ずっと虫を食べてきた人類。昆虫食は「食」を見つめ直す営みである。
内山昭一さんは、「昆虫料理研究家」として、昆虫を調理して食べる会を定期的に開催するなど、日本の伝統の食文化でもある昆虫食を一般に紹介する活動を行っています。また、出版社に勤務している内山さんは本にも造詣が深く、ロシア文学の翻訳者としての経歴もあります。内山さんに昆虫食との出会い、食文化における昆虫食の意義、本への想いなどを伺いました。
昆虫食に広がる理解、女性参加者の積極性に驚き
――昆虫料理を紹介する「虫フェス」が大盛況だったそうですね。
内山昭一氏: 虫フェスはもう4回目で、第4回は勤労感謝の日、11月23日にやったんですけれども、予想を上回る参加者に来ていただいて本当にうれしく思っています。160人ぐらいですかね。会場は中野で比較的広かったですけど、そこが満杯になったということで昆虫食もなかなか広がりを見せてきているんじゃないかなと思っています。
――そのほかに毎月定期的な会も開催されているとお聞きしました。
内山昭一氏: 毎月、「昆虫食のひるべ」というのを阿佐ヶ谷でやっています。「ひるべ」っていうのは造語かもしれませんけれども、昼間2時から5時ぐらいまで駅のそばの店を借りてやっています。昆虫っていうのはなかなか入手しにくいので、基本的にはこちらから提供して、レシピをコピーして持って行きまして、皆さんで分担して調理をしてもらうという、料理講習会みたいなものですね。注文して食べるというパターンじゃなくて、実際に昆虫がどういうプロセスで食べられるものになっていくかというのも非常に重要ですので、そこらへんも体験してもらおうというやり方をしています。日常の活動による積み重ねでどんどん昆虫食に関して理解される方が増えると思っています。
――会にはどのような方が参加されるんですか?
内山昭一氏: ほとんど若い方です。20代、30代、学生さんもいらっしゃいますね。年配の方は、昆虫食というと、ほかに食うものがないからどうしても食うとか、戦中、戦後の食糧難のサバイバル食というマイナスのイメージがどうしてもあるので、わざわざ虫を食いたくないというのがあるのではないかと思いますが、若い方はそういうのが全然ないんです。むしろ好奇心が強いので珍しがって、話のタネにという方がほとんどですね。男女比も同じぐらいな感じで、むしろ女性の方が非常に積極的ですよね。女性は最近、強いですね。男女2人で来る場合も、女の子が男の子に「食べないの?」とか言って、女性はパクパク食べるんだけど男どもがどうも引いちゃうとか、そういう光景がよく見られますよね。
伝統食を再発見、「バッタ会」から活動開始
――内山さんは、虫を食べるということは昔からされていたのでしょうか?
内山昭一氏: 僕は信州、長野県の生まれなんですね。長野県というのは昔から昆虫食が比較的盛んで、イナゴとかハチの子、カイコのサナギ、ザザムシが4大珍味と言われて、今も土産店で売られています。だから僕自身もちっちゃいころ食べた経験があって、もともとなじみがあったんです。やっぱり山国なんでしょうね。自然にそこにあるものとして、普通に食べられていたと思います。
――昆虫食を紹介する活動を始められたのはどのようなきっかけでしたか?
内山昭一氏: 東京へ来てから虫に関してブランクがあったのですが、男の子が生まれて、やっぱり昆虫とかが好きじゃないですか。子どもに付き合って虫捕りをして、彼とお菓子の箱で標本を作ったりしているうちに、昆虫好きだったのを思い出したんですね。食べることはそのころ、全然していませんでしたが、多摩動物公園で1998年に、世界の食べられる昆虫展というイベントがあって、近いし面白そうなので仲間とちょっと行ってみましょうということで行ったんですよ。で、行ってみたら今でも世界各国で場所によってはすごく昆虫が美味しそうに食べられているし、肉とかに比べても非常に値段も高いんですよね。取れる時期が限られていますので、高級食材みたいな感じなんです。
それを見て久しぶりに、そういえば昔、長野でも食べたことがあるねって話になって、仲間と河原でバッタでも捕って食べてみましょうかって話になったんですよね。多摩川水系の浅川に行ってバッタを捕って、どうやって食べようってことになったんですが、とにかく揚げて食べたら一番、衛生上問題ないだろうということで、素揚げにして、ドキドキハラハラしながら食べたら、すごく美味しかったんですよ。まあ、とれたてで新鮮ですからね(笑)。それで、これ意外と面白そうだねということで、だんだんブログとかで紹介するうちに仲間が増えてきて、じゃあ定期的にやりましょう、ということで「バッタ会」を作って、かなり大勢集まってくるようになったんです。
――バッタは食用としてはかなり食べられているのでしょうか?
