下川裕治

Profile

1954年(昭和29年)、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『新書 沖縄読本』 (講談社現代新書) 、『「生き場」を探す日本人』 (平凡社新書) 『アジアでハローワーク』ぱる出版、世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ (新潮文庫)、旅行者に人気の『歩くガイドシリーズ』(メディアポルタ)など。最新著書 『「生きづらい日本人」を捨てる』 が12月に発刊予定。

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原稿はパソコンではなく手書きで書く



下川裕治氏: 僕、実はね、おととしぐらいから原稿が手書きになっちゃったんですね(笑)。パソコンから戻ってしまっ。出版社から「打つ経費はどうするんですか」とかいう感じで文句を言われるし、他人が入力する間違いもあるでしょ?そもそもオペレーターっていう、人の読みづらい手書き原稿を打ってくれる人があんまりいないんですよ。だから、そういう文句を出版社から言われながら「ごめんなさいごめんなさい、何だったら僕自分で打ち直しますから」みたいなことを言いながら手書きで書いてるんです(笑)。何で手書きに戻ったかというと疲れの問題。パソコンで打つほうが疲れないんです。で、手書きで書いたほうが疲れるんですよ。自分で疲れてきたら読み手も疲れるんです。だからその息遣いが合う確率が高いんですね。要するにこうやって原稿を書いていて、僕が「ここで区切りたいなあ」と思って1行改行して「さて」と気分を変える。そういう気分を変えるタイミングを読者と共有したかったんですね。何で僕がそんなことを思ったかというと、旅を書くっていうことは時系列で流れることが多くて、自分の中で連続してずっと流れていくものだから、実はシーンとしては変わってないわけですよね。連続していく中でどこをはしょってカシッと切り替えるんですが、そのタイミングみたいなものというのは手書きのほうが良いんです。もっとわかりやすく言うと、手書きで書くとパソコンで書いた原稿の8割ぐらいで終わっちゃうんですよ(笑)。あれ不思議なんだけどね、減るんですよ。



――自動的に精査しているんですか?


下川裕治氏: きっとね(笑)。手書きの原稿だから、もう漢字は出てこないしね、ぐちゅぐちゅ書いてあって、それをうまく入力していくっていうのは本当に大変なんだけど(笑)。でも僕は文句を言われながらもやってみようとしているのは、「旅行」というものを書いているからなんですね。もっと小説とか、会話とかシーンを自由に変えられる人たちはそんなに気をつけなくてもいいのかもしれないけれども、「旅行」を書くということは、読んでくれている人が一緒に列車に乗っていたり、一緒に町を歩いているような雰囲気を味わってもらうことが、書き手冥利に尽きるという部分がある。そこにどうやって近づけるかっていうと、「自分が疲れた時は相手も疲れるということ」ということなんじゃないかと。

――原稿用紙で書くというのはそういう効果があるんですね。


下川裕治氏: 僕ら物書きの世界ではですね、パソコンから何もない昔のワープロ時代の機械に何とか戻りたいと言う人が多いですよね。多機能はいやだというのと、すぐ遊んじゃうというのもあるかもしれないけども(笑)。でもまあそういう風に使いたい人は非常に少数派だからね。

何度読んでも面白いという圧倒的なものを作らなくては


――販売されている電子書籍が少ないということもあって、自分で書籍を裁断して電子化している読者もいます。書き手として、どう思われますか?


下川裕治氏: 出版社なんかではいろいろ言われますけれども、やっぱり物書きって読まれてなんぼだと思っていますよね。出版社が言うのは、「あなたの著作権問題がちゃんとしてないとまずいですよ」みたいな話はありますけどね。だけどそれがクリアにされているものだったら、別段どういう風に出ようが抵抗はないですよね。あんまり僕が気にしないのは、圧倒的に面白いもの、何をしても面白いものっていうのを僕らは目指さないといけないわけで、それは紙だろうが電子書籍だろうが関係ないわけですね。

――面白いものをつくろうと思った時に、今だと出版形態というのも電子書籍と紙の本と選べる時代になったかと思います。電子書籍と紙の本だと読者の手元に届くまでの時間の差というのはありますか?


