翻訳者の立ち位置で「分からないものを、分かりやすく」
学習院大学哲学科卒業後、コピーライターとして広告、会社案内の制作、 PR戦略の企画立案などを担当し、88年に独立。98年からコンサルティング業務開始。97年より、ビジネスパースン向けの総合情報メディア&コミュニティ「知恵市場」を主宰。個人事務所である有限会社水族館文庫で、受講者へのインプットに加えて、受講者同士の意見交換や交流をふやす、<おとなの社会科>セミナーを主宰するなど、コンサルタントの傍ら、ビジネススクールの講師や執筆活動と多方面で活躍されています。人を惹きつける不思議な魅力の持ち主、渡辺パコさんにインタビューしました。
「ちょっと遊びにこない?」で、ビジネススクールの講師に
――多方面にわたりご活躍されていますが、近況をご紹介いただければと思います。
渡辺パコ氏: 何をやって食っているんですかとよく聞かれますが、仕事的な部分で言うと企業研修の講師が多いですね。主にロジカルシンキング系のもの。最近はもう1つ「おとなの社会科」っていうセミナーを主宰しています。
――渡辺パコというのはペンネームでらっしゃいますか?
渡辺パコ氏: そうです。もう20年くらい使ってますかね。僕は理屈っぽいので、名前を付けようと思ったときに、理屈を使わないで付けようって理屈で(笑)。カタカナ2文字って考えたんですよ。覚えやすいっていうのと、1文字じゃ名前にならないので。そこからあとは縦列組み合わせですよね。アイ、アウ、アエ、みたいな。片っ端から考えて、ちょっと面白そうなのいくつか挙げて決めましたね。
――もともとはコピーライターとして就職されたんですよね。
渡辺パコ氏: 企業広告を作っていました。色んな会社へ行って会社全体を研究して、会社案内、入社案内、採用広告などを作っていました。大手企業のパンフレットだと30~60ページの広告になるので、雑誌1冊作る感じですね。企画してコンペで取って、取材して文章にしてデザイナーを動かして完成させて納品する。個人でやる案件もあれば、間に代理店や別のプロダクションが入る場合もありましたが、そんな仕事を15年ほどやっていました。
色んな会社を見て、色んな仕事を学べるので、それを使って本を書きませんかということで業界本を書いたり、生命保険の本やビジネス書系も結構書きました。すると、「本を書いたのでしゃべってくれませんか」と依頼が来るようになって、「やってみましょうか」っていうことに。最初はもう全然ダメだったんですが、慣れるもんですよね。ひざはガクガク声は震えて、「これは向かないわ」って思ったんですが、なぜかリピートいただいたりして。そうした講演を始めたころでしたね、ビジネスリーダーを育成する「グロービス」のマネージャーに出会ったんです。
――どうやって知り合ったのですか?
渡辺パコ氏: ニフティサーブのフォーラムでたまたま知り合って「ちょっと遊びに来ない?」って(笑)。「いいよ」って話してたら「講師やらない?」って言われて調子に乗せられて。
――すごい話ですね。その方とはどんなやり取りされていたんですか?
渡辺パコ氏: 結構ビジネスネタが多かったですね。僕も色んな会社を見てきたので、こういうのは面白いとか、こういうことはしちゃダメとか、好き放題言っていました。それが面白いと思われたんだと思います。あと、そのころ僕は『LANの本質』っていう本を書いていたんですが、グロービスのマネージャーも別の本を書いていて、テーマが近かったんです。彼の本と僕の本が同時期に出たので、「こんなやり方もあるんだなぁ」っていって読んでくれていたようです。そんな縁もあって、興味を持ったんでしょう。そんないきさつで「グロービス」で教えるようになりました。これも最初は「無理ですよ」とか言いながらでしたね。教える相手は自分より年上が多かったので、そんな人に、ロクに会社も行ったことのない様な僕が何を教えるんだろうって思いながらやっていました。
書く仕事をしてみたかった
――人生の節目ふしめで良い出会いがあったと思いますが、チャンスを引き寄せるのはパコさんの人柄が影響しているような気がします。最初にコピーライターという職を選んだのはどうしてですか?
