コンピューターの魅力を子どもたちに伝えられるような「はじめの一冊」を書きたい
岡嶋裕史さんは中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了後、富士総合研究所勤務を経て、関東学院大学で准教授として学生を教えつつ、セキュリティマネジメントに関する研究をされています。『ネットワーク社会経済論』(共著、紀伊國屋書店)、『情報セキュリティスペシャリスト合格教本』(技術評論社)など、セキュリティに関するご著書も多数ある岡嶋さんに、電子書籍の未来とは、また紙の本とのかかわりについてお話を伺いました。
何をどんな手順でつなぐか、というネットワークプロトコルが主な研究テーマ
―― 早速ですが、岡嶋先生のお仕事や研究内容を、近況を交えてご紹介いただければと思います。
岡嶋裕史氏: 僕はネットワークのプロトコルと呼ばれる接続手順がとても好きで、その接続をより効率的に、より安全に簡単にするための研究をしています。もともとは富士総合研究所というところにいて、そのころから銀行の端末を接続する手順をどうするのかといったことを考えていました。なので「ずっと何と何をつなごうか」とか、「どんな方法でつなごうか」ということの研究をしていますね。
―― いまの世界になくてはならないものを研究されているのですね。
岡嶋裕史氏: 当時はATMとか、パソコンとパソコンをつなごうという段階だったんですけれども、いまはもう機器そのものがつながっているのは当たり前で、例えばホームページ同士が孤立して存在しているから、それを自動でつなぐにはどうするのかなどの話をしていて、前よりだいぶ様相が変わったと思います。
―― 大学ではどのようなお仕事をされているのですか?
岡嶋裕史氏: 学部ですとゼミ生さんの面倒を見ていますね。コンピューターが好きな子たちというのは、僕と同様に、コミュニケーションが苦手な子が多くて、なかなか人前で話せなかったり、ずっとネットやゲームだけをしている生活をしている子が多い。それをいかにリハビリをして人前で話せる人間にして送り出すかということをやっています。僕自身も、学生さんには親しい感じで接するようにしていますが、なかなか人と話をする機会がなくコンピューターにおぼれている学生さんにはいいのかもしれないです。でも、本当はもう少し厳しくしてあげた方が卒業後のことを考えるといいのだろうなと思いつつできていない(笑)。
最近はスターバックスで執筆。最短で5日で本を1冊書き上げる
―― 基本、普段は研究室でのお仕事をされているのでしょうか?
岡嶋裕史氏: 自宅が研究室から遠かったり、子どもが生まれて自宅では仕事がしにくくなったことがあって、最近になってモバイルを使って仕事をしているんですよ。僕はひきこもり傾向があるので、世の中的な携帯電話とかスマートフォンの流れに全然乗らずに来たんですが、今は大抵スターバックスで執筆しています。今までは「モバイルっていいですよね、これからモバイルを使った時代ですよ」とか理屈だけで言っていたけれど、今、その良さを実感していますね。
―― スターバックスがお気に入りですか?
岡嶋裕史氏: そうですね。Wi-Fiがつながっているので。リア充(現実(リアル)の生活が充実している人のこと)ってこんな生活をしているんだと思いました(笑)。最近は徹夜でガーッと書き上げるのがつらくなってきたので、学生さんに参加してもらったりしています。今年もプログラミングの本を出したのですが、実際に書くコードの部分をゼミ生と一緒に作ったりしています。そうすると最後に名前を載せてあげられるので、卒業記念にもなりますよね。
――徹夜で書かれている時期もあったのですか?
岡嶋裕史氏: 僕は継続して何かをすることが苦手なので、本の仕事をもらうと、「ああ、すぐに書かないと」という気分になって、短期間で仕上げることが多かったんです。でも最近は、それがキツくなってきましたね。
――最短ですとどれくらいで書かれるのですか?
岡嶋裕史氏: 校正とかありますけれど、1週間ぐらいですかね。ワードを使って書いていますよ。僕、計画性が全然なくて。まず最初に「目次を立てましょう」とか出版社の方などに言われても、僕の場合はどっちかというと、ガーッて書きはじめちゃって、後からつじつまを合わせる感じなんですね。
『ゲームセンターあらし』の『こんにちはマイコン』が人生を変えた!
―― 岡嶋先生は子どものころはどのような本を読まれていましたか?
岡嶋裕史氏: 僕が子どものころ『ゲームセンターあらし』(小学館)という、すがやみつるさんの漫画があって、ゲームセンターあらしの『こんにちはマイコン』(小学館ワンダーライフコミックス)という、漫画なんだけれどパソコンを教えてくれるという本があった。それを9歳くらいの時に読んで、「これは一人でもできる遊びだろう」と思ったんですね。それで親にねだって買ってもらって、そこからパソコンをはじめたんです。
――パソコンを始めるきっかけになった本だったんですね。
岡嶋裕史氏: それで、プログラムを作って素人が投稿すると載せてくれる雑誌があったんですよね。で、送ってみたら載せてもらえたので、それがすごくうれしくて段々のめり込んでいった感じです。初めて載ったのが10歳ぐらいの時なんですけれど、ブラックジャックのゲームで載せてもらったんですね。そのことはすごく記憶に残っています。工学社さんの「I/O」、アイ・オーという雑誌に載せていただきました。
―― 10歳で掲載されるということはどうなのでしょうか?
