が書斎にこもって仕事をしていれば良かったわけですが、ちょっと人の話を聞いてみたいという欲望にかられて雑誌を創刊し、そこで言葉の難しさ、コミュニケーションの難しさを感じました。

―― 表現者というのは常に勇気と挑戦が必要なのですね。


加藤文氏: あるいはもう完全に自分が演技者になることですね。すごく利口なふりをするか、ばかになるか、ピエロになるのか。仮面をかぶって、そこで何かを演じ続けることが、もう1つの選択なんだと思うんです。

人とは違う自分を感じたから、表現に夢中になった



――幼少期の頃のお話をお聞かせ下さい。


加藤文氏: 僕は北海道で生まれて、父が国家公務員でしたので東京から北海道の間を大体3年ごとに移動して、生活をしていました。普通の子どもで友達はいたけれど、自意識過剰なのか、野球をみんなとやって1つになるとか、そういう心が1つになるという経験を1度もしたことがありませんでした。それで、小学校の高学年に近づくにつれて、「もしかしたら自分は人と違うんじゃないかな」と思うようになりました。そのうち、みんなの輪の中で心が1つになれないことは、書くとかギターを弾くとか、写真を撮るとか絵を描くことでは解消はされないけれども、救いになるんじゃないかなと考え始めました。これが小学校を卒業する前後の話です。

――その頃からものを書くようになったのですか?


加藤文氏: 小学生の間は自分が具体的に何をやったらいいかわかりませんでした。そして中1になって、まさに今はやりの中二病を発病しました。洋楽を大量に聴き初め、辞書を引きながら、英詞の歌詞カードを読んでいるうちに、何か自分でも表現したくなりました。そこで、中2のとき担任である国語の先生に渡す連絡日誌に、詩を書いたんです。そうしたら、「もっと色々書いたり読んだりしろ」と言われ、それで詩を書いたり、中古屋で買ってきた安いカメラで写真を撮り始めたんです。そして高校へ進む前後に、谷川俊太郎さんの詩に出会いました。わからないんだけれどもわかるという点で、僕にとっては聖書やお経と同じでした。また起点の1つでもあったんです

大学時代から広告業界にインターンシップ


――その後、明治学院大学に進まれましたね。


加藤文氏: 大学では社会学部に入り、写真を撮り続けていました。とにかく表現者として膜をかぶっているみたいな感じがして、何か自分と他人が相入れないものがあるからこそ伝えたいものがあった。あと、言葉をしゃべっていても、常にどこかにうそがあったり言えないことがあったりするのをどうにかしたい、という強い欲求があり、表現し続けてきました。ところが、表現者になれるといざ広告業界に入ってみたら全くそういう業界ではなかったんです。それで小説を書き始めることにしました。

――最初に『厨師流浪』という、ノンフィクションのジャンルを選ばれたのはなぜでしょうか?


加藤文氏: ノンフィクション・ノベルなので、モデルのすべてを記録的に順を追って書いていくのではなく、自由なところに枝葉を伸ばすことはできるという作法が気に入りました。ただ最初は、右も左もわからずに書いていきました。

――そのあとには、『電光の男』というフィクションを書かれています


加藤文氏: モデルはいるんですけど、フィクションに変化していくわけです。そこには特に理由はないんですが、あまりノンフィクションに縛られるのも良くないというのはありました。実は未完の長編で、まだ世の中に出ていない原稿があるのですが、それはもう完全なフィクションです。

――広告業界へ学生の頃から嘱託として潜り込んでいたということですが、どういうきっかけがあったのでしょうか?


加藤文氏: 自慢じゃないんですが、勉強をちゃんとやっていたんです。でも、学校で勉強することと同時に自分から大人の世界にアプローチしたい想いがすごく強くかったんです。最初はスタジオマンのバイトで仕事をしながら、写真に関する自分の表現を広げていき、出版社など色々なところに売り込みにも行って仕事をもらっていました。自分のポートフォリオを持っていって売り込むわけです。こういうことをずっと続けていたら、たまたま広告代理店の窓口がわかり、そこに売り込みに行くと、「じゃあイベントをやるから、そのイベントに付きっきりになって、とにかく写真を撮ってよ」と言われました。そこから広告業界に入っていったわけです。
出張もしましたし、イベントで全国各地を飛び回りました。大学を卒業した時に、「君、どうするの」と聞かれて、「じゃあ就職します」とお返事して、その会社に入ったんです。

ノンフィクションからフィクションへ


――人物、そして仕事、業績、食などといったところをテーマに扱おうと思ったのはどうしてでしょうか?


加藤文氏: 食に関しては実は後からついてきたことなのです。もともと食いしん坊で、自炊もしていました。それで、たまたまそういうシーンを書いた時に意外とうまく書けていたのをほめてくださる方もいて、食についての本の依頼がくるようになったんです。自分で食の話を書こうとは思ってはいなかったです。どちらかというと人物相手に書こうと思っていました。なぜ未発表のままの作品がフィクションでノンフィクション・ノベルではないかというと、正直、魅力を感じる人物がこの時代にいなかったので、フィクションという方向になりました。

――どういった人物が魅力的なのでしょうか?


