読者の目に触れればどのように読まれても良い
――電子書籍はご利用になっていますか?
吉村葉子氏: 電子書籍は買ったんですが、スキルが追いついていかない状態です。私たちの世代ではそういう人が多いと思います。マニュアルを読むのも難しい。今はスマートフォンを幼稚園の子でも操作できるくらいだから難しくないんだろうけど、私なんかはだめ。ケータイも家から持ち出さないです。娘が「ケータイくらい持っとけ」と言うので解約してないんだけど、今日も持っていません。営業時間だから店にいることを周りの人はわかっていますし、連絡は取れますから。
――携帯電話なしでは、不便を感じませんか?
吉村葉子氏: だって昔はなかったですから。それに、私がケータイを持たないのはへりくつじゃなくて本当に使えないから(笑)。本当は私のダイアリーやスケジュールをケータイで管理してもいいんですが、なんとなく不安があります。不安って漠としたものが一番怖いんです。理由があれば別に不安なんて不安じゃなくなります。パソコンは使っていますが、メカニズムなんてわからなくて、最近立ち上げるたびに、黒い変な画面が出る。若い子にとっては何でもないことなんだろうけど、私なんかにとってはパソコンは闇だから、なんとなく不安です。電子書籍について言うと、紙の本だったら、ぬらしちゃっても乾かせば読めるけど、電子書籍は壊れるとか。まあ、それはただのへりくつかもしれないけど、不安がなんとなくあります。
――吉村さんの本をスキャンして電子書籍として読まれることについては、どう思われますか?
吉村葉子氏: 私の本なんて2時間位で読めちゃうんだから、紙のまま読めるじゃない、とも思いますが、スキャンして読んでも全くオーケーです。本をいっぱい持っている人は、頭を抱えているから、スキャンするのはいいアイデアだと思います。ただ、スキャンしたものって、ちゃんと読むのかな、とも思います。自分の中の記憶を整理すればスキャニングしなくても良いですよね。本がデータになって、カタログ、目録のようにタイトルだけが並ぶことに満足しているところもあるのかもしれません。クリックすればいつでも見られるっていう安心感ですね。それなら、その本を買った日にちを書いておいたら良いかもしれません。本って買った本屋さんを大体覚えているでしょう。それは自分の歴史ですから、スキャンしてもそういう歴史が残せればいいですね。
――電子書籍は著作権や印税の問題でも話題になりますが、そういったことについてお考えはありますか?
吉村葉子氏: 本を買ってもらえば確かに印税は入るけど、私は、本屋さんで買って読んでもらっても、図書館で読んでもらっても良いです。図書館で読まなかったらそれを買ってくれるのかって言ったらそうじゃない。図書館で読んだら本が売れなくなるでしょう、著者の生活にかかわるでしょう、出版社の存在にかかわるでしょう、というのは、矛先が違うというか、何か筋違いだと思います。私はとりあえず、著者として読者の目に触れれば何でも良い。読んでもらって面白かったら、次に出るのを図書館に頼んでくれる。図書館で待ち時間が長かったら買ってくれる。そういうものだと思っています。
新しく、面白いものを書いていきたい
――吉村さんにとって良い本とはどのような本でしょうか?
吉村葉子氏: 再販制は残っているけど、やっぱり自由競争ですから、とりあえずは売れる本は良い本かなっていうのはあります。出版社とか、本屋さんが本を売るために知恵を絞っているのを見ると、頑張ってほしいと思います。私自信は、つまらない本に関してもすごく寛大です。夫は本をつまらなく書く人なのですが(笑)、つまらない本があるから、隣にある本が面白く見えることもある。世の中はすべて相対的です。本屋さんで1冊を買うまでのプロセスは真剣で、500円の本でも、隣の本よりもこちらの方が面白いかなって比較している。著名人の書いた本は、最初は手に取るけど、「きっとゴーストが書いている」とか疑ったりします(笑)。その中で選んでもらえる本を作りたいですね。
――本作りの際は、内容を綿密に話し合われながら作られますか?
吉村葉子氏: 本は編集さんと密に話し合ってでき上がるものだと思っています。『お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』の編集の女の子とは、今でもすごく仲良くしているし、編集者はものすごくありがたい存在です。やっぱり最初の読み手ですから。何年書いていても、どんな短い文章にも、書き手は「これは大丈夫かな」と思います。「何か直すところがあったら直します」と、とっても謙虚な気持ちになれるんです。パリにいる時は、編集さんと電話だけで話し合いをして出した本もありますが、帰ってきてからは密に話し合うことができるのがうれしいですね。
――あらためて、文筆家として最も訴えたいと思われていることをお聞かせください。
吉村葉子氏: 全部の本で、同じことを言っているんだと思います。人生をどうやって楽しく生きるか。私たちには常に、快楽を求める気持ちがあります。大伴旅人に、「この世にし 楽しくあらば来む世には 虫に鳥にも我はなりなむ」という万葉の歌があります。楽しく生きて鳥や虫になるんだったらなってもいい、どうせ死んじゃうんだから面白く生きることです。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
吉村葉子氏: このまま続けていく感じです。そしてよりポピュラーに、大衆的に、対象を広くしていきたいです。パリに住んでいたからパリのことは書いていきますが、全然そこにこだわることもありません。20年のパリの生活がなかったら本を書くこともなかったかもしれないけど、新しく面白いことがいっぱいありますからね。
読んで面白い本は、書いている人間も面白い。そういう本を目指していきたいですね。今は店に時間を取らなきゃいけないのが計算外ですが、店をやることで書くことがどんなに面白いかっていうのがよくわかりました。やっぱり本業は、一番面白いです。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 吉村葉子 』