板チョコと同じように割るとかたづけやすくなる
――かたづけが苦手な人は、なぜかたづけられないのでしょうか?
小松易氏: かたづけに苦手意識のある人は、ドン・キホーテが風車を目指して突進していくのと同じようなことをするんですよ。私はそれをボスキャラって呼ぶんですが、家で言うと押入れや納戸のように、密度が濃くて大きい場所が気になるんですよね。積年の思いを早く晴らしたいんでしょうけれども、なかなかそこはうまくいかない。4年ぐらい前だったか、ある女性は5月の大型連休に本当は旅行に行きたかったのに10日間全部を返上してかたづけに充てたらしいんですよ。最終日、全くかたづけが終わらなくて、一人じゃできないと悟って、泣きながら私に連絡をくれました。
――小松さんはかたづけは手伝うのではなくて、サポートされるんですよね?
小松易氏: その方には、順番に場所を決めてかたづける方法がうってつけだったようで、最終的にうまくいったんですよ。ですから私のサポートの仕方が合う人には、結果が出ます。ただ、一緒にやってほしいという方は、ほかにも色々と片づけをアドバイスしてくれたり手伝ってくれる方がいらっしゃいますのでご自身で探してみると良いかもしれませんね。
――逆に、かたづけができるようになる考え方というのはあるのでしょうか?
小松易氏: かたづけが苦手な人は部屋を一枚岩で見ていて、この動かない岩をどうしようかと悩んでいるんです。私は板チョコみたいな感じで、「これ、割りましょうよ」って言ってるんですよね。私が提案しているのは、板チョコをパキパキ割って、ひとかけらを15分かけてやろうということです。子どもたちへの授業でも分けることを意識して話しますし、実践もやっぱり分けることが大切です。「分ける」ことは「分かる」ことに通じるので、行動のキッカケになるのです。
スッキリの原点は、子ども時代の友達とアイルランドでのホストファミリー
――小松さんは、小さいころからかたづけが得意な子どもだったんですか?
小松易氏: 割とおとなしい子どもで、いわゆるインドア派でした(笑)。旭川出身なので、子どもはボブスレーやスキーなんかの雪遊びをするのですが、私は母親から「外で遊びなさい」と言われても、あまり行かないでゲームをして遊ぶ方でした。その割に本を読んでいたわけでもないんですが、母が割と教育熱心で、名作絵本シリーズ20冊セットなんかが家にありました。小学校2年生の時の友達の家が、本でもおもちゃでも何でもある家で、よく遊びに行きましたが、常にスッキリとかたづいている家でした。お互いの母親同士も仲が良かったので母も一緒に行っていたりしていました。ある日、その友達の家で母に「やすし!」と急に呼ばれたので、怒られるのかと思ったら、ちょうど友達が漫画の本を読み終わってしまう瞬間に「あれ見なさい」と言うんです。「あなたもいつもああやってたら部屋かたづくでしょ」と言われて、なるほど、と思ったんです。
―― いっぱいものがあってスッキリしているその理由がわかったということですか?
小松易氏: 子どもはたいてい、出しっぱなしにするものですが、彼は出して使い終わったらしまうという動作を、無意識にその都度やっていた。だからいつも部屋がきれいなんです。そのコツみたいなものが分かってからは、自分の部屋のじゅうたんの緑色がいつもほとんど見えていた記憶があります。私は「維持」と呼ぶんですが、小学生に教えている基本がこれです。出したら元の場所にしまうことができ始めたのは、母親とその友達のおかげかもしれません。本当に散らかさなくなったのは、彼がお手本になって、母が絶妙なタイミングで指摘してくれたこと。でもこの間、母に聞いたら全然覚えていませんでした(笑)。
―― アイルランドへの留学経験は、かたづけにどう影響していますか?
小松易氏: 留学は大学4年生の時でした。英語が好きで、ラジオを聴いて独学で勉強していたのが、もう就職も内定が決まっていたころに大チャンスが来ました。行き先がアイルランドで、5月に募集が始まったのが第1期交換留学で、素晴らしいホストファミリーとの出会いがありました。1期生ということで、そのホストが大歓迎してくれたんですよ。お父さんはテリーって言って180センチぐらいの大柄の、スラッとした方で、当時私は22歳、彼が42、3歳。ちょうど20歳違ったんですね。私たちが初めて受け入れる日本人だったらしく、音楽や映画について質問攻めにあったり、「ビートルズとU2が好きです」と言ったら、レコードをかけてくれて。娘はピアノ、息子はバグパイプを演奏する音楽一家で、3か月間いろんなことを経験させてもらいました。
―― アイルランド人の気質はどんな感じなんですか?
