この、『あてにならない時代』にこそ、冒険の旅へ出よ
多摩美術大学卒業後、キリンビールに入社し、パッケージデザインや広告宣伝を担当されたのち、1985年『エレキな春』で漫画家としてデビュー、その後も文学的な作品やエッセイ、ゲーム、アートなど幅広く活躍されているしりあがり寿さんに、子ども時代からの本との関わりや、電子書籍に期待する事などをお伺いしました。
好きなジャンルはSF。剣と魔法の物語にハマった若き時代
――しりあがりさんと本との関わりをお伺いしたいと思うのですが、最近読まれた本で面白かったものなどありますか?
しりあがり寿氏: 家内が韓流の本『韓流時代劇にハマりまして』(西家ヒバリ・小学館刊)を出したんで、それを読みました。読書としてはそんなに沢山読むというわけではないんですが、新聞とかネットとかでも色々読みますよ。それから本も新書はパパッと読んだりしますね。最近は仕事関係の資料集めもかねて、日本で活動している仏教の僧侶アルボムッレ・スマナサーラさんの本を結構読みましたね。この方はテーラワーダ仏教の先生なんですが、僕は開眼しなきゃいけないんで読みましたね(笑)。でも、特に流行っているものをチェックしたりおさえたりはしないですねー。
――人生の転機になったような書籍との出会いについてお聞かせいただけますか?
しりあがり寿氏: 赤塚不二夫の漫画の影響が大きいんじゃないかな。『天才バカボン』とか。僕はあまり運動ができる方ではなかったし、性格もそんなに外向きではなかった。そういう人間が人気者になるための手段は、やっぱり『笑ってもらう』事だと考えたわけです。高校生になると山上たつひこだとか湯村輝彦、あとテレビでもやっぱりドリフとかクレイジーキャッツが好きでしたね。転機という事でもないけれど、中学校から大学ぐらいにかけて本をよく読みましたね。その時期皆読むような太宰治やヘルマン・ヘッセとか。筒井康隆は好きだったなー。SFはそんなに沢山読んでないけれど、J・G・バラードとか好きな作家です。好きといっても本当のSF好きの足元にも及びませんが。
――80年代、美大生でいらしたと思うんですが、大学時代は読書はなさいましたか?
しりあがり寿氏: うん、本は多少読んだかな。世の中では片岡義男の『スローなブギにしてくれ』とか流行ってた時代だったけど、へそ曲がりだから全然別の方向の内田百閒の『冥途・旅順入城式』(岩波文庫)とか。これはとても不思議な話で、夏目漱石の『夢十夜』みたいな小説です。それとかゴジラの原作者の香山滋が書いたような人外魔境(人が寄り付かない、何がいるか分からない土地)の話とか。小説自体も戦前のノリで、日本の諜報部の人が、中国だとか色々な所に探検しに行くんだけれど、その頃の世界は今とは全然違っていて、中国の奥地にまで色々潜っていく。そこで何を発見したかというと、幻の巨大パンダグマだったりっていう話ですね(笑)。あとはアメリカのSFでH・F・ラヴクラフトを読みましたね。ハガードのコナンシリーズも好きだったなー。昔の冒険物語をよく読んでいて、剣と魔法の物語が好きだったんです。そうしたらドラゴンクエストが発売されて、「この世界観がゲームで体験できるなんて!」とすごく嬉しかったんですよね(笑)。
自分の才能と時代が『ぴったり』合うかは、最後は『運』でしかない
――大学を卒業されてからサラリーマンも経験されて、社会人になって読む本が変わったというのはありますか?
しりあがり寿氏: 多少はビジネス書とか、マーケティングの本とか、そういうのは読んだけれど、そこからほとんどひまな時間がなくなっちゃって、通勤の途中で文庫本を読むぐらいになりました。
――大学生からサラリーマン時代を経て漫画家になられたという事で、何か自分なりに確立された仕事術はございますか?
