最初は紙で出し、電子でフォローするというのもこれからの方法の一つ
マイクロソフトの開発部門に7年間勤務した後、フリーとしてIT系のライティングを主に活動されている井上孝司さん。現在では、ITだけではなく、航空・宇宙・軍事・鉄道関係のライティングが中心になってきています。そんな井上さんに、最近のお仕事での取り組みや電子書籍に対するご意見、今後の展望など、様々なことを伺いました。
軍事系の物書きは、海外のニュースチェックが欠かせない
――現在の取り組み、お仕事についてご紹介いただければと思います。
井上孝司氏: もともと私はマイクロソフトの開発部門にいたんですが、そこを辞めてフリーになって、起業したんですね。それが99年だからいま13年目になります。当初はIT系の物書きをやっていたんですけれども、最近は航空・宇宙・軍事系の方に重点が移ってきています。『戦うコンピュータ2011』という本を2年ぐらい前、光人社さんから出しました。最新刊が同じ光人社さんから出版された『現代ミリタリー・ロジスティックス入門』(潮書房光人社)です。日本では、「ロジスティックス」を「物流」と紹介されることが多いものですから、どうしても補給物資を運ぶというところばかり注目されるんですけれども、「それだけじゃない、もっと幅広い話だ」ということで、今回は幅広く「入門」ということで書かせていただきました。
――この本の取材は大変だったかと思いますが、どのくらいの期間で仕上げられましたか?
井上孝司氏: そうですね、1年はかからなかったです。平素から情報収集をやっている分を含めると、正確な期間は、申し上げにくいんですね。
――普段からの取材などの積み重ねが、元になってできるんですね。
井上孝司氏: そうですね、ですから特に軍事系の物書きをやっていますと、海外のニュースチェックが欠かせません。
――情報源というのはどのようなものでしょうか?
井上孝司氏: 海外のニュースサイトなどは地味だからか、意外と埋もれていて存在が知られていないものなんですよね。単純に注目されていない。例えば、この本の中で燃料の話をこだわって書いたんですよ。ところが燃料ということについて、意外と注目されていない。日本なんかでも、「防衛省仕様書」ってちゃんと公開されているんだけれども、あんまり話題になったことがない(笑)。そういうところから情報を得ていますね。
パイロット向けのフライトマニュアルの入手方法
――井上さんがテクニカルライターから、こういった航空・宇宙・軍事の方面に進んだのは、どういったきっかけでしたか?
井上孝司氏: そうですね。『戦うコンピュータ2011』の数年前に『戦うコンピュータ』という年号のない本が別にあったんですけれども、これを、たまたまある会社の編集の方に話をしたら、その方が「僕が読みたいからやろう」という話になったのがきっかけですね(笑)。もともとIT畑の人間ですから、そちらの方面に強いわけですし、ITと軍事と両方がわかるというところを売りにしています。
――そうですね。今や、切っても切れない関係ですよね。
井上孝司氏: そうです。ところが、両方をまたにかけてわかる人間というのは、あまり多くない。例えば、『軍事研究』(ジャパン・ミリタリー・レビュー社)という雑誌がありますけれども、そこでもやっぱり情報通信系の話メインで書いています。
――そうですよね。お仕事場での情報収集の割合と取材の割合というのはどれ位のものなんですか?
井上孝司氏: そうですね、8割ぐらいはだいたい自宅で情報収集ですね。ネットでの情報収集、あと本の買い集めも欠かせません。例えば、飛行機のことなんか書く場合ですと、フライトマニュアルがあるんです。要するにパイロット向けの取扱説明書ですね。あれは、機密指定解除になったものは、売っているんですよ。
――それは専門書店などでですか?
井上孝司氏: アメリカのものなどは、通販で買うことが多いですね、ああいうものも読んでいると貴重な情報源になります。海外の専門誌なども欠かせないです。やっぱり軍やメーカーの公表している資料なんかも当然、落とせないです。当然、公開資料というのは差し障りのないことしか書きませんので、控え目に言っていることが多いんですけれども、それでも一つの基準にはなりますね。「国によってこういう傾向があるよね」とか、「あの国はどうもげたを履かせる傾向があるぞ」とかわかるようになりますね。欧米諸国ですと、あまり極端な変動はなさそうに思えます。もちろんメリハリがはっきりしていますので、伏せるところは徹底的に伏せますけれども。逆にアメリカの場合、公開してもいいと思ったら、とことん公開するというところがありますね。多分、納税者がうるさいからというのもあるんでしょうね。
――8割がた執筆はご自宅でということなんですが、そうなるとお仕事場はご自宅でしょうか?
