目の前のミッションから、すべてが始まる
昭和23年の発売開始から、根強く愛される麦酒様清涼飲料「ホッピー」を始め、他社にはない商品の数々で日本の飲料業界を100年にわたり革新し続けるホッピービバレッジ。現在同社を率いるのが3代目社長の石渡美奈さんです。ポスターにも登場するホッピーの「看板娘」としての活動、そして5年間で年商を3倍にした経営手腕が各所で話題になりました。石渡さんの生い立ち、キャリアをたどり、トップとして最も重視する人財育成の重要性などについてお聞きしました。
新卒社員の実家を訪問する
――入社シーズンですが、このほど新卒の社員が入社されたそうですね。
石渡美奈氏: 社員たちは、私を信じて「この人と一緒に働きたい」と思って入ってくれていますから、責任を感じます。社会に出て最初の3年、5年の間に教えたことは、ずっと根付いていきます。リクナビ登録ベースで毎年5、6千人、学生さんが登録してくださって、20回ぐらい会社説明会をさせていただいて、毎回70名とか80名、おそらく1500~1600名が試験を受けに来てくださっている。それで採用するのが毎年5、6人ですから、このご縁は奇跡です。こちらとしても、「この人だから来てほしい」という理由があるわけですから、本当にご縁をいただいてありがたく思います。
――新入社員が入社する際、石渡さん自らが実家にあいさつに行かれるとお聞きしました。
石渡美奈氏: 学生から社会人になるというのは、人生にとっての大きな節目で、女性で言うならば結婚・妊娠・出産に近いような大きい出来事だと思います。そこでのご家庭の協力というのは大切です。私も社会人になりたてのころに、上司の教えがわからなくて、毎日のようにプンプン、プリプリして家に帰って、子どもの感情を親にぶつけていた。でも、父や母が、「社会はそういうものではない」ということを教えてくれて、新入社員時代の3年間がなんとか過ごせました。母があの時、「かわいそうね、辞めなさい」と言っていたら、今の私はありません。ですから、実家に伺って、私がどういう人物であるか、会社がどういう方向に向かっているかをきちんと伝えようと思っています。
私が修士論文を書いている時に、当時GEの人事で、現在LIXIL副社長の八木洋介さんにインタビューをさせていただいたことがありました。GE(アメリカ本社)では、例えば成績を上げられないマネージャーがいると、人事担当がそのマネージャーの出身地に飛んで、学校に行ったり、必要だったら家庭に行き、どういう環境でその人が育ったのか、どういう教育を受けているのか、どのような友人関係があるかを確認するそうです。GE様も実践されているのかと嬉しくなりましたね。これらは、メタなポジションから現象をとらえて、その人を「こういう風に導いていこう」とか、「話す時にはこういうトーンで、このようなスピードで話すといい」など、仮説を立てることに有効的です。
新卒教育は、単に仕事を教えるだけではない
――新卒採用をすることに躊躇する経営者も多いと思いますが、石渡さんが毎年新卒採用されることに想いはありますか?
石渡美奈氏: 最初に私を導いてくださった師匠からの影響が大きいのですが、中小企業が本当にいい会社、企業文化を創るには、社長が手を抜いてはダメだと考えています。中小企業は新卒を入れても、なかなか育てるのが難しい。大企業だと先輩社員がいて、育てるステップができ上がっていますけれど、中小企業だと人数が少ない分、一人あたりの仕事も細分化できていない。なんでもやらなくてはならないということもあって、人の面倒を細かく見ていられない現状があります。友人の多くは中小企業の経営者ですけど、新卒採用に力を入れている経営者は少ない。どうしても即戦力が欲しいということで中途採用になります。もちろん中途採用も大切です。しかし2006年当時ですが、師匠の会社も兄弟子の会社も、新卒の若い社員が会社に活気をもたらしている。自社もこういう若い社員たちと一緒に生き抜いていく会社にしたいと思いました。
それから、1997年にこの会社に入って、2003年に、父から「いつかあなたにバトンを渡すから、その日に向けて、心を共にして一緒にやってくれる社員を育てていきなさい」という言葉をもらいました。弊社はいわゆるザ・中小企業で、しかも父の時代は高度経済成長で、人の採用が難しく、平均年齢の高い会社だったんです。父の言葉と、師の教えが符合して、「新卒採用でゼロから社員を育て、弊社ならではの企業文化を創っていこう」と考えました。
――新卒の社員の教育では、どのようなことを心がけていますか?
