七難隠すエネルギーは、好きな仕事に突き進む才能
アグレッシブな姿勢で強運を引き寄せる
『鉄鍋のジャン』シリーズでおなじみの西条真二さん。漫画を描き始めたのは小学生、高校も大学も描き続け、当然のごとく漫画家の道に進みました。苦労を苦労とも思わないエネルギーの源は、やはり漫画が好きだから。ラーメンにも詳しい西条さんに、奥さまとのなれそめから、刺激を受ける少女漫画の話、編集者に求めることまで、お伺いしました。
おみくじで大吉を引くと、必ずいいことがある
――そもそも西条さんが漫画家になられたきっかけは何だったのですか?
西条真二氏: 正直な話、自分は漫画家になれて当然だと思っていたんですよ。ただ、そう思っていたのは俺だけで、俺の親も兄弟ももちろん、友人たちも誰ひとり漫画家になれると思っていなかった。唯一俺のことを「漫画家になれる」っていってくれたのは女房で、彼女以外に味方はいなかったわけです。もともと本屋で雇われ店長をやっていたんですが、仕事がどうにもきつくて体を壊したときに、女房が「あなたは仕事で死ぬタイプだから、どうせ死ぬなら好きなことやって死んでよ」といってくれた。「好きなことは漫画なんだから、漫画家になってよ。私は本屋の店長なんかと結婚したんじゃないわ」とね。「じゃあ、わかったよ。でも、すぐになれるのはエロ漫画家だからな」と「じゃあ、エロ漫画家になってよ」と話していたら子どもが生まれて、それが娘だった。「女の子が生まれたんじゃエロ漫画は描いてられねえな、じゃあ、週刊連載の漫画家になるしかないな」と、で、週刊連載の漫画家になったわけです。
――その過程はやはり大変でしたか?
西条真二氏: いやー、そうですね、大変でしたけど、自分がやりたいことをやっているんだから、それだけきつい思いするのは、しょうがないことでね。
――奥さまとのなれそめを伺ってもよろしいですか?
西条真二氏: 実は大学が文学部で上代文を専攻していたので、友人と奈良に古墳や神社、寺とかを見に行っていたんですよ。東大寺の三月堂だか二月堂だかでおみくじを引きまして、生まれて初めて大吉を引いたんですよ。そしたら一緒に行っていた友人が凶を引いた。「凶はちょっとダメだろう」といって、もう1回引き直したら大凶だったんですよ。そいつはその日のうちに、あとで見つかるんですけど20万円入った財布を落として、俺のほうは、その日のうちに女房と知り合ったんです。女房はSF好きで、その日は大阪のDAICONフェスっていうSF大会に行っていた。ユースホステルで知り合って、俺もSFが好きなので、SF話で話が盛り上がったんです。俺は大吉、そいつは大凶と、おみくじの通りになったわけです。自分にとってそれが1回目の大吉で、2回目の大吉は、週刊連載が始まる年に引いたらおみくじ。それ以来ゲンを担いで、何かやるときはおみくじを引いて、大吉が出るまで引くことにしているんです。
――週刊誌の連載のときはどんな流れでしたか?
西条真二氏: 夢の中で、娘を自転車の前の座席に乗せて山道を走っていました。ふと気が付いたら、こっちの枝にもこっちの枝にも蛇だらけで、その蛇が俺と娘にボトボトボトッと落ちてくるんです。見ると地面にも蛇がのたうっていて、このまま自転車で走ったら踏みつぶしてしまうし、なによりも木が蛇のようになっている。急いで娘を抱えて自転車を飛び降りて、川の流れに飛び込んだんです。そしたらそのとき、もう一斉に木から蛇が落ちてきて、川に飛び込んだ俺たちに向かって泳いでくる。そうすると、その蛇がだんだんと金色とか白に色を変えていくわけですよ。俺と娘に金や白の蛇がぐるぐる巻きついて、川がまるで蛇の川のようになってしまって、はっと目が覚めたわけですね。そしたら、その年に週刊連載が始まった。そういうめでたいことは、夢でけっこう見ているんです。
――ほかにも夢のエピソードがありますか?