渡辺パコ氏: 書く仕事がしたかったんです。僕は哲学の勉強をしようと思って大学に行ったので、哲学者になろうかとも思いましたが、もろもろあってならなかった。ただ、書く仕事はしたいなと思ったんです。でも、小説家やエッセイストになるといっても、どうやってなればいいのか分からない。でもコピーライターなら募集があるので、応募すればなれそうなものをやってみようと思ったんです。何社か探して、採用になったところでコピーライターになったのが始まり。だから、広告をやりたくてなったわけではないんですよ。
――純粋に、書く仕事をしたかったんですね。
渡辺パコ氏: そうですね。広告には全然興味無かったので(笑)。物を売るの嫌だな、みたいな感じだった。幸い僕が入った会社は企業広告が主で、派手なものを売るわけではなかったんです。それで、やってみたら結構面白かったという感じですね。広告の仕事をやってみると、若い人たちが多いわけですよ。先輩って言っても35歳くらいまで。40歳過ぎて同じ仕事してる人はほぼいない。となると、自分もこの仕事は10年しかできないな、じゃあ10年後何をしようかなっていうのを、考え始める様になりました。
――それで、実際に独立したのは28歳のときだったんですね。
渡辺パコ氏: 3年半ほど小さいプロダクションで制作の仕事をしました。そのまま同じ仕事で、別の会社から仕事をもらう様に話をつけて辞めたんです。
――そこはきちんと見通しを立てて独立されたんですね。
渡辺パコ氏: ずっと会社員をやるつもりもなかったので、どこかで辞めようと思っていました。コピーライターで独立することはできると思いましたが、どこから仕事をもらうかという問題があるので。当時、リクルート系の仕事を主にやっていたんです。リクルートのNO.2っていう会社があって、クオリティーの高い仕事をしていたんです。独立するならそういう仕事をやりたいと思って、その会社の中途採用の説明会に行きました。
出されたアンケートに、社員になりたいかフリーでやりたいか選ぶ項目があって。フリーに丸を付けて何の気なしに出したら、翌日「少し話を聞かせてくれませんか」って電話が掛かってきてたんですよ。説明会には100人くらい来ていたと思うんですけどね。「作品と企画書を持って来てください」って言われてたので持って行った。僕は企画書を本当に自己流で作っていたんですが、それをしげしげと見て「うーん、こういう作り方もあるよね」と言われて、「仕事する?」って聞かれたから「やります」って。でも、やるとなると会社を辞めなきゃいけないから、「辞めるとなると年間500万くらいもらわないと独立出来ないです」って言ったら、「うーん、あるんじゃない」って言われて。
――価格交渉までやっちゃったんですね。
渡辺パコ氏: 結局、1か月で退職届を出して、辞めたんです。辞める前の有給消化で新しい方の仕事を既に始めていましたから、会社辞めた時点ではもう次の仕事をしていましたね。で、約束通り結構きちんと仕事をもらえたので、それを糧に独立出来た。人生、どこでどうなるか分かりませんが、その時々を一生懸命やることは大切だと思います。
本を書くときは、翻訳者のポジションで
――グローバルだけでなくデジタルハリウッド大学での講師もしていらっしゃいます。著書も多くお持ちですが、講義するときや本を書かれるとき、何か一貫した先生のテーマはありますか?
渡辺パコ氏: 講師をするときも本を書くときも、僕は基本的には広告と同じつもりでやっています。「分かりにくいことを分かりやすく」っていうことですね。例えばすごくハイテクな会社や、見たことも聞いたこともない業種の会社ってたくさんある。それを知ってもらうには、興味を持って読んでもらわないといけない。そういうものを面白く、分かりやすく書くのが自分の仕事だと思っています。本を書くときも、複雑で分かりにくい、取っ付きにくいものをどうやって分かりやすくするかという、翻訳者のポジションで書いています。
自分の主義主張というよりは、翻訳、通訳。その分野の人たちは、やはり専門用語を使ってしまうので、自分たちは分かってるけれど人に伝えられない。技術者や研究者は、自分の分野はしっかり知っているけれども、奥さんにそれを話すかと言えば「分かってくれないから」って言うわけです。生命保険の本を書いたときも、みんな生命保険という名前は知ってるけど中身はよく知らない。「通信業界」っていう本を書いたときも、当時新しい業界で分からないので、分かりやすくまとめましょうという。そういうスタンスです。
――奥さまという言葉が出て来たので、パコ先生の奥さまのお話も聞かせていただけますか。美しい方ですよね。
渡辺パコ氏: かなり付き合いが長いので、人生の半分以上は一緒にいます。結婚するっていうのは1人の人と長くいるわけで、要するに意志の問題なんです。長く一緒にいればイヤな面も見えるし、けんかするときもある、この人と合わないと思うこともあるわけじゃないですか。合わないと思っても、一緒にいると決めたんだから一緒にいるんだって。で、一緒にいると決めたんだから良いところを見つけて、悪い関係にならない様に考えなくちゃっていう風に思うかどうかだけ、と僕は思うんです。最初気に入ってても、一緒にいれば対立することもあるので、対立を見るのか、気に入ってるところを見るのかっていう、それは自分の考え方次第。そりゃあこの人を止めたとして、別の人と出会うこともあるでしょう。その人と結婚したとしても、きっといずれまた同じような場面に遭遇すると思うんですよ。そうしたら、またそこでその相手を切り捨ててしまうのかって。結局同じことの繰り返しになってしまう。同じこと繰り返すなら、ここでそれを解消する努力をしても変わらないんだろうなって思うんです。
蔵書は全て電子化してます
――電子書籍についても伺おうと思います。パコさんは、電子書籍についてはどう思われますか?
