――まずはこの度、取材を受けていただきましてありがとうございます。
佐藤秀峰氏: いえ、こちらこそご案内頂きまして有難うございます。
――早速ですけれどもBOOKSCANというのはいつ頃からご存知でしたか。
佐藤秀峰氏: 写真がたくさん載っていたネットの記事を読んで知りました。確かGIGAZINEさんでした。小さな事務所から、どんどん引っ越しを重ねていく様子や、機材がズラッと並んでる写真を見て、『おーっ!!』と思ってたら意外な反応が漫画家さんからTwitterでツイートされていました。『ああ、そう受け止めるんだ。』と。
――色々な立場の方がいらっしゃると思います。
佐藤秀峰氏: ところで、依頼した本は、その後溶解処分されてるんですね。ドロドロに溶かすんですか。
――以前私も工場を見学したことがありますが、本当にドロドロに溶解処分されます。ちなみにこの事務所はいつ頃から使われているのですか。
佐藤秀峰氏: ここはもう7、8年目ぐらいですかね。
――そうなんですね。ワンフロアー全てですよね。外のデッキは、この先の奥までずっと続いてるんですか。
佐藤秀峰氏: ずっと向こうまで続いていて、よくバーベキューしたりしていますね。でも、そんなには使わないです。
――事務所全体のデザインやライティングはどのようにされているんですか。
佐藤秀峰氏: デザインは業者さんにお願いしていますね。でも、もうだんだん古くなってきちゃって。
――緊張が和らぎます。
佐藤秀峰氏: 緊張させてしまいましたか(笑)。申し訳ないです。いつもちょっとネットで怖そうだとかよく言われるんですが。もちろん、そんなことないです。(笑)
――ところで今取材にあたりもう一度『ブラックジャックによろしく』を『漫画onWeb』から読んでみました。今は『特攻の島』読んでいます。読みやすいですね、ただ、作品に感情移入してしまってなかなか進みませんでしたが。(笑)ところでその、『漫画onWeb』上での自身の作品無料公開は大きな反響を呼びましたが、踏み切った心境はどんな感じでしたか。
佐藤秀峰氏: そうですね、『漫画onWeb』っていうサイトは前身が、『佐藤秀峰ウェブ』っていう個人サイトだったんです。そこで自分の作品を販売して、自己完結したかったんですね。1話20ページとかを10円ぐらいで売ればいいなっていうふうに考えていたんですが、総額決済が300円からしかどこも受け付けてくれなくて、10円じゃ受け付けてくれない。ならば最初に300円分ポイントを買ってもらって、そこでポイントを使用してもらう形になったんですよ。僕のコンテンツだけだと300円分読む前に使い切れない人も出てくるかな、と思いまして。サイトに参加してくれる人がもっとたくさん必要だと思ったんです。
――実際に開始してみて変わった事、もしくは変わらなかった事というのはありますか。例えば販売数だとか。無料になったら買われないんじゃないか、という危惧はされませんでしたか。
佐藤秀峰氏: そうですね、無料公開したのは『漫画onWeb』ができて半年くらい経った後でした。あの時、放っておくとだんだん売上は下降し、集客もだんだん落ちてきてしまう…なにか新規に取り組みをしないといけないな、という思いがありました。とにかく集客がメーンで、あんまり儲けは考えてなかったんですよね。『こういうサイト作ったから参加しませんか。』と色んな漫画家さんに声掛けて参加頂いています。それなのに、集客がままならないのはダメだという思いから、集客の為に無料化してみようっていう感じで始めたのがきっかけですね。
――そうしたら、あんなに反響があったんですね。参加メンバーを集めるのは、ひと通り作家さんたちにお声がけしたんですか。
佐藤秀峰氏: そんなに声掛けてないんですよね。人数が限られてて、それで営業でできるほどではなかったので。お声掛けいただければ説明に伺いますという形で何十人かはお会いしたんですけど。あまり深く考えずに、勢いでやってますね。(笑)
――その勢いが大きな潮流となったわけですね。変わらなかった点はどんなところでしょうか。
佐藤秀峰氏: そうですね、反響のお陰で多少サイトの知名度も出たぐらいが、変わった点でしょうか。なのでそれ以外の姿勢などは特に変わっていないですね。
――無料配布は、電子書籍というコンテンツがまだまだ少ない中で、一石を投じ親しみやすいものに変わりつつあると思いますが、電子書籍の未来、今後どんな方向に進んでいくと思われますか。
佐藤秀峰氏: 壮大な質問ですね。(笑)形状で言うと、たぶん電子ペーパーみたいなものになっていくんじゃないでしょうか。
――みんな、どんどんシフトチェンジしていくのでしょうか。
佐藤秀峰氏: そうですね、当然そうなると思ってます。ずっと前からですが過渡期なだけで、色んなシフトチェンジが今起こっていると思います。今まで、『本』というのは紙のものだって思い込みがあったので、中々その思い込みからみんな離れられないだけで、単に情報を紙に印刷したものを束ねたのが『本』であるとした場合、それを別に紙じゃないものに記録して束ねれば同じ事だと思います、極論ですが。
