著作権は、心を貧しくするものであってはならない
――自炊といえば、最近では著作権問題とともに語られることが多くなりましたが、逢沢さんは著作権についてお考えはありますか?
逢沢明氏: 最初のころは、アルバイトを雇ってポケットマネーで自炊をやっていたんですけど、それさえ、法律上問題があると勝手に言う人がいるんですね。なんの判例もないのに。しかも著作権法なんていうのはひどくずさんです。アメリカでは、映画の著作権とか延ばしたけど、ミッキーマウス著作権法って呼ばれていますからね。日本の法律はもっとずさんで、ついうっかり「ローマの休日」などの著作権が切れてしまった(笑)。僕は著作権法に関する論文も書いていますけど、ダウンロード違法化にも不備があります。著作権のあるのに違法にアップロードしたものを、ダウンロードしてはいけないと。それしか書いていないんですね。
そうすると、違法の著作物だと思っても、著作権者自身がダウンロードできないんです。著作権者はOKだという例外規定は何にもないんです。それから警察が捜査で証拠物件を押さえるためにダウンロードしようとしても、それも違法です。戦後の法律は、警察権力に対して、結構厳しくなっていて、そういう例外をほとんど認めませんので。警察がどうやって逮捕しているのかよくはわからないが、違法のおそれがあるということで、踏み込んだらハードディスクの中にあったという形にしているんでしょうけど、違法捜査しているおそれは相当ありますね。そういう法律上の不備、アンバランスが色々ある。また、私的複製権というのは相当しっかり守られてきたはずなのに、そこが浸食されましたね。
僕らは例えば、昔のビデオとかは、みんなハードディスクに入れていたけれども、ブルーレイのデジタル放送の時代になって、ブルーレイメディアに入れるしかなくて、ハードディスクに入れられない。かさばってしかたないですね。
――著作権の問題では、利害関係者が複雑に存在していますが、どのような点を重視して考えればよいのでしょうか?
逢沢明氏: 例えば公共図書館の年間貸出冊数は、書籍の販売冊数とほぼ同じです。それでも出版社が許容してきたのが、従来の文化としての著作権の世界なんです。本来著作権法というのは、著作者の権利や芸術作品を守るとか、著作者人格権と密接だったはずが、それが切り離されて最近は映画会社や音楽会社の権利とか、商業主義一辺倒になってしまっています。みんなの創作・創造力を伸ばすというよりも、マネー絶対主義みたいなものがある。僕はパソコン一つ持っていれば、どこへ行っても蔵書はみんな見られるんです。旅行先でもOKだし、海外でも見られて、どこでも仕事ができるんですよね。それはわれわれの知的活力の源であるはずなのに、制約がきつくなりすぎているんです。もうかっているごく一部の著者の方々が(笑)、「スキャンしてけしからん」とおっしゃるけれど、多くの著者の方々は、自分の本が書店にも並ばない、あるいは絶版にされて、できたらタダでもいいからたくさんの人に読んでほしいと思っているんですよね。それが手軽に読めないということにもなりますよね。
僕は、年とってくると、若いころに聴いた音楽をまた聞きたいなと思うんだけど、手に入りにくいわけですよね。だからもっとパブリックドメインと言いますかね、無料でいいからみんな聞いてくださいとか、そういう風な形になっていけば、心の面でリッチになれるのに、心がとてもプアになるような社会になってしまう。もっとバランスを考えていかなきゃいけませんよね。
定年後は趣味と仕事を入れ替えたい
――今後取り組みたい活動についてお聞かせください。
逢沢明氏: 3月で僕、定年なんですよね。定年後は趣味と仕事をそっくり入れ替えようと思います(笑)。今まで趣味だったものを仕事にしていく。それは本というものの読者を取り戻したいといいますかね。特に理科系は本をあんまり読んでない。読んでいますよって言う人も、漫画なんですよね。漫画もいいけど、人類がここまで高度な文明に到達することができたのは、言語、言葉を発明して、文字で表現するようになって、それを後生のたくさんの人たちに伝えられるようになったからであって、言葉の力というのは、非常に大きいんですね。
理科系の人たちは言葉じゃなくて道具だとか、そういう風に思ってしまうかもしれませんけど、世の中を動かしたのは、多くは言葉だったと思うんです。言葉にどれだけの力、あるいは魔力が秘められているかとともに、言葉の罪深さとか負の側面も、インターネットで情報がものすごくたくさん発信される時代、どこまで掘り下げ、えぐり出していけるかという問題に挑戦してみたいと思います。ここ10年ほど、僕のメインのパートナーとして年間何百通ものメールのやりとりしているのは、天野真家さんという日本語ワープロを最初に作った人で、まさに言葉の問題を扱っている人です。一人や二人でできるものは限度がありますけど、「言葉で開く未来」ということを考えていきたいですね。やっぱり生活基盤を、ものづくりだけでやっていけるのかどうかということが非常に心配なんです。われわれの暮らしと心を豊かにするにはどうすべきか。ペンの力、言葉の力を最大限に発揮して、どれだけ貢献できるかなということを考えてみたいと思います。
――SFについて今後の構想をお聞きしてよろしいでしょうか?
逢沢明氏: 長編第1作は、2039年と設定していて、人工知性によって文明が危機に直面するというテーマにしています。2作目は2050年ぐらいで、2049年に火星から戻ってくる宇宙船があったという設定で始まるかなと思っています。文明の大崩壊劇です。このテーマで書いた人がいるかなと思ったら、誰に聞いても知らないという。そんな構想の崩壊劇です。それでどうなっていくんだというのは今は言いませんけど(笑)。
(聞き手:沖中幸太郎)
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