内山昭一氏: バッタの仲間では、イナゴは結構食べていますよね。全国区、国民食といってもいいぐらいですが、イナゴはちっちゃいからお肉の部分が少ない。美味しい部分って少ないんです。でも、トノサマバッタは大きいじゃないですか。だから肉が結構たくさん入っているので、うまみがすごく感じられるし、食べ応えもある。タイとかラオスでは特にコオロギの養殖が今盛んにされています。で、「コオロギ御殿」を建てたという農家さんもいるみたいで、もともと、食べる文化がありますね。
セミ、タガメ、毛虫…豊かな昆虫食の世界
――内山さんの活動も、「バッタ会」からどんどん広がって行ったんですね。ほかにはどのような「会」がありますか?
内山昭一氏: 夏は「セミ会」をやっています。セミの成虫は中ががらんどうじゃないですか。だから、素揚げとか天ぷらとかフライとかにすると、サクサクとしていて食感がいいんですけれども、幼虫の方が中身がギッチリ詰まっているので美味しいですよ。明るいうちに成虫をとって、暗くなってきたら幼虫を捕まえて、近くの調理施設を借りてみんなで食べる。幼虫は最近、燻製がすごくはやっていて、簡易燻製器で30分ぐらいでできちゃいます。「セミ会」はうちの会では人気があって、50人ぐらい集まりますね。ところが幼虫の出るポイントですから、ほかの方の観察会とかと重ならないようにというのが非常に大変です。われわれの後に来て、「今日は出ませんね」とかになっちゃうとまずい。ですから恐る恐る、でも大胆に(笑)。今までセミ会は年に一度東京でやっていたんですけれども、今年は筑波や千葉でもやりました。関西では5回ぐらいになりますけれども、向こうはクマゼミっていうデカいセミが結構いるんですが、ちょっと大味なんです(笑)。味はアブラゼミに落ちるといえば落ちるんですけれども、大きいから食べ応え十分だし、いっぱいいるので、大阪とか、最近2年ぐらいは伊丹でやっています。
――身近なところに食べられる虫はたくさんいるのですね。
内山昭一氏: そうですね。セミなんてここら辺でいっぱい鳴いていますしね。バッタも河原へ行けばトノサマバッタだけじゃなくてオンブバッタとかショウリョウバッタとか結構います。バッタとセミぐらいは、どこでも見つかるんじゃないでしょうかね。
――ご自著に「アブラゼミはナッツ味」と書かれていましたけど、やはりそれぞれの虫には味わいの違いがありますか?
内山昭一氏: はい。セミは素揚げしてそのまま食べるとナッツというか植物的な味がします。サクラケムシという桜の葉っぱを食べる毛虫は、食べると桜の香りがするんですよ。これはみんな驚きますよね。あとタイ産のタイワンタガメは洋ナシの味というか香りがする。体の格好に似合わず、さわやかな香りがするんですよね。これはうどんに香り付けをしてさっぱり食べようというイメージですね。
――内山さんの文章では、虫の味の説明に本当に面白いものが多いのですが、ご自身で考えられるんですか?
