本はいつも「横から目線」で書く
――本を書く時に大切にしていることはありますか?
小倉広氏: 読んでいる人の役に立ちたい、気付いて欲しいと考えて書いています。僕はソースネクストで「2年後には上場だ」と思ってがんばったけれど上場が延期になってしまい僕の代ですることはできませんでした。入社して3年後に辞めて別の会社でも、部下をまとめられずにつまずき、知人と創業した会社でも部下をまとめられませんでした。「部下との人間関係を上手く築けず、リーダーシップで失敗する」という、全部同じことが原因でした。3回目の失敗でようやく「これは自分の人間力の問題だ」と気付きました。僕と同じ失敗をしている人は多いと思いますので、そういう人に、自分が味わったあの苦しみを味わって欲しくない、もし味わわざるを得なくても、早く抜け出して欲しいと思っています。だから、どう書いたら気付いてくれるかなということしか考えていません。
――伝えるために論述の仕方などを工夫されていますか?
小倉広氏: 抽象的なメッセージと、具体的なエピソードがセットになっていないと、人は腹落ちしないと思います。「リーダーシップとは生き方である」と言われればなんとなく分かるけれど、ピンとこないので、体験談があった方がリアリティがあります。その体験談では、絶対に成功話、自慢話は書かない。「失敗から僕はこう気付いた」というメッセージを、抽象的なもの、具象的なものとを2往復して書きます。僕の体験談を、シンプルにするために省略したり、強調したりすることもありますが、カッコいい方向の脚色はせずに、むしろカッコ悪くします。
――小倉さんの作品に、いわゆる「上から目線」を感じないのはそのためですね。
小倉広氏: 僕は「横から目線」と言っています。普段は人間は、自分にも人にもうそをついて、いい格好ができるんですが、生きるか死ぬかの大きな病気をしたり、破産したり、刑務所に入れられた時など、極限の辛い状況に身を置いた時に、カッコつけない、本物のダメな自分が出てきます。そして、その自分とイヤでも向き合うしかない。しかし、そういった時こそ人が本当に成長するチャンスなのです。僕にはそういう場面が多かったような気がします。失敗もしましたが、そのお陰で人より深く色々なことに気付くことができたのだと思っています。
出版社が担う、編集とブランドの価値
――電子書籍についてはどのようにお考えでしょうか?
小倉広氏: iPadで本を読んだこともありますが、今はiPadを持ち歩かなくなってしまいました。Kindleも買おうかなとは思っていますが、まだ使っていません。僕は新しい物が好きで、電子書籍に対しても心理的抵抗もなければ思想的抵抗もないのですが、執筆があるのでパソコンを持ち歩かなくてはいけないので、iPhoneとiPadとパソコンを持つと、消去法でiPadがいらなくなるんです。
――電子書籍はこれからもっと普及していくでしょうか?
小倉広氏: 今後は必然的にどんどん電子書籍になっていくと思いますが、思いの外、時間がかかっているように感じます。ネガティブには捉えていませんが、iPadの登場の時も、Kindleが出た時も、一気に行くかなと思いましたが、意外にスピードがなだらかですね。
――それにはどのような理由があると思いますか?
小倉広氏: 1つはユーザビリティの問題で「機械に詳しい人しか使わない」というのがある。電子書籍に限りませんが、商品がコモディティ化していくためには時間がかかります。もう1つは売り方、買い方の問題です。電子書籍の値段がまだ確立されておらず、1冊100円で売るという出版社もあれば1200円で売る会社もある。僕の本でも850円の本もあれば、100円、200円のもあって、しかもその値段には特に根拠がなく、印税率もバラバラです。アメリカではものすごいスピードで電子書籍化されていることを考えると、書店や出版社、流通の既得権益の問題などもあるのでしょうね。
――今後出版社はどういった存在になっていくでしょうか?
小倉広氏: 今の時点でも既に、出版社を通さなくても著者がそのままKindleに載せて本を売ることはできます。しかし、そのやり方で一番問題になってくるのは、編集者がいないということです。僕の中には「本は著者と編集者の共作だ」という感覚があって、1人でやれるとは思いません。だから、編集の力がある限り、出版社はなくならないと思っています。ただ、出版社には編集機能とディストリビューション、流通機能があって、編集機能は価値があり続けると思いますが、ディストリビューション機能は相対的に弱まるのは仕方がないと思います。そういった点で会社としての利益が減るのは当然だと思いますので、出版社の価値は、編集の力とブランドという安心感、一定のクオリティーを保証してくれる部分になっていくかもしれません。
――編集者の役割としてどのようなことが重要だと思われますか?
小倉広氏: 第三者として客観的に助言をくれることです。どうしても書き手視点になってしまい、読者の目線に立てなくなることがあります。そんな時の助言は大変ありがたく思います。亦、著者というのは書いているのが辛くなる時もあるので、励ましてくれることも大きいです。最初に僕を担当してくれたA編集長は、僕の原稿を読んで、必ず心のこもった感想を書いてくれました。苦しくて書けない時も、僕のような新人をずっと励ましてくれました。指導でもなければビジネスとしてでもなく、一読者として著者応援してくれたり、「待っている読者に届けてください」と心を込めて言ってくれるのが、心に響くんです。特に1冊目は苦しくて、何回も挫折しかけましたが、それが励みで書き上げることができました。
――今後の作品の構想をお聞かせください。
小倉広氏: 僕としては、初めての心理学の本がダイヤモンドさんから出ます。それを皮切りに、心理学について力を入れてやっていきたいと思います。心理学に関して書いている先生はたくさんいらっしゃいますが、多くの場合は大学教授や医師で、僕のように会社員として現場でドロドロになって仕事をした人は少ないかもしれません。でも、そういう経験がある人間が語ることに価値があると思っています。あとは、元々僕の文章はエピソードや物語主体なので、小説的なものや、エッセイ、コラムにチャレンジしていきたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 小倉広 』