いままでになかった物語をつくり出す。それが、作家としての快楽
1973年大阪生まれ。信州大学人文学部に入学後2年間、北京に留学。2006年『夕陽の梨―五代英雄伝―』で「歴史群像大賞」最優秀賞を、同年『僕僕先生』で「日本ファンタジーノベル大賞」大賞を受賞し作家デビュー。ほか、『朱温』(『夕陽の梨』完全版)『千里伝―五嶽真形図―』『高原王記』『我ニ救国ノ策アリ 佐久間象山向天記』、僕僕先生シリーズ続編『薄妃の恋』『胡蝶の失くし物』『さびしい女神』『先生の隠しごと』『鋼の魂』など著書は多数。「目の前にあることはすべて物語につながる」という仁木英之さんに、物語を生み出す原動力や独特の世界観をお聞きした。
物語の種はどこにでも散らばっている
――デビューから7年目。歴史小説家としてご活躍中ですが、近況を伺えますか?
仁木英之氏: 昨年10月に『千里伝』シリーズが完結し、11月に僕が大学時代に住んでいた長野県の英雄、佐久間象山を主人公にして幕末ものを書いて、12月には『僕僕先生』の4作目『さびしい女神―僕僕先生』を文庫にし、今年1月からは、大阪の陣を舞台にした小説が上中下で出ます。もうラッシュで、しっちゃかめっちゃかです(笑)。
――走り続けていらっしゃいますが、書き続ける原動力はどこからわいてきますか?
仁木英之氏: 僕は自営業をしていたので、お仕事を依頼してくださる方がいるということがまず一つ。それから、読んでくださる読者の方がいることがもう一つ。
――自営業というのは何ですか?
仁木英之氏: 大学卒業後、スーパーの西友に勤めたんですが、上司に「一緒に店をやろう」って誘われて、「面白そうや」と思って西友を辞めたら、その話がなくなって無職になってしまったんです(笑)。仕方がないので家庭教師のバイトと深夜バイトをしていたんです。昼間の家庭教師で、不登校の子やひきこもりの子を見ているうちに、そういう子どもたちの受け皿になるようなフリースクールのような学習塾を作ろうと思って、長野で始めました。朝10時から夜10時までやって、好きな時間に来られるようなスクール。6年間ほどやっていましたね。
――デビューは31歳ですが、もともと書くことが好きだったんですか?
仁木英之氏: 僕は中学のころから基本的にはオタクだったんです。アニメオタクで、美少女ゲームとかも大好き(笑)。それで、二次創作をやり始めて自分のホームページにアップした。すると、見に来てくれる人がいて、感想をくれたりする。それがもう楽しくてしょうがなくて、それから書き始めましたね。二次創作はどうしても制約が大きいので、仲間内でお遊びでオリジナルを書いてみようかという話が出ました。みんな趣味の域だったんですが、僕は1年間頑張ってプロを目指してみようかと思って、いわゆるライトノベルとエロ小説をあわせて7本ぐらい、長編を書いてあっちこっちに送ったら、新潮社さんと学研さんで賞を頂いたという経緯です。
――小説のテーマはどのように発想されるのですか?
仁木英之氏: 僕は割と興味の幅が散らばっているというか、浅く広く薄いので、本当に目の前のことが何でもお話になる。例えばあそこでおしゃべりしているおばちゃんに「昔どんなドラマがあったんだろう」なんて妄想するのが好きなんです。いまおしゃべりしている二人は仲がいいけど、昔は一人の男を取り合って…とか。まあベタですけど(笑)。高級ホテルに来ているからそれなりに見えるけど、実は貧乏で一生の思い出として来ているのかもとか、そんなことを考えると、どんどんお話って広がります。何にでも物語の種があって、特に僕は歴史が好きです。歴史って本当にどのページを開いても必ず物語がある。そこから広げていって、今年3部作で書いている大阪の陣なんかは、真田幸村と一緒に家康の本陣に突撃した毛利勝永が主人公なんです。真田幸村は超メジャーですが、毛利勝永はすごくマイナーですよね。「じゃあ、このマイナーな人にはどんなドラマがあったの?」というところから物語が生まれる。誰も知らない、いままで物語化されなかったものを物語にする。それができるのが小説家の特権だと思います。
これまでメジャーじゃなかったものをメジャーにすることができる存在だと思っているので、それが、書くための最高の原動力ですね。昨年書いた佐久間象山も、いまNHK大河ドラマ『八重の桜』で奥田瑛二が演じていますが、何をした人かほぼ知られていない。それを刻銘に描きだして、「こんなに面白い人やったんや」っていうのを、物語にできるっていうのは快楽ですね。
無防備なくらい、楽しかった
――プロの小説家になりたいと思われたきっかけは何ですか?
