本は紙であろうがなかろうが、残り続ける
――今、出版不況と言われていますが、若い人が本をやっぱり読まなくなってきているんだなと実感されますか?
駒崎弘樹氏: 僕自身は、そんなに本を読まなくなっているという実感はないんですが、ただ、やっぱりちょっとした知識だとインターネットで摂取できちゃうので、何か知りたかったら検索すればいいというところがありますよね。しかし、本は本でしか得られない深みであるとか、あるいはそれなりの分量の知識というのは存在するので、やっぱりそれが全然ないとなると、知的荒野を歩むことになってしまうのかなと思います。だから、本はもしかしたら電子書籍のようなものになって、紙の本というのは形態を変えるのかもしれませんけれども、この「本」というパッケージは残り続けてほしいなと思いますし、本を愛する者としては紙であろうが何だろうが、あり続けてほしいという風には思いますね。
――電子書籍が少しずつ、普及していく中で、読書人口というのは変化していくと思いますか?
駒崎弘樹氏: それはもちろん。増えていくのではないかと思います。
――今は何か利用されていますか?
駒崎弘樹氏: ずっと利用していなかったのですが、最近iPhoneにkindleアプリを入れてみたら、もう読書体験が革命的に変わりました。ちょっとした暇にチラッと読めるこの喜び。毎日1冊買うくらいの勢いになってしまって、財政破綻が近そうです。
買ってその場で読めるというのは、すごいことです。ええ。
電子化されても、自分の本が読者の手元にいつもあることが喜び
――駒崎さんが作家になられてうれしかったこと、よかったなと思ったことはなんですか?
駒崎弘樹氏: 自分が本を出して、初めて読む人とのつながり感みたいなものを強く感じたんですよ。自分が本を出す前は単なる読み手だったんです。だからすごくコンテンツを消費するという人間だったんですが、自分が書き手になってからは、「その向こうの人たちってどんな人たちなのかな」とか、「読み手の方々がどんな生活をしていて、どんな思いを持って、どんな風に変化してくれたのかな」とか、すごく考えるようになった。「僕の本を読んで考え方が変わったんです」というようなことを言ってくれると、すごく喜びを感じますね。読み手の方と、その瞬間つながったなという感じがするんですよね。本って、そういう意味で媒介者なんだなっていうことを、強く感じています。だから、より本を愛するようになりました。それは何か読者と1つのストーリーを共有したみたいな感じです。例えばTwitterでつぶやいて反応があったというのは、ある種インスタントな関係なんですけど、本を読んでいただくことで長い1冊の本を共に体験したような感覚は何にも代え難いなというようなつながりを感じますね。それで自分の脳の中のアイデアと解け合って、その人の考え方の底流を成すみたいな、そういうことが起こるんだなと思うし、起こってくれたことに非常に喜びを感じますね。
――読者の方が、手元に持っておきたいけれどスペースなどの問題で、電子化されるということについてはどう思われますか?
駒崎弘樹氏: うれしいですね。僕は裁断されることには、そんなに抵抗はないですね。むしろ電子化されることによって、その人の手元にずっと残ってくれるということがうれしいですよね。例えば地震があったり何があったりという場合でも、その人がクラウドにその本を残していれば、そこにアクセスすれば読めるというのはすごくうれしいなと思いますね。
僕の本はある層の人たちに、ある程度の重たさで届き、残り続けてほしい
――出版社や編集者によって、同じ原稿でも読み手への伝え方が違うようになると思うのですが、駒崎さんにとっての理想の編集者とか出版社はございますか?
