電子書籍を年寄りお助けグッズに
――本を書かれるうえで大事にしていることはありますか?
本川達雄氏: とにかく、読みやすいこと。特に科学者の書く文章って、読んでも分からないのが多いんですね。読んだとき読み手がどう思って、次にどんな言葉が来るのを期待するか。そういう意識の流れみたいなものに沿って書くと、すごく読みやすくなるんです。主役は読み手なんですよ。読み手が期待したことがずっと来て、あるところで突然パッと、「実は…」とやるからこそ眠り込まない。そうやって、読者の意識の流れを意識して書くことを、いつも気にかけています。だから僕は、授業でも本でも、全て相手が主役の親切主義ですね。
――先生の著作は読者を限定しないですよね。
本川達雄氏: 小学生からお年寄りまでですね。『ゾウの時間ネズミの時間』は相当難しい本ですけれども、小学校で必読図書になっていたりする(笑)。あれは実は、何も生物学だけの話ではないんですよ。もちろん、生物学としても大変面白い本ですよ、分かる人が読めば。だけど、あれを読むと、社会のことに思いがいくようにできているんです。単なる生物学だけじゃ、生物学者しか読まない(笑)。新書を書くならやはり、誰でも興味を持てるようなものじゃなきゃいけない。
――電子書籍は読まれますか?
本川達雄氏: 全然読まないんです。こんなのは若者文化でいらないって、ついこの間まで思っていたんですが・・・。実はけんしょう炎になってしまってね。原因は、世界の名著、ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』を、電車で立ったまま読んだこと。2週間読み続けたら、けんしょう炎になっちゃった。そんなに重くないんだよ、中央公論世界の名著、それすら持っていられなくなった。これはけんしょう炎防止に電子書籍にしたほうがいいかもって(笑)。そしたらさらに五十肩になって、小さい字を読むと肩こりがひどい。電子書籍なら字も拡大できる。これは年寄りのお助けグッズだ! そろそろ買おうかなと思っています。
――若者文化に見える電子書籍も、違う目線で見たらもっと可能性が広がりそうですね。
本川達雄氏: もう少し年寄り向けに作ればいい。僕はマックユーザーなんですが、OS10になるときに大幅にシステムが変わった。キーボードの操作から変わってしまうなんてひどいよね。いったん覚えたキー操作は財産なんだから、OSやソフトのバージョンアップごとに、ころころとかえられたんではたまりません。覚えの悪い老人にとっては酷です。日本はこれから年寄りの世界です。電子書籍だって、老眼になった人でも読める文字にしなきゃ、話にならない(笑)。持てる大きさ、重さにしなきゃいけないし。
――そういう意味では電子書籍の可能性というのは大いにあるということですね。
本川達雄氏: あると思いますね。ただ、紙の良さはありますよ。読んだものは財産ですから。それはね、何が書かれているかだけじゃない。読みたいときに、この辺の厚さのこのあたりを開けば、それが書いてあるっていうのが財産ですね。電子書籍は検索すれば出るっていうけど、そういう空間的財産はないですよね。やっぱり体で覚えている空間や手触りは重要だと思う。背表紙を見ているっていうのは悪くはない。買っても、こんなに読んでいないのが積んであるっていうのも悪くない(笑)だから、両方あればいいじゃないかって思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
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