自分の書きたい本が出せない時代を、電子書籍が変える
医師でありながら作家としても活躍する米山公啓さん。これまでに発表した著作は実に260冊を超え、そのジャンルも医療エッセイ、小説、脳活性関連の実用書、さらには趣味のクルーズを題材にしたものまでと多岐にわたります。精力的な執筆活動の源を探るとともに、執筆の原点や本への想い、そしてこれからの電子書籍の可能性についてもお聞きました。
書くことは自分にとってジャズの即興演奏のようなもの
――これまでに発表された著作は260冊以上と、圧倒的な執筆量ですが、そのパワーの源はどこにあるのでしょうか?
米山公啓氏: とりあえず自分が「面白いな」と好奇心を持てることを書くということが基本ですね。以前は、大学病院の医局や医療の問題点を書いていて、最近は脳の活性についての本が中心。医療エッセイとかも書きたいですね。
――平均すると年間15冊くらいの著作を発表されています。月にすると1冊以上とハイスピードで執筆されていることになりますが、本を書くために日々メモなどをされたりしているのでしょうか?
米山公啓氏: そんなことはしていないですよ。よっぽど面白い言葉とかあればメモしたりするけど、何かを書くためにわざわざ取材したりもしないし。基本的に思いつくままです。例えば脳活性についての本だったら、タイトルが決まったらそれこそ1分くらいでバーっと目次を作ってそれを出版社に送って、OKだったらそのまま書いていっちゃう。本当に出たとこ勝負で、なんか即興みたいですね。即興といえば、前に東京国際ブックフェアでライブ執筆をやったんです。Ustreamでも配信して。脳活性の話をしながら原稿を4、5枚書いたかな。1回、そういうジャズの即興演奏のようなことをやってみたかったんです。かつて誰もやったことがないから。
――お話をしながら書けるというのも驚きです。
米山公啓氏: 書くことが考えることでもあるので、自分では特別なことではないと思っているんだけど。何かネタがあって書き始めるきっかけさえあれば、バッと書いちゃう。例えば、以前ボラボラ島に行ったんだけど、そのクルーズがすごく良かったので何か表現できないかなと思って、1週間のストーリーを組み立てて、書くのも1週間で書きましたね。
純文学とかSFとか関係なく、高校時代に読んだ本は今でも一番役に立っている
――文章を書くようになったきっかけは何かありましたか?
米山公啓氏: 中学1年生の時に北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』(新潮社)を読んで、そこからいわゆる純文学系の小説を読むようになって、遠藤周作や小島信夫など「第三の新人」と呼ばれる芥川賞作家たちの本を一気に読んでいきました。高校時代になると小説家を目指して書き始めて、仲間同士で小説の小冊子みたいなのも出したりしましたね。ギャグ小説だったけどね。でも、書いてみたら自分には純文学は向かないというか、頭の良いやつしか小説家にはなれない、無理だということがわかってやめました。そこからSF系の筒井康隆に入っていった。筒井康隆の本を徹底的に読もうと思って、当時出ている著作を全部探して。新宿の紀伊国屋とかにも通って集めたりしてね。大学時代もミステリーとかSFを読んでいましたね。後は漫画も。色々本は読んだけれど、結局今一番役に立っているのは、純文学系とかSFとかジャンルに関係なく、やっぱり高校時代に読んだ本ですね。イリヤ・プリゴジンっていうノーベル化学賞を受賞した化学者がいるんだけど、その人の書いた本には「こういうものの考え方があるのか」って刺激を受けました。色々な人の新しい説とかもいっぱい書いてあって、「こんなに自由に発想できるなんてすごいな」と。
――最近はどのような本を読まれますか?