――例えば、データとして電子化されたものがあって人によっては本屋さんに行ってプリントできる機械で出力したものは、果たして紙の本なのか電子書籍の一種なのか、ということですよね。
佐藤秀峰氏: そうですね、レコードみたいになってくるんだろうなと思ってますけどね。
――音楽と同じような道をたどるということですか。
佐藤秀峰氏: そうですね。漫画でお金取れる時代も続くのかな、と疑問に思う気もしますし。
――10年後20年後どうなっていくのでしょうか。書き手として何か変化は生じそうですか。
佐藤秀峰氏: もう今現時点で、変化はありますね。例えば漫画の場合だと、印刷する時どうしても裁断の時に何ミリかずれちゃう。断ち切りで漫画を描く場合ってどこで切れてもいいように少し大めに絵を描いておくんですね。それがデジタルだと1ピクセル単位でぴったり合わせられるので端っこまで5ミリくらい余計に画面が使えるんですよ。なのでそこまで使っちゃいたいけど印刷の事を考えると、『5ミリ以内に抑えておこう』とか微妙な事なんですけど、そういったことも書き方にちょっとずつ影響するんじゃないかなと思います。
――スペースで制約されるが故の漫画手法、そういった制約が解放されれば劇的な変化ですよね。
佐藤秀峰氏: そうですね。印刷でできる事とデジタルでできる事が違うっていうのもありますし。今ビューアーも色々あるんで画像の中にリンクを埋め込んでおいてその上をマウスオーバーして、クリックしたらそっちに飛べるとか。また1冊の本に留まらないで色んなところに行ったり来たりみたいな使い方も多分できるだろうな、とか考えますね。特性は違うんですけど色々できる事多いですね。
――読まれる先の、特性を意識した書き方ですか。
佐藤秀峰氏: そうですね、特性を想定した書き方ですね。例えば漫画だと当然印刷はカラーとモノクロで値段が全く違います。それがデジタルだと、データの大きさぐらいしか差がなくなるので、カラーのものが作りやすくなるんですよね。(他のコンテンツが)みんなカラーなのに漫画はモノクロでなんかリッチじゃないじゃないですか。なんかウェブ用にはカラーで書いたほうがいいのかなとか思います。でもカラーで書いても印刷の場合はモノクロになっちゃうので、どっちも耐えられる描き方ってないかなとか。色々変わってきますね。
――ちなみに読み手としてご自身で変化ありそうですか。
佐藤秀峰氏: 雑誌も含めてあまり本を読まないんですけど、送られてくる本ぐらいですかね。なので意識の変化はわかりません。
――仕事の資料だと普段どれくらい読まれますか。
佐藤秀峰氏: そうですね、漫画はほぼ0冊ですね。あまり他の作家さんが書かれたものを読まなくて。流行りとか傾向を知っておきたいという理由からパラパラっと絵柄を見て。今こういう感じかって確認する程度です。読み物として追っているものはないですね。
――風潮を確認するんですね。小説は読まれませんか。
佐藤秀峰氏: 小説もほぼ読まないですね。取材で必要なものとか資料的なものは探して取り寄せたりして本でも読みますけど。
――では、その作業の中で最近読んでいる本は何でしょう。
佐藤秀峰氏: 今、読んでるのは渋いですね。老人の性革命、老人施設の性の問題を扱ったようなものです。2、3年前のもんですかね。漫画で描くので知りたいと思ってアマゾンで買って読むみたいな感じですね。
――だいたい参考資料ってどれくらいのものになるんでしょうか。
佐藤秀峰氏: 量ですか。そんなにないとは思いますね。連載始める前に20冊くらい読んだんですかね。お医者さんの書いた本とかあとは病気に関する本を読んで。あとは各章、癌編を描くとか精神科編を描くっていう時にその都度テーマに関わる本を10冊とか20冊読んでくっていう感じで。
――200冊前後ぐらいですね。
佐藤秀峰氏: そうですね。移植編の時はそのテーマに関する本を50冊くらい読みましたね。全部1人で全巻取材してたので、でもそんなもんですね。
――書き終えた後、資料はどのように保管されているのですか。
佐藤秀峰氏: すべて保管しているわけではないので、残ってるのもあれば読み捨てちゃったのもあります。冊子と一緒に捨てちゃっているかもしれません
――保管しておいてあとからまた見直す作業は特になさらないですか。
佐藤秀峰氏: いえ、保管しておくと一杯なっちゃうんで、その為の場所がって思うと難しいんですよね。僕ね、あんまり本に愛情ないんです。申し訳ないと・・・思うんですけど。最近はCDももう買わなくなっちゃったんですけど。結構集めるの好きで並べてなんかいっぱいあるみたいなのが、物知りみたいな気持ちになれて好きだったんですけど。本って結構大きさバラバラで色もバラバラなので、並べとくとなんか見栄えが好きじゃなかったんですよね。なので、本全部持ってても押入れとか扉付きのとこにしまっちゃうような感じでした。
――意外ですね。資料がずらっとある感じを想像していました。
