野口悠紀雄

Profile

1940年、東京都生まれ。63年に東京大学・工学部を卒業後、大蔵省に入省。その後、72年にエール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職に。主にファイナンス理論、日本経済論を専攻とし、『情報の経済理論』(東洋経済新報社)、『「超」整理法』(中公新書)、『「超」勉強法』(講談社)、など、多数の著書を発表。また、67年の政府主催明治100年記念論文・最優秀総理大臣賞、74年の日経経済図書文化賞、79年の毎日新聞エコノミスト賞など、受賞歴も多数。

Book Information

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電子書籍もいいけれど、本の文化も大事にしてほしい



『「超」整理法』シリーズで知られる経済学者の野口悠紀雄先生。一橋大学や東京大学、早稲田大学など、多数の大学で教鞭をとった野口先生ですが、その一方で、大変な読書家としても有名です。そんな野口先生に、ご自身の読書法や本への愛情について語っていただきました。

これまで読んだ本の半分ぐらいは、高校時代に読みました


――著作でもご紹介されているように、野口先生はとてもたくさんの本を読んでこられた方だと思います。やはり、小さい頃から読書家でいらっしゃったんですか?


野口悠紀雄氏: 自分の読書経験を振り返ってみると、これまで読んだ本の半分は高校時代に読んだものだと思います。いまは昔に比べたら全然読んでいない部類に入ります。私が通っていたのは、都立日比谷高校という高校ですが、そこには図書館があった。読んでいない本があると悪童どもに馬鹿にされるので、こっそり読んで、昔から知っているような顔をする。

――そのなかで印象深かった本について、教えて下さい。


野口悠紀雄氏: 印象深かった本…。全部で、何冊出していいんですか? 選ぶのは簡単なんですが、紹介したい本が多すぎて迷ってしまいますね(笑)。たとえば、高校生時代に読んだ本で言えば、『ジャン・クリストフ』ですね。これは高校生が読んで当たり前の本ですが、友達に「今頃『ジャン・クリストフ』を読んでいるのか」と言われるので(笑)、みんなに隠れてこっそり一人で読む。読んで感激する。高校生だから当然のことですね。いまでも、本の装丁や表紙の色まで覚えています。だから、私にとっての『ジャン・クリストフ』は、みすず書房から出ている、箱に入った赤い背表紙の本です。こういう「モノ」として本を見る感覚は、電子書籍ではありえないでしょうね。
あとは、ヘルマン・ヘッセ。当時、私はドイツ語の勉強をしていたので、ヘッセの短編集『メルヒェン』に入っている短編「Der Dichter(詩人)」を全文暗記しました。いまだに暗誦することができるし、表紙も思い出すことができます。
大学に入ってしまうと、精神的に弛緩したのだと思いますが、あまり本を読まなくなりました。

「読みたい本を見つけたら、読む時間がなくてもすぐに買う!」。これが野口流読書法


――ちなみに最近読まれた本で、印象深かった本などはありますか?


野口悠紀雄氏: 本当にいろんなジャンルの本を読んでいますね。仕事関係の本だけでなく、できる限り、すべての本を読みたい。私はいま「文藝春秋」で「今月買った本」という書評を担当していますが、以前ここでも取り上げたのが、白水社から出ている『イワンの戦争』という本です。これは、第2次大戦の独ソ戦におけるソ連赤軍無名兵士を題材にしたものなのですが、これまで当時のソ連に関する資料はほとんど公開されていなかったため、全貌が明らかにされていなかったんですね。出ていたとしても、指導者の話ばかり。

イワンというのは、ソ連軍における無名兵士の総称です。いままでは、こうした一般レベル、いわば庶民レベルのことは本当になにもわかっていなかった。それが、近年になってようやくわかるようになってきた。このように、「いままでわからなかったことがわかるようになる」というのは、とてもおもしろいことですね。いい本に出会ってしまうと、すぐに読みたくなってしまうので、困る。仕事の邪魔をされることになりますから(笑)。

――本当に幅広いジャンルの本を読まれているんですね! ただでさえお忙しいのに、いったいいつ読んでいらっしゃるんですか?


