中村亨

Profile

1959年、京都府生まれ。神戸大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。松阪大学政経学部講師・助教授・教授を経て、現職。専門は計量経済学、開発経済学、国際金融論。 著書に『経済発展の計量分析』(晃洋書房)がある。直近には『大恐慌論』(ベン・S・バーナンキ著。日本経済新聞出版社)の翻訳など。

Book Information

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教育面においても有用なツールになり得る


――立命館の小学校がiPadを導入した授業を行ったという話を聞きましたが、電子書籍の、教育面においての可能性についてはどのようにお考えでしょうか?


中村亨氏: 普通の紙媒体ではできないことができる。例えば専門の本を読むとリンクが貼ってあって、グラフや参考文献が出てくるといった色々な仕掛けがされており、それは大変ありがたいと思います。だから電子書籍はこれから非常に有用な学びのツールになり得ると思っています。最近、ロンドン・エコノミストの電子版には、文章を読み上げてくれる機能があるようです。日本の読者にはリスニングのいい練習になるかもしれませんね。またお年寄りや目がご不自由な方にとっては、大変ありがたいサービスではないでしょうか。そういう意味で電子書籍は大きなポテンシャルを持っていると思います。立命館の小学生のように、小さい時からe-booksに慣れ親しんでいる子供は、今のアメリカ人のように簡単に電子書籍などを購入できるようになるでしょう。ただ、我々大人はまだまだ難しいように感じます。

――バーバード時代から最近までのアメリカをよくご存じだと思いますが、本や電子書籍におけるアメリカと日本の違いはどのような点にあると思われますか?


中村亨氏: 日本人の方が圧倒的に本好きだと思うんですが、e-booksの導入スピードなどは桁違いにアメリカの方が速いんです。なぜかなと不思議に思っていたのですが、日本の場合は、町の中に小さな本屋さんがたくさんあるので、特にe-booksに頼らなくてもすぐに本が手に入る環境にあるんだと思います。アメリカに住むと、本屋自体はとても大きいのですが、郊外にあり車を飛ばさないといけないんです。だからぱっとダウンロードして、すぐに読みたいと思うのかもしれませんね。そういう日米の文化の違いが、今のe-booksの普及率の差になっているのだと思います。

――デジタルネイティブの子どもたちが増えてきていますが、教育現場における電子書籍の役割も増えていくと思われますか?


中村亨氏: 教科書はどうしても擦り切れたり、破れたりして汚くなってしまうのですが、e-booksの場合は、品質を落とすことなく弟や妹に伝えることができるので、それは大変ありがたいなと思います。経済、数学、英語、全て音声を使うことができ、グラフ・表といった仕掛けもできます。英語の教科書もネイティブの発音で聞けると、英語教育のプラスになると思います。
阪神大震災の時、蔵書の多い先生が本で圧死されたケースが少なくなかったと聞いております。本というのはアカデミックなツールなのですが、地震大国の日本ではそれが仇になってしまうことがあるということです。学者は「征服した」という意味で、読んだ本を置いておくことがありますし、気持ち的には大切な側面だとは思います。でも、学会に行く時の持ち運びなど、電子書籍の有用性が研究者の中では浸透しつつあるのかなという気がします。

――出版社と編集者の役割についてはどのようにお考えでしょうか?


中村亨氏: 出版社はもちろん売れて、利益を出すことが求められますが、人類の知的遺産を伝承する重要な役割があるのです。そこで、編集者は著者のアウトプットの価値を確かなものにする重い役割があるのだと思います。専門書の場合は編集者の方も、もちろん、相当の専門知識を持つことが望ましいでしょう。専門の内容を理解した上でこちらの意向を尊重してくださることはとても助かります。『大恐慌論』の出版に関し、グラフはこういう風にしてほしいとか、もう少しコンパクトにしてくれといったことはありましたが、大体こちらの意向が通る感じでしたが、送り仮名や専門用語の統一など、「言葉の揺れ」を正すことが難しかったです。編集者独特のノウハウがあり、綿密に意見交換を何度もさせていただきました。そこはやっぱり編集者の専門分野なんです。しみじみと感服いたしました。今後の本の執筆には大いに参考になると思います。

アイディアを吸収する習慣として、色々な本を読もう


――ご自身の専門以外の本も読まれますか?


中村亨氏: 自分の専門の本は自分の研究室に置いているのですが、それとは別に自宅にも書斎があって、たくさんの本を置いています。自然科学、政治、哲学、文学など色々な分野の本があります。妻は英米文学を勉強していて、ケネディの就任式の時に詩を朗読したロバート・フロストという詩人が専門なんです。そういった話を聞くのも大変興味深く、私は色々な分野の方と情報交換しています。彼女の本も私の書斎に一緒に並んでいるので、膨大な量になっています。立花隆や松岡正剛に比べたら芥子粒みたいなものですが。ただ、本に関しては、カビが生えたりするので保存するのが難しいし、自分が死んだ後のことも考えると、ある程度コンパクトにしとかないといけないなと思うことはあります。

――今でも本屋さんに行かれますか?


中村亨氏: 梅田の近辺にジュンク堂をはじめとする本屋がたくさんあるので、立ち寄ることが多いです。本屋さんで歩くコースは大体パターン化されていて、まずは専門とはあまり関係のない、新刊書、新書、文庫コーナーに行き、哲学、思想、自然科学などをチェックした後に、自分の専門のところへ行きます。本屋さんを通じて世の中の流れ、トレンド、雰囲気は吸収しておくべきだと思っています。池谷裕二さんなど、異分野の知見で得られたアイディアや発見などは、とても役に立つんです。ですからアイディアを吸収する習慣として色々な本を読むべきだと思います。また、同じ分野でも、次から次へと鬼才が現れてくるので、そういう人たちの論文、著作にはすごく刺激を受けます。

――今後の展望をお聞かせください。


中村亨氏: 2013年度のノーベル経済学賞を受賞されたハンセン教授は、「アカデミックなアプローチにより、金融危機や持続する不況を経済モデルで正確に説明できるようになりたい」と言われていましたが、私もそれに挑戦していきたいと思っています。そういう気持ちで、国際金融危機を中心に研究してきました。バーナンキ氏は「人間というのは合理的である」ということを前提にして色々な論文を書いています。それが徐々に「人間はどうも非合理的だ」ということがアカデミックに捉えられ始めていますが、合理的でないことを数学のツールを使って表現するのはとても難しいことなんです。ですから私は、かなり難問ではありますが「非合理性的なものを、いかに経済学のフォーマルなモデルで表現できるか」ということに挑戦にしていきたいと考えています。例えば私の専門である計量経済学や統計学などのツールを使って、そういう難問のブレイクができれば、学者としてはこの上ない幸せだと思っています

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 中村亨

この著者のタグ: 『大学教授』 『経済』 『考え方』 『働き方』 『研究』 『教育』

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