ベストを尽くすため、「二番せんじ」の本は書かない
――ご著書も多い金さんですが、書き手としてのこだわりといいますか、モットーはありますか?
金哲彦氏: 本は20冊か30冊は出していると思うんですけど、二番せんじの本は絶対に出さないということです。よく、ぱっとはやるといろいろな出版社から、売れている本を指して、「ああいう本を書いてください」って言われるんですよ。もうその時点で「ノー」ですね。だって、本を1冊書く時は、オリジナリティーや読む価値があるものを、編集者とか校正者と一緒に、ものすごいパワーをかけて作っているんですよ。自分の中では1冊、1冊、ベストなものを出しているつもりです。ベストな本を作っているからこそ、読者もちゃんと応えて読んでくれる。それが同じような本だったら、確実にベストより落ちるじゃないですか。もし同じファンの方が買ってくれて、「金さん、また本を出したけど、内容はこの間と書いてあったこととほとんど一緒だよね」って言われたら、価値がないですよね。そういうものは一切出さないんです。もし、その本が売れたとしても一時的なものでしかないですから。読み手としても感じることですけど、軽い本ってやっぱり軽いんですよ。何も残らないんです。
本によって、人が影響されて、その人の人生を変えることもあるわけで、それはすごい大事なことですよね。だから、出版に関してはもう絶対に全力投球をしてベストを尽くす。ランニングとか健康とかテーマは共通していても、絶対同じようなものは出さない。それがポリシーですね。
――先ほど浅田次郎さんのお話をされていましたが、読者としては、どのような本が好きですか。
金哲彦氏: 僕は浅田次郎さんのファンであると同時に、村上春樹さんのファンでもあるんです。村上さんはランニングもされていて、僕が指導した有森裕子のアトランタオリンピックの取材をされていたこともあって、ちょっと親交がありまして、村上春樹さんの『1Q84』のサイン入りの本も持ってるんですよ。村上さんはサインをあまりしないんで、珍しいと思います。今、有森がNPOで知的障害のスポーツの子どもたちを支える活動をやっていて、毎年、チャリティディナーショーをやってるんです。それに呼ばれて、ひとりのお客さんとして参加したんですけど、そこのチャリティオークションに出品されたものなんですよ。
「自炊」も実践する電子書籍のヘビーユーザー
――金さんは、電子初期は利用されていますか?
金哲彦氏: 僕、結構詳しいですよ(笑)。今Kindleでも本を読んでいるんです。iPad miniとiPhoneは常に持ち歩いていて、新幹線に乗ってる時なんかはiPadで読みます。お風呂ではKindleで読んでいるんですよ。というのも水が入ってくる場所が1カ所しかなくて、ぬれた手で触っても大丈夫だし、そして軽い。歩きながら本読む時も、最近Kindleで読んでいますね。
――電子書籍の使い勝手は向上していると感じられますか?
金哲彦氏: 最近、感じているのは、KindleとiPadとiPhoneを持っているんですけど、読み終わったページが全部クラウドで保存されるじゃないですか。その時持っている端末が違っていても使えるのはうれしいですね。Kindleを手に入れて、どんどん電子書籍が簡単に買えるようになっているから、楽しいです。やっぱり僕は新しいものが好きなんですね(笑)。
――紙の本をスキャンして電子化することはされていますか?
金哲彦氏: 僕、自炊もスキャンスナップを買って、もう何年も前からやっているんです。『自炊のすすめ』っていう本も読みましたよ。ただ、あまりにも面倒臭いしエラーが多いから、ちょっと時間とコストのこと考えたら無駄だなと思って、今は本ではやっていなくて、資料とかだけにしています。
――電子書籍に関して今後の課題、可能性はどういったことでしょうか?
金哲彦氏: まず、作家さんが今問題を提起している著作権の問題ですよね。コピーがどんどんできてしまうことは問題でしょうね。それと同時に紙の本に対するこだわりというものもあるじゃないですか。そこを何とか残しつつ、でも電子書籍の便利さは生かすべきだと思います。紙が良いとはいっても、本棚を置く場所の問題もあって、逆に本が埋もれてしまうのもどうかなと思うんですよね。
これは可能性っていうか、僕の希望ですけど、本ってやっぱり表紙にこだわりがありますよね。ブックデザインも一つのジャンルとしてあって、ブックデザイナーもすごく労力をかけて作っています。ですから表紙のカタログを紙でコレクションをすれば面白いですね。ワインのラベルのコレクションってあるじゃないですか。どんなワインを飲んだかっていうのをコレクションとして残したりしますよね。本も中身は電子書籍化しても、どんな本を読んだかっていうのを、アルバムみたいに残しとくとかいう方法があっても良いと思いますね。そういう意味では、今のKindleの表紙はもうちょっと凝っても良いかなと思います。例えば、ちょっとしたことですけど、AppleのiBooksStoreの表紙は、立体的になってるじゃないですか。ああいうことにもこだわりがあるのがいいですよね。
――紙の本と電子書籍の一方だけになるのではなく、共存したほうが良いというお考えでしょうか?
金哲彦氏: そうですね。例えば僕は今、インターネットを使って仕事をしますけれど、インターネットですべてが片付くかといえば、絶対にそうじゃない。やっぱり、生の情報には代え難い部分もある。書籍も、インターネットを使えば簡単にできるけど、やっぱりその分軽くなってしまうのではないかと思います。1冊の書籍を作る時の労力も知ってますからね。力を入れて編集して、さらに何重にも校正するというところまで、インターネットなんかでは多分やってないと思うので。そこはもうお互いに共存していないといけないという感じですよね。
――最後に、今後著作等を通じて、どのようなことを伝えていきたいとお考えですか?
金哲彦氏: 僕の本はランニングに関する実用書が多いのですが、ランニングの技術を写真だけで伝えることは難しいんです。僕の本の書評とか、実際に会う人たちの感想とかを聞いても、読者に響いているのは言葉なんですよ。文章を読んで共感をしたとか、感動したということがとても大切なんですね。読者とのコミュニケーションが、文章を読むことで成り立っているんです。映画でもビジュアルが素晴らしいものがありますが、どこか間接的だと感じます。情報量は多いけど、ダイレクトに相手に何か伝えているとはいいにくい。「僕とあなた」っていう関係においては、やはり言葉だと思うんです。僕の本は何万人という人に読んでもらってますけれど、読む人と僕はあくまで1対1なんです。本を書く時は誰かに語りかけるように、伝わる様に書いていきたいなと思いますね。僕はランニングの伝道師ですからね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 金哲彦 』