自身の感覚を、他者との「対話」で形にする
辰巳渚さんは、100万部突破のベストセラー『「捨てる!」技術』をはじめとした著書、「家事塾」等の教育事業で、ものと情報があふれる現代社会を心豊かに生きるための生活哲学を世に問うています。小さなころから本をこよなく愛し、雑誌、書籍編集者の経験もある辰巳さんの目に、ものと情報の関係を変える電子書籍はどのように映っているのでしょうか。本作りにおいて変わるもの、変わらないものについて考えました。
自宅そのものが「家事塾」である
――早速ですが、辰巳さんの近況を伺えますか?
辰巳渚氏: 今は茅ヶ崎に住んでいます。プライベートでは息子、娘も順調に育っているけれど、中3の息子が受験だし娘は小3なので、まだまだ子育てをしている状態です。仕事は、ちょうど今大きく動いている時ですね。家事塾を4年間やってきましたが、6月から新しい場を作ろうとしているところです。
――どういった「場」を作られるのでしょうか?
辰巳渚氏: 今までは、私が各地に行ってセミナーや講演をしていたのですが、南青山に場所を借りて、そこで私が皆さんに教える学校のような場所を作ろうとしています。「辰巳渚のくらしのこと学校」という名前です。6月4日にプレオープン、半ばには本格的に稼働しはじめるので、今後は仕事の仕方も大きく変わるかなと思っています。
――現在は南青山と茅ヶ崎を往復されているわけですね。本日は茅ヶ崎のご自宅にお邪魔しているわけですが、家具などにこだわりが見受けられて、素敵な空間ですね。
辰巳渚氏: ありがとうございます。10年かけて手を入れ続けた家なので、本当に大事に思っていますし、家が家事塾そのものだという思いでやっています。家は中古で買ったものですけれども、家具は一個一個、好きなものを買いそろえて、年に1回はリフォームをしているような状態です。
幼いころから本に携わる仕事がしたかった
――辰巳さんの幼少期について、特に本との関わりをお聞かせください。
辰巳渚氏: 私はぜんそくを持っていたので、動くと苦しくなってしまうこともあって、基本は家にいる子どもだったんです。家では大体本を読んでいて、本と共に育った感じです。母が「お友達が遊びに来ても本を読んでいる」と言って心配していましたし、学校の先生にも、「いつも本を読んでいるね」などと言われていました。
――どのような本を読まれていましたか?
辰巳渚氏: 小説です。親はあまり本を読まない人だったのですが、昔は児童文学全集などを買いそろえていた家庭も多かったんですよね。それで、そのような本を入り口に読んでいきました。小学校の時は名古屋の北の外れに住んでいたのですが、周りは田んぼばかりで、図書館も本屋もないんですね。だから本に飢えていたところもあって、好き放題に本が読める環境にいたいと思っていました。
――文章を書く方はいかがでしたか?
辰巳渚氏: 書くのは好きだったのですが、作文は自信があるのにいつも先生の評価が低かったんです。だからなのかは分かりませんが、小説家になりたいと願うよりも、本に関わる仕事をしたいと思っていました。当時、好きなことが本当に読書しかなかったからかもしれませんね。小学校の時に父が亡くなって、東京に引っ越して来てからも、本を仕事にしたいという気持ちはずっと持っていました。
――大学はお茶の水女子大学の地理学科に進学されますね。どうしてだったのでしょうか?
辰巳渚氏: 小説が好きなので国文学かな、とも考えましたが、国文学は勉強ができて真面目な女の子の行くところだったんですよ。自分は別に文学者の研究をしたいわけでもないし、方向が違うと思ったわけです。哲学科や心理学科などにも関心はありましたが、、結局、自分が何をしたいか分かりませんでした。その中で、地理学というのは、扱う内容が幅広いんですね。私が行った大学では文系なのですが、東京大学だと理系なんです。地理は地球上で人が生きている以上、全てのジャンルに関わっていて、歴史地理学、経済地理学、都市地理学など、上に何を持ってきても下に地理学が付けられる学問なんです。要は、何をしてもいいという束縛のない感じがすごく好きだったんです。私の専門は気候学で、都市気候学をやって、当時話題になり始めていたヒートアイランドが卒論でした。
著書一覧『 辰巳渚 』