論文試験で気づいた「読み手の発想」
――合格まで、心が折れそうになることは……。
木山泰嗣氏: もう折れっぱなしでしたよ(笑)。私から見たらどんな人も輝いて見えました。同級生は就職して後輩社員もできてくるし、結婚とかいう話もでてきます。夏休みなどに仲の良かった友だちが飲み会に誘ってくれたりしましたが、取り残された感じがして、心の底に不安を感じていたのを覚えています。
試験は年に1回なので、失敗するとまた1年待たないといけません。それが本当に辛かったですね。合格できなかった時は、永遠に受からないかもと思いましたし、3回目に落ちた時は、もう辞めようとも思いました。けれども、合格した人の平均受験回数が5回なのに、3回であきらめるのは、おこがましいのではないかと思いました。また、辞めたところで、ほかにできることが思い浮かびませんでした。そこで謙虚に気持ちを切り替えて、こういうことは運もあるし、次の年以降はあと何回か受験して、合格すればラッキーくらいの気持ちでいこうと思ったのです。
最後の1年間は、合格した二人の友だちから勉強の仕方を教わり、これまでとは違う勉強に変えました。合格者である二人から話を聞くと、私にはなかった明確な共通点がありました。そこで、合格した人が何をやってきたかの研究をすることにしました。合格者の講義を聴いたり、合格体験記や合格者の再現答案を過去の年分も含めてたくさん買って、その方法論を学びました。すると合格者に共通していることがはっきりとわかり、それを実践したら、次の年には合格することができました。
――その共通点とは。
木山泰嗣氏: 難関は、論文試験でした。私は知識をたくさん頭に入れてそれを書けば合格すると思っていましたが、違いました。大きな文字で読みやすい文章。論理が整理されていて、最初から最後までスッと読める文章。これを書く必要があったのです。読み手の発想が欠如していたことに気づきました。試験委員の経験のある先生の講義を聴くと、読み手から見た時に評価される点と、評価されない点がはっきりと分かりました。それまで私は「これだけ勉強して書いたんだから頼みますよ」「字は汚いかもしれないけどハイレベルなことを書いている」と思っていました。1人の先生が数百通を採点する時に、その中の私の答案がどう見えるか、ということは考えたこともありませんでした。読み手の立場に立つ発想は今も活きています。失敗して良かったと思っています。
――その模様は『司法試験(サバイバルレース)を勝ち抜く合格術―ロースクール前に絶対合格ろう』としてまとめられています(現在は絶版。『弁護士が書いた究極の勉強法』にその内容はリニューアルされている)。
木山泰嗣氏: 司法試験に合格した直後、『受験新報』に合格体験記を掲載してもらいました。その後、その編集者の人から「何か書籍の企画などがあったら教えてください」と、メールがあったので、司法試験に合格するために研究した勉強法に関しての目次案のようなものを返信したのです。目次案を送ってみたら、早速書かせていただくことになりました。やるしかないなと、1ヵ月で300ページくらいの原稿を書きました。司法試験に合格して、直後に出した合格記念みたいなものでしたね。書店に、自分の本があることは嬉しかったです。
本を執筆する場合、自分の書きたいテーマで書いた本もありますが、「このテーマで書いてください」と編集者さんから依頼が来る場合もあります。文章術の本も、正直乗り気ではなかったのですが『弁護士が書いた究極の勉強法』と『弁護士が書いた究極の読書術』を出版したあと「読者の方から、次は木山先生の文章術を読みたいという声がたくさんあります。書いてください」と編集者さんに言われ(のせられ??)、「やってみるか」と。決断した後は、突き進む傾向があります。
むずかしいことをわかりやすく
――数学が天敵の木山さんが、その後、税務関係をご専門にされるようになったのは。
木山泰嗣氏: それまで税法の勉強をしたこともなかったですし、税法=計算のイメージが強くて正直、触れたくない領域でした(笑)。わたしが入所した法律事務所のウェブサイトには当時「税法と倒産法と会社法がメインです」といったことが書かれていたので、ふつうの法律事務所よりは高度な専門性が身につけそうだと思って入ったのです。入所したころ、たまたまですが税法で世間をにぎわしていた大きな訴訟があって、人数が足りなくて駆り出されました。その訴訟を主任で担当していた先輩が休養されたので、所長から「主任を引き継いでくれ」と言われたのです。
この事件はストック・オプション訴訟というもので、50件ほど訴訟があり、クライアントも著名な方が多く、関係者が非常に多かったので、それをまとめることは大変でした。それを1年目の私に「専念してくれ」と。ふつうに考えると「まだ無理です」と断るのが自然だった気もします。でも、その場ですぐに「やります」と答えました。
税法を勉強していなかったわたしがストック・オプション訴訟に没頭できたのは、事件の内容が細かい税額計算の話ではなく、本質的には憲法の原則との問題だったからです。憲法では「租税法律主義」といって、国民に税金を課す際には法律が必要だとしているのですが(84条)、法律の改正もなく、さらには行政庁の指針である通達の改正すらせずに、課税庁が「解釈を変更」することで、従前より重い税金を課したのがストック・オプション訴訟の本質だったのです。これは自分が司法試験までに勉強してきた「憲法の本質」に相反する事件だと思いました。そのことを最高裁にわかってもらいたいく、この事件に没頭し、多くの論文や文献・判例をひもとき、一部でも勝つための理論構築をしました。