加藤文氏: 僕らは外で出会っているからこういう襟を正したコミュニケーションの仕方をしているけれども、自宅に行ってみたら、実はさるまた1つで歩いていたりとか、扇風機の前でパタパタやっていたりするとか、それらを含めて人物が面白くなるんです。一例を挙げれば『アイアンマン』が映画として成立して面白いのは、彼の人間の欲や弱さ、悪さなど、そこがいい具合にブレンドされているからだと思います。僕は何かを表現していく上で、自分や相手の弱さとかカッコ悪さというものも同じような比率で表現されていた方がいいんじゃないかと思っています。どんな人にも、裏表があるからこそ面白いのであって、一面しかなかったら化け物でしかないと思います。この対比の、自分なりの基準にかなう人物がなかなか見つからない時代です。

電子書籍をただ批判するのは、マグロを知らないで買うようなもの


――加藤さんの読者が電子書籍で本を読むということに対して、屈託のないご意見をいただけますか?


加藤文氏: 僕は電子書籍という言葉が出る以前の青空文庫の時代から、これはちゃんとおさえておかなきゃいけないと思っていたんです。EPUB形式という電子書籍の形式がありますけれど、あれが出てきた時に自分で電子書籍が作れないかと思ったんです。当時、EPUB形式は縦書きができませんでした。「縦書きができないから小説が書けない」あるいは「日本語が書けない」ということを言っていたら僕は駄目だと思ったんです。相手が横書きしかできないと言っているんだったら、横書きで小説とかエッセイでもいいからとにかく自分で1冊、電子書籍を作っていかないとわからないんじゃないかと。

――どうして自分で1冊作ってみたいと思われたのですか?


加藤文氏: わからないからです。とにかく文章とか言葉を扱う媒体として新しいものが出てきたわけです。それは媒体の、形式だけにとどまる新しさだけじゃなくて流通に関する面も、あるいは制作に関する部分も新しくなる可能性を秘めている、そういった新しさがあるのが電子書籍だと思うんです。それを編集者とか誰かに言われてから、はいそうですか、自分の原稿を流し込んでくださいというだけじゃ駄目だから、とにかく1冊、自分で作ろうと思ったんです。少なくとも編集とか書くことに関わっている者としては、やっぱりわかっておかないといけません。電子書籍の本質をわからないままでは、料理人が築地に仕入れに行って、マグロとは何か知らないのにマグロを買っているのと同じです。だから自分で1冊作ってみました。1冊というか色々、昔のものを流し込んでみたりとか、とにかく自分で作業をやってみました。あくまでも自習であり、実験なので販売はしていません。

電子出版の現状について思うこと


――電子書籍の現状はどうでしょうか。


加藤文氏: 正直な話、僕は電子書籍にすごく熱を入れていた時期があるんですが、最近、なんか電子書籍の活字って読みにくいんですよ。電子書籍酔いをするので、紙の方が楽なところがあるんです。あと、僕は焼けたり古びたりしている古本が好きなんです。電子書籍にはそれがありません。だからといって電子書籍を僕は全否定するつもりはないんです。紙の本は紙の本として生きる道がある。電子書籍は電子書籍として、やはりまだまだこれから生きる道を大きくさせていくことができるでしょう。背景のテクスチャーの問題もそうですし、もしかしたらフォントも電子書籍用に開発されなくてはならないかもしれないし、なんとなくまだ電子酔いをする感じがするので、そういう問題をそれぞれ抱えながら、それぞれの生き方が明確になってくるんじゃないかと思うし、それぞれ両方に生き方がある。例えば現状では写真集なんかは圧倒的に実物として存在した方がいいと思う。電子書籍としてスピードを生かして、コストを落として販売するという方法もある。そういったそれぞれのメリット、お互いが、お互いのメリットを生かし合えるような進み方を見つければいい。だから今は、「どっちも頑張れ」という思いです。

――共存し合える関係が良いということですね


加藤文氏: 油絵や日本画が、CGにならないのかということに関しては誰も疑問を投げかけない。なのに、なぜか書籍に関しては、どっちかという話しかしない。紙のメディアが死に絶える時は、それこそ世の中に木材がなくなってパルプが作れなくなる時などで、何もなければまだ生き続ける。ただ、生き続けるためには、それこそ制作や流通上のさまざまな課題を解決しなければならない。同じことが電子書籍にも言えると思います。電子書籍になれば、じゃあ安泰なのかというと、そういうことでもない。そこも、まだまだやっていかなきゃならない問題が山ほどあるので、それぞれの専門家が関わっていかないと駄目です。新しいものに対するアレルギーで拒絶する、古いものだから、高いから、あるいは安いから拒絶するという話じゃなくて、「とにかくみんな、一度自分でやってみてよ」と僕は思います。そうすると構造が見えてくるから、それから自分の立つべき位置や選択するものを選べばいいと思います。



――今後の展望をお聞かせ下さい。


加藤文氏: 次の作品に関しては、まだ版元も決まっていませんし、作品の完成形が見えませんが、制作中の映像作品の発表を実現したいです。自分でとにかくやらなきゃ、とにかく何かを作らないと、と思っています。考えているだけでは駄目なのであって、それを完成させるということが大事なのです。自分が抱えている電子書籍への課題がクリアできれば、紙の媒体にこだわる必要はないと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 加藤文

この著者のタグ: 『コミュニケーション』 『写真』 『広告』 『言葉』 『コピーライター』

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