井上孝司氏: そうですね。
――ご自宅には書籍がズラリと並んでいらっしゃるんですか?
井上孝司氏: 物書きの常で、家が本の山になっております。数えたことがないのでわからないんですけれども、仕事部屋の壁一面に本棚を作り付けにしましたが、そこも埋まりつつありますね。そのほかにも本棚がいくつもあって、どうもパンクしそうだから当面、クローゼットも本棚にしようとかという状況になって来ていますね。
電子はスピードが命、紙はオールマイティー
――本を買われる際は、本屋とネットの割合はどのくらいですか?
井上孝司氏: 半々ぐらいですね。ブラッと本屋に入ったら、「ああ、これが欲しかった」というものがパッと見つかったということもあります。実際に本って見つけたらその場で買っておかないと、いつ手に入るかわからないですよね。ネットも利用します。特に海外のものですと、やっぱり通販でないと手に入れられない本もありますね。
――海外の書籍は紙の書籍ですか?それとも電子書籍でしょうか?
井上孝司氏: 海外の軍事専門誌なんかですと、昔はハガキで注文書を書いて送って、紙で送ってもらっていたんですけれども、6、7年ぐらい前から電子版に変えているんですよ。理由は非常に単純で、週刊ってスピードが命なのに紙だと時間がかかってしょうがない。実際に病気騒ぎか何かがあって、税関でモノを止められちゃったことがあるんですよ。
――注文された本がですか?
井上孝司氏: ええ。シンガポールかどこかからか航空便できた本が止められたんですね。そういうこともあると、やっぱりデジタル版の方がスピーディーであるということ、税関で止められないということがありますね。でも、電子版ですと著作権管理の問題なんか出て来ますし、この先ずっと読める環境が続くのかっていう不安もありますよね。
――それはデバイスがどんどん変わってきてしまうからですか?
井上孝司氏: そうです。軍の公表資料なんかだとPDFで配っているものなんかがけっこうあるんですけれども、20年、30年先を考えたら、いろいろなデータのフォーマットがある中で、それがずっと読める状態が続くんだろうかという不安がやはりありますし、そういう意味で紙が安心といえば安心なんですよ。
――そこは紙のメリットですね。紙の本のメリットは他にどういった点があると思いますか?
井上孝司氏: まず故障しないので、モノがあれば読めますよね。オールマイティーということは言えると思うんですけれども、一方で欠点があるとしたら、場所を食うことと重たいことと、あと検索性でしょうか。あの記事、どの本のどのページにあったっけというのが、いざという時にわからなくて、調べるのに何時間もかかっちゃうということが、ままあります。そういった点は、デジタルのメリットだなとは思いますね。
インカムが入る仕組みづくりの必要性
――読者の方が、住居のスペースに限りがあるため、本を裁断、スキャンして電子化するということについてはどのように思われますか?
井上孝司氏: 電子化は絶対嫌だということは全然ないですし、抵抗はないです。ただ電子化でコピーが広まることで、自分のインカムが減るとかということになったら、それは大問題ですね。そういうことさえなければ私は紙でも電子でも、読みたい方が使い分けていただければいいと思っています。人にはやっぱり好みがありますから。「紙の方がいい」という人もいるでしょうし、「電子の方が、スマートフォンで読めて楽じゃん」という人もいらっしゃるでしょうし、それはもう人それぞれだと思うんですよ。
――使い分けが大事ということですよね。
井上孝司氏: そうなんですよね。人によってそれぞれ状況が違うでしょうから。私のような仕事をしていますと通勤がないので、通勤中に電車の中で読みたいというニーズがないんですよ。そういう意味では、1時間、2時間かけて電車で通勤をしている方は全然事情が違うかと思います。ただ、書き手に対してきちっとインカムが入るような仕組みだけは維持してもらえればなあ、というのは物書きとしての正直なところですよね。
――読み終わった本は古本屋さんなどに売られてしまった場合に、著者に対する利益というのは全くない状況ですが、電子化においては、著者になんらか還元できるようなシステムが必要ですね。
井上孝司氏: 古本屋さんは、そこがつらいところですよね。電子化された場合、一冊ずつを追跡するのが大変かもしれないですね。出版元が一杯あって書き手がワンサカいる中で、流通する中古の本を一冊ずつトラックするって非常に大変な話になっちゃいますね。それこそロジスティックスの大問題で。
――井上さんは、電子書籍の利用はありますか?
