世界に発信できる日本人を1人でも多く
柴田真一さんは、英語とドイツ語に精通する語学教育のエキスパートで、大学教授、文筆家として活躍されています。講義、執筆に活かされているのが、銀行の海外法人での長年にわたる勤務経験。金融・経済英語やビジネス英語等、実務者に有益な情報を提供し続けています。柴田さんに、語学教育や執筆活動にかける想い、読み手、書き手として見た電子書籍の印象などをお聞きしました。
言葉の大切さを学んだ幼少期の体験
――大学での講義の内容をお聞かせください。
柴田真一氏: 授業は6コマ持っていまして、主にビジネス英語とビジネスコミュニケーションを教えています。学生からフィードバックをもらいながら、「日替わりメニュー」でやっています。ゼミは国際経済に関するもので、3年生と4年生を担当しています。サラリーマンの時はほとんど海外がらみの仕事をしてきましたので、ビジネス関係が中心です。
――幼少期から海外に行かれていたそうですね。
柴田真一氏: 父が外資系企業で働いていて、僕が小学校3年生の時に、ニューヨークの米国本社へ4ヶ月くらい短期出張していたんですが、その時1ヶ月ほど家族でアメリカを訪れました。そこで見たアメリカは豊かな国で、蛇口をひねればお湯が出る、お風呂も全部お湯が出る、今は当たり前ですけれども、そういうのを見て、「アメリカってすごい国だな」と思いました(笑)。帰りはヨーロッパ経由で帰ってきたんですが、2、3日ずつ、ロンドンやパリなど、何ヶ国かを回ってきました。そこで外国の文化に興味を持ちました。学校は、これ以上休むと進級できないギリギリのところまで休んで、ドリルや教科書をニューヨークに持って行きました。
――外国を見ることで、感じられたことはありますか?
柴田真一氏: とにかく言葉が通じないとどうしようもない、ということです。例えば父の同僚の家に行って、その家の子どもと、子ども同士で遊んでいろと言われても、話ができないから、ただニコニコしながらおもちゃで遊んだりしているわけです。子ども心に、「やっぱり外国語は大切だ」という実感、というより恐怖感みたいなものがありました。
――英語の勉強はどのようにされましたか?
柴田真一氏: 中学に入ってから学校でも英語をやることになりましたが、NHKのラジオ講座やテレビ、当時始まったセサミストリートなどを見て本場の音を聴きました。あとはビートルズなどの歌や、小林克也さんのラジオもよく聴いていました。小林さんは帰国子女ではないのに、それでもああいう風にかっこいい英語が話せるんだ、と思い、あこがれていました。
ドイツから直接イギリスへ転勤
――上智大学ではドイツ語を専攻されますが、それはどうしてだったのでしょうか?
柴田真一氏: 英語は自分で勉強しようと思って、それに加えて違う言語を勉強してみたいなということで始めました。ドイツ語かフランス語のどちらにしようか迷いましたが、男だからドイツ語、という単純な理由で選びました。それと、小学生の頃にドイツに行った時に、あるホテルの方がすごく親切にしてくれて、「ああ、ドイツっていい国だな」、となんとなく思っていたことが頭に残っていたのかもしれません。
――それから第一勧業銀行に入られて、ドイツに駐在することになったんですね。
柴田真一氏: ドイツには5年いました。フランクフルトで人事面接をした時、「将来何をやりたい?」と聞かれ、「将来は、ロンドンかニューヨークですかね」と言ったら、直接ロンドンに行く辞令が下ったんです。当時の上司からは「イギリスで2、3年、ちょっと経験を積んできてくれよ」と言われたのですが、最終的にはイギリスに15年居ました。
――イギリス英語はアメリカ英語と異なる部分もありますが、苦労はありましたか?