小松易氏: 男性がおしゃべりなんです。特にそのお父さんが行動的な人で。高校時代サッカーをやっていたというと、朝から芝生のグラウンドに連れて行かれて、仲間のサッカーチームと一緒に試合や練習させてもらったり、剣道もやっていたと言うと、また剣道の仲間も紹介してくれたり、パラリンピックで金メダルを取った選手に会わせてくれたり。お父さんにぐいぐい引っ張られて、いろんな所に連れて行っていただいて、ほかの留学仲間からすごくうらやましがられました。ホームステイの期間が終わってホストファミリーの家を出た友達が2人いたんですが、一緒に面倒をみてくれて、結局最後のほうは3人でホームステイをしたんですよ。
――3人になっても、また色々連れ出してくれましたか?
小松易氏: はい。クリスマスに思い出深いできごとがありました。グラフトンストリートっていう音楽通りがあって、ギターを弾いたりイベントが毎年あって、アイルランド全土が聴くようなラジオの公開生放送番組なんですが、そこで3人でパフォーマンスしろと言われて、「きよしこの夜」を日本語で歌いました。決してうまくないんですけれど、歌い終わったら大歓声でした。それからアイルランドのメアリー・ロビンソンっていう女性の大統領に記念に手紙を書くことになって、折り紙で鶴を折って、手紙と一緒に箱に入れて、大統領官邸へ持って行って守衛さんに渡しました。驚いたのが2週間後に大統領からちゃんと手紙の返事が来たんですよね。これはすごい国だなと思いましたね。そういえば、小学校に折り紙を教えにも行きました。面白かったですよ。
―― なぜ留学先がアイルランドだったのでしょうか?
小松易氏: 多分神様があのお父さんに会うためにちゃんとセッティングしてくれたんだろうなと、感謝しています。その経験があってこういう仕事をさせてもらえるようになったのだと思います。帰る時の荷物はトランク1個でした。それだけの荷物があれば人は生活できるということなんです。
「スッキリ・ラボ」のミッションとは
―― 帰国後は、いったん就職されたそうですが、かたづけ士として独立するきっかけは何だったんですか?
小松易氏: ゼネコンのフジタに就職しました。会社員としての経験ももちろんいまに生きていますが、2000年ぐらいから独自でコーチングみたいな勉強を始めまして。自分がプロジェクトリーダーになって4か月でプロジェクトを1個作って成功させるというようなプログラムをやらないかと言われて、いまの仕事の原点になるようなプロジェクトを作りました。2つイメージがあって、1つはお宅に伺ってグチャグチャの部屋を一緒になってかたづけを手伝うパターン。もう1つは、お宅に伺って、かたづけは手伝わないけど、その人がかたづけようという気持ちを起こして自分でかたづけるためのコーチングをする。お話を聞いて状況を把握して、かたづけ計画を一緒に立てる。5人の参加者が自分の部屋を含めた場所をかたづけていくっていうのを4か月プロジェクトでやったのがそもそもこの仕事のきっかけだと思います。
―― なぜ、かたづけをプロジェクトにしようと思ったのですか?
小松易氏: ふと浮かんだのが子どものころからモノと自分の関係と、アイルランドでスッキリとしたこと。いま考えたら、お父さんが伝えたかったメッセージは、人生はとにかく経験が大切だっていうことだと思うんですよ。モノっていうものも経験のためにあって、それをサポートする道具なんだという考え方です。そのプロジェクトで学んだことが、まさにこれなんですよね。
――ご著書のタイトル通り「人生が変わるかたづけ」を実感されたのですか?
小松易氏: お客さんとやっていく中で、単に部屋がきれいになるというイメージを超えて、万年床の男性に彼女ができたり、料理好きのお母さんがキッチンをきれいにしたら本当に好きな料理をまた作り始めて、家族に喜んでもらったとか、5人それぞれにストーリーがあって。かたづけは単なるかたづけじゃないと気づいたのです。これは、もしかしたら人生が変わるようなことかもしれない。当時、自分にとって本当にやりたいことが見えてきた時、それが「かたづけ」かなというような気づきでした。ビビッと来たんですね。
――実際に起業された時の周囲の反応はいかがでしたか?
小松易氏: かたづけに対する可能性と根拠のない自信だけを持って、結婚した年に会社を辞めて独立しました。幸い、どちらの親も冷静に対応してくれて、賛成してくれました。なにより近くにいた妻が一番にこの仕事を理解し応援してくれて、以来一貫してサポートしてくれているんですが、当時起業して半年後に妻も会社を辞めまして(笑)。「私も人を癒やすマッサージのような仕事を前からやりたかった」と言って辞めてしまった。その時に初めて自分自身の後ろにあったドアがパーンって閉まって、もう後ろには下がれない状態だから行くしかないんだと思いました。そう意味でも妻には感謝ですね。
―― 「スッキリ・ラボ」で大切にされていることは何ですか?
小松易氏: 伝わることの喜びと受け取ってくれるコミュニケーションの楽しさというのを、アイルランドでも学び、かたづけを通しても広げていっている気がします。小学校に行ってかたづけを教えて、子どもたちのかたづけ力を育てる意義は大きいので、長く続けたい活動です。学んだことを家庭に持ち帰るとお母さんも元気になって、お母さんがかたづける。それでお父さんも元気になって、会社をかたづけるというふうに広がっていくといいですよね。
著書一覧『 小松易 』