「本を読む」という行為には、テレビやラジオでは味わえない達成感があるんです
工学博士であり、現在は明治大学理工学部の教授でもある北野大さん。タレント、コメンテーターとしてテレビなどでもおなじみですが、お仕事柄、常日頃から本を読む機会が多いのだとか。「本は紙で読むのが好き」だという北野さんに、現在のお仕事内容から、好きな本、さらには本に対する考え方などをお伺いしました。
本の執筆にタレント、コメンテーター。でも、本業は研究者です
――北野さんといえば、現在は明治大学の理工学部で教授として教鞭をとられる一方で、タレント活動をなさるなど、非常に多才な活動をおこなわれています。明治大学ではどのような研究に携わっていらっしゃるんですか?
北野大氏: 私の本業は教育・研究です。明治大学の理工学部、または大学院の理工学研究科に、環境安全学という研究室があります。そこでどういう事をやっているかというと、色々な化学物質が製造・使用される前に、化学物質の毒性や物性を調べて、安全な使い方をするにはどうしたらよいか…を探ることが研究テーマです。また例えば化学物質により環境がどのぐらい影響されているか。これを、「生態毒性」といいますが、これも研究テーマの一つです。
前者は「有害な物は出来るだけ使わないようにしよう」「うまい使い方をしよう」ということで、化学物質の管理に重点を置きます。そして、後者は実際にその化学物質が、環境に対してどのような影響を与えていくかを探っていく。それが研究の2本柱になります。
――具体的にはどのような実験をなさるんですか?
北野大氏: 例えば洗剤を台所で使った時に、その洗剤は下水道から川、川から海へと流れていきますよね。そこで、洗剤がどうなっていくのかを調べるのが私たちの仕事です。下水道で分解して無くなっちゃうのか、それとも無くならないで川や海で、生き物に蓄積されるのか。もしくは、毒性を示すのかとか、そういう事を事前に調べてみる。その結果によっては、洗剤の使用量を減らすことも考えなければならないでしょう。
――研究室での研究というより、結構現場に行かれる事もありますか。
北野大氏: 環境モニタリングの方は大学だけでは出来ないので、地方自治体の研究機関と一緒になっておこなっています。例えば東京都には環境科学研究所、神奈川県には環境科学センターなどがありますが、そういった研究機関と一緒に研究をしています。
もう少し具体的に言うと、環境モニタリングでは、例えば自動車のタイヤは走行時に摩耗します。そうすると、タイヤのゴムが削り出てしまうわけです。ゴムの中には色々な化学物質が入っていますが、その物質がどれぐらい環境汚染しているかを調査します。それから有機フッ素というフッ素の化合物が、どれぐらい河川などに存在しているか。また、東京湾にイガイという貝が生息してるんですけど、ダイオキシンがどのぐらい貝にたまってしまっているかとかですね。
――物が使用される前に、事前にそうした調査をしておかないと、後々環境や人体への害がわかってからじゃ遅いですもんね。そういう意味では、とても長期的な視野が求められますね。
北野大氏: 環境の分析というのは、1回だけじゃなくて、同じ場所で長期的に測っていかないといけないものなんです。たとえば、濃度が増えているのか、逆に減っているのかなどといった、傾向を掴んでいく必要があります。そういう意味では継続的に測定していくというのは大事ですよね。
――研究時においてのご苦労であったり、障壁といったものはありますか。
北野大氏: サンプリングについては自治体と一緒にやっているので、そんなに苦労はありませんが、「ppb(10億分の1を示す単位)」といって、微量分析という極めて低い濃度分析になってくるので、それなりに高価な分析の機械を使わないとダメなんですよ。これが、大変なんです。
近頃の学生は「自分が大学生である」という自覚が足りない気がする
――研究室についてもお伺いしたいと思います。例えば文系の学部であれば、ズラッと本があったりというのがあると思うんですけど、北野先生の研究室はいかがですか。
北野大氏: いわゆる教員の個室がありますね。それは全く普通の個室で、机があって、パソコンがあって、あとは本棚には色々な本とか、論文とか、ズラッと本は並んでいます。また、いろいろな委員会の委員をやっているので、委員会の資料も並んでます。そちらのほうは、理系や文系もあまり関係ないですね。
――大学の教授というと、学生さんのように若い方とふれあう機会があるわけですね。