柴田真一氏: 私が初めに英語を勉強した時は、小林克也さんを真似ていましたので、アメリカ英語でした。ドイツにいた時も、英語を話す時はアメリカ英語でしたが、イギリスに行った時、初日に「You speak American English?」って同僚から冷たい言い方で言われて、「参ったな、これなら日本人のカタカナ英語の方がまだよかった」と思いました。それから徐々に直していきまして、1ヶ月後くらいに、その同僚から「Your English is beginning to sound like British English.」 と認めてもらえました。
ネイティブの発音を身に付けるより、意見を発信すること
――やはり、言葉の壁があるとビジネスでは相当不利になってしまうものでしょうか?
柴田真一氏: 僕は、はじめはネイティブのように話すことを目指していたのですが、ドイツに赴任になった時、ある上司から「柴田君のドイツ語は、ネイティブみたいにきれいだけど、ネイティブみたいに話せると、相手がガーッとたたみかけてくるから、ビジネスでは不利だ」といわれて衝撃を受けました。努力してせっかく発音も磨いたのにそのようなことを言われたので、その時は「なにくそ」と思ったんです。でも、ビジネスっていうのは確かにそういう部分もあると思います。それから徐々に考えが変わって、たとえブロークンであろうと、自分の意見をピシッと言うことが原点じゃないかと思うようになりました。意見は常に相手と異なりますから、着地点を見出さなければいけない。同じ土俵に乗れれば、外国人の英語であってもいいんです。フランス人はフランスなまりの英語で迫ってきます。日本ではネイティブ信仰は強いけど、そこにとらわれるとゴールのないマラソンを走っているようになります。いつまでたっても英語に自信が持てない。もっと大切なことは、意見を発信していくこと、そして信頼関係を作っていくことだと、常に学生に伝えています。おどおどして話していると、向こうも動物ですから弱い相手にはガーッときます。堂々とやることが大事です。それは難しいことでもあるんですけどね。
――ロンドンでは仕事上どのような困難がありましたか?
柴田真一氏: 私のいたロンドンの現地法人は、500人ぐらいの社員で、日本人は1割ぐらい。社長はイギリス人で、副社長はノルウェー人、僕の上司はアメリカ人といった多国籍軍なわけです。日本の本社からすれば、僕は本社の社員だから、「本社の意向をうまく伝えろ」と言いますが、現地サイドからすれば、「そんなのイギリスではできない」、と必ず板挟みになり、調整役になるのです。文化の違いもありますし、考え方の違い、発想の違いもある中で、ギャップを埋める作業を毎日していました。そうした経験を、今伝えていければと思っています。
――柴田さんの教育方針や著作には、そのような理念があったのですね。
柴田真一氏: 理念みたいなカッコイイものじゃないけれども、やっぱり表現の仕方がへただと割を食うんです。日本語で話せば素晴らしい仕事もできるし、素晴らしい意見を持っているのに、外国人が入るミーティングになると、借りてきた猫みたいになってしまう人が多い。日本人としてそれは悔しいです。どうやったら日本語を母語とする人が、外国人と同等にやって、一目置かれる存在になれるか、自分も苦い体験をして、冷や汗とか恥をたくさんかいてきましたので、それを少しでも伝えていきたいと思っています。
世界で渡り合うスキルを楽しく教える
――これからビジネスで英語を使わなければならないという方に、どのようにアドバイスされますか?
柴田真一氏: 英語のEメールの本がたくさん出ていますけれども、フレーズ集みたいなのが多い。それは基礎的には必要ですが、メールに限らず、対話力をどうやってつけていくかが重要です。私はよく、会議で「Why?」と聞かれることがあって、私だけに何度も言うから、いじめられていると思ったんです。会議が終わって、あるイギリス人に、「なんで僕だけ突っ込まれるんだろう、ちゃんと説明しているのに」と聞くと、「いや、説明が足りないよ」と言われました。日本人は、「これは言わなくてもわかってくれるだろう」ということは省略してしまう。分かりきったことを言うのは失礼だという気持ちが先立ってしまうんです。対話力は体験から生まれるスキルで、才能とは違います。誰でも身につけることができるし、しかも身につけるだけで全然効果が違ってきます。
あともう1つ、外国人同士が話している中で自分の意見を言おうと思った時、どこかで話を止めなければいけない。「バトンタッチの法則」と言っているんですが、陸上でバトンタッチする時、まだ走っている時に次の人が走り出すのと同じように、まだしゃべっているんだけど、そろそろ終わりだなと思ったら、重ねて自分の意見を言い出す。そうすると相手がフェードアウトしてくるんです。相手がきちっと終わるのを待っていると、いつまでも発言できません。
――柴田さんの本は、楽しく読めるように工夫されていると感じます。
柴田真一氏: 楽しむという姿勢を僕はヨーロッパで学びました。歯を食いしばってやることも大切なんですけれども、楽しいと思ってやらないと効果は半減してしまいます。僕の本は、時々軽すぎるかなとも思いますが(笑)、分かりやすくしようと思っています。難しいことを易しく伝えるのは、すごく難しいんです。私は、英語分野での池上彰さんを目指してやりたいなと思っています。
「縁」で始まった文筆家のキャリア
――執筆を始められたのはどういったことがきっかけだったのでしょうか?