岡嶋裕史氏: 当時、小学生で載せてもらってる子は、チラホラいましたね。小学生がラジオを作ったりするのが趣味だった時代がありましたけれど、多分それよりも僕は少し時代が下なので、小学生の趣味としてプログラミングは成立してたんだろうなと思います。その当時9歳、10歳で載っていた人たちというのは、いまでもこの業界で生き残っていて、チラホラ見かけますね。何となく名前を知っているなと思ってたら、「あの子だったか!」みたいなことがあります(笑)。
村井純先生からの「直メール」でインターネットを学ぼうと大学へ
――幼少期から学生期も含めて、岡嶋先生に影響を与えた1冊はありますか?
岡嶋裕史氏: 日本のインターネットの父と言われている人で、いま慶応の環境情報の学部長をされている村井純先生が書いた『インターネット』(岩波書店)という本ですね。僕は、学校が嫌いで高校へ行かなかったんですけれど、中学を出てずっとプラプラ遊んでた時期があったんです。その時に村井純先生のWIDEプロジェクトなどを本を読んで、「これは次、すごい時代が来るな」と思ったんですね。それで「ちゃんとインターネットを勉強してみよう」と思って、大学入学資格検定(大検)を取って大学に行ったんです。大学に入った直後に『インターネット』が出版されて、やっぱりこれはとんでもないことだぞと。それで、村井先生に「これはすごいですね」とメールを出したら、村井先生は当時も偉い方だったんですけど、ものすごく丁寧な返事を頂いたんです。「そう思うのだったら、君自身も何か貢献してよ」みたいなことが書いてあった。貢献なんて全然できていないのですが、今の私の仕事の原点です。
―― なぜ村井先生に直接メールを出してみようと思われたのですか?
岡嶋裕史氏: 『インターネット』の巻末にメールアドレスが書いてあったんです。当時としてはすごく珍しいことだったんですよね。そもそも「メール」が普及していない時代だったので、「出してみよう」と思ったんです。
――大学生のころはどのような学生だったのですか?
岡嶋裕史氏: コンピューターオタクとして一生食っていくのもどうなのかと思っていまして(笑)。当時、田中芳樹の『銀河英雄伝説』(徳間書店)にかぶれていて、政治の世界にも興味があったので、政治とコンピューターを両方やれるところで総合政策学部という学部を選んで、ちゃんと両立しようとか思っていたんですね。けれど政治をやっているようなリア充の学生の輪には入れず、結局のところ地下室のコンピュータールームにずっとこもって機械をいじったりアニメを見たりしていました(笑)。
ずっと文章を書くのが好きだった
―― 本を執筆されるきっかけは、何だったのでしょうか?
岡嶋裕史氏: 文章を書いたりするのは好きだったんです。例えば小学生の時に雑誌にプログラムを載せてもらったりした時も、説明文を自分で書かなくちゃいけなかった。そういう文を書くのもすごく好きだったので、生きているうちに1冊出せたらいいなとは思っていたんですね。2000年ごろに、コンピューターの試験対策本を作るのだけれど、時間がないのでライターを公募するという企画があったんです。「これはいいかもしれない」と思って、その企画に応募して、何十ページか分だけ書かせていただいたのが一番最初ですね。
――執筆をされている時に資料などはお使いになりますか?
岡嶋裕史氏: はい、Amazonで買います。僕は、めちゃくちゃだらしないので何を買ったか完全に忘れているんです。Amazonだとダブった本を買おうとすると「前に買いましたよ」と教えてくれるので、便利に使っています。
―― リアルの書店とAmazonの割合はどれ位でしょうか?
岡嶋裕史氏: ほぼ100パーセントAmazonですね。リアルの書店で「これを買おうかな」と決めるんですけれど、持って帰るのが重いので家でAmazonで頼みます。リアルな書店は、やっぱりAmazonの影響でメガストア化が進んでいますね。品ぞろえの点でどうしてもAmazonと比べると見劣りがしちゃうので、購買機会を逃さないようにメガストアになってきているのだと思うのですが、それのあおりで普通の本の雑誌化が進んでいるなと何となく感じます。
読者の視点から見ると、単行本の雑誌化が進んでいるように見える
岡嶋裕史氏: 最近は本の中身も何時間で読み捨ててなんぼ、みたいな風になっているのかなと。僕は、出版業界のことに詳しいわけじゃないので分かりませんけど、何となく一読者としてはそんな感じの印象を受けますね。書き手として言えば、すごく点数が増えているのでチャンスが増えてありがたいなと思います。僕が初めて出させていただいたときは全然実績がなくて、いわゆる昭和の考え方だと教養新書が出せるようなキャリアじゃ全然なかったんですけれども、それでも出させてもらえた。ただ、たくさん売れる感じではないので、チャンスをものにしてもお金がもうかるかどうかは分かりませんが。
――このような時代において、先生にとっての理想の出版社・編集者はございますか?