野口悠紀雄氏: 仕事が一段落ときを見計らって読みますね。買っておいて、積んでおいて、暇があったら読むというサイクルです。大事なのは、とにかく「読みたい本を見つけたら、買っておく」ということ。仮にその時は読めなくても、とにかく積んで置く。「ツンドク」ですね。そして、タイミングを見計らって、読んでしまう。

電車のなかでよく読書をしている人がいますが、私は電車の移動のときなどは、自分の原稿を推敲する時間にあてているので、読書をしない。なぜなら、電車の中で本を読むと目が悪くなりますから。でも、原稿の修正だったら目はあまり使わないでしょう?電車のなかでは目を使うよりも、頭を使う作業をするほうが効率もいい。



私は読む速度が人よりも速いと思います。仕事関係の本であれば、必要なところを参照する形になるので、1冊につき10分ぐらいでしょうか。ただ、これは、「自分が欲しい情報」が明確に分かっている場合のことです。どこに書いてあるかが自分である程度推測できる。だから、時間がかからないんですね。さきほど上げたような書評用などに本を読むときは、自分が知らない情報を読むわけなので、もっと時間はかかります。

本はキレイに読まずに、「汚く」読むほうが人のためになる


――それだけたくさんの本を読んでいると、本の内容などを忘れてしまったりしそうですが、先生は本を読まれるときは、フセンをはったり、本に書き込まれたり…ということはなさるんですか?


野口悠紀雄氏: 私は本を読むときには書きこみます。本は汚く読まないといけません。図書館の本はキレイに読まずに、もっといろいろ書き込みなどをしていくべきです。なぜなら、汚く読むのは、人のためになるからです。

アメリカの大学の図書館の本だと、学生たちが気になった部分や疑問に思った部分に線を引いたり、「この説は本当にただしいのだろうか?」などと疑問を書き込んだりしている。また、たくさんの人が重要だと思ったページはそれだけたくさん読まれているから、色が変わっている。

――アメリカにはそういう文化があるんですね。日本ではさすがにそれを実践すると怒られてしまいそうですが。


野口悠紀雄氏: 残念ながら、日本の図書館で書き込みをすると怒られるので、自分の本にしかしません。でも、自分の本はいくら汚しても構わないので、私は本に書き込みをします。専門書だけではなく、小説でもいろいろ書き込んだりすることは多い。たとえば、トルストイの小説などは、登場人物がとてもたくさん出てきますね。だから、登場人物には○をつけて追っていくしかない。最近は、本の前のほうに人物一覧表がついていますが、あまり役に立たない。

文庫本は読むな! 名作は絶対にハードカバーで読むべし


――お話をお伺いしていると、本は電子よりも紙で読まれることが多いとお見受けしますが、電子書籍についてどう思われますか。


野口悠紀雄氏: 大切な本は単にテキストデータとしてだけではなくて、本の装丁や手触り、自分がいろいろ書き込んだ跡など、いろいろな要素が総合されて、初めて「本」になると思います。たとえば先ほど挙げた『ジャン・クリストフ』だったら、最近は単行本で本を買う人が少なくなったせいか、文庫本ばかりになっていますが、私にとってはみすず書房の赤い背表紙の本でないと、『ジャン・クリストフ』ではない。『戦争と平和』も、文庫ではなく、単行本で読みたいし、若い人にも単行本で読んで欲しいと思います。

なんで文庫本がダメなのかというと、「本に対する恐れ」がないからですね。ハードカバーで装丁もきちんとなされている本だと、「この本はしっかり読まなければいけない」という気持ちになる。

――たしかに、ハードカバーの本は、手にしたときの重みからして違いますね。それに、名作ほど装丁が凝っていて、その本独自のオリジナリティがあるような気がします。




野口悠紀雄氏: 私は、装丁にもこだわっています。たとえば、『指輪物語』も本にこだわりがあって、ハードカバー版がいくつもありますね。私も最初は文庫本で読みましたが、その後、ハードカバーがあるのを知って、ハードカバー版で読みました。余談ですが、あの本を、単なるファンタジーだと思っている人が多いんですが、実はあの本が大ヒットしたのはベトナム戦争の影響です。あの本が書かれたのは、第二次世界大戦前なのですが、ベストセラーになったのは60年代後半でした。当時は、アメリカの大学生が徴兵されるようになって、ヒッピー運動が出てきた。登場人物であるガンダルフを大統領にしようというムーブメントも起こった。

私は、電子書籍を否定するわけではないのです。電子書籍には非常に大きな可能性があると思います。いますぐにでもやっていただきたいと思うのが、絶版本の電子書籍化ですね。印刷をするとコストがかかってしまうから再版されないのだと思うのですが、電子書籍ならそんなに金をかけずに絶版本をデータ化することができますね。

1か月前のベストセラーと200年前からの大ベストセラー。読むべきはどっち?