石渡美奈氏: 新入社員に教えるのは、具体的な仕事のあれこれだけではありません。職業観や人生観、死生観のようなことも教えます。それが良い企業文化を創っていくと考えています。だから、私自身も毎日勉強しないと、社員を導いていけない。賢い社員は育ってくると、魅力のないトップならついてこない。「まだこの人から学べる」と思うものがあるからついていく。そういう意味では社員との共創と思っています。
愛情を込めて教えたことは必ず伝わる
―― 一方で、大卒新入社員の30%が3年以内に辞める現状があるといも言われています。
石渡美奈氏: 日経産業新聞にトヨタ前社長の奥田碩さんのインタビュー記事が載っていて、彼は入社して最初、経理部に配属になったそうです。おそらく彼にとって、不本意な配属だったと思いますが、奥田さんは経理の仕事を徹底して、わからない伝票はとことんまで聞き回って、10年間継続して、世界のトヨタの会社の肝を理解したそうです。その経験が彼をスーパー経営者にした。後先のことはわからないけれど、与えられたミッションを徹底してやるという、忍耐や辛抱が今の若い人たちには欠けているのではないでしょうか。
1年目、2年目で、「目の前の仕事がつまらない」と感じるのは、自分の感情の問題です。幼い感情に左右されると道を誤る。ですから新入社員とは、「何がなんでも10年ついてくる」という心と心の約束を交わして入社してもらっています。私自身、「人生の経験には何一つ無駄なことはない」と思っています。自分の身の上に起こることは、自分が描いていること。自分の人生をどうストーリーにし、可能性を見い出して、生きがいのある楽しい人生にするかは自分次第です。
――新入社員が幼い感情から仕事に不満を持つことは、ある意味で避けられないことだとも思われますが、投げ出さずにやり遂げるようにするためにはどのように指導すれば良いのでしょうか?
石渡美奈氏: 私の片腕であるマネージャー以下、身近な先輩上司からの手取り足取りの指導が欠かせません。やはり直属の上司から、より近い価値観、より近い言語で話された方が染みる。私が最初にお世話になった日清製粉では私は反逆児で、すごく怒られて、手取り足取りご指導いただいた。その時はご指導を理解できず、ただ単に「うるさい」と思っていたんですけど、考えてみると、私に一番厳しかった上司が、私が反発しようが何をしようが、根気強くいろいろ声をかけてくれたから社会人としての基本がきちんと身についた。
学生気分から社会人意識に脱皮しきれていないと、素直に聞かなきゃいけないと思っても人間なので感情が先に出る。先輩たちは時には厳しく、時には優しく、あの手この手で仕事をさせる。わが社ではそのような指導のことを「1001本ノック」って言うんです。最初は嫌われるかもしれない。私も、あの当時はその上司の方が嫌いだったんですけれど、今若い社員の成長にかかわる立場になった時に、私が教えているのは、その方に教えていただいたことばかりです。あの教えが自分の自信と誇りになっている。あの方と出逢わなければ現在の私はなかった。よくぞこの暴れ馬を調教してくださったなと。その方にまたお会いすることがあったら、心からのお詫びと感謝をお伝えしたいなと思います。
――上司としても、嫌われる覚悟で厳しく指導することを避けたくなることもあるのではないでしょうか。
石渡美奈氏: 本当の愛情を込めて教えたことは、その時にはわかってもらえないかもしれないけれども後に必ず伝わる日が来ると信じています。自分の利を超えて利他の心で真剣にやったことは必ず伝わるはず。他社に行こうが、家庭で子どもを教育しようが教えは生き続ける。その教えを受けた子たちがまたその子に教える。これは輪廻のようなものだと思います。
著書一覧『 石渡美奈 』