会計の視点を持つことが、あらゆる仕事の突破口になる
岩谷誠治さんは、公認会計士・税理士として会計税務やコンサルティングを行うほか、SEの経験を生かしシステム監査技術者としても企業のニーズに応えています。また作家としては、会計と情報システムを関連付ける専門書のほか、最近では一般向けに執筆した会計の入門書が、そのわかりやすさから幅広い層から人気を集めています。岩谷さんに、会計を勉強することの意義、ビジネス書を執筆する際の工夫などについて伺いました。
システムエンジニアから会計士に転身
――業務内容も含め、近況をご紹介いただけますか?
岩谷誠治氏: 現状は、システムと会計にかかわる領域のコンサルティング業務を中心に活動しております。あとは一般的な会計業務、税務申告、またコンサルティング業務の一環としてセミナーの講師を務めております。
――セミナー、講演はどのような場所で行われているのですか?
岩谷誠治氏: 主催する側からのリクエストがありますが、東京と大阪が多いですね。日経ビジネススクールさんとか、IT系のベンダーさまなどの方々の企画でお声掛けがあったところに行くという感じです。
――セミナーの対象者としてはどのような方々なのでしょうか?
岩谷誠治氏: 主催者によって異なりまして、基本的には会計の専門的な話をすることが多いので、対象はやはり経理担当の方になりますし、ケースによっては、もっと広くなります。中小企業の社長さま向けといったセミナーといったものもあります。
――公認会計士とシステム監査技術者という2つの業務を行うようになったのは、どのような経緯からなのでしょうか?
岩谷誠治氏: 大学は理工系の学部に入って、化粧品メーカーに務めて生産管理のシステム開発などを行っていました。最初は、社内SEとしてスキルを身に付けて、それからなんとなく、道を変えて会計士になったという順序です。志があったというよりは行き当たりばったりというか、ポリシーだとかは全くありませんでした。
――とはいっても公認会計士は最難関の国家資格のうちの一つです。全く違う業種から挑戦しようと考えたのはなぜだったのでしょうか?
岩谷誠治氏: この短いインタビューじゃ難しいなぁ(笑)。でもそんなに深いものではなく、会社を辞めて海外留学するとか弁護士を目指すなどは一般的によくある話ですが、それが会計士だったということで、それほど大した話があるわけではないですね(笑)。
――試験は1回で合格したのですか?
岩谷誠治氏: 幸い1年目で合格できました。ただそれは無職でやっていますからね。予備校に行って勉強するだけなので大したことではないです。
締め切りに追い込まれ、貸借対照表に「顔」を描いてみた
――岩谷さんのお仕事としては、ほかに会計に関する本の執筆もあります。本を執筆されるきっかけはどのようなことでしたか?
岩谷誠治氏: もちろんしかるべく編集の方からお声掛けいただいたのですが、その前身となる書籍があって、はじめは経理とかシステムの方々向けの専門書中心にやっていたんです。それから色々なご縁があって、いわゆる一般書というか、対象の広いビジネス書を書くきっかけを頂いて、日経さんで『国語算数理科しごと』(日本経済新聞出版社)を書いて、一気に対象が小学生ぐらいまで広がりました。ですから本来の業務とは関係ないものが派生的に出てきたという流れですね。
――岩谷さんの本は、財務諸表の読み方が非常にわかりやすく工夫されていますね。
岩谷誠治氏: 編集者の方から「わかりやすくて簡単なものを書け!」と明快なリクエストがきていまして、最近は脅迫のようなものになってきています(笑)。類書も大変多いですし、会計のマーケットというのは、極めてレッドオーシャンで、その中で違いを見せなきゃいけない。それで、貸借対照表の読み方を似顔絵みたいなものを使って説明してみたりしています。
――貸借対照表に顔を描いてしまうという大胆な発想はどのようにして生まれたのでしょうか?
岩谷誠治氏: 一番の理由は追い込まれたからです(笑)。そういうアイデアというのは、たいがい追い込まれたり、締め切りの直前に出たりするのが一般的だと思います。イラストレーターの小河原智子さんが書いている似顔絵の書き方の本で、「似顔絵というのは技術じゃなくてパーツの配置で似ているか似ていないかが決まるんだ」というのを目にして、それが使えるんじゃないかと思ってやってみたんです。
会計の勉強で「簿記」をとばすのは結局遠回り
――会計の入門書は出版界のトレンドでもありますが、岩谷さんが本を書かれる上で心がけていることはありますか?