米山公啓氏: 僕は脳科学とか科学系の本が多い。専門書じゃないけど宇宙論とかも読みますね。逆に小説のたぐいは一切読まない。やっぱり自分で書くためのネタ探しとして読むことが多いですね。医学系の本も読むし。日本人の脳について書こうかなと思っていて、この間までは日本人の起源についての本を読んでいましたね。それを脳内ホルモンの話に結びつけたんだけど、なかなかデータがないんですよね。
10代から80代まで利用できるものでないと、電子書籍は発展していかない
――すでにiPhoneアプリなどで電子書籍を発表されていますが、ご自身でも電子書籍を利用されたりしていますか?
米山公啓氏: iPhoneで新聞を読むくらいかな。本を長時間読むのは、やっぱりまだちょっときついですね。本みたいにペラペラめくるという感じにはいかないから。Kindleとかの電子書籍リーダーだと、また違うのかなと思いますね。
――本が読まれなくなってきているとよく言われていますが、iPadやKindleの登場によって、一般の人たちの読書量は増えていくと思われますか?
米山公啓氏: 増えると思うけど、その質はまあどうかなというところですね。iPhoneアプリも、売れるものはセックスと仕事術と恋愛ものって決まっちゃっている。もうちょっとエッセイとか小説も売れていかないと、30歳前後の男性というごく一部の人たちだけの世界になっちゃって、広がっていかないのでは。10代から80代まで利用できるものでないと発展していかないですよね。
――電子書籍が増えることによって、例えば地方の町の本屋さんでも、紙として読むのか電子書籍としてダウンロードするのか、本の買い方の選択肢が増えると思いますが、いかがでしょうか?
米山公啓氏: 膨大な書籍の中から「自由に選べますよ、自由に検索できますよ」では購入に結びつかないと思いますね。テレビの多チャンネル化と一緒で。スカパーとかに入っても、チャンネルが多過ぎて何を見たら良いのか分からなくなって、結局ごく一部のチャンネルしか見ないみたいな感じ。だから、あらかじめ本をセレクトしてすすめてくれるサイトが重要視されてくると思うし、ビジネスになるかもしれない。もともと読書習慣のある人なら本の探し方、選び方も身についているんだろうけど、普段あまり本を読まない人が何か読みたいなと思った時に、大量の情報を与えても選ぶことができないと思います。従来のように、どこかの出版社と組んで売れる本だけをすすめたり、ベストセラーだけを紹介するようなサイトじゃなくて、例えば著名人が選んですすめているような、本のセレクトショップみたいなものが必要になってくると思うんですよね。
電子書籍には作家が本当に書きたい本を出せる可能性がある
――電子書籍が増えていくにつれ、出版業界のスタンスも変わってくるでしょうか?
米山公啓氏: いわゆる音楽業界はもう、CDを出して稼ぐということができなくなってきている。avexの人とも話していたんだけど、要するに音楽はもともとタダなんだと。そこにYou Tubeなんかが登場してくれば、そりゃ買わないわけよ。だったら、これまでと違うビジネスモデルを作っていかなくてはいけないと。出版業界でも同じことが言えるんじゃないかなと思います。
――作家という立場から、今後の電子書籍の可能性についてどのように思われますか?
米山公啓氏: 今の日本ではごく一部の売れている作家をのぞいて、昔のように本を出して初版印税で食っていくということはほとんど不可能になってきている。そこに、さらに電子書籍化が進んでくると、新人作家が食っていくのは非常に難しくなってくると思うんですよ。これまでは発行部数がこのくらいだから印税がいくらという話だったのが、電子書籍だと何冊売れたからいくらになるっていう実売印税になるから。ただ、今は売れる本は出版されるけど、本当に自分の書きたい本が出せない時代ですよね。それは、多分それなりに売れている作家でもそうなのかもしれない。電子書籍は、実売というシビアな面もあるけど、売れる、売れないにかかわらず出版することはできるので、書きたいものを出せるという可能性はあると思う。そのためにも電子書籍で出版した本をちゃんと評価する仕組みができると良いと思いますね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 米山公啓 』