国際化というのは既成の秩序を破ること。個人の能力を生かして競争せよ
日本の政治学者、歴史学者であり、東京大学大学院法学政治学研究科教授、日本政府国連代表部次席大使などを歴任されたのち、現在政策研究大学院大学教授、国際大学学長でいらっしゃる北岡さんに、電子書籍や読書についてお伺いしました。
日本は地下の利用が足りない
――本や電子書籍についての関わりをお伺いしたいと思います。
北岡伸一氏: 僕のアメリカ人の友人は、図書館が充実しているから、蔵書や資料を教授であったとしても、個人で持っている方が少ないんですよ。全部図書館の本を使う。図書館は頼んだらすぐ買ってくれるので、それを使ってすぐ返す。それから蔵書を集めるタイプの人は、書庫を持ってますね。地下室全部書庫。
――ガレージなどを書庫にされているんですか?
北岡伸一氏: すごいのを持ってます。私の親しい友人なんかも普通の学者なのですが、家が1エーカーある。家の庭に小川が流れててね、巨大な木があってそこにシカが来たりするんですよ。その敷地の中に家があって、広大な地下室が全部書庫なんですよね。日本は地下の利用が足りないですね。僕がいたプリンストンでは、書庫じゃないけど、図書館が地下5階まである。それで、体育館もやっぱり地下5階ぐらいにある(笑)。ものすごく天井の高い体育館で、僕はテニスをやるんだけれど、思いっきりロブをあげても天井にあたらないくらいです。
――それは日本の地盤の問題や地震があるからでしょうか?
北岡伸一氏: それもあるでしょうね。あと、向こうは大体昔から鉄筋コンクリートの家をつくってますから。日本は木造で小さな家を建てるのが普通でしょ。また、アメリカ人はあんまり本を保存する欲はないんじゃないですか? 読んだら捨てたり、人にあげたりするし。
――ペーパーバックのように、読んだら捨てる文化もありますね。
北岡伸一氏: 日本にあんまりないのは、ブッククラブですね。あっちでは盛んですね。会員制で、毎月今月のおオススメっていう本が来る。市販の本を安く売るんですよ。だから書店や出版社と提携していて、そのクラブは必ずその本を大量に買うという理由で安くなっている。その中でも色々クラブがあってね。例えばヒストリーブッククラブとか。オススメの本がくるけれど、それは必ず定価より2割くらい安いんですよ。最初10ドルで立派な本をいっぱいくれたりするわけね。ついついそれでうっかりはまって買ってしまうんですよ。アリゾナ州など、税金が安いから、そういう所を本拠地にしたブッククラブとかね、通信販売が盛んなんですよ。Amazonとかもそういう経路から発展してきたんじゃないですかね?
Kindleは軽くて、読みやすい。
――電子書籍は普段からご利用になりますか?
北岡伸一氏: ヘビーユーザーではありませんが、Kindleを持っています。私の著書も何冊かは電子書籍になっているのもあるんですけどね。最近は、例えば雑誌、学術雑誌のバックナンバーとかはウェブサイトで見られるようにだんだんなってきているんですよ。
――先生の本をiPadだとかKindleなどのデバイスで読むために、紙の本を電子化して読みたいというニーズに対してご意見はございますか?