駒崎弘樹氏: やっぱり、たくさん売りたいからという、商売っ気丸出しで来られると引いちゃうんですよね。というのも、僕の本ってめちゃめちゃ売れるというんではなくて、売れ方としてはコンスタントに売れるという感じなんですよ。筑摩書房の方に言われたんですが、「駒崎さんの本はバカ売れはしないですけど、何か手堅く、しかも長く売れますよね」って言われて、結構その言葉は僕の本の性格を表していると思うんです。つまり、広い層をとらえて気持ちよくさせるみたいな本は書けないけれど、ある程度の層の人たちに、ある程度の重たさで届いて残り続けるというような本を、自分的には目指したいんです。だから、最初に編集者さんに、「僕の書きたい本はあんまり売れないですよって、それでも良ければ一緒にやりましょう」と言いました。「でもその代わり、そのテーマにあった人に必ず届くと思います」というようなことを言っているんですね。
――まさしく本物ですよね。
駒崎弘樹氏: 例えば「今こういうテーマを言ってくれれば結構刺さるんじゃないかなと思います」みたいな話は、「でもそれってすぐに古びますよね」って話だと思うんですよね。だから僕は若者代表としての日本人論みたいなものを語ってほしがられますけど、全然興味がなくて(笑)。若者だとかどうとかじゃなくて、「それが世の中のためになるか」という視点で考えませんか?って。消費されるだけ、消費されてそれで終了というのは何の意味ももたらさない。読んだ人が明日から行動を変える何かをもたらさないと、全然意味がないんだと。わかってくれる人もいればわかってくれない人もいますし、やっぱり商業的にすごく成功したいという出版社さんは、お話がきてもなかなか本にはならないですよね。
社会的課題というのは、複雑で、一発で効くような特効薬は存在しない
――駒崎さん自身としてはご自身の理念を大切にしたいとお考えなんですね。
駒崎弘樹氏: そうですね。例えば「この腐った日本を一刀両断でたたき切る」ような言葉を求められるんですけど、「そんなのはないんだ」という話をしたいんですよ。つまり明快にたたき切れる何かというものを求める、その国民の気持ちこそが病巣なんだと。現実というのは非常に複雑で様々な社会的課題があるのは、それだけの理由があるんだと。複雑なものは複雑なものとして受け止めようよと。少しでもそれに対して何かプラスになるような、1ミリでも進むようなことをしようと。それは英雄が来て、パンっと物事を解決してくれるにはほど遠いけれども、みんなが1ミリずつ進んでいけば、ちょっとは改善するよねと。その「ちょっと」をやろうというのが僕のスタンスなので、それってカタルシスは得られないんですよね(笑)。だから本の売りにつながらないというところはあるんです。そういう意味では編集者さんとはせめぎ合いがあるんですよね。「面白いこととかは言いたくないから」みたいな(笑)。でもその代わり「古びない」自信はあるんですよね。
今取り組んでいることは、休眠口座を使って世界最大の「マイクロファイナンス」を作ること
――今後、何か取り組みたいテーマをお伺いしてもよろしいですか?
駒崎弘樹氏: そうですね。今、頑張っているのは、「休眠口座基金」というのを作ろうと思っています。普通の方は、だいたいメインで使っているのは1つか2つだと思うんですが、そのほかに「どこに行ったっけ? お年玉、入っていたよな…」みたいな口座がいくつか持っていたりしますよね。そういった口座は10年間動かさないでいると休眠口座となって、銀行の基金、銀行の利益になるんです。もちろん返してって言えば返してくれるんですけれども、多くの人が忘れているので、たくさんの人が取りに行かないわけですよ。それが毎年800億円ぐらい発生している。みなさん忘れたお年玉とか、例えば僕が今日何か交通事故にあって亡くなって、僕が忘れていた口座っていうのは、永遠に引き出されないわけで、そういうのが800億発生しているわけです。それはすごくもったいないことで、それが銀行の利益になり滞留しているわけですよ。それだったら、そのお金を、例えば被災地で困っている人たちに貸し付けたり、児童養護施設に行っていて大学にはお金がないから行けないみたいな子どもたちの奨学金とかに使えれば、生きたお金として行き渡っていくと思うんです。そういう仕組みというのを日本で作りたいと思っています。実は韓国とかイギリスには既にその仕組みがあるんです。僕はある政府審議会の委員というのを2010年からやっているのですが、そこでこの案を提案したら、それが取り上げられて民主党政権下で実現しようということで閣議決定されたんですね。2014年からそれができるということになったんですけど、民主党が今の状況なので実現できるかわからなくなっちゃって、今正念場を迎えているんですが。もし政権交代した後もちゃんと政治家たちが動いてくれれば、世界最大級のマイクロファイナンス機関というのができるんです。それができれば、金融の恩恵にあずかれなかった人とか、貧困層の人たちがお金を借りられるという唯一の仕組みができ上がる。今だと消費者金融から、5万、10万しか借りられないわけですね。それを地元の信金に行って、「実は所得が低くて…」と言ったら、すごい低利子で貸してくれるというようなことが可能になるんです。第二のセーフティーネットみたいになるなと思って、今それを押し進めているところですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 駒崎弘樹 』