思考を錬磨せよ
知の活動拠点――「寺島文庫」から政策提言、教育、執筆と幅広い活動をされている寺島実郎さん。寺島さんを磁場とするこの空間には、多くの情報や人が集まっています。書棚に配架されたアーカイブの空間の中で、その想いを伺ってきました。寺島流“思考の錬磨”とは。
被写界深度を深くとる
――(九段の寺島文庫にて)素敵な場所ですね。
寺島実郎氏: 公共政策機構のシンクタンクや、教育の場である多摩大学に身をおいていますが、この「寺島文庫」が、私の活動のベースとなっています。もともと世田谷に親父が残してくれた、この文庫の原型になっている書庫があって、そこに書籍を集積していたのです。しかし、色々な連載などを書くにあたって、本がどんどん増えていきました。歴史に関する社会科学の本は、この九段の文庫には、およそ45000冊。世田谷の方にも10000冊ぐらい残っているから、全部で55000冊ぐらいあります。
今は、岩波の『世界』という月刊誌で、「近代を再考察する」という志向で「17世紀オランダからの視界」を連載しています。例えば、長崎の出島でオランダと向き合っていた、江戸時代の“日本側の知”というものの基盤を正しく認識しようとすると、儒学や国学、蘭学などを調べる必要があります。ですから、一回の連載をするたびに、およそ100冊の本が必要になります。歴史における“被写界深度を深くとる”ために、戦後史から近代史というように射程距離を深めていくと、調べる対象がどんどん広がっていきます。ユーラシア大陸からアフリカ起源のホモサピエンスが日本に流れ着いて、38000年とも言われていますが、今から2000年~3000年のゾーンを追いかけ始めると、生命科学や、人類史の話といったところまで踏み込むことになるのです。
――書くために必要な本が、これほどの量に。
寺島実郎氏: 世田谷に残っているのは、もっぱら小説本で、私の書き物に必要となる本は、九段に集めました。所蔵品のひとつであるペリー提督の『日本遠征記』は、本人のサイン付き原本です。ペリー提督が100冊ほど革表紙で作って、お世話になった人たちに配ったものの中の一冊だそうです。ほかにもマッカーサー元帥サイン入り『マッカーサー回想記』の初版本のほか、ケンペル著『日本誌』は1727年の初版本、そしてセオドア・ルーズベルト以降の、歴代米大統領のサインが入った文献。そして福沢諭吉の『学問のすゝめ』の「1.5版本」と言われている本や、カントの『永遠平和のために』の初版本もあります。これらは、ワシントンの仲間が協力してくれて、私の手元に集まってきたものなのです。サロンには卑弥呼の時代の、中国の青銅製の置物など、故宮博物館モノとも言われているものもあります。ここには文庫犬として私の活動をサポートしてくれる大切なスタッフ、のエリゼ(ビション・フリーゼ、メス4歳)もいます。写真を撮ってもらうのが大好きなんですよ。
――ここ「寺島文庫」は、ライブラリというよりは、アーカイブの場なのですね。
寺島実郎氏: 司馬遼太郎さんの記念館などを見せてもらって、「若い人にも活用させなければ、いくら本を集積していても意味がない。やっぱりアクティブな文庫が必要だ」と思ったのです。“図書館として使わせる”という意味ではなく、磁場として、空間として使ってほしいのです。ここで時間を共有した人たちが刺激を受けて、何かに気づくきっかけになればいいと思います。文庫はライブラリでアーカイブであると同時に、アクトタンク。つまり行動を起こしていく基盤なのです。
九段に寺島文庫がある理由も重要です。ここに来る学生には、ゼミよりも少し早めに来て、神田の古本屋街を歩いたり、坂の上にある靖国神社を実際に訪れて、それぞれに思いをはせてみて欲しいですね。滝沢馬琴が30年以上かけて『南総里見八犬伝』を書いたという“硯の井戸”も近くにありますし、道の反対側に建っている住友の大きなビルがある場所は、長州藩の若い藩士たちが通った、神道無念流の道場があった場所です。神田には塾や道場が集積していたし、若い人たちが向上心を持って立ち向かった、というDNAが埋め込まれている地域という面で、パワースポットとしても面白いと思うのです。こういった場所に、“知の拠点”を作っているわけです。
関連性から本質を読み解く
――この空間に身を置くと、“ここにある”意味を感じさせられます。
寺島実郎氏: 今は、ネットでピンポイントに情報が得られるという錯覚に陥りがちですが、こういった“物理的に配架されている空間”に身を置くことも、知的活動をする上でとても重要なのです。たとえば、アメリカ論に関するものとして、原爆に関するコーナーがありますが、そこには第二次世界大戦で広島に原爆を投下した爆撃機エノラ・ゲイのパイロットだったポール・ティベッツの著書 Flight of the Enola Gay なども配架しています。背表紙を見つめていると、相互の関連性が見えてきます。そういった本と本との関係性や、シナジーを発見していくプロセスが、物書きにとってはすごく大事。それが“思考の錬磨”ということなのです。
また、1階には文庫カフェみねるばの森があって、若い人たちの集まる場にもなっています。ケンペルの『日本誌』から戦後日本を扱うということで、『月光仮面』や『赤胴鈴之助』まであるし、アメリカの代表的なキャラクターのベティちゃんとか、ほかにも色々なキャラクターグッズもあれば、プロレスの過去の名場面集など “ガラクタとお宝の混在”という、このワクワク感も私にとってはすごく大事なのです。“朱銀のシナジーが高まる空間”を作ろうという試みを表しています。