柴田真一氏: 本当に縁で、2003年に金融英語のメールマガジンを始めたのが最初です。そのきっかけは、ロンドンから東京に出張していた時、東京駅の書店で見つけた、猪浦道夫さんの『語学で身を立てる』という本です。その本が面白くて、ロンドンに着いて著者のことをグーグルで調べたら、メールマガジンを出している語学の専門家で、もともとイタリア語がお得意で、英語、スウェーデン語からデンマーク語までメルマガを出している方だとわかりました。連絡先があったので、メールを送ったんです。そうしたら、猪浦さんが「今度ロンドンに行くのでお会いしますか?」とおっしゃって、1ヶ月後ぐらいにお会いし、意気投合しました。その時に「金融英語のメルマガを出してくれないか」と言われたんです。
――最初のご著書『金融英語入門』出版の経緯を教えてください。
柴田真一氏: メルマガを半年ぐらい出した頃、猪浦さんから「これをまとめれば本になる」と言われて、東洋経済新報社に話を持ちかけたら、「面白そうですね、ちょっと話を聞かせてください」と興味を持っていただけました。その後、担当者と正月明けぐらいに会ったら、3週間後ぐらいに「本になることが決まりました」と報告がありました。その時、メルマガの分量としては、本の半分くらいしか書けておらず、残り半分は5月までに書いてくれと言われたのですが、3月下旬ぐらいになって、東洋経済の違う方から、「じゃあ来週からよろしくお願いします」っていう連絡が来たんです。「来週からって何ですか?本は5月までに書けばいいんですよね」と聞いたら「まだ聞いていませんか?4月から『週刊東洋経済』で連載を書いていただくことになっています」と。「そんなこと言われたって、仕事もありますし、本も書かなければいけないし…」といったのですが、もう紙面も組まれていました。それが、「使える!金融英語」で、最新の金融情報を交えながら、ためになる英語のセンテンスを紹介するものです。金融経済の話題として面白くて、英語の学習材料としてもためにある題材を探さなくてはならず、結構大変でした。お盆と正月だけは2週間ぐらいお休みをもらいましたが、2年半連載しました。自分でもよく書いたなと思うんですけれど、いい文章の訓練になりました。
電子書籍には、埋もれた本を掘り起こす可能性がある
――電子書籍は使用されていますか?
柴田真一氏: 今、大学でGlobal Perspective through Englishという授業がありまして、英語のドキュメンタリーDVDを題材に世界の情勢を学ぼうということで、アメリカ・イギリスに限らず、世界中のいろいろなトピックスを取り上げています。例えば、「The Ladyアウンサン・スーチー」の映画を観て、ミャンマーについて色々解説をする。その際、学生にはスーチーに会ったこともある三上義一さんという元ジャーナリストの方が書かれた電子書籍を参考図書として勧めました。これが250円で読めます。
――電子書籍の良い点はどういったところでしょうか?