仁木英之氏: 小学生のころに、作家になりたいと思ったことがあったんです。夏目漱石の名作を学校の授業で読んで、『わが輩は猫である』とか読んでみると、作家って何かお気楽でよさそうだと思って(笑)。で、二次創作なんかを始めて、せっかく文章を書いているなら自分の力を試してみたいというのもあって、やってみたらどんどん深みにハマり、彼女にもフラれ・・・。
――フラれたんですか?
仁木英之氏: いやもう、書くのが楽しすぎたんです。もうあきれ果てられ、捨てられ(笑)という。本当に書くことに没頭しました。30歳を過ぎてこんなに楽しいことがあるんだっていうのを知って、無防備なぐらいに楽しかったですね。2ヶ月ぐらいで1作書き上げて投稿して、その結果を待つ間のドキドキ感がまた快感で。大人になると合格発表を見ることなんて、あまりないので。投稿は、よい、悪いがハッキリと当選・落選という形で分かりますから、ちょっとすごいスリルを知ったみたいな、完全に脳内麻薬ですね。一次選考…通った、二次選考…通った、最終に残った!もう飯を食わなくても平気なんです。おなかがすかないんです。
――いまはご結婚されていますね。
仁木英之氏: 3年前に。僕は大学時代から極真空手をしていて、忙しくなって十数年道場から離れていたんです。でも、小説家になれたおかげで割と時間を自由に使えるようになったので、道場に戻ったんです。その時に、嫁さん黒帯巻いていたんですよね。道場で僕は白帯から始めましたので、嫁さんのことを先輩って呼ぶんです。彼女は看護師で集中治療室(ICU)に勤めていて、すごくしっかりしています。向こうは僕を変わった人間だなと思ったらしく、割と需要と供給が一致して、お付き合いして結婚に至ったわけです(笑)。
――仕事の話はされるんですか?
仁木英之氏: 嫁は僕の書いた本は一切読まないです。僕も「読まんといてくれ」って頼んでいる。僕らの仕事って出したものは無条件に批評される、いい風にも言われるし悪い風にも言われる。出す前には編集者にいろんなコメントをもらったり、時にはダメ出しをもらったりする。それってすごくしんどいことなんですよね。それを家庭でもされたくない(笑)。だから、「僕がしっかり働いていたら褒めてくれ、ダラけていたらケツをたたいてくれ。それだけでいい。」と言っています。嫁の実家の人は読書が好きなので結構読んでくれていますが、嫁自身はその言葉通り全然読まずに、僕が働いて本を出していれば優しくしてくれますし、ダラダラしていれば「そろそろ働いたら?」って言います(笑)。僕はそれで十分です。
働きたくない、だから中国へ
――信州大学時代、中国に留学されていますね?
仁木英之氏: 『僕僕先生』や『千里伝』は中国での経験がなかったら書けなかった小説です。
――なぜ中国に行かれたんですか?
仁木英之氏: 就職したくなかったから。働きたくなかった、社会に出たくなかったんです(笑)。とにかく大学時代って楽しいじゃないですか。自由に動けるけど、責任はあまりない。そういう生活が楽しくて、でも大学3年になると就職活動をしなきゃいけない。それが嫌で、留学しようと思ったんです。でも、欧米留学は高くて、その点中国なら学費と生活費とあわせて1年に50万円ぐらいで済んだんです。で、1年行ったけど遊び足りなくてもう1年。当時留学ブームで、同じような日本人がいっぱいいたんですよ。留学しているのにゲームしかしない、日本人としか遊ばない、徹夜でマージャンしかしないっていうようなダメな連中が山ほどいて、天国だった(笑)。僕もまさにそういう生活をしていた。でも、そうやって無駄にダメな人間と交わり、暇があれば旅行もして、そういう経験が最終的にいまにつながっている感じはしますね。
電子書籍の時代を感じる
――仁木さんは、電子書籍についてはどう思われますか?