「やります」と答えたのは、高度な専門性を獲得したいと思っていたからで、「少なくともその案件を担当した人になれる」という判断でした。できるかできないかではなくて、「大きなチャンスだ」という発想でした。他にも、引き継いで行った税務の訴訟で、勝訴することができ、自信もつきました。当事者の主張を文章で表現し、判決を勝ち取る訴訟活動は「向いているのかもしれない」と、思えるようになりました。
――近著『なぜ、あの人が話すと意見が通るのか』や新刊『法学ライティング』でも、コミュニケーションの大切さや、「法律文章の書き方」の基本を実践形式で解説されています。
木山泰嗣氏: やはり裁判も、文章を通じた、コミュニケーションです。文章術についても、本の中で一貫して書いているのは、独りよがりにならないことです。優れた文章でも、相手の心に入っていかなければ意味がありません。相手の立場や環境、どういう目線で読むのか、裁判官であれば考え方や価値観を常に研究して、裁判官に響くように書かなければいけません。読み手をとにかく意識するということは、弁護士業務でも一般向けの執筆でも同じです。読者を想定して書くこと、ですね。
子ども時代も学生時代も、読むのも遅いし読書に慣れていませんでした。それに、理解力や読解力も平均的な同年代の人と比べても劣っているなというコンプレックスがありました。それで、自分が本を書く時は、自分と同じような人が読んでもついてこられる、少なくとも分かった気になって、読みきることができるように「むずかしいことをわかりやすく」ということをいつも意識しています。
当たり前のことかもしれませんが、少しでも分からないことは書きません。自分の頭にあることだけで書くので、話しかけるような感じで、かみ砕いてという作業をします。リズム感も大事です。専門家がさらに調べて書いた本は、読者にとってともすれば、ものすごくハイレベルになってしまいます。書いた人間だけが満足して終わるような本にはならないように、注意をしています。「素人的な初心者の目線」でまず書いてみます。もちろん本にするために、修正や加筆もしますが、出発点はそこにするのです。
――その中で編集者はどんな存在ですか。
木山泰嗣氏: 専門知識を元に執筆したものが多いですが、編集者の方には、私の書いた原稿を上手に構成し直してくれたり、的確なアドバイスをくださる方がいます。法律関係の編集者の方でも、いま風の雰囲気で編集をしてくださったり、本当にニーズがあるのかについても、コメントをくださりします。打ち合わせが終わって、編集者の方が帰られた後に「あの人、本当にすごいな」という方がわたしのまわりにはたくさんいます。そして、編集者の方も、やはり本が好きなんですよね。編集者の方がいらっしゃると、ずっと本の話をしているだけで時間が過ぎて「じゃあ、こんな感じでいきましょう」と(笑)。全然中身の話ではなくて、最近の本の話だけで終わる時もあります。でも、そういう本の話ができるのが、私はすごく楽しいです。
――読み手としてはいかがですか。
木山泰嗣氏: 法律の専門書については、電子書籍がもっと普及してほしいと思っています。とくに税法関係は毎年のように改訂されるものもありますし、1冊の本が分厚いですから容易には持ち歩けません。普段から使いこなしていないと、紙の書籍の中身はスムーズには検索できませんよね。電子書籍であれば、検索はすぐにできるし、持ち運びが不要になってどこでも見ることができます。改訂があっても、出版社さんが対応してくだされば、スムーズに移行できるでしょうし、旧版を手元において改訂版も参照できると思います。条文などは、『六法全書』がなくても、ネットで「○○法」と入力すれば全文を検索できる時代です。判例もデーターベースがあって検索システムがあるのですが、体系書については電子化が進んでいないため、分厚い本でアナログ的に調べなければなりません。法律書などの専門書については、電子化に対する大きなニーズがあると思います。
「あきらめない」でチャンスを捉える
木山泰嗣氏: 自分の味わった挫折は「あきらめない」ことで基本的にひっくり返してきたと自覚しています。大学で必修科目の単位を落としたことも、司法試験の不合格も、その後の成長からすれば、よい経験だったと思っています。弁護士になって12年弱。税法という専門や、本の執筆テーマ、大学やロースクールなどで教えること。これらは、本当は率先してやりたかったことではなかったものが多いです。声をかけられたときに、「こんなこと自分にできるかな」というものを、いずれも断らずに引き受けてきた結果です。不思議なことに、それらが、いずれも今の自分の強みになっています。
これからも若い人たちの一つの道標になれるよう、既存の枠にとらわれず新しいことをやり続けたいなと思います。落ちこぼれの法学部生だった人が活躍している姿をみせることで、「将来は自分もできるようになるかもしれない」と思ってもらえればいいですね。だれよりもわかりやすく、面白く、役立ち、やる気がわいて、楽しくなる。大学ではそんな授業をしたいと思っています。本の執筆でも、「不思議とやる気がでてきました」と思ってもらえるような本を書いていきたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 木山泰嗣 』