竹田青嗣

Profile

1947年大阪生まれ。在日韓国人二世。早稲田大学政治経済学部卒業。明治学院大学国際学部教授を経て、現職。在日作家論から出発。文芸評論、思想評論とともに、実存論的な人間論を中心として哲学活動を続ける。在日朝鮮人であることを思想の出発点にしながら、民族、共同体などの帰属性を超える原理を探求。 現象学、プラトン、ニーチェをベースに、哲学的思考の原理論としての欲望論哲学を展開している。主な著書に、『〈在日〉という根拠』『自分を知るための哲学入門』『現代思想の冒険』(いずれもちくま学芸文庫)、 『ニーチェ入門』『プラトン入門』(ちくま新書)、などがある。

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本物の読書は「批評のテーブル」で鍛え上げられる



哲学者として多数の著書を持ち、現在は自身の「主著」となる本を構想中の竹田青嗣さん。実は、哲学を「とことんやろう」と志したのは45歳の時。そして、哲学に開眼したきっかけは、30歳の時に出会いった1冊の本でした。竹田さんから、新著の構想や、時人生を変えてしまう読書という営みの可能性、また、自分の認識を高める読書の仕方などについてお伺いしました。

フッサールとハイデガーの「次」へ


――新著を執筆されていると伺いました。


竹田青嗣氏: いま主著となる哲学書を書いています。『欲望論』というのですが、はじめに構想したのは、もう40年くらい前ですが(笑)。そろそろ書かないとどうなるかわからないので、いま集中して書いています。

――どのような内容ですか?


竹田青嗣氏: 「欲望」といっても怪しいものではなくて(笑)、哲学の原理論です。哲学というのは、世界認識について、どういう発想を基本原理に据えて世界を説明するかという「言語ゲーム」になっています。中世では「神」の存在ということが中心の原理だったけれど、近代では合理的理性ですべてを考えなおす、という原理になりました。近代哲学は、正しい推論と普遍化という理性の能力だけで、いかに正しく世界を認識できるかとか、人間の倫理の本質は何であるかとか、万人が自由である社会はどういう原理で可能なのかというようなことを考えてきたわけです。私が考えているのは、「実存論哲学」が中心で、「欲望」というキーワードを置いて、人間の実存と人間関係の原理を置き直すという試みです。人間の欲望がどういう本質を持っているのか、そこで人間関係はどういう本質になるのか、ということを、なるべく基礎から考えるということです。実存論哲学は、キルケゴール、ニーチェ、フッサール、ハイデガー、サルトル、レビナスという人が中心の系譜ですが、そのあとを展開したいという構想なんです。とくにフッサール、ハイデガーの先に、という感じです。

――フッサールとハイデガーの次というと、先生の待ちに待ったものという感じですか?


竹田青嗣氏: 現代哲学は、ニーチェを入れて、この三人が哲学の原理という観点から、いちばん先まで進んでいるというのが私の考えです。その後は、ちょっとずれてしまっている。どんな風にかというと、思考が考え方の原理からはずれて、敵とする考えを批判するために、可能などんな論理をも使って進む。一方でどんどん難解になっていくのだけれど、原理的な思考からは離れていく。昔の形而上学なスコラ哲学と似てきたと思います。現代思想、特にポストモダン思想というのは現代社会への批判という点ではたいへん重要な役割を果たしたけれど、実存論のような哲学の原理論では、新しい考えをまったく出せなかった。その進み方が哲学の本質からだいぶずれてしまったので、なんとか元に戻したいというのが、いま考えていることです。

――出版はいつごろのご予定ですか?


竹田青嗣氏: この4月までサバティカルをもらっているので、それまでにはなんとか草稿は仕上げたいと思っていますが、難航してます。そのあと一年くらいには仕上げたいなと思っていますが。

――普段の執筆はどこでされていますか?


竹田青嗣氏: いまのところは大体自宅です。そのうち必要になれば図書館通いをするかもしれません。私の仕事部屋は、いろんなものが山積みになっていてひどい状態ですが、整理整頓はできないタイプですね。ごくたまに、新しい著作をはじめるとき、一日かけて片づけたりすることがあるけれど、数日たつとまたもとの黙阿弥にもどってしまいます。仕事部屋も仕事の状態もいまのところひどい混沌ですね。

――本は何冊くらいお持ちですか?


竹田青嗣氏: 数えたことがないので、なんともいないですね。定期的にもう要らないと思った本はどんどん捨てないといけないので、きちんと数えるのも無理です。昔書評委員をやっていたときには、書庫にすぐ本の高層ビルが建っていく状態でした。いまはそれほどでもないけれどけっこう送られてくる本も多いので。大学の研究室があるのでまだいいけれど、よほど広い家でも持っていないと、物書きの人間はけっこう苦労していると思います。

――本は普段どこで購入されていますか?