下川裕治氏: そうですね。紙の本って、企画が決まってから時間がかかる場合もあるんですよ。要するに、昔って出版社で「この本を出しましょう」と言われて、1年たっても2年たっても1行も書かない作家っていっぱいいたわけですよね。で、10年たっても1行も書かない、でもその企画は生きてるわけですよ。今から3年くらい前にどこかの出版社が3年間待って1行も書かなかったら、その企画はなかったことにしようという話を出すくらいそういう企画が多いんですね(笑)。作家が書かない間、ずっと編集者は「そろそろ書きだしましょう」みたいなやり取りをしてるわけですよね。そういうことがあって、やっと本が出る。企画が通ってから本が出るまでって最低でも半年かかるよね、今だと3ヶ月ぐらいのもあるかな。そうすると読者の反応がずれるんですね(笑)。要するに、企画を出した時にこの本は売れるだろうと思ったけど、半年もたつと売れないかもしれないんですね。作家によっては10年後に書くわけでしょ?そういう世界なんだよね。だから本の世界ってほんとばくちですよね。

――そうすると電子書籍やメールマガジンなどの方が早く読者に届けられるんでしょうか?


下川裕治氏: ただ、ネットの社会で瞬間的にお金が課金されて、読者が「面白いからこれ次も読もう」ってことになっていった時に、書き手側で「もっともうかるものを書こう」という人が同時に出てきちゃうだろうなと思う。そういう時は多分変なものが出てこないで、みんな同じような売れ筋のものがどわーって出てくるんだろうなと思ったんですよね。似たようなものばかりになるんじゃないかな。

日常の生活と旅を繰り返す中でしか経験できないものを伝える


――最後にお聞きしたいのですけれども、今後の書きたいテーマなどはございますか。


下川裕治氏: 今、月1回は必ず講座があるのでバンコクへ行ってますね。それと『アジアでそこそこに生きるっていう人たち』という原稿を急いで書かなくちゃいけない。今後はね、「わかりにくい本」って言ったらおかしいんだけどね、ゆくゆくは『マレー蘭印紀行』みたいな物を一度書いてみたいなと思いますね。ああいう淡々とした旅行記を書いてみたいな。あとはね、出版社にはすごく怒られるんだけれども、「売れない本」をいかに書くかということですね。僕はよく海外に出ているみたいに思われるかもしれないけれども、日本でも普通の生活があるんですね。アフガニスタンに行った時、結構危ない時期だったんだけど、カイバル峠を通る時に車に兵隊を雇わないと通れなかったんですね。で、危ないところに行くからと言ってパキスタンで携帯電話を買ったんですね。嫁さんは今僕がどういう状況にいるかというのが読めないわけ。僕はかなり危ないところを通っていて、横には兵隊がいて銃の安全装置も外してるわけですよね。そこで携帯電話が鳴るわけですよ。電話に出ると、嫁さんが「ちょうどマンションに空きが出た」という話をしてくるわけですよ(笑)。僕が「今そういう状況じゃないんだけど」みたいに言ったら、嫁さんは「今日の夕方までに返事をしないと埋まっちゃう」みたいに言う。それを聞いたとき、「僕はこういうことを繰り返しながら旅をしてきたんだな」というのをすごく思うんです。

――普段の生活と旅との繰り返しているからこその経験ですね。


下川裕治氏: 子供もいるしね、そういう中でやってきた一人の旅行を書いてきた人間しか書けないものってありますよね。家族なんてものは僕が旅をしてることは関係なくて、金さえ稼いできてくれればいいみたいなことで、すごく日常生活に引っ張るわけですよね。だから旅と日常生活とを繰り返して、そういう中で生きてきたことっていうのを、書かなきゃいけないなと思いますね。

(聞き手:沖中幸太郎)

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