個人ブログを中心にYahoo!ニュースの著者ポータルなどと連携して読者が循環する仕組みができたら良い
――それ以外には、どんなプロジェクトがあるんですか?
橘玲氏: 今月の20日から、ダイヤモンド社のZAi Onlineと共同で『海外投資の歩き方』という企画・編集ページを始めました。これは私が記事を書くだけでなく、それぞれの国で日本語メディアをつくっている人たちに協力してもらって、社会や文化も含め、現地の事情を伝えていこうという企画です。
――面白そうですね。どんなきっかけで始まったんですか?
橘玲氏: ベトナムに『Sketch』という日本語メディアがあって、その社長をしている中安昭人さんと以前から知り合いだったんです。中安さんは日本の編集プロダクションで働いていたんですが、ベトナムの女性と結婚したのをきっかけに15年くらい前にホーチミンに移って、奥さんの実家で暮らしながら現地で日本語のフリーペーパーの編集制作をするようになったんです。最初はミニコミみたいな雑誌だったんですが、ベトナムの経済発展や観光ブームの追い風を受けて、今では毎号200ページ、月刊2万5000部を発行するまでになっています。
その中安さんがすごく面倒見のいい人で、仕事の傍ら、海外で日本語メディアを制作している人たちのネットワークをつくったんです。それが「海外日本語メディアネットワーク」で、アジア・太平洋地域を中心に40社くらいが参加して、東京のブックフェアにも毎年出店しています。海外の日本語メディアというのはあまり知られていないので、中安さんといつもなにかできないかと話をしていたんですが、今回、ダイヤモンド社から話があったので、海外情報のページをいっしょにつくることになったんです。
――具体的にはどういう内容なんですか?
橘玲氏: 日本語のフリーペーパーをつくっている人たちと話をしてわかったんですが、せっかく面白い記事や特集があっても、バックナンバーを置いておくところがないから、次の号が出ると誰にも読まれなくなってしまう。ものすごくもったいないことに、大量の現地情報が死蔵されてるんですね。そうした情報を私たちのサイトで再活性化してもらおうというのが基本コンセプトです。
たとえば、バンコク発のビジネス・生活情報誌『DACO(ダコ)』は海外の日本語メディアとしては最大手のひとつですが、タイ人の経理部長ブンさん(女性)が日本人の素朴な質問に答える人気企画「ブンに訊け!」を編集長の沼館幹夫さんが連載してくれます。第1回は、日本人がタイ人の名義を借りてコンドミニアムを買っても大丈夫か? という話です。
ベトナムの中安さんは、「ベトナム路地裏経済学」のタイトルで、日本人がベトナムでビジネスをするときに出会うさまざまな疑問を実体験から解説してくれます。
カンボジアから寄稿してくれる木村文さんは、朝日新聞記者を辞めてプノンペンでフリージャーナリストになったという変わった人です。現地発行のフリーペーパー『ニョニュム』の編集長をしていたこともあり、カンボジア人のスタッフと仕事をするときの難しさを書いてくれました。
ラオスの森卓さんは元バックパッカーで、独力でMacの使い方を学んで、ビエンチャンで『テイスト・オブ・ラオス』という日本語メディアを発行しています。最初の記事はラオスの中流家庭の家計簿で、夫婦と子ども2人、母親と同居の自営業(自宅兼店舗)で、収入が月5万5000円、支出が4万7000円だそうです。
最初はタイ、ベトナム、カンボジア、ラオスの4カ国で始めて、好評ならほかの国にも拡げていこうという計画です。
それ以外にも、新興国投資の現地調査の経験が豊富な木村昭二さんにも協力してもらって、モンゴル、パプア・ニューギニア、アフリカ、中東、中南米など、一般にはあまり知られていないディープなエマージング投資の世界を紹介してもらう予定です。ほかにも、面白そうなことならいろいろやってみたいと考えています。
――Yahoo!ニュースの配信とも連動させるんですか?
橘玲氏: 基本的な考え方は、せっかく書いたんだから、媒体を選ばずできるだけ多くの人に読んでもらいたい、ということです。週刊プレイボーイの連載コラムを、出版社の許諾を得て、個人のBLOGだけでなくYahoo! ニュースBUSINESSやZai ONLINEに転載しているのもそのためです。将来的には、個人のブログを中心にして、Yahoo!ニュースの著者ポータルや Amazon.comの著者セントラル 、Zai ONLINEの「海外投資の歩き方」などがゆるやかにつながって、読者が循環してくれるようなったらいいかな、と考えています。まだ始まったばかりで、どうなるかわかりませんが。
『単行本』で展開される世界は『WEB』で得られる断片的な情報とは別もの
――日本の出版業界については、今後どのようになるとお考えですか。良い悪いは別にして、電子書籍は現状を活性化するんでしょうか。
橘玲氏: 日本の出版ビジネスがこのままやっていけるのか、というのはみんなが不安に感じていますが、私は単行本については楽観的です。紙の形であれ、電子書籍であれ、WEBで得られる断片的な情報と、単行本一冊で展開される世界はまったく別のものなので。ただ、情報誌はWEBと競合してしまうので、有料で雑誌を買っていた読者が無料のWEBに流れるのは仕方がないと思います。グルメ情報にしても、専門家よりも食べログの評価を参考にする人の方が多いですし……。
出版社の収益はこれまで書籍の売上げと雑誌広告が2本の柱だったんですけど、どこも雑誌広告がかなり厳しくなってきています。書籍についても、日本の場合には再販制で販売価格が固定されているのと、取次(問屋)が金融機能を兼ねる古い流通構造の2つの大きな問題があります。
再販制で値引き販売ができないことで、BOOKOFFのような新古本の全国的チェーンという、海外ではあり得ないビジネスが成立してしまいます。Amazonでは新刊と中古品を併売していますが、中古品の価格にかかわらず新刊の販売価格を下げられないので、価格差が一定以上広がると誰も新刊を買わなくなってしまう、という現象も深刻です。そのため出版社は新書や書下ろしの文庫によって本の定価を下げて対抗していますが、これではマーケットは縮小するばかりで本末転倒です。価格の変動によって受給を調整するのが市場のもっとも重要な機能ですが、再販制で自らその機能がはたらかないようにしているのですから、あちこちで不都合なことが起きるのは当然です。
取次が出版社に本の販売代金を立替え払いしているのも問題です。取次の大株主になっている社歴の古い出版社は、売れる売れないにかかわらず取次に本を搬入すればとりあえずお金が入ってくるので、資金繰りが苦しくなると出版点数を増やそうとします。90年の新刊点数は約4万点でしたが、その後、市場規模が3割も縮小しているのに出版点数がどんどん増えて、いまや年間8万点を超え、返品率が40%近くまで上がってしまいました。本が売れないと資金繰りが苦しくなって、さらに出版点数を増やそうとする完全な悪循環です。