西条真二氏: 女の子のアシスタントがいたときに、その子が夢の中で赤ん坊を連れてきているんです。西条プロで託児所を作るとか話していて。だいたい机の上にはペンが置いてあるし、カッターとか定規とかあって危ないから、どうしたものかなと夢の中で思っていて、目が覚めてからアシスタントのみんなに、「いやー、〇〇さんが赤ん坊連れてくる夢見てさー」と話したら、そのときその子は「キャーッ、おもしろい!」って笑っていたんですけど、なんとおなかに子どもがいたそうで、1週間後にやめたんですね。こういうのって、おもしろいですよね。
仕事場は合宿所みたい
――お仕事のスタイルは、どんなふうですか?徹夜で描いたりもなさいますか?
西条真二氏: 仕事場で寝泊まりしているので、朝起きたら仕事に入って、アシスタントを起こして、漫画を描き始めます。テレビはだいたいニュースかアニメ、あとは旅チャンネル。鹿児島の喜界島で海の中にもお湯がわき出ているところとか。そういうのや「秘境駅ファイル」を見ながら仕事しています。
――仕事場は、住まいも兼ねてらっしゃるのですか?
西条真二氏: そうです。1階が仕事場と事務所で、2階が自宅になっています。アシスタントはアシスタント用の仮眠室があるんです。昔、女の子のアシスタントもいたので、仮眠室は男用と女用と2つあります。アシスタントは、仕事のときだけここで寝泊まりしていますね。隔週の連載だと、たぶんアシスタントは2人から3人くらいになるかなと思います。週刊誌と月刊誌で連載やっていたときには、5人とか6人とかいたときもありましたね。食事もみんなで食べますから、アシスタントから見たら合宿所みたいな感じですね。
――執筆風景が公開されたことはありますか?
西条真二氏: 近くの小学校が校外学習みたいなので、インタビューを受けたとき、小学校の作ったビデオで仕事場が出ましたけど、あまりプライベートは出したくない。絵と違いすぎるので、あんまり読者をがっかりさせたくないんですよね。
紙は所有感と保存性の面で電子に勝る
――作品をお描きになるにあたって、いろいろ資料が必要だと思いますが、1つの作品について本の購入などは、どのようになさっていますか?
西条真二氏: 自分で本屋に買いに行くときもありますし、Amazonを使うときもあります。仕事として買っている本では、ネタがかぶらないように、料理漫画なんかを買いましたけど、参考用なのでブックオフで買ってそろえました。漫画の場合、その場所の風景が必要なことがあって、今は、Googleでストリートビューが見られるので、非常に便利になりましたね。新宿とか渋谷とかの街とか、角度とかもある程度決められますし。それでアシスタントに、携帯持っていかせて「この場所でこの角度」と指定した写真を撮らせて描かせる。
――昔はどうなさっていたのですか?
西条真二氏: Googleも携帯電話もなかった時代は、写本っていう資料用の風景の絵があるので、それを買ってきて使ったり、自分でその場に行ってカメラに収めていました。今は、わざわざカメラを持ってうろうろしなくていいので楽なのですけど、やっぱり実際に現地にデジカメを持っていかないと撮れない風景っていうのもありますね。例えば公園の中とか、神社や仏閣の中とかはGoogleでは見られませんから。
――世の中が変化して出版の分野でも電子書籍が登場してきましたが、漫画家という描き手にとって、電子書籍はどのような存在ですか?
西条真二氏: 読み手としては、便利なものだろうなと思います。パソコンを使う場合も携帯電話の場合も。特に携帯電話の場合は、授業中でもこっそり見たりできて便利だろうなと(笑)。ただ、やっぱり本に取って代わるものではないなと思います。本には保存性がありますが、電子書籍の形になると、端末としてパソコンや携帯電話を使うのがネックになる面もあるんじゃないですかね。例えば俺が持っている古い漫画、若いときから買ったものには、35年前のものあるわけです。電子書籍だとダウンロードして35年間パソコンの中に置いておくっていうのはできない。どうしても4、5年でパソコンを変えなきゃいけないものだし、Windowsもずいぶん変わりましたしね。
――所有感や保存性の面で紙が勝るとして、そのほかに電子書籍のメリットはあるでしょうか?
西条真二氏: 電子書籍は、電車に乗ったときに、本を開くよりも携帯電話で動かしたほうが楽ですし、本を3冊も4冊もポケットに入れるよりは、携帯電話1本あれば済む。そういう意味では楽になったとは思いますよ。自分が自転車に乗っているときに、向こう側から携帯電話を見ながら誰かが歩いてきたりするときは、危ないですけどね。
携帯電話は持っていません―電子の時代になっても漫画家は変わらない―
――西条さんは電子書籍を利用されていますか?