佐藤秀峰氏: いわゆる『本棚』っていうのは、持ってないんですよね。
――今、誰でも出版することに対してハードルが低くなっていると思うのですが、その中で出版社の強みってなんだと思いますか。
佐藤秀峰氏: そうですね、編集部としての機能だと思っています。やっぱり誰でもコンテンツを表に出せるようになったからといって、クオリティの高いものってそんなにないと思うんですよね。そうするとクオリティが高くないものにやっぱりお客もお金払わないのである程度、質の高いものが作れたほうがいいと思っています。そうすると作家さんによっては編集者と打ち合わせが必要だっていう人もいるでしょうし。
――編集者と二人三脚でつくり上げるというイメージはあります。
佐藤秀峰氏: そうですね。紙の本を作って流通させるっていう役割は小っちゃくなってくのかなと思いますね。
――最後に、今後の電子書籍に望むものをお伺いします。
佐藤秀峰氏: 漫画は縦書きなんで日本語のフォーマットになってるので。縦書きでそれに合わせて絵もコマ組みもされてるんで横書きのフォーマットになってないんですよね。
――横書きのフォーマットもありなんじゃないかという事ですか。
佐藤秀峰氏: 色々思ってるんですけど、まだまとまんないですね。BCCKSという電子書籍を自分で作れるサービスはいいですよね。ブログみたいにその場で文字を打ち込んで写真をレイアウトして。縦書きも対応してるんですよ。その場で作って保存して公開にステータスを切り替えると誰でも本が公開できちゃうんですよね。それを紙の本にもして販売もできて、しかも画期的に安いんですよ。そういうサービスには、最近可能性を感じてきています。電子書籍版をまず発表して、紙も売れそうだ売ろうという感じで。色んな事を色んな人が考えてるんだなと思いますね。
――面白いですね。最終的に出力するものをどう読んでもらうか。選択できるということなんですね。紙でも大丈夫だし電子書籍でもいけるって事ですよね。
佐藤秀峰氏: 何がどうなるんだか、僕もよくわかんないですね。おいてかれないようにしなきゃなとは思ってますね。無料で公開してみたところで大した事ないよっていうのも一つの意見でしょうし、どこにもコンテンツ出さなかったら古くなって忘れられてくだけなんですよね。どこにも流出しないかもしれないですけど作品が死んじゃうと思うんで。それで、『漫画onWeb』での無料公開は、『タダでも読んでくれるだけありがたいじゃん。』と僕は思ってるんですね。
――当たり前のように知られている作品も、毎年確実に全読者層に占める「知らない世代」の割合は高くなっているんだということなんですね。
佐藤秀峰氏: 作品も作家も賞味期限って早いと思います。であれば権利で囲い込んでも全く得しないと思いますね。
――知ってくれる事によって、また新しいアクションに繋げられるといいですね。もしよろしければ先ほどのデッキを拝見させていただいてもよろしいですか。
佐藤秀峰氏: はい。どこでも大丈夫です。僕もなんか色んなとこに取材行かせていただくんですけど、怖くないですか。この間AVの取材とかさせてもらったんですけど1人で行くんですよ。事務所とかに。基本1人で行くんですけど、やっぱりどんな人が出てくるんだと思うと怖いですよね。
――でもそこに果敢に突撃する。(笑)その理由はなんでしょう。
佐藤秀峰氏: 人がいると安心しちゃうんですよね。その人に任せちゃって『影から見てればいいや』みたいになっちゃうんで。
――その場合撮影もお一人ですか。みなさんそれぞれの役割分担があるんですか。
佐藤秀峰氏: 撮影も自分でしてますね。こっちにいる3名が僕の作画を手伝ってくれてるスタッフで。こっちは妻も漫画家なので、そこの机でやってて今日はいないんですけど。そういうチーム体制ですね。
――作業場が奥まで続いていますね。この先は回廊になってるんですね。
佐藤秀峰氏: こっちがワンルームで、ここがスタッフの寝る部屋で。ここは僕ですね。
――(部屋にあったラジコンを見かけて)ラジコンされるんですか。
佐藤秀峰氏: オブジェみたいに。なんか誕生日にスタッフからもらったんですよ。でも、みんなでやらないとつまらないですね。1人で何か月かやってみたんですけど。
――CDの数多いですね。
佐藤秀峰氏: そうですね。でも一時期よりあんまり買わなくなっちゃいましたね。
――普通にお店で買われるんですか。お好きなジャンルありますか。
佐藤秀峰氏: 雑食ですが、ちょっと最近昭和のロックとか。昔メタルが流行ってる時、メタルが好きでした。
――仕事中のBGMになるんですね。『ゆらゆら帝国』とかいいですよね。
佐藤秀峰氏: そうですね。解散してすごい残念でした。
――色んな場所を見せて頂きました。本日は本当にありがとうございました。
佐藤秀峰氏: 楽しかったです。ありがとうございました。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 佐藤秀峰 』