仁木英之氏: 電子書籍デバイスって、もう20年ぐらい前ぐらいからですね。これから電子書籍の時代が来る…来なかった、来る…来なかった、来る…来なかったって。もう元年は永久に来ないと思っていたら、どうも来たようですね、最近(笑)。iPadを買ってKindleのアプリを入れて自分の本を1回買ってみて、「これは読める。これまでのデバイスは何だったんだろうか。」というぐらいに読める。それで、「来たな」と思いました。
――ご自身の作品を電子書籍で読もうと思ったのは、そういう時代の到来を感じて、実際に読者の立場にたってみようと思われたからですか?
仁木英之氏: そうですね。電子書籍を読む感じは実際に買ってみないと分からないですから。やはり趣は違いますね、同じ文章を読んでいても。善しあしではなくて違うなと感じる。
――著者としてはいかがですか?
仁木英之氏: やはり本を出す側としては、強い警戒心はありますね。フリーでコンテンツを手に入れる人が出てきて簡単に拡散されてしまって、それにタダ乗りする人が出てくる。でも技術が進歩して、安価できちんと電子書籍が手に入るようになれば不正はなくなりますよね。それでも不正をする人は、絶対にお金を出して買わない。だから、いかに「お金を出して買ってもいいですよ」っていう人に対して、簡単な手段を提供できるかが勝負。それを最近、電子書籍の組織はやりつつあるんだろうなと思います。
あとは、歴史物を書くために膨大な資料がいるので、古い資料なんかも電子化できてしまうのは便利で、すごい時代だなと思いますね。小説も本文検索できるものもありますよね。そういう時代に小説家は、資料にもすぐアクセスできてデータ化された小説の中で、読者に何を訴えかけていくかという勝負になっていくだろうなと感じます。ただ、紙の本はずっと残っていてほしいなと思います。あの手触りと本屋さんに並んでいる感じは電子上では味わえないんですよね。
――著作権のお話がありましたが、例えば古本屋に流通してしまった場合、現状のシステムでは著者に還元されない。書籍を電子化する場合でも、電子化されるごとに何か著者に還元できないかというのが課題です。
仁木英之氏: システムとしては煩雑になると思うけれども、1冊1円でも出版社なり著者に入るようになれば、だいぶ風向きが変わるようになると思いますね。お金の問題だけではないけど、流通するものに対する対価が、コンテンツの大元を作った人に入らないっていうのは釈然としないですから。出だしは志でできますが、継続には利益がないともたないんですよね。最終的には、何かよいことがないと。人って気高いものだけど、志が低いものでもあるので、長く続けていくためには、そうしたシステムも必要だと思いますね。
目の前にあることを楽しむ
――仁木さんの今後の展望を伺えますか?
仁木英之氏: 書きたいことが山ほどあるので、小説を書き続けたいですね。企画に上がっているものだけでも、警察物、考古学ミステリー、山岳ミステリー、奈良時代を舞台にしたものなど、本当に色々あります。一つ作品を書くと色々な資料を見るので「これも面白そう」って、どんどん出てくる。すべてのことが物語の種だと思っていると、物語を書く度に種を放り出しているようなもので、一つ書くと二つ書きたいことができて、二つ書くと四つ書きたいことができるので、永遠と続いていくと思います。
――読者の中には「私も書いてみたい」と思う方いると思います。読者に向けて、また、これから書きたいという方に向けてのメッセージをお願いします。
仁木英之氏: 小説家になりたい人には、目の前で起こっていることを楽しんでほしいですね。無理に興味を持つとか、勉強するのはキツイと思うので、自分が何かをしたり、しなくてはいけないことを楽しむ。その楽しさが視野を広げたり、見方を深めてくれたりします。それが作家への第一歩。例えば横のグループがすごいおしゃべりしていたとする。「うるさいなぁ!」と思うのではなく、「何でそんなに楽しいんかなぁ?」って思って聞いたら、苦痛じゃなくなるじゃないですか。よく作家になりたいと言っているくせに文章を書くのが苦痛とか、書けないと言う人がいますけど、それって楽しくない。書くことは時に苦行なので、書くこと以前のことですね。
歴史的なことでもそう、現実的なことでもそう、友人関係でもそう、やっぱり楽しんでみてほしい。「こいつこんなにおもろいぞ」って、腹立つこと言うけど友達でもあるじゃないですか、彼女でもあるじゃないですか。うっとうしいなと思うけど、「あ、これネタになるな」とか、「こうしたらもっと面白いぞ」となると、腹立ちも半分ぐらいですみますよね。そんな風に、目の前で起こっていることを楽しめる目を持ってほしいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 仁木英之 』