『殻』執筆で叶った、かねての念願
高橋伸夫氏: 『殻: 脱じり貧の経営』で「殻」というのはウェーバーに由来するのですが、もともと、私はウェーバーをあまりよく理解できていませんでした。折原浩先生というウェーバー学の大家がいらっしゃいまして、私が助手の時に教授をされていた方で、ちくま新書の『ダメになる会社』でウェーバーのことをちょっとだけ書いたので、恐る恐る折原先生に1冊献本いたしました。案の定、先生から分厚い封書が届いて、それからウェーバーの勉強が始まりました。それが『殻』につながったのです。
――『殻』はタイトルも独特ですね。
高橋伸夫氏: 『殻』はかなりこだわりました。私は30冊近く本を出していますが、本のタイトルは、自分の希望が通ったことはほぼありません。以前からタイトルが1文字の本を出してみたかったんですが、最初に別の出版社に、『殻』っていう1文字のタイトルにするのが唯一の希望だと言うと、「絶対にダメ」と、却下されてしまいました。その後ミネルヴァの人がやってきて、「何か出しませんか」と言うので、タイトルは1文字という条件を出してみました。ミネルヴァは、学術書中心の会社なので、ちょっと合わないかもしれないと思いましたが、なんとか出してくれることになって、念願かなって1文字のタイトルになりました。サブタイトルの「脱じり貧の経営」も、最初は「じり貧の経営学」だったんです。「それだと経営学がじり貧みたいだ」と編集者に言われてしまい、「脱」をつけることになりました(笑)。私としては、どうしたらじり貧になっていくかということを書きたかったので、「脱」の一文字が加わって、ちょっとハードルが上がってしまいました。
研究者も「納期」を守らなくてはならない
――書籍の編集にも多く携わられていますが、どのようなことにこだわりがありますか?
高橋伸夫氏: 『超企業・組織論』という有斐閣の本を編集しました。書いている人はその当時、皆大学院生で、その後、みんな東大や京大や有名な大学の先生になったので、今見るとすごい執筆陣なのですが、私はこの本は徹底的に編集して、脚注の行数まで全部そろえました。普通出版社は、脚注を嫌がります。でも、皆さんそうだと思いますが、後ろに注を載せたら絶対読まないのです。結構重要なことが書いてあるのに、皆読まないので、脚注にしたいと主張しました。それでも難色を示されるので、「原稿の段階からきちんとそろえて出しますから」と言うと、やっと出版社側が折れてくれました。
――著者が多いと、とりまとめるのも大変ではないですか?
高橋伸夫氏: みんなでやる時は締め切りが必要です。こういう本を編集する時は遅れたらボツです。とにかく締め切りに間に合わなければ、ないものとして処理すると最初に宣言します。何人かで書いている時は、1人の原稿がこないと進まなくなってしまう。だから、締め切りに間に合わなかった場合は、その章などをないものとして本を出すと言っています。出版社側も、締め切りを守らない人の悪い評判は共有されているようで、企画段階で、分担執筆者の名前をあげると、出版社が「この人はダメです」と露骨に言うこともあります。学界みたいな世界で生きていくんだったら、納期は守らないとリピート受注ができません。
――若い研究者へ伝えていきたいことはありますか?
高橋伸夫氏: 私は、実を言うと、これだってテーマを決めてやったことがあんまりないんです。最初に出したシュプリンガーの本は、博論が元になっているのである意味自律的ですが、それぐらいでしょうか。『ぬるま湯的経営の研究』では、研究会に出ていた時、会社の人から「うちの会社は、ぬるま湯的体質が問題なんだよ」と言われて、私は当時助手か何かで「いや、そんな研究はない。英語でなんて言うか分かんないでしょ。日本の経営学は輸入学問だから、日本発のものなんてない」と言ったら、「そんなことでいいのか」と言われたんです。それで研究を始めたのがそもそものきっかけでした。昔、NTTの調査もやって本になっていますが、あれも元々は東北大に助教授で移った時に、着任前から研究チームで割り当てが決まっていて、仕方なく調査したものです。『鉄道経営と資金調達』の本は、あまりにもテーマが離れているので、ほとんどの人が、私ではない同姓同名の「高橋伸夫」という別人が書いたと思っているんです。でも、最初はあまりやりたいと思って始めていなくても、やっているうちに面白くなるということもあるので、色々なことをやった方がいいと私は思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
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