西条真二氏: いや、してないです。実は携帯電話も持っていません。ほぼ必要ないんですよ。自分は漫画を描いているんで、ほぼ仕事場にいる。そうすると編集者からの連絡とかも、固定電話で受ければいいわけで、わざわざ携帯電話を買う必要がない。最近はYouTubeで、売っていないものが聴けるようになったのはすごいですね。中学生のときに聴いた西田敏行の「いもうと」という歌とか。そういう意味ではインターネットっていうのは非常に便利だなと思います。
――電子書籍が登場したことによって、今後描き手として、何か描き方が変わることはあると思いますか?
西条真二氏: 今まで特に変化はなかったので、これからもそれほどはないと思います。ただ、昔はごく一部の人しか知らなかった知識が、インターネットのおかげで非常にメジャーになってしまった。例えば、『鉄鍋のジャン』で描いた、内臓肉の臭みを取るには牛乳に漬けるという方法があって、西洋料理人の間では知られていた。当時はまだインターネットがそれほど普及してなかったので、和食や中華のほうでは知られてなかったので、そういうネタも通用しましたが、今はそれは通用しない。インターネットのおかげで、どんな知識も広く一般に知れ渡ってしまって。XO醤も、『鉄鍋のジャン』で使ったときはまだ主流じゃなかった。こんなおいしい調味料っていうのがあるのかっていうくらい。でも今ではXO醤はごく当たり前にどこのスーパーでも売っている調味料になってしまいました。インターネットが便利で知識が広がった分、描き手がネタを出しづらくなったというのはありますね。中途半端な知識で描くと、かえって読者にばかにされるので、もっとまじめに描かなきゃいけないぞと。
編集者は軌道修正ができるアドバイザーであれ
――そんな中、数々の作品を世に出されてきましたが、漫画家として、製作過程でアシスタントや編集者が果たす役割に、期待するものはありますか?
西条真二氏: アシスタントへの期待は、俺の手の足りないところを代わって補助してくれること。編集者は、例えば俺が描いている漫画が進む方向がゆがんでいる場合、「そっちはダメだよ、こっち向けよ」といってくれる人。軌道修正してくれるので、描いていく上では必要な存在ですね。
少女漫画やエロ漫画には、「半歩先の感性」がある
――漫画も含め、ここ最近で読まれた本で、おもしろかった本は何ですか?
西条真二氏: 実は少女漫画が大好きで、少女漫画家になりたかったんですよ。だけど、残念ながら俺には少女の心はなかった。それでもいまだに少女漫画は読んでいます。例えば『残酷な神が支配する』(小学館文庫)を描いた萩尾望都。大作家ですけどこの作品は、ホモセクシュアルの義理の父に犯され続ける少年の話です。ほかには『マージナル』(小学館文庫)というSFがあって、地球が男だけの世界になってしまって、そこで人間がどうやって生きていくのかという話です。地球上にたった一人マザーという女を造ってその女をあがめることで、みんながなんとか生きている。だけどそのマザーが殺されてしまう。全ての人類がそのマザーから生まれているのにその母親を殺すという非常におもしろい、いびつな世界ですね。あと清原なつのさんも好きです。『花図鑑』(ハヤカワ文庫JAコミック文庫)という、女の子を花にたとえてオムニバス形式で描いていく漫画があったり、『金色のシルバーバック』(ぶーけコミックス)といって、ゴリラの青年と人間の女の子の恋が始まる物語なんかがあります。
―― 一般の普通の漫画とストーリーが全然違うのですか?
西条真二氏: 清原なつのさんという方は非常におもしろい感性を持っていて、『青葉若葉のにおう中』という漫画の中で数式が出てくるんですけど、「夜から朝にかかて男と女がやることは?」という式なんです。主人公の聖子ちゃんという女の子が自分の大好きな先輩、金之助っていう男の先輩が一晩ほかの女と過ごしているのを目撃したときに、聖子ちゃんの頭の中に思い浮かぶのが、数式なんですよ。なんで自分のあこがれの先輩と恋敵が過ごしているのを見て、数式が思い浮かばなきゃいけないんだと。この感覚が、これは少女漫画しているなと、衝撃的でしたね。中学3年生のときだったんので、「すげえ!清原なつの!」と、それからずっとファンですね。自分には絶対に描けない世界なわけですよ。あと、岩館真理子とか。好きな少女漫画家はいくらでもいますけど、そういう自分にはない感性を見ると、「ああっ、衝撃!」って思いますね。今度TONOっていう漫画家さんが『カルバニア物語』(徳間書店)という作品の14巻を出すので、それを心待ちにしています。
――その衝撃がご自身の作品に生かされていますか?