柴田真一氏: 電子書籍の良いところは安くて手軽なところです。学生にとって、やっぱり本は高い。2000円、3000円する本をどんどん読みなさいとは言えませんが、250円であれば、自分で買って読んでみなさいと言える。特に学生にとって身近になっていく可能性はすごくあるんじゃないかなと思っています。私の本もイーブックになったものがあるんですが、これからは電子書籍の時代なのかなと思います。教科書的なものは、書き込みをするので紙のほうがいいかもしれませんが、PDFなどで書き込めるようなものが普及してくればいいと思います。
――書き手としても電子書籍の可能性は感じられていますか?
柴田真一氏: 書くサイドから言うと、紙だと商業ベースにのらないことがあるんです。最低何千部という決まった部数があるので本にならないものがある。学会にはいろいろな研究をしている人がいて、マスにははまらないけれど、特定の人たちには役に立つものというのがあります。それで埋もれたものはたくさんあると思うんです。私の本で言えば、『金融英語入門』という本があって、それを読み終わった人から、次のレベルの本が欲しいと言われることが結構あるんです。しかし上級者向けの金融英語や、金融ドイツ語や金融フランス語は読者が限られるから、本にはならない。でも、イーブックだったら採算にのるから出せる、などと広がりが出てきます。出版社・編集者の役割は、そういう本を掘り起こしていただくことだと思います。それに、最近の経済の状況についてまとめても、半年後には古くなってしまいます。国際情勢もそうです。シリアの問題も、1年前に書かれた本は、その時点における情勢を知るにはいいのですが、最新情報を知ろうと思うと、もう古いんです。量は少なくてもいいからそういったものを専門の方が書いた電子書籍をもっと読んでみたいです。
「言葉の力」を知り、日本をプレゼンする
――よく読まれる本はどういったジャンルのものですか?
柴田真一氏: 私がよく読む本は、大きく分けると2つの分野があって、1つはリーダーシップ本とか、人生のノウハウの本。学生は人生をどう生きていったらいいかというのを悩んでいます。自分が学生の時もそうでしたけれども、実社会では何が求められているのか、それに対して自分が何をやらなければいけないかがわからない。そういった学生に対してどうコーチング、アシストしていくかの参考にします。佐々木常夫さんの本をよく読むのですが、例えば「目標を立てること」が重要と書いてあります。そこで学生に「今期の目標をたててごらん」と言うと、頑張るとか、精神的なものはよくあるんですけれども、あまり具体的ではない。そういう時にリーダーシップに関する本を読んで、ああ、こういう風にアドバイスすればいいんだなと、ヒントにしています。
もう1つは、自分の授業では、自分とは異なった視点でものごとを見ていらっしゃるような人の本が参考になります。寺島実郎先生の本が好きなのですが、寺島先生からは、中国という国だけを見るのではなくて、もっと広い意味で大中華圏として華僑をとらえるべきだとか、日中だけじゃなくて米中という視点でものごとを捉えるべきだとか、複眼的な見方を学んでいます。やっぱり本から学ぶことは多いですね。
――最後に、今後の著作などの展望をお聞かせください。
柴田真一氏: 今までの著書とも関連しますが、今はスピーチやプレゼンテーションの本が多いです。もちろん日本人としてプレゼンのデリバリーの仕方も大切です。しかし、それだけではなくて「言葉の重み」というものもあると思うんです。今チャーチルについて色々調べているのですが、チャーチルはものすごいガラガラ声なのに、彼のスピーチはイギリス国民の心に深く刻まれていった。当時の演説はラジオで流れたわけですから、ビジュアルなプレゼンではなく、内容で勝負する世界です。チャーチルはノーベル文学賞をもらっていて、言葉にこだわりがある人でもあるので、今後は言葉という側面からチャーチルを調べていきたいと思っています。今、『リーダーの英語』という本の続編ともいえるものを執筆中ですが、チャーチルも取り上げてみたいと思っています。
これから日本は、東京オリンピックに向けて世界に発信していかなくてはいけません。私としては、執筆とか講演を通して、まず英語の面白さを伝えていきたいと思います。気合いと根性だけじゃなくて、楽しく学んでいくと姿勢を伝えていきたいです。世界に関心を持って、改めて日本というものを見つめ直して欲しいということを、世の中に発信していきたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 柴田真一 』