岩谷誠治氏: 会計は嫌われているとまではいいませんけれども、比較的ハードルが高くて、積極的に本を手に取りづらいものですので、そのハードルを下げたいですね。恐怖感が先に立ちすぎているのは大変もったいないと感じます。専門書の領域はプロの方が読まれるものなので、そのニーズに応えるんですけど、一般ビジネス書の領域ですと、やはりどれだけ会計アレルギーのようなものを排除してあげるかというのがポイントになるのかなと思います。
先日読んだ経済誌で、これからのビジネスマンに必須なスキルという特集があって、英語とITと会計が必要だという記述があったんですね。その3つの中でどれが簡単だといったら、どう考えても会計が簡単なんです。英語は中学校の3年と高校、大学で学んでも使えないし、さらにビジネスレベルで使うためには、数年間の努力がないと使いこなせない。ITというのは、レベルによりますけれども、少なくとも数百時間以上ですね。会計のほうは、やる気になったら1冊か2冊です(笑)。数時間で身に付いてしまうんです。もし、先ほどの3つがビジネスマンのポイントだというならば、どう考えても会計からはじめるのが一番圧倒的に効率的だと思います。求められているものには色々なレベルがあって、ITはシステム開発をする人のスキルではなくて、一般的なネットワークが使えたり、エクセルが使えるというレベルがまず必要ですよね。会計も経理の厳密な仕訳がわかって、最新の会計基準がわからなくても十分に役に立つんです。そのようなレベルにたどり着かないのはもったいないし、われわれがハードルを越えさせてあげれば、みんなハッピーなんじゃないんでしょうか。
――会計を学ぶために、何が障害になっているのでしょうか?
岩谷誠治氏: 「簿記」っていう単語にネガティブに反応してしまうことですね。実際セミナーをやるときに、「簿記っていう単語を使わないでください」っていう要望が多々あるんですよ。会計とか決算書の本は、「簿記がわからなくてもわかる」とか、「仕訳がわからなくてもわかる」という枕ことばが一般的になっていますよね。簿記がすごく難しいものというか、触れてはいけないもののような位置づけになっているんです。でも、実際はすごく単純な構造ですし、やってみたら1時間、2時間でわかるもので、そこを怖がって遠ざかってしまうので余計混乱しますし、実際の仕訳ができなくても、簿記的な考え方がわかれば、もっと効率的に応用できるのに、という問題意識があります。
――簿記という言葉にハードルを感じるのですね。
岩谷誠治氏: 経済学を学ぶときに、微分をとばすのと似ているんですよね。経済学の本ではよく数学を使いますが、微分とか積分を使わなくてもわかる経済学の本っていうのが、よくあるんです。でも、ちょっと大変かもしれないですけど、最初に微分とか積分をやってしまえば簡単にわかるのに、初心者には、そのハードルを除いてやろうという本が多くて、結果としては遠回りなんです。会計は簿記をはずしてしまうと余計わかりにくくなってしまうんじゃないかなというのを、過去の書籍とかを拝見していて感じたので、どうしたら簿記を簡単に提供できるかなということで、ブロックにしてみたりテトリスを使ってみたりしています。ここまでバカバカしいものを書いている私も恥ずかしいところもあるんですけれども(笑)
ほかの競争の激しいジャンルの本が参考になる
――編集者からほかの本との差別化や内容を簡単にするプレッシャーがあるとおっしゃいましたが、出版業界の事情があるのでしょうか?
岩谷誠治氏: 私は仕事柄色々な業界を見ていますが、どこも厳しいですけれども、今編集の方々の置かれている出版業界の厳しさというのは認識しています。やはり実売を見ると、私の本がという意味じゃなくて、全体的に結構色々泣けてくるような数字がありますね(笑)。
――本を読む人が減っているとお感じになりますか?
岩谷誠治氏: 読まれている方は読まれていますけど、やはりそれは特定の方に限られているというのもあるんでしょうね。昔から比較的、年齢層の高い人は読んでいるし、継続的に買う人がいるのは変わらないんでしょうけど。もう一つはネットとかで入る情報が多くて選択肢が増えたということもあるでしょうね。
――岩谷さんご自身は、本屋にはよく行かれますか?
岩谷誠治氏: 仕事柄、ほかの方の本も拝見しなければいけませんし、今はたくさん読みますね。ただそれは仕事での読書で、例えば自分自身にとって新しい仕事をするとき、あるいは本や雑誌の記事を書くときに、税法上の特定の論点に関連する本を、まとめて買う感じで、通常の、一般的な方の読書体験とは全く違うものですね。あと、私はほかの分野の本を仕事のネタのために見たり買ったりすることが多いんです。料理とか、英語の棚がすごく参考になるんですよね。会計も厳しいですけれど、やはり英語や料理というのは、端から見るとほぼ似たようなものが毎月新刊で出ていて競争が激しい。特に料理なんてフルカラーで、なかなか工夫があります。でも芋のにっころがしなんて全部一緒ですからね(笑)。それでも出し続けなきゃいけないから、痛々しいですよね(笑)。英語に関しても出る単語は1500~2000って決まっているのに、毎月毎月新刊が出されるという、あの厳しい環境は大変勉強になります。
――類書が多くても、その中で差別化ができればまだまだ勝負できる余地はあるということでしょうか?