井上孝司氏: 私の場合、書籍の場合には基本、紙なんですけれども、海外の軍事専門誌で、デジタル版で読んでいるのがあるという程度ですね。入手してくる資料がPDFということは、ままあります。
――それはパソコンで見られるんですか?
井上孝司氏: 電子雑誌のFujisan.co.jpってありますよね。あれと提携しているアメリカのジニオ・ドットコムというところなんでありますが、そのジニオが実にいろいろな雑誌をデジタル版で売っているんですよ。実のところ、紙より高いんですけれども。
――そうなんですか。購入したデータは何で閲覧されるんですか?
井上孝司氏: だいたい、ノートPCがメインです。外で原稿を考える時は連れて歩いていますね。最終的に全部データを集約するのは、家のデスクトップです。電子版なので、新しい号が出るとダウンロードして読んでいます。電子版だと瞬時にして手に入りますが、週刊誌のスピードはそれぐらいでないといきないですよね。紙ですと、手元に届くまでに1週間くらいかかってしまうので、週刊だとその情報がもうセコンドハンドになりますから。やっぱり電子版の威力というのは、スピードという点で、存分に発揮されているという感じですね。
資料の電子化によって効率化された仕事
――資料が電子化されたことで、井上さんの仕事のスタイルは変わりましたか?
井上孝司氏: そうですね、例えば政府機関なんかが資料をPDFでまいてくれるようになったというのが一番うれしいですね。実際に今回、燃料の仕様書なんか、ずいぶんPDFでかき集めたものがあります。
――それまでは、そういう政府関係の発表資料というのは。どういった形で閲覧していたんですか?
井上孝司氏: 広報担当者からペーパーでもらってということになると思うんですよ。
――そうなるとコンタクトを取ってということから始めて、1週間はかかりますね。
井上孝司氏: 特に相手が海外なんかですと、送ってもらわないといけないですから時間がかかりますよね。だからコンタクトを取るのも大変、モノを手に入れるのも大変ですよね。そういう意味では、いまって公表できる資料がどんどんウェブで手に入るようになったので、やりやすくなった半面、専業の物書きとそうではない読者の境界がよくわからなくなって仕事が難しくなったこともありますね。同じ資料にみなさんアクセスできますから。
――だからこそ一般の方と見る資料は同じでも、井上さん独自の着眼点がいかされて、差別化が生まれてくるでしょうね。
井上孝司氏: そうですね。見方の解釈のところで差をつけるしかないという状況ですよね。
ひとつのきっかけではなく、小さな断片の積み重ねによる「いま」
――井上さん独自の視点というのは学生時代から培われてきたものかと思います。学生時代にはどんな本を読まれていたんですか?
井上孝司氏: 大学は工学部だったんですけれども、講義のない時間とか休講で空き時間ができた時は、図書館にこもっていたんですよ。大学の図書館の軍事系の本とか雑誌なんかずいぶん読みました。たまたま私が通っていた大学の図書館には、軍事関係の本が大量にあったんです。
――そこで素地が出来上がったんですね。
井上孝司氏: そうですね。あの頃読んだことで得た知識などが、いまでもけっこう効いていますね。1980年代、まだソビエト連邦なんていうものがあった時代です。ソ連の時の方が秘密主義だっただけに、何かチラッと断片が出て来るだけでオッと思わせるものがありましたね。
――学生時代に雑誌などいろいろと読まれている中で、衝撃を受けた本や、心に残った本はありますか?
井上孝司氏: そうですね、特にこれ一冊と言われるとあんまりないです。むしろ、細かい断片の積み重ねで来ているところもあります。だから何か一つで人生がコロッとひっくり返ったという意識はあまりないですね。私がこういった軍事系に興味を持ったきっかけとして、もっとさかのぼると、父が航空・鉄道・軍事系が好きだったんですね。だから家に戦史書なんかも山になって置かれていました。その辺りからなんですよね。同業者の方は似たようなケースが多いかもしれません。昭和30~40年代の本だと、いまになって手に入らないような本もありますね。
文庫本ではなく、電子書籍でフォロー
――本屋のいまと昔の違いについても、お伺いしたいと思います。本屋に行った際に、昔と比べて書店はどのように変わったと感じますか?