内山昭一氏: 考えます。「アミノ酸のうまみに富んだスズメバチと、さわやかなかんきつ系の香りのコラボレーション」とか(笑)。こういうキャッチを考えるのも面白いじゃないですか。
――韓国の屋台でも、カイコのサナギがよく売っていますね。
内山昭一氏: ポンテギっていいますね。缶詰でもよくあります。デカい鍋で煮て、紙コップか何かに入れてくれる。でもカイコのサナギは糸を取るために一度煮るんですよね。そうするとゆで汁の中にうまみとか栄養とかある程度逃げてしまう。それから乾燥させて売り出すので味が抜けたみたいになっちゃう。日本ではまき餌とかコイの色付けとか、そんなものに今は使われている位で、ほとんど用途が少なくなってきていますよね。それでも昔はそれなりに栄養もあったのでわれわれも、売りに来たのを買って食べるみたいなことはしていました。それと、皮と身の辺りに油があるんですけれども、その油分が劣化して、どうしても臭みの元になるので、鼻に抜けるにおいというのがやっぱりちょっと気になるっていう人が多いですよね。まあ食べ慣れるとそれはそれで美味しいんですけどね。
日本にも「くさや」とか、もっともっと臭いものがありますよね。だから慣れると別にあれがむしろ病み付きになるんだと思うんです。もうちょっと美味しいものですと、繭をカットして、生きたものをそのまま冷凍しておくと、栄養分もうまみも逃げないです。京都の塩野屋さんというところからいつも頂くんですけれども、そこが14代続いている織元さんなんですね。今シルクが斜陽産業で、ほかの色んな要素、可能性をちょっと考えている方で、化粧品とか色々ありますけれども、食べる方でももうちょっと美味しく食べられる方法を考え出したんです。カイコのサナギの既成概念をかなり覆すもので、やっぱり鮮度がいいと違うんだなという風に思いますよね。
優れた日本の食生活を元に戻す食育活動
――内山さんは食品衛生責任者の資格をお持ちですが、調理で気を付けることはありますか?
内山昭一氏: 基本的には生で食べないということですよね。必ず火を通す。少数ですけれども毒がある昆虫も中にはいますので、それはやっぱり避ける。まあその2つぐらいじゃないでしょうかね。基本的にはほとんどの昆虫は食べられます。例えばきのこなんてわからないじゃないですか。ものすごい毒があったりして。今まで食べられていたのが毒になったきのこもあったりします。しかもかなり毒性が強い。きのことか山菜に比べれば、そういう恐れは少ないので、比較的大丈夫だと思います。
――虫を食べる文化を広める活動の目的や、想いをお聞かせください。
内山昭一氏: 広めるというよりも元へ戻している感じですね。食文化を正しいものに戻していくという流れの中の一環として昆虫食もあるんじゃないかと思っています。和食というのは優れた食文化で、栄養バランスも非常にいい。だからこそ年上の人は長生きしているんですけれども、それがオリンピックとか万博とかを境にしてどんどん海外のファストフードが入ってきました。ファストフードが一概に悪いとは言いませんけれども、食生活がガラッと変わってしまって、色んな病気の元にもなっているし、自分で素材から作るということがなくなってきてしまっているというのはありますよね。そういう食の在り方というのは、見直そうということです。
野菜は、家庭菜園で土日に作るという動きがありますよね。地元のものをもうちょっとよく知ろうとか。昆虫だって昔はそこらにいたものを普通に食べていた。食べられるものとして昆虫は存在していました。それがちょっとゆがめられているので元に戻そうというのがベースだと思います。ただ、元へ戻すといってもなかなか壁が厚いので、どうそれを崩していくかということになると、多少はエンターテインメント的要素も必要になってきますので、虫フェスとかで若い人の好奇心をできるだけ発揮してもらって、昆虫食に親しんでもらう層を増やしていこうかなという風に思っています。
――スーパーで売られている食品のもともとの姿を知らない子どもも増えていると言われますね。
内山昭一氏: 魚が切り身で泳いでいるとかね(笑)。最近、食品偽装とか色々あるじゃないですか。加工食品に何が入っているのかわからないみたいな疑惑もあります。でも、ちゃんとバッタから料理すればこれはバッタだなってわかります(笑)。昆虫食を紹介していると、よく一般の方は「粉末にしちゃえばわからないから食べやすいんじゃないか」とかおっしゃいますけれども、ちょっと抵抗があるんですよね。やっぱりもともと、バッタってこんな味がするんだとか、サクラケムシって形はちょっとグロテスクだけれども、でも食べてみたらすごく美味しいとか、ものの存在を認めて、味を確認してもらうということが一番大事じゃないでしょうか。特に今、虫と接する機会ってすごく少ないじゃないですか。家ではお母さん、学校では先生がどう啓発するか、理解してもらえるかということですね。本当は小学校で昆虫食の教室みたいなのがあると、すごく面白いなと思いますけれども、なかなかPTAが難しいでしょうね(笑)。
ロシア文学に魅せられて翻訳者として活動
――内山さんは今の活動をされるまでどのようなお仕事をされていたのでしょうか?