しりあがり寿氏: 僕に聞くか?(笑)。仕事術…何だろう。すごいこういう所でオヤジ臭い事を言った方がかえっていいかもしれないな…。やはり「人事を尽くして天命を待つ」(笑)。今は厳しい時代だし、相当一生懸命やらなきゃいけない。でもそこで上手くいくかどうか、最後は運だと思う。ちょうど自分の持っている才能なり技術が、ぴったり時代と合うかどうかという事でしょうね。サラリーマンの時に僕は『一番搾り』というビールの開発をやっていて、その商品が結構ヒットした。僕は宣伝部の下っ端で対外的なつき合いをする係だったので、30歳ぐらいの時に外へ行って、「何でヒットしたのか」っていうのを分析して講演するんだけれど、どう考えても最後は運なんだよね(笑)。運というと言い過ぎだけどやっぱり商品のヒットには社会の流れとかめぐり合わせみたいのがあって、これは開発チームや会社がコントロールできるものじゃない。特にビールとかマンガとか商品ごとの優劣がつきにくいジャンルではちょっとしたことで売れるもの埋もれるものが大きく別れますよね。広告費に年間何十億使ったって、ダメなものはダメ。もちろんせいいっぱいの努力をしたうえでの話ですけどね。ホントにがんばっても最後はね、言っちゃいけないけど運もあるんですよね。それを講演の最後とかに言う。「最後は運ですね」で、みんながっくり(笑)。
80年代の『軽い』けれど『切ない』空気を感じて育った
――しりあがり寿さんのセンスですが、いつからそのような感覚はお持ちなんでしょうか?
しりあがり寿氏: どうなんでしょうね。やっぱり時代に影響された部分はあるかな。僕は80年の最初にデビューしたんですが、その頃は『宝島』(宝島社)とか『ビックリハウス』(パルコ出版)みたいな雑誌が元気で、それまでは漫画が『巨人の星』みたいな根性モノだったり、文学にしても重かったりと、なにか湿った感じが中心だったのが、何かね、ちょっとおちゃらけてもいいかなっていう感じで、時代が軽くなったんですよ。僕の聴く音楽も、4畳半のフォークみたいなものからテクノとかに変わっていったし、テレビでも漫才ブームが起きて、ビートたけしやタモリが出てきた。そういう時期に、漫画も同じように、少し自由になって「面白ければいいじゃん」みたいな流れになった。でもその時代の人間は、例えば学生運動が終わったりとか、何か挫折感のようなものを持っているんですよね。面白ければいいじゃんと言いながら、そうしか言えない自分たちがちょっと情けない感じ。「夢とか目標とか、憧れもそんなにないし面白ければいいじゃん」という時代の空気と、だけど何か切ない気持ちみたいなものが一緒にあったんじゃないかな、あの頃。
――しりあがり寿さんにとって本とはどんな存在ですか?
しりあがり寿氏: 本は読んだ方がいいよ。特に若いうちは読んだ方がいい。本当に自分なんかはちゃんと読まずにダメだと思うんだけれど、本をしっかり読まないと頭の中に棚ができないんだよね。情報とかの棚みたいなのが。読書はくだらない本じゃなくて、多少難しい本を一生懸命読んだ方がいいね。自分なりの価値観、「これはいい事でこれは悪い事だ」とか、「これとこれは反対にある事だな」とか、「これの隣にはこういう生き方があるな」とか、そういう棚みたいなものを脳みその中に作るのは、やはり本だと思います。宇宙の話がある一方ではミクロの世界もあるし、生物の生態系もあるし人間の社会もあるとか、本には自分が経験しない事も色々書いてある。それで頭の中に棚ができると、その後に来る情報を入れておける。そうすると混乱しない。それを若いうちにやっておかないとね、後から情報が溢れちゃうからきついと思うんだよね。人間は沢山本を読めないんだから、新しいものをそんなに読まなくてもいい。別に古典を読めというわけじゃないけど、自分の中心になるようなものを押さえておけばいいと思う。
著書一覧『 しりあがり寿 』