北野大氏: 学生が研究して毎週結果を発表します。そして、この発表内容については3つの研究室で一緒になってディスカッションをしています。実験のやり方にはじまり、「今度はこういう風にやったら?」という提案とか。具体的に「これをこうしろ」と指示を出すというよりも、「その辺のデータの解析が不十分だよ」とか「こういう事をもうちょっと考えなくちゃいけないんじゃない?」とか、できるだけその学生たちの意志を大事にして、それに対して何らかの示唆を与える程度でとどめておくようにしています。
――「最近の若者は」という言葉もあると思うんですけれども、良くも悪くも、昔と比べて「昔の学生と比べて、いまの学生はこんな風に変わったな」というのはありますか。
北野大氏: 昔は苦学生という言葉がありましたね。明治の学生は私学というのもあるのだけど、今は、アルバイトしている学生けっこういますけど、自分の趣味とか小遣いのためにアルバイトをしているんですよ。「働いて家計を助ける」なんていうのは、いまはほとんどいないですよね。だからそういう意味では、みんな明るくなったというのはあります。
私が大学生の頃は、同い年の子供たちのうちの1割も大学に行っていませんでした。今はだいたい5割は大学へ通っている。かつては、大学生だっていうプライドもありましたが、今は別に偉いだとか何だとか、変にプライドをもつ必要はない。渋谷の街なんか歩いていても、どの人が学生でどの人が社会人か、ハッキリ言って分かりませんね。昔は、一目見れば、ハッキリわかったわけですよ。そういう意味では最近の学生は「自分の大学生としてのプライドや自覚」が少し減ってきたのかな…という気はします。
ただ、理科系の学生の場合は、理工学部でも化学とか、機械とか、それなりの目的を持って来ている学生が多いです。特に化学系は大学院に行かないと研究的な職業には就けないですから。そういう意味では、どちらかというと真面目な学生が多いですね。
学生時代は「電車の中で読めるような本」は読んではいけない
――北野さんご自身も含めて、理系の研究者の方は、文系の学生などに比べて、お持ちの資料や本というのは凄く多いんじゃないですか。
北野大氏: 本を読むのは好きですけど、忙しくて、仕事に関係のない本はなかなか読めないんですよ。学生の論文を直したり、仕事の資料を読んだりしてばっかりです。
ただ私が学生に言っているのはね、学生時代は基本的な古典と言われるような本を多く読むようにすることですね。ノウハウ本とか、ハウツー物の本なんかは、学生時代には読まなくたっていいんです。いずれ、社会に出てから必要に応じて読めばいいんですから。学生時代はもうちょっと基礎的な本を読むべきなんですよね。もっと言うと、学生時代には「電車の中で読めるような本はダメ」だと思っています。
古典などの本と向き合うというのは、やっぱり学生時代しかできない事です。そういう意味で私もゼミなんかでも、社会に出たら絶対に読まないであろうというような資料、文献を読んでいますけどね。
――その後の自分の知識の基礎となるような古典や名作を、もっともっと読むという事ですよね。
北野大氏: はい、古典と言われるような本もあるし、名著と言われる本もあるわけです。そういう物をきちんと読み、勉強したらと言っています。
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」を読んで、自分の仕事の大切さを知った
――ご自身で、学生時代にすごく深い影響を与えた、今でも何かしらの影響を与えているような、ガツンと来たような本というのはありますか。いくつかあると思いますが。
北野大氏: 例えば、レイチェル・カーソンの『沈黙の春(Silent Spring)』。1962年に出た本ですね。僕は1972年に大学院を修了していますが、あの本を読んだ結果、今やっている仕事がいかに大事な仕事であるか、そういうのを再認識しましたね。それまでも、やっぱりもちろん大事な仕事だと思っていましたけど、ああいう本を読んで、やっぱり環境問題は考えなきゃいけないと、感銘を受けました。
私は化学(ばけがく)の人間だから、「化学物質は必要な物」だって思っています。ただ、どうしても、やっぱりその性能というか、化学物質の持つ効用にばっかり注目してしまうんです。だけどレイチェル・カーソンの本を読んだら、確かに化学物質の持つ負の面についても考えなきゃいけないと痛感しました。そういうのは今の仕事につながって来ています。