北岡伸一氏: 別にありませんね。それはそれでいいんじゃないと思います。ただ、Kindleとかは、海外の古いコンテンツは安い。日本のコンテンツはそんなに安くないんじゃないですか?アメリカだとシェイクスピア全集が3ドルとかで売っているじゃないですか。「うわぁすごい」と思ってね。Kindleを買ったばっかりの時、これまで読んだ本いっぱいダウンロードしたんです。ダウンロードしただけで読んでないんですけど(笑)。でも、そうすれば少なくとも本棚は空きますよね。大体本にかかる費用っていうのは、圧倒的にスペースの費用ですよね。70倍とかっていうじゃないですか。本を買って置くスペースを家賃に換算すれば何十倍だし。
――そうですね、特に東京などではスペースの問題があって本を買えないという読者もいらっしゃいますね。
北岡伸一氏: 例えば、ある本が1冊1000円くらいで、ここに置くとする。でもこのスペースを六本木の土地で換算すれば、相当高いと思いますよ。僕も蔵書の保管には色々苦労してきました。田舎の実家に送ったり、マンションを借りたり。でも読める量は限られてるし、結局僕も引っ越す時とかまとめて処分している。昔、立教で教えていて、東大に移る時にはやっぱり一定数処分した。東大の中でまた場所を移った時に一定数処分して、しばらく僕は外交官になった。国連大使になった時にはやっぱり処分したし、しょっちゅう処分はしているんですけど、それでも山のように増えるわけですね。それから書類もあっという間に電子化できればありがたい。山のように書類が来るんですよ。はっきりいえばみんな捨てているわけだけど、ちょっともったいないかなって思う。本はもう読み返さないことに決めたんです。きりがないからね。Kindleは今は線も引けるし、声に出して読んでくれるじゃないですか。カーソルをあわせれば意味も出てくるし、感心しますよね。iPadは少し重いけれどKindleはすごい軽い。僕にとって、本は読むことが重要なので、読めれば何でもいいと思います。ただまぁ、なんとなく紙で持っていたい気はしますけど。
本は大事にしていて読まないより、読んでナンボだと思う。
――本の電子化の波は、著作権など色々取りざたされていますが、日本の出版界に対してどういった影響を与えるとお考えですか?
北岡伸一氏: それなりに大きな変化が起こると思います。東大の図書館の本を全部、Googleが電子化したいと言ってきたことがあるんですよね。それにはやっぱり色々反対意見もありましたけど、だけどトータルで言えばやっぱり便利だと思います。本は大事にして持っていて読まないのと読むのとどっちがいいかって比べれば、それは読んだ方がいいに決まっている。僕らの分野で一番大きいのは、学術雑誌の『国際政治』。これは全部WEBで読めるので、バックナンバーは保管する必要がない。それから外交文書は、昔は全部本で持っていたけれど、今は全部WEBで見られるようになったんです。
――そうなんですね。
北岡伸一氏: それから、アジア歴史資料センターがありますね。そこでは戦前の公文書を全部デジタル化を進めているんですよ。写真で資料が見られるんですね。だから検索もできる。みんな研究者は自分のコンピューターから閲覧しています。こういうデータベース化で、研究の地平はすごく広がったんじゃないかな。ただその辺を利用できるのはむしろ若い人ですね。それから主要な外交文書も「ちょっとあの文書の第何条はどうなってたかな」って思ったら、今はもうみんなWEBで閲覧できます。数年前からそういうシステムになりました。戦前の議会の記録なんかもWEBで閲覧可能です。
――論文なども書きやすくなりましたか?
北岡伸一氏: 昔は本当にちょっとしたことを調べるのに何時間もかかった。それがあっという間にわかるようになった。とはいっても、現場で本物の資料を見るのは意味があるんですけどね。ただ、便利にはなりましたね。昔はドクター論文を調べるのにマイクロフィルムを注文したりしましたが、今はそれも電子化しています。でも今は、特殊なテーマだと紙の本は出版しにくいかもしれない。安くて、最初から電子出版でいいというのであれば、結局紙の本ではベストセラー作家やハウツーものが売れるんじゃないかな。ある種、IT化っていうのは、ベストセラー作家のような強い人がますます強くなりますよね。若くて本が出せない人がますます不利になるかもしれない。そういう人は文化として保護していくシステムが必要なんでしょう。僕はまだ新聞は全部紙で読んでいますけど、そのうち電子版になるかもしれない。紙で一番面倒なのは切り抜きですよ。これがいらなくなるわけじゃないですか。キーワードで検索していけばね。
著書一覧『 北岡伸一 』