竹田青嗣氏: たいてい、インターネットの通販です、古本も含めて。昔は、よくカバンをかついで古本屋巡りをやってましたが、時間がかかるので、あれはもうしなくなってしまいました。

希薄化する「全部知りたい」という欲望


――多くのご著書のある竹田先生ですが、昔と今で本に求めるものが変わったと感じられることはありますか?


竹田青嗣氏: 自分も一般向けの入門書を書いてきましたが、ますますやさしくしないと若い人がなかなか読まないという傾向を感じます。私は、哲学の入り口をなるべく広げて、一般の人へとどけたいという気持ちがあって入門書を書いてきましたが、ニーチェブームなどが起こって、とくに出版社から一般人向けにやさしいものを書いてほしいという要請が強くなった気がします。

――読みやすい本しか売れなくなってしまったということでしょうか?


竹田青嗣氏: 自分としては、哲学の間口をなるべく広げたいというのと、読みやすくないと売れないということとは、べつのことだと思います。ただ、はっきりしているのは、われわれが学生のころは難しい本を競って読むという雰囲気がはっきりあった。分からなくても、とにかく読んだらエライ(笑)。誰かが、難しそうな本を抱えていたら、自分もそっと読んで、はじめから読んだような顔をする、みたいなね。学生とは本を読む存在だ、というのはそれなりにあったと思います。それは、いまはあるのかな? 昔は文学が大ジャンルだった。詩もけっこう生きていた。みなその世界に憧れていた。いまは音楽というか、ミュージックが第一ジャンルかな。あとはゲームとか、ダンスとか、熱中したり憧れたりするものが、大分変わってきた。

――学生が難しい本を読まなくなった理由は何でしょうか?




竹田青嗣氏: われわれのころは、大学に入ると、自分の問題も社会の問題も、世界の一番進んだところにどういう理論があるのか、何がいわれているのかというのを全部知りたいというのがあった。とにかく、いちばん抽象的で、いちばん難解なものを読んで、いわばいちばん高いところから世界を見渡したい、という自己意識の感度かな。そういうのがあったと思います。世界思想ですね。それにふれると、それまでもっていた世間のよしあしのルールはいったんすべて白紙撤回される。もし社会や思想の問題に触れたければ、「これが好きだ」ではなくて、「今、第一線ではこういう説がある」というのを全部おさえないといけない。でないと自分の趣味にすぎない。そういう感覚があった。ただ、昔はそれは、マルクス主義がほとんど全部引き受けていたので、ある意味シンプルだったとも言えます。いまはもっと混乱して、何が最先端なのか、何が世界思想なのか、よく分からない感じですね。それでも、全部知りたいというのは、かなり重要な感度だったように思います。

――「全部知りたい」という感覚はどのような過程で生まれてくるのでしょうか?


竹田青嗣氏: われわれのころには、政治セクト(主張を同じくする集団)というのがあって、朝大学に行くと、いろんなセクトの学生が、色の違ったヘルメットをかぶって、それぞれ自分たちの主張を書いてビラを配っている。感じやすい人は、そのなかのどこかのセクトに入ってしまう。するともうセクトの主張でいっぱいになる。ちょうどマジメな青年がオウム真理教に入ってしまったというのと似ている。そこで、はじめて世界の真理に出合った、と思ってしまう。はじめに、親や学校から受け取って自然な世界像が一枚目だとすると、これは二枚目の世界像ですね。いままで考えはすべて間違っていた、ということになる。それまでの自然な世界像や人間観に対抗するものとして「世界思想」があった。ただし、そこからまたもう一つ課題が出てくる。はじめは新しい「世界思想」に熱中してがんばっている。

だけど、そこでまたいろんな矛盾にぶつかると、ようやく「この考えは絶対だろうか」と感じて、さらに、この世界にどういう考えがあるのかすべて知らなければ、もう一歩も先に進めないという感度がでてくる。そうなるとなかなかたいへんです。学生時代に、文学を読んだり思想を読んだりするのは、結局のところ、自分の生き方のモラルを形成していくことにつながるのだけど、われわれの場合、はじめはマルクス主義が全盛で新しい生き方を支えたんだけど、すぐに問題も見えてきた。すると、ようやくいろんなマルクス主義解釈があり、またマルクス主義に対して批判的な考えもあることが段々見えてくる。そうなると、もう全部知らないとどこにも出て行けないという直観がやってくる。 

著書一覧『 竹田青嗣

この著者のタグ: 『大学教授』 『哲学』 『メリット』 『読書会』 『世界思想』 『フリーター』

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