岡嶋裕史氏: 出版という、いままで個人にとってはハードルが高かった行為自体が、電子出版で簡単にできるようになっていますので、出版工程自体はプロとアマの差がなくなってきちゃっていると思うんですよ。だから出版社とか編集者がこれからプロデュースするという意味合いが強くなっていくのかなと思います。書籍の点数ばっかりどんどん増えていきますから、その中で売れる本というのは、ますます割合が減っていく。それをきちんと売っていくためには広告を打ったりブランド管理だったりとか市場調査だったりとか、個人の力ではちょっとできないところにフォーカスしていくといいのかなと思います。
電子書籍は持ち歩きやマニュアル閲覧に利便性がある
―― 先生ご自身で電子書籍の利用というのは?
岡嶋裕史氏: 最近外に出ているので、電子書籍は外だと便利だなと思います。やっぱり重くないですし、持ち歩きが楽です。大量に本を出先に持っていく人にとっては本当に得難いものかなと。あと、電子書籍って元がホームページじゃないですか。HTMLってもともとマニュアル閲覧用のプロトコルですから、そもそもマニュアルを読むのに向いている。クリックするだけでハイパーリンクしてくれるのがすごく便利だなと思います。あとミステリーを読んでいて「残り何ページだからこいつが犯人だろう」というのも電子書籍だと分からないとか(笑)。そういう利点というのはあるのかなと思いました。
―― ちなみにデバイスは何をお使いでしょうか?
岡嶋裕史氏: iPadを使っていますが、もうちょっと軽いといいなと思います。いまはデバイスは板ですよね。あれが、くるっと巻けるようになるといいなと思う。もう一昨年ですかね、SONYがペンに巻ける有機ELディスプレイを発表してますよね。そろそろ今年か来年あたり出てこないかなと思ってるんですけど。
―― そうなるとやっぱり爆発的に状況というのは変わってきそうですか?
岡嶋裕史氏: どうでしょうね。僕は、紙は紙ですごく好きなので。これから流れ的には電子書籍に進んでいくのかもしれないですけど、人が言うよりはゆっくりかもしれないなと思っています。紙にしても、僕が子どものころに既に、「お前が大人になるころにはペーパーレス化するぞ」と言われていたのに、いま、紙って逆に増えている気がするし。紙の本も好きな人がいるだろうなって思いますね。いくらタブレットで手書きもできますと言っても、利便性としてはまだ紙が上ですよね。機械も高いですから、旅先に持っていって荷物が重けりゃ捨てて来るというのも電子書籍だとやりにくいので。何百年も使われてきただけあって、本は情報を持ち運びするツールとして完成されていると思います。だからそうそう簡単に100パーセント、電子に切り替わるものでもないんだろうなと思います。
紙が100%なくなるということはない
―― そうなると紙と電子というのは両立、共存していくものということでしょうか?
岡嶋裕史氏: ですね。寝転がってクシャッとやっちゃってもいいし、よだれを垂らしても別に紙の本なら惜しくない、みたいなところもあるので。
――先生ご自身は、紙の本の電子化において、本を断裁することに何か抵抗はございますか?
岡嶋裕史氏: 特にないですね。1回作ったものが紙だけじゃなくて電子化されて読んでもらえるというのはすごくうれしいです。
――先生がおっしゃった検索やリンクに今後の可能性というのがあるのかもしれませんね。
岡嶋裕史氏: そうですね、ゲーム分野だと昔からノベルゲームとかあるじゃないですか。ああいうのもアリでしょうし、色々な書籍というか、字を書いて読ませるという枠を超えて広がっていくんだろうなと思います。
子どもにコンピューターの魅力を伝える「1冊」を!
――最後に、今後の新たな取り組みなどをお教えいただけますか?
岡嶋裕史氏: 僕自身も色々な本に出会って人生が変わったなと思うので、やっぱりコンピューターに興味をもってもらえるような子ども向けの「最初の1冊」みたいな本が書けたらいいなと思っています。ここ2、3年そういうことを考えていて、ゼミ生さんに本作りに参加してもらっているのもその一貫ですね。やっぱり、すごく低年齢なところに対してまだリーチをしていないと思うので、そういう本が書きたいなと思っています。なかなか市場規模とかの面で実現できずにいるんです。岩波ジュニアさんで1冊そういった本を書かせていただいたんですけれども、実際に読んでいるのは高校生とかになっちゃうので、小学生に向けた本が書ければいいなと思っているんですね。専門書というのはきっと用語が難しい。コンピューターってすごく単純にしか動けないので、本来は分からないような仕組みじゃないと思うんです。人間の方が頭がいいわけですから。でも、技術者が使っている言葉が違っていて、その言葉が一般的な人たちと合ってないだけなんです。だから、そこがつながるとスパッと理解できるのかなと思うんです。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 岡嶋裕史 』