岩谷誠治氏: その観点で参考になるのは『天地明察』(角川書店)の冲方丁さんが書いた『冲方式ストーリー創作塾』(宝島社)という本です。実は冲方さんとは高校が一緒なんです。冲方さんのほうが大先生ですが、年齢は僕のほうが一回りぐらい上で、『天地明察』を出す前から、同じ高校の方がいらっしゃるんだなということはちょっと何かで見て、知っていたんですよ。当初は僕らの読まないような分野の小説を書かれていましたが、こういうのが出てきたので読んでみたんです。これは冲方さんが小説の書き方を書いていて、それ自体もおもしろいんですけど、僕がすごいなと思ったのは、小説の書き方をそうやってみんなに教えることの理由が書いてあって、「業界が発展する上で、大事なのは人口増加です。数人の天才作家が求められているほど、小説業界が裕福ではありません。必要なのは千人の中堅作家と1万人の新人と、百万人の同人作家です」と。全体としてこういうトーンなんです。
つまり業界が潤っていかなかったら、勢いもつかないし、自分たち自身も活性化しないんだというんです。冲方さんはすでに著名だったのかもしれないですけど、今のようなトップ作家になる前の段階なんですよね。2005年当時、既にそういう問題意識を持っていたということはすごいことだと思います。
私の本を一人でも多くの人たちの手に届けたい
――出版業界では、電子書籍の普及も大きな話題となっていますが、岩谷さんは電子書籍についてお考えはありますか?
岩谷誠治氏: 2008年に本を出版したとき、同時に電子書籍化しているんですよ。電子書籍の初期のころですから、XMDFのフォーマットで作って、基本的にはザウルスか、携帯で見るというのが主ということでした。ただ正直いって、全然売れなかったんですね。マーケットが小さかったのもありますけど、今はiPadとかハードが変わってきたのでまた違うのかなとは思います。
――岩谷さんご自身は電子書籍は読まれていますか?
岩谷誠治氏: 自分が買っているものは紙です。私の領域の専門書は電子書籍になっているものは少ないんですね。電子書籍になるのはもっとメジャーなものが多いので。ですから私は電子書籍はまだそれほど利用していません。
――いわゆる自炊に関しては著作権の問題が取りざたされていますが、岩谷さんの本が個人で電子化されることには抵抗はありますか?
岩谷誠治氏: 著作者の方々には色々なご意見があるでしょうけど、私個人としては、現時点で個人が取得されたものを、それ以降電子化することに関しては、まあ、特段問題とは思いません。私の程度の出版数でありレベルですと、シンプルに一人でも多くの人が読んでもらったらうれしいと思います。、会計士という立場ではなく、作者という立場からは、読んでいる人が増えることを妨げるようなレベルには、私自身はまだ至っていないということです。
――岩谷さんの会計の本は、まさに会計に縁のなかった幅広い層の方々にまず手に取ってもらうことが重要ですね。最後にこれから会計を勉強する方にメッセージをお願いします。
岩谷誠治氏: 私の本は、経理とか財務以外の方に売れているんです。会計という視点を持つと、例えば生産管理でもマーケティングでも広告制作でも結構ですけど、みなさんがお持ちの専門的な領域に必ず関係するんです。その見方を持つと違う広がりみたいなものが明らかにできるので、問題解決の手段として有効なんではないかというのが、本の中でもいっていることです。
英語が難しいのは、英語をどんなに勉強しても、日常の業務とリンクする職場は限定されるんですけど、会計に関しては、例えばこのカメラは会社の備品だったらどのように会計処理するのかとか、必ず関係してくるので、会計の視点から色々なものを見直してみると、行き詰まっているときに新しい側面を提供できて、違うアプローチができると思いますし、現実が見えてくると思いますので、ぜひ会計に興味を持ってもらいたいですね。なにしろ「まだ簡単にできるだろう」って編集者からいわれていますので(笑)、それを目指してやっていきたいですね。専門でやっている領域は別として、ビジネス書を一般の方々向けに出すものに関しては、もっと簡単なものができるんでしょうし、一人でも多くの人たちの手に届くように努力したいという風に思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 岩谷誠治 』