西条真二氏: 生かせる場合もあるんですけど、生かせない場合のほうが多いかな。だから俺に衝撃を与えてくれる漫画家さんの存在は、ありがたいわけですよ。同じような衝撃を与えてくれる漫画家さんで、風船クラブって名前のエロ漫画家がいるんですよ。その人の漫画でおもしろかったのは、「クラスで飼っていたインコのピーコちゃんが死んでしまいました。私がえさをやり忘れたせいです」という女の子のせりふから物語が始まる。クラスのみんなは、「みんながお金を出し合って買ったペットだぞ。どうするんだよ、このペット殺しー!」と非難する。それで、ホームルームで、「このペット殺しをどうするかこれから決めるぞ」、と先生が言い出すわけです。そしたら女の子が一人立ち上がって「〇〇さんが、クラスのペットを殺してしまったんだから、今度は〇〇さんがクラスのみんなのペットになればいいと思います」って展開になって、その女の子は、それからクラスのペットとしていろんなひどい扱いをされていく。それを見たときに「すげえ!この発想はなかったわ」と。そういう理屈が思い浮かぶっていうのが、自分になかったものだったんで、ガーンと来る。すごくいい刺激になるわけですよ。
だから普通の少年漫画とか青年漫画とか見ていても、正直いって全然おもしろくないんですが、エロ漫画のそういうわけのわからない感性や少女漫画の感性からは、いい刺激をもらっていますね。吾妻ひでおの『パラレル教室』という漫画の中では、太陽のあまりの輝きに気が狂ってしまった少年が、女の子の父親と母親を事故で殺して、その女の子が一人になったときに、「親と子はいつかは離れ離れにならないもの。泣いてどうする」というんです。そこまでは正しい。でもその次のコマで「笑え!」っていうんです、棒で脅しながら。そうすると女の子は笑うわけですよね「わはははは」と。それを読んだときに、確かに親と子はいつかは離れなきゃならない、泣いてどうする、それは正しい。でも笑えっていうのはないよなと。それを見たときに「吾妻ひでお、すげえな」と思います。
――通りいっぺんの娯楽的な思考ではなく、そういった衝撃を受けるような作品がお好きなんですね。
西条真二氏: 漫画のおもしろさは半歩先にあるといわれますが、吾妻ひでおや風船クラブの作品は、まさに半歩先ですよね。そういう半歩先の感性を俺に与えてくれる漫画っていうのはありがたいですね。少年漫画や青年漫画にはそれはないものです。誰かが考えつくことは自分にも考えつくんでね。
「エネルギッシュならば七難隠す」
――少年画報社からの連載が始まりますが、今後の活動はどうなりますか?
西条真二氏: 今までの自分のスタイルをもっともっと突き詰めていきたいと思っていますね。一応「エネルギッシュならば七難隠す」というのがポリシーでして。俺は昔、自分はすごく絵がうまいと思っていたんですよ。でも、プロになってみれば俺よりもうまいやつはたくさんいる。そいつらに対抗するには、死に物狂いでガシガシガンガンやってくしかない。パワフルにエネルギッシュにアグレッシブに。その気持ちを持ち続けている限り、俺の技術のつたなさや欠点は隠れるわけですよ。だから、「稼ぐに追いつく貧乏なし」とかそういう感じ。女房もいっていますもん。「私は運がいいんだ」とか「金運はいいんだ」とか。
――そのエネルギーで次に何を描いてくれるのでしょう?
西条真二氏: 時代劇を描きたいですね。まあ、時代劇、豊臣秀頼とか淀君とかそこらへんとかも描きたいですし、以前『鬼の作左』という漫画を描いていまして、それが出版社の都合で終わってしまったんで、続きを描きたいなっていうのはありますね。やっぱり、アグレッシブに前向きにへこたれないでやっていかないと。後ろ向きに歩いているネガティブなやつには誰も協力してくれないんですよ。前向きに歩いていればみんなもなんだかんだで協力してくれる。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 西条真二 』