全ては「立ち位置」
――他にも不採算店舗の立て直しで大切にしていることはありますか?
森下裕道氏: 大切なのは全て「立ち位置」だと思うんです。よく職場の人間関係で悩んだりしますよね。でも、本当は職場の人間関係のことで悩むのはおかしいんですよ。なぜかと言ったら、雇う側も、雇われる側も誰もが人間関係で悩みたいとは思っていないからです。じゃあなんで悩むのかと言うと、「当たり前のこと」が抜けているからなんです。挨拶をしなかったり、感謝の気持ちを言わなかったり、「雇っているんだから、やって当たり前」というような気持ちがあったり、褒めなかったり、そんな些細で当たり前のことなんです。だから本来人間関係は、悩まないのが当たり前。
僕が、なぜ不採算店舗を建て直しができるのかというと、それは僕の立ち位置が大きなポイントとなります。多くの人は「人間関係は大変だ」っていう視点から入ってくるじゃないですか。でも僕は「人間関係は悩まないのが当たり前」という立ち位置で入っていくから、おかしいところを普通の状態に戻すだけだから、直しやすいんです。
――そもそもの考え方、立ち位置が違うわけですね。
森下裕道氏: 僕は元々が暗かったし、ダメだったし、そういう自分を知っていますので、その暗かった僕がこれだけ明るくなったし、自信がなかった僕がこれだけ自信を持てるようになりましたから、その立ち位置で、できないって言われている人と接するからこそ、変わってくると思うんです。でも、本来できない人なんていないと思っています。
暗い自分を変えることができたのは、母のおかげ
――幼少期の頃は、どのようなお子さんだったのでしょうか。
森下裕道氏: 子どもの頃は非常に暗い子どもでした。何故かと言うと、あんまり友達がいなかったんです。親は離婚していて、母親に育てられたんですけれども、そうすると女手1つで働いていかなければいけないわけですから、帰ってくるのはいつも夜中近く。兄弟もいなかったので、家に帰っても1人きりで、話す人がいませんでした。
親とは小学校から一緒に暮らすようになったのですが、それまであちこち預けられていたということもあって、常に人に気を遣い、顔色をうかがっているような子どもでしたね。話す人もいなかったので、どんどん暗くなっていきました。
――親御さんとの仲はどういったものでしたか?
森下裕道氏: 小学校高学年ぐらいになると、親に対して反抗的になっていきました。それは何故かと言うと、ちょっとした約束を守ってもらえなかったからだったんです。それで自分は大切にされていないんだと思っていました。だから僕は子どもとの小さな約束は守ろうと、いつも努力しています。
――暗い自分を変えていこうと思ったことはありましたか?
森下裕道氏: 中学から、全寮制の学校に入りました。そこで1人でご飯を食べていて、友達がいない寂しい人だと思われるのが嫌で、「友達を作らなきゃいけないな」と切実に思いました。そのためには明るい人にならなきゃいけないと思い、友達同士が話してたら、笑顔でその輪に近づいていくよう努力してみるようになりました。最初は不審に思われましたが(笑)、意識的に明るく振る舞っていたら、本当にだんだん明るくなってきたんです。人は絶対に変われる、そう確信しているのですが、僕がそうだからこそ、変われると思っているんです。
――“現状を変えないといけない”と、自ら打破されたわけですが、なぜそれができたのでしょうか?
森下裕道氏: それはもう、「やむにやまれず」です。先程もちょっと言いましたが、教室で1人でご飯を食べるのが嫌で耐えられなかったんです。それは言うなれば環境。僕はその全寮制の学校に行きたくなかったけれど、親が行かせてくれたからだと思うんです。そうじゃなければ、中学高校でずっと引きこもりだったと思いますし、友達もできなかったと思います。
全寮制だと集団行動しなければいけないわけじゃないですか。朝昼晩1人で食べるのは耐えられません。誰かが何かコソコソ話していると、自分のことを言われている気になったりするんです。もうやっていられませんでした。
――そういった心情でも、目の前にある状況を肯定的に捉えられたのは、なぜでしょうか。
森下裕道氏: 今はそうですね。昔はイヤでした、「こんな牢獄みたいな学校に入れて…」と思っていました(笑)。今だからこそ、そういう風に気づけるんだと思うんです。本を読んだりだとか、誰かと出会ったりすると、色々な気づきがあると思うんです。僕はやむを得ずにそうなりましたが、だからこそ僕は、人は絶対に変われると思うし、変わりたいと思っている人に手伝いをしたいと思っています。
著書一覧『 森下裕道 』