井上孝司氏: 品物のサイクルが短くなったと思います。あっという間に消えてしまう。前ですと何年も前に刊行した本が、棚の隅っこにちゃんと残っているということがあったと思うんですけれども、最近は入れ替わりが早くなったと思います。特に単行本をやっていると、なるべく長く通用するものをと思って書いているんですが、店頭に並ぶサイクルがあまり長くならないという状況もありますので、つらいところですよね。紙の本の山をずっと倉庫に積んでおくのが大変だしコストもかかるという事情もありますから、例えば最初は紙で出すんだけれども、電子でフォローするというのも一つありだと思うんですよ。電子版だったら場所を取らないですから。それは売る側にとっても一緒ですよね。長く売るためのフォローは多分、電子版の方がやりやすいんじゃないかと思います。ハードカバーで出してしばらくすると文庫で出て来るというモデルがありますけれども、それが文庫ではなく電子版だというやり方ですよね。
――本自体にも、何か変化というのは生じてきていると思いますか?
井上孝司氏: 勝手な印象ですが、腰を据えて時間をかけて長く売れるものを作ろうという傾向が、全般的にちょっと薄れている感じがすると思います。本と一言でいっても、何度も読み返して楽しむということができる分野と、しにくい分野というのは当然あると思うので、あらゆる分野でサイクルが短いから良くない、というのはちょっと乱暴だとは思うんですけれどもね。売る側としてはきちっと利益を出さなきゃいけないという事情もわかるんですけれども、うまく両立できればなあとは思いますね。
もっとバックヤードにスポットを
――いま、気になっている本はありますか?
井上孝司氏: 最近読んだ本でいうと、『満州鉄道発達史』ですね。これは特に、機関車の発達の歴史をずっと時系列で追いかけているところが一番いいですね。満鉄フリークならみんな買えという感じの一冊ですね。古い資料なんかは、なかなか手に入れるのは難しいですし、よくこれだけ資料を集めてきたなという本です。こういうのはもともとこういった書籍を持っている方でないと作れない本ですね。いまからポッと参入してやれるかというと難しいと思います。
――書き手として読む場合はそういったことも考えますか?
井上孝司氏: 気にします。つい、そっちを考えちゃうんです(笑)。
――出版社それぞれに特徴や強い分野などがあるかと思います。井上さんは書きたい内容が決まった時に、そういった点も意識されていらっしゃいますか?
井上孝司氏: 逆に、この企画だったらこの会社に持っていけば多分、通りやすいだろうなということは、当然こちらも考えます。それは単行本だけじゃなくて雑誌やウェブでも一緒です。この企画はきっと、あそこに持っていっても通らないから、こっちに持っていこうとかということは、常に意識はします。
――出版が決まった後、執筆される際は、出版社や編集者の方とはどのように関わり合いながら執筆されていらっしゃいますか?
井上孝司氏: 会社によって多少やっぱりやり方が違いますので、その辺は柔軟に合わせます。「自分のやり方がこうだから、これでやらせてくれないと困る」というのは、私はあまり言わないことにしています。やり方については、そこまでこだわりがないんですね。例えば用語の使い方なんかでも、「うちの社の表記ではこう表記をしますので」と言われたら、「じゃあそれでいいですよ」と受け入れる。著者の方で、人によってはこだわりをお持ちの方がいらっしゃいます。それはそれで一つの流儀だと思うんですが、私は、自分が書きたいテーマさえなくならなければいいと思っているんで、やり方についてはこだわりはないんです。
――では、最後に今後の展望や、取り組みたいテーマを伺えますか?
井上孝司氏: バックヤードにスポットを当てたいですね。ロジスティックスの本なんかは典型例なんですけれども、表に見える仕事の裏で、どれだけいろいろな仕組みが働いているのかということはもっと知ってもらってもいいんじゃないかと思うんです。だから舞台裏的なところ、バックヤードに、もっとスポットを当てていきたいなと思っています。いま鉄道関連の本なんかは、まさにそういう路線でやっているんです。例えば線路のつながり具合や、車両機種についてなど、そういった舞台裏的なところをこれからも書いていきたいですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 井上孝司 』