本もネットの時代。いくつになってもパイオニアでありたい
現代の国際政治、軍事状況を中心に執筆する作家の大石英司さんは、NIFTY-Serve時代からネットワーカーとしても活動。現在は作家としての活動や海外エアショーのレポートのほか、早くからブログ、日刊のメールマガジンを発行し、時事全般を論評されています。『神はサイコロを振らない』、『尖閣喪失』、『米中激突』など、自衛隊の特殊部隊を軸にしたシリーズや、近未来のサイバーSF的な作品などを出されています。今後はネット、電子書籍の世界に積極的に入り込んでいくことが必要と話す大石さんに、これからの出版社や本のあり方をうかがいました。
ネットと供に
――大石さんがネットでの活動を始めたのはいつ頃なのでしょうか?
大石英司氏: NIFTY-Serveのパソコン通信から始めて、かれこれ20年、読者とやり取りしています。自分に対して言い聞かせているのは、知らないことは罪ではないけれど、知ろうとしないことは罪であるということ。知っておいて損はない話は、恥を忍んで読者に聞くことにしています。
僕のブログ『代替空港』は、読者の交流の場ではなく、僕が書いた記事をたたき台にして、読者が持っている知識で議論を深めていくための場所なので、結果として僕にフィードバックしてもらい、その情報を読者と共有する場なのだということを公言しています。
――ライターとしては、どのようなスタートだったのですか?
大石英司氏: この業界に入った切っ掛けは、経済誌の編集プロダクションライターのバイトを見付けて、下請けの更に下請けといった感じではありましたが、最終的にはその編集部で経済誌を出すまで行きました。バブルの真っただ中だったので、原稿料は多分今より良かったと思います。食事の回数を減らして小説の原稿を書いて、週に何度か図書館に行って資料をあさるという感じでしたが、それで食えていた、とは言える状況ではありませんでしたね。それでも書き続け、新人賞に応募して、講談社でのデビューにつながりました。当時はネットの全くない時代だったので、公立図書館から国会図書館まで回って、デビュー作の時は下準備に2年間掛かりました。でも、「君の年齢でデビューは早過ぎるから」と言われて、原稿を1年寝かせてからデビューすることになったんです。その『B-1爆撃機を追え』が当たったのは、幸いでした。
――ネットが発達してきて仕事の仕方は変わりましたか?
大石英司氏: ペーパーは速報性というところでネットには敵わないから、ネット中心になりましたね。しばしば、ネットは正確さに欠けると言われますが、じゃあペーパーは正確なのかという話になりますよね。
パソコン通信を始めた頃に、NIFTY-Serveがニュースクリップというサービスを持っていたんです。月極めで500円だったかな。例えば、「政治」「軍事防衛」などというキーワードを入れると、キーワードに引っかかったニュースが一覧で届くようになっていて、それが非常に便利でした。パソコンが登場してからは、ネットで原稿を送り始めるようになりました。この業界で、ネットで原稿を送りはじめたのは、僕がおそらく2、3番手あたりだと思います。「僕の原稿が欲しかったら、ネット環境を整えて下さい」と、編集者に啓蒙活動をしていましたね(笑)。
電子書籍は電子書籍で伸びていく
――電子書籍は利用されていますか?
大石英司氏: 友達が書いた本でKindleでしか出てないものがあって、どうしてもそれが読みたくて四苦八苦してNexus 7 でKindleのIDを取りました。でも、1章読んだ時点でバッテリーがなくなりそうになりました。これがタブレット端末の難点ですよね。常時バッテリーが気になってしまって、テキストに集中できない。しかも、画面がツルピカだから、テキストを読むことに全く適してない。僕らはノートパソコンがモノクロだった頃から使っているので、ツルピカ液晶がだめなんです。すごく疲れてしまいます(現在はKindle を所有!)。
僕は、偶数年の7月にはイギリスのロンドンに、奇数年の6月にパリに行くというように、毎年決まった時期にヨーロッパに行くのです。それをもう20年続けていますが、行く度に街の景色が変わっていっています。ここ4、5年でガラッと変わったのが、街の人々が使っているのが9割方iPhoneになったこと。あと、ここ2、3年で、電車に乗っている時に車内でKindleを使って読んでいる人が増えましたね。特にロンドンは英語圏ということもあって、電車に乗ると必ず3、4人はKindle持って読んでいます。日本ではまだあまり見ませんが、ヨーロッパではそういった状況ですから、おそらく、アメリカではもっと進んでいるのでしょう。
――Kindleの良さはどういった点にあるのでしょうか?
大石英司氏: 1つは公衆の中でプライバシーが確保できることではないでしょうか。本や雑誌だとカバーをかけないと何を見ているか分かってしまうけれど、Kindleはテキストまで読まないと分かりませんよね。それを考えるとすごく便利な機械だと思います。
――日本でなかなか普及しない理由は、どこにあると思われますか?
大石英司氏: 7割方の理由は、出版業界があまり乗り気でないということではないかと、僕は思っています。日本の場合は、昔、Amazonが入ってくるまでの間に、業界でKindleに備えて、自分たちでオンラインストアを立ち上げたわけです。僕の本も10年位前からネットで買えるようになっていますが、それに関して儲けはいったん全部出版社に入り、そこからの配分は出版社に100パーセントの裁量があるのに、Kindleで出したら儲けは30パーセントと言われたら、納得できないですよね。そういった合理的な理由があるのも分かります。だから、その点に関してはもう少しAmazon.comも出版業界と折り合うような努力をしてくれないと出版社も著者も困ってしまいます。昔からの蓄積があって、そこで儲けを出しているにも関わらず、Amazonがアメリカと全く同じ理屈で入って来て、「条件を飲め」と言ってきたものだから、うまくいかないのは当然のことのように思います。
――日本の出版業界が原因といった風潮もありますが、それだけではないのですね。
大石英司氏: そうなのです。例えば、雑誌がメインの会社は、書店や駅売りで部数が落ちることを恐れている。でも単行本だと、電子書籍で売れた分、紙の売れ行きが落ちるということはほとんどないのです。僕の本に関して言えば、単行本で得られる年収の1割位を電子書籍で得ています。ですから、電子書籍が売れたからといって活字の売れ行きが相殺されるということはありません。電子書籍は電子書籍で伸びるというのが、現段階での僕の結論です。
僕たちライターが恐れているのは流通です。電子書籍が売れた分、紙の本の売れ行きが落ちるという話で済まない現状があります。電子書籍はフォーマットさえ作ってしまえば、幾ら売れるかは分からない。100冊かもしれないし、10000冊売れるかもしれない。ただ、そのコストは紙の本とほとんど同じです。ところが、例えば10000冊、ペーパーで刷っている本が、Kindleで1000冊売れた場合。電子書籍が1000冊売れた時に、「ペーパーの本が9000冊しか売れませんでした」となると、出版社側からしたら紙版の赤字が1000冊分出たということになりますよね。バブルの頃は、10000冊売れる本なら12000冊刷っていて、倉庫に2000冊返ってきても8割売ったら良しとしていたんです。でもバブルがはじけた後は、10000冊刷って実売9000冊なら、返本を減らすために8000冊に抑えましょうということになりました。いくら売れるか解らない電子書籍のために、紙の本の部数が抑制される可能性を、編集者もライターも恐れている。これが、デフレに陥ったここ20年の出版業界の現状です。