内山昭一氏: 最初は学校を出てから長野で某パソコンメーカーに入ったんです。でも、どうも向いてないなと思って、4年で退職しました。で、親せきが本屋さんをやっていたんですが、本がいっぱい読めると思って本屋さんに行ったんです。確かに毎日毎日、新刊がバンバン来るじゃないですか。新刊の洪水にどっぷり浸かって、すごく幸せな青春時代を送りました。それで入ったと同時に小説と詩の同人誌を始めたんです。もともと書くことは好きだったので、同人誌を続けて、毎週1回集まって文章実習をやったんですね。あるテーマを決めて、原稿用紙2枚ぐらいに枚数を決めて作品を書いていました。毎週やったのは、勉強になったと思います。あと、それと並行して、ロシア語の翻訳をやっていたんです。
――もともと学校でロシア文学等の研究をされていたのですか?
内山昭一氏: いえ、単独で勉強していました。もともとドストエフスキーが好きで、『カラマーゾフの兄弟』(新潮社)など原書で読みたいというのがあったんです。たまたま30歳ちょっと前に結婚して、30歳過ぎてロシアを旅行したらどうしようもなく勉強したいと思って、専門学校に入ってロシア語を勉強しました。その時に箕浦達二先生というロシア文学者と知り合って、先生もやっぱり長野県の出身で、よく面倒を見ていただいて、翻訳の手伝いをしたりしていました。専門学校は2年制で、親には2年だけだよって言って出てきたんですが、2年たったら研究科でもうちょっとやりたいなと思って。だんだんなし崩しになって今になっちゃったんですけれども。そういう意味では大変、かみさんとか両親には感謝しています。
――翻訳ではどのようなお仕事をされたのでしょうか?
内山昭一氏: あすなろ書房さんの、「世界のわらい話」(全5巻)という企画で、『かじ屋をはじめた地主のだんな』(ロシア民話)と『スモモをごみと取りかえたおじいさん』(ブルガリ民話)の2本を訳しました。それと、テンドリャコフというソビエト時代の作家がいて、もう亡くなっちゃったんですけど、人間の行く末、人類はどこへ行くのかみたいな19世紀ロシア文学の伝統を受け継いだ作家で、箕浦先生もすごく気に入っていて、テンドリャコフの作品を次々と翻訳しようという話になって、先生の下訳をしていました。すごくいい作品を訳したんですけれどもなかなか日の目を見ないので、今「モーアシビ」っていう同人誌に参加しているんですけれども、そこに連載しています。
――テンドリャコフの好きな作品を紹介いただけますでしょうか?
内山昭一氏: 『幻想への挑戦』というすごい長編があるんです。歴史をもう一度考え直そうみたいな長大なテーマで、例えばキリストはイエスになってはりつけになって死にましたけれども、もしもうちょっと早めに死んでいたら世界はどうなるだろうかとか、かなり面白い作品なんです。1987年に発表されたものですが、当時ソビエト連邦というのは「無葛藤理論」っていうのがありました。もうソビエト、共産主義になったんだからいわゆる資本主義にあるような葛藤は存在しないというのが、ソ連作家同盟の大方の考え方だったのですが、そんなことはないよとテンドリャコフは言って、その葛藤をできるだけ打ち出して小説を書きました。優れた作品をたくさん残していますので、これからも「モーアシビ」でできるだけ紹介していけたらと思っています。
自分の食べるものは自分で獲る「自然は巨大なレストラン」
――内山さんの今の活動につながる本としてはほかにどのような本がありますか?
内山昭一氏: 日本の最初のエコロジストといわれる安藤昌益という人がいるんですね。この人は江戸時代の八戸のお医者さんだったんですね。当時は非常に農民が貧しかったのですが、この人の考え方の根本にはいろり、食で、「直耕の思想」というのがあるんですけれども、やっぱり自分の手で自分の食べるものを収穫する、それが一番重要で、そういうことこそ自然の人間のすべきことであって、支配者層が世の中をおかしくしているという『自然真営道』っていう本を書いているんですね。この人の本を読むとたいへん教えられるし、食の問題をすごく感じられるので、僕の中に原点として生きている本だと思います。
――今はどのような本を読まれていますか?