――絶版本を電子書籍化してほしいというお話は、いろんな研究者の方がおっしゃっていました。最近は出版サイクルが早いのか、1年前ぐらいに発売された本でも、すぐに本屋の店頭からなくなってしまうことも多いです。


野口悠紀雄氏: 最近の本は出版サイクルが早すぎる。昔は、本を出すのはとても大変なことで、編集者も著者を厳選していた。しかし、いまでは出版社や編集者が「セレクション」の作業をおこなっていない。だから、出版に値する本でないにも拘わらず、本を世に送り出してしまう。この言い方は厳しいかもしれませんが、日本でいま流通している本のうちの9割9分は出版に値しない本だと私は思っています。

先日、おもしろい話を聞きました。ある男性がある女性と話をしていたら、本の話になって、「あの本はもうお読みになりましたか?」と言われた。男性はその本を読んでいなかったので「いいえ、知りません」と答えた。すると、その女性が目を丸くして「あなたは1カ月も前に出て、ベストセラーになったあの本を読んでいないんですか? 1カ月も前に出たベストセラーなのに、読んでいないなんて信じられません」と言ったそうです。そこで、男性は「あなたは、ゲーテの『ファウスト』を読みましたか?」と聞いた。「いいえ、読んでいません」「信じられないことですね。『ファウスト』は200年も前に書かれたベストセラーなのに!」

いま出版社がおこなっているのは、出版社にとって自分たちの価値を下げていることにほかならないし、出版社の自殺行為だと思います。出版に値しない本は、出版しないでほしい。読むべき本を厳選して流通させてほしいですね。

良い本に出会うには「本屋選び」がとても重要


――先生は日本語の本はほとんど読まれないんですか?


野口悠紀雄氏: 日本語になった海外の翻訳本は読みます。日本人の著者が書いた本は、ほとんど読みません。なぜなら、レベルが低いからです。

先ほどお話した、私が担当する「文藝春秋」の書評は、10冊紹介するというコーナーなのですが、私が紹介する本のなかの9割は翻訳書です。もっとも、1割の本は日本人の本なので、非常に良い本もあることは、もちろん事実です。

――そうした良い本に出会うときは、インターネットが多いんでしょうか? それとも本屋さんですか?


野口悠紀雄氏: 私は、本を買うときは基本的には書店で選びます。ウェブでは本は買いません。なぜなら、あまりに選択肢が多すぎて、迷って買えなくなってしまう。本を買う場合、一番大事なのが、書店選びです。書店によって、本の品ぞろえは全く変わってきますから。たとえば、東京駅の新幹線乗り場の小さな書店。あそこは、スペースが限定されているので、SFはかなり厳選されたものが並んでいます。私は、SFが好きなので、出張などで新幹線を利用する際は、よくあの本屋さんをのぞくようにしています。そして、欲しい本はすでに決まっている場合は、品ぞろえの良い大型書店に行って買います。

いまだからこそ、モノとしての本の良さも再確認してほしい


――基本的に「本はモノとして読んでほしい」とお思いだとは思うのですが、部屋のスペースや持ち運びの利便性によって、ご自分の本が読者によってデータ化されることに関してはどうお考えですか?




野口悠紀雄氏: 私自身、研究室に本が入りきらなくて、いつも苦労しています。それに、旅行や出張に行くときなど、本そのものを持ち歩くとかさばる。だから、そのために自分が持っている本をデータ化するのはしかたないと思います。しかし、冒頭でもお話しましたが、電子書籍が台頭することによって、モノとしての本がなくなってしまうのは、とてもさみしいことですね。

何度も繰り返すようですが、私は「本」というモノ自体が好きです。たとえば、図書館の書庫にいると、とても安心する。スタンフォード大学の書庫は最高でした。書庫が地下にあって、中世の僧院のような雰囲気です。

それに、アメリカの本はインクがいい匂いです。本が好きな人には、ぜひ「文字」だけではなく、本そのものを楽しむ感覚を味わってほしいですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 野口悠紀雄

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