内山昭一氏: マイケル・ポーランの『雑食動物のジレンマ』という本があるんですけれども、本当に今の食生活はこれでいいのかなっていう感じの本で、どこを開いてもすごく興味ある部分があるんです。人間は雑食動物ゆえに、何を食べようかって考えるじゃないですか。決まっていれば楽ですよね。カイコだったら桑を食べてればいいんだから。桑がなくなれば人生終わり。選択の余地がないですよね。雑食動物であるがゆえに人類はこんな長生きしてきたし、どんどん新しい食材に挑戦して、世界中に広まってきているんだと思うんですよね。でも逆に言えば、食べることに対してすごく恐怖があるじゃないですか。毒じゃないかとか。そういう有毒かどうかを判断するのって非常にリスクが高い。
そして、われわれは何か食べる時に考えながら食べてきたのですが、今では与えられたものを食べているというのがすごく多いんです。スーパーに並んでいるもの以外は食材ではないというか。賞味期限などの情報によってわれわれは判断していて、それはそれで全く否定するものではないんですけれども、あまりにも情報に頼りすぎている。そういうことをちょっと見直そうというのがこの本なんです。
――まさに内山さんの活動に通じるところがありますね。
内山昭一氏: この本でも、自分で狩りをして自分で捕ったものを食べてみようとか、そういうことが書かれているんです。一番私が同じ気持ちになるのが、狩猟・採集ができると考えただけで、森を散歩する意味と気分が急に変わって、周りの風景の全てが食材になる可能性があるものとしてとらえられるようになるという、「自然は巨大なレストラン」というユニークな考え方です。自然界を食べられるものと食べられないものとに分けてみることができる、新しい眼鏡をかける。ここの所が一番、読んでいて共感しました。彼はもちろんアメリカ人なので狩猟ということを考えますよね。イノシシを撃ったり。日本でも最近は狩猟がちょっと人気になってきて、罠の免許を取るとか、そういう人も出てきているんですけれども、一番手っ取り早いのは昆虫なんです。
だからこの人がもし日本人だったら多分昆虫採集を始めていたと思うんです。免許もいらないし、身の危険は少ないじゃないですか。で、同じようなことを学習できるわけですよね。自分で動物を捕って自分で食べるという「命を頂く」みたいな学習が、子どもでもできる食育教育にもつながって行くということがあると思うんですよね。そういうことも昆虫食の大きなメリットだと思います。
――今後読みたい本や、研究したい分野はありますか?
内山昭一氏: 『コーラン』を含め、イスラム関連の図書ですね。今までイスラム系って全然タッチしたことがなくて、不勉強な部分だったので。テンドリャコフはキリスト教について色々書いています。ドストエフスキーはもともとキリスト教なので、僕も色々勉強しました。でも西洋の文学の中にはキリスト教は出ていますけれど、イスラムってなかなかないじゃないですか。実は最近パキスタンとかインド系のダンスの会に昆虫食のブースを出してくれって言われて行ったんです。キリスト教徒でもバッタは食べていますが、イスラムでも昆虫って大丈夫なのかなって思ったりしましたが、禁止はされていないんですね。バッタは食べてもいいですよっていう話になっていたんです。
「五感」を動員して読む紙の本の素晴らしさ
――電子書籍が脚光を浴びていますが、内山さんは電子書籍の可能性についてはどのように思われますか?
内山昭一氏: 「食べられる昆虫図鑑」というのをぜひやりたいなと思っているのですが、本でやったら大変なんですよね。カラーをいっぱい入れたりしてやっぱりお金がかかる。私の電子出版なら比較的安価でそこら辺は何とかクリアできるかもしれません。それに、虫が実際に動いているところや鳴き声を動画で入れたり、場所とか季節とか捕り方とかが、動画があればすごくわかりやすい。同時に、そこで捕ってきたものをどう調理するか。手軽にできる昆虫料理を、3分クッキングみたいな感じで入れたものができるとすごく面白いなと思っていて、それに関しては電子書籍は非常によさそうですね。単に本から丸写しするんじゃなくて新しい形で検索とか全部できるなど、たとえば「バッタ」と打ち込むとバッタ料理が全部出てくるとか。インタラクティブな感じでできればいいんじゃないかなと思います。それは1つの希望というか夢ですよね。
――内山さんは現在七月堂という出版社にお勤めでもありますが、紙の本にしかない良さというものもあると思います。紙の本の魅力についても教えてください。
内山昭一氏: 例えばここに全5巻の「ゴーゴリ全集」があります。これはロシアの原書ですけど、手触りがいいですよね。電子書籍にない、やっぱり重みというか何というか、五感で感じられる。インクのにおいとか、ちょっとカビ臭いにおいがありますよね。で、めくる時の音が聴覚に伝わる。紙の本は、木ですから有機物じゃないですか。人間も有機物ですから、同じ命を感じます。これはごく最近出した詩画集、詩集に絵が入った本ですけれども、ソフトカバーなんですよね。ソフトカバーで糸かがりをしているんです。その長所は全部開くことですよね。ノドまできちんと開いて置いても閉じない。今の本って置くとペタッとなっちゃうので、これは非常に大きい長所ですよね。普通の人はわからないんだけど、背丁っていうのがあって、それが時々見えることがあるんですよ。上製の場合はそこまで開かないから出ないんですけれども、並製の場合は出てしまうものがある。
知らないお客さんからは、ちょっとこれは困るよって言われるけど、むしろこれが出るということは糸かがりだということの証なんです。昔は並製で糸かがりの場合は背丁をもう少しわからないように、狭く作ったようなんですね。でも今はそこまで細かくはできないので、やむを得ないよって話になるんですけれども。
――美しい装丁ですね。
内山昭一氏: これは朝吹亮二さんという詩人の昔作った本なんですけれども、全部、手作りです。外箱の紙もにかわを溶いて自分たちで貼ったんです。よく作ったなっていう感じですよね。最近、「響音遊戯」っていう音楽と詩の朗読を入れたCDシリーズを出しています。一般的な詩の朗読というと普通の詩の朗読にBGMを付けるって感じですよね。でもこのシリーズの場合は音楽と詩というのを対等に考えて、両方が主人公というような感じです。ですから不協和音というものもあるわけですよね。で、なおかつ一体化した感じで全体として1つの作品にしようという試みなんです。カッコよく言えば音と言語の弁証法。そういう新しい試みですね。
――紙の良さと、電子の良さが共存できれば新たな表現が生まれそうですね。
内山昭一氏: 電子を出して、そこからピックアップする形で元の重要なところを紙にするという風にできればいいですよね。あと、紙の本の良さは、手軽に線を引っ張ったり、付せんをはったり色々できることですね。一度、線を引っ張っちゃうと消えないですけどね。
あえて食べる必要はないが、毛嫌いはしないでほしい
――内山さんご自身の本についてお伺いします。まず『楽しい昆虫料理』は昆虫食を世に紹介する衝撃作でしたね。
内山昭一氏: 『楽しい昆虫料理』は4年前に書いたのですが、これはとにかくメニュー、レシピ中心なんです。虫を捕ってもどうやって調理していいかわからないっていう人が大多数で、毎月やっている料理講習会のデータがだんだんたまってきていましたので、実用書として考えたんですね。これを見ながら自分たちでさらに美味しい昆虫料理を作ってほしいと。でも4年たつ間に会も広範になってきて、昆虫を食べていない人に、昆虫食って一体何なのかという風に伝えたいっていうのがだんだん出てきました。そのためには細切れでもいいから昆虫食に関してありとあらゆるものを詰め込んだ入門書を出したいと思ったんですね。取材をされる方も事前に読んでいただければ、入門的なところははしょって、もうちょっと充実した話ができる。相互理解が図れるという目的があったんですね。
――それが『昆虫食入門』ですね。
内山昭一氏: 新書ゆえに字数は限られてきますから、一個一個の見出しで多くのものは書けないんですけれども、色々書いたつもりです。よく、「色んなものが書かれているので新書ではもったいない」とよく言われるんですけれども。これを書いたことによって、おかげさまで色んなマスコミの方も読んでくれていますし、一般の方々も昆虫食に対して一定の理解、単なるゲテ物じゃないという理解を得られてきて、それはこの本を出したメリットだったと思うんですね。『昆虫食入門』は食べたことがない方のためで、食べた人は『楽しい昆虫料理』もどうぞ、と。2冊でワンセットですね。実はもう1冊書きたくて、「昆虫食万歳」みたいな本ですね、四季折々のおいしい昆虫との出会いをエッセイ風に書いてみたいなって思っています。
――今後の活動の展望をお聞かせください。
内山昭一氏: 今の「食」というものがどうも不自然であると思うので、自然な雑食動物の体に合った「食」に戻していこうという流れの中で、昆虫というものも当然ながら入ってくるものだと考えています。できるだけその流れを速やかにするようにお手伝いをしていくという風な理解でいます。人類はずっと虫を食べてきています。食べていないのはこの何十年かなんです。あえて食べる必要はないけれども、毛嫌いしないでほしいですね。食べ物って人間の基本ですから、昆虫食をきっかけにして、ほかの食べ物についても、あるいは食に限らずそこから見えてくるものがあると思っています。
そして、「昆虫試食会」が始まった
――今日もたくさん用意していただきましたが、それにしても食べられる昆虫には色々ありますね。
内山昭一氏: なんでも食べていってください。赤いのがイチゴジャムなんですけれども、そこに白いのが入っていますよね、ポツポツと。それがアリの子です。
―― アリの子っていうのは、いわゆるアリですよね。
内山昭一氏: いわゆるアリです(笑)。アリの幼虫とかサナギが入っています。で、タイとかでよく食べられるツムギアリっていうアリなんですけれども、それをゆでてジャムと混ぜています。
――これはハチですね。
内山昭一氏: オオスズメバチの幼虫から始まってサナギ、成虫に近いところ、それぞれ味とか食感が違います。そこら辺を一口で味わうことができるという超高級食なんですけど。
――「親子串」というネーミングが秀逸ですね。
内山昭一氏: まあ直系の親子じゃないと思うんですけれども。血のつながりはないと思うので、義理の親子ですね(笑)。巣を取る駆除業者さんに友達がいて、薬を使わずに捕ってくれるんですね。「ハチを採るけど、要る?」とかいって聞かれて、要るって言ったらそのまま食べられる状態で捕ってくれるので、すごく助かりますね。
――これはバッタですね。
内山昭一氏: 一番上はトノサマバッタですね。これ何だかわかりますか?セミの羽がないやつです。幼虫ですね。この3つともフリーズドライにしているんです。フリーズドライは頼んでいるんです。普通なかなかできないですもんね、これだけ乾燥させるの。フリーズドライしてチョココーティングしていますので、まあサクサク食べやすいかと思うんですけれども。乾いていますし、しかもコーティングしているから。基本的には頭からいってください。
本当に困っていますね。だんだん涙目になってきましたよ(笑)。こっちは燻製で、多少、塩味が入っているので、これだと単独で食べればいいかもしれない。あ、セミどうぞ。成虫の方ですよね。多分アブラだと思う。まあフリーズドライにしちゃうと食べやすいと思うんですよね。
――あ、確かにナッツみたいですね。
内山昭一氏: セミの方が美味しいですよね。しょっぱさというのはミネラル分だと思うんですよ。それが樹液のミネラルを反映したんじゃないかって味覚センサーで計ってくれた人が言っていました。漢方では、抜け殻を使っていますね。スズメバチを漬けたお酒もあります。それは何のお茶だと思います?これは絶対当たらないと思います。
――うーん。草みたいな風味ですね。
内山昭一氏: なかなか敏感ですね。これはカイコのフンなんですよね。フン茶って言ってますけども。ちっちゃい粒粒、黒いやつあるじゃないですか。あれをためているんですよね。カイコは桑の葉を食べますので、ほとんど桑の葉の成分です。桑の葉茶ってありますけど、味はかなり似ていますよね。
――何か、昆虫食の可能性に目を開かれたような気がします。
内山昭一氏: では今度の日曜日、阿佐ヶ谷の「昆虫食のひるべ」に来てください。セミとバッタをトッピングして、ケーキを作るんですよ(笑)。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 内山昭一 』