渡辺パコ氏: 僕の蔵書は既に全部デジタル化されています。ちなみに今は604ファイル入っていて、基本、本は電子的に読みますね。本はそこそこ読みますので、家に本棚はずっとあって、多分600冊くらいありました。でも、買っても買っても足りなくなるのと、後から読もうと思っても見つからない。読みたいときに見つけるのにすごく時間が掛かる。これは、もう本のかたちで置いておくのは無理だなと思いましたね。家を確保するのは高いのに、いつ読むか分からない本に場所を取られるのも無駄だしね。電子化しちゃった方がいいのかなということで、ちょうど1年前かな、意を決して本棚から全部出してばらして箱詰めして、本を電子化してくれる業者へ送りました。
――大きな決断ですね。今まで、紙が当たり前の時代でしたが、そのあたりはどのように思われますか?
渡辺パコ氏: 僕は全く紙にはこだわりがなくて、仕事の書類なんかもほとんど持たなかったんですよ。サッサとスキャンしてデータにしていた。最後に残っていたのが本だったんです。ですから、電子化は基本的なトレンドで、紙なんて面倒くさくてしょうがない。紙の資料ってバージョンアップしてくるので、同じ会社の資料がファイルにたまる。あれ見るだけで嫌になってくる(笑)。仕事しろって言われてるみたいで。
――端末は何を使われてますか?
渡辺パコ氏: Kindleの端末で。Androidタブもありますが、何ヶ月か前に買い替えました。最近はKindleで読んでますね。タブは結構重いですから。
――今の電子書籍に対して、希望や要望はありますか?
渡辺パコ氏: そうですね、もともと電子書籍で出された本なら、字を大きくすれば大きいなりのページングになりますが、スキャンしてPDFにしたものだと、大きくすればスクロールしないと読めないっていう問題があるのは事実ですよね。どちらがいいかと言われると、どうなんでしょう。どちらでもいいと言えばいいんですけどね。ただ、汎用性はすごく重視しているので、PDFならどんな端末でも読める。いろいろな展開を考えると、通常のPDFだと楽ですよね。多少の拡大しにくさはあるにしても、比較するとそっちのがいいかなと思います。
――本屋へ行って本を買うことはありますか?
渡辺パコ氏: 古本屋には行きますね。なぜ古本屋かと言うと、新館の本屋だとはやりの本や、最近2ヶ月以内に出た本ばっかりになってしまうので、出会える本が限られます。古本屋は、古いけど大事な本や変な本を扱っているところがたくさんあるので、本との出会いがあるんです。この間も古本屋へ通りすがりに入って。入り口から入ってすぐの棚で目に付いた本を、「これは面白い」って2冊買いました。そういう思わぬ出会いって、古本屋のほうがある。それをそのまま、翌日の「おとなの社会科」に持って行って見せるってそんな感じですからね。綱渡りして仕事してますから(笑)
危機は、きれいな顔をしてやってくる
――今後の展望、抱負を伺えますか?
渡辺パコ氏: 革命をやろうと思ってます。僕は、日本は今、とても危ない状況にあると思っています。危ない状況が進んだとしても、国という観点ではいいかもしれない。でも、そこにいるわれわれにとっては、多分全然よろしくない。「国破れて山河あり」の反対、「人破れて国あり」っていう事態が進行していると思ってます。ほとんどの人はそれに気付いていないので、何とかしたいなっていう。「おとなの社会科」を始めたのも、そういう感覚があったからなんです。3年やってきて、学んでいる人以上に僕の方が勉強してきて、これは何とかしないとまずいなと。選挙をはじめ、色んなものが相当メチャクチャになっている。これは比喩ではなく、資本による一般の人たちの奴隷化が始まっています。
――資本による奴隷化ですか。
渡辺パコ氏: ビジネス、産業の1番のコントロール主は資本家で、企業は資本家のものだという考え。資本の意志が企業に反映され、企業の意志が社会に反映されていく。これは昔からあったんですが、そこに国が挟まっていたわけですよ。政府があって、国の中のことはそこの政府が決める。法律、いわゆる規制を国ごとにやっていたので、
例えば労働賃金は最低賃金を守ってくださいっていうルールがあります。よってわれわれは働く限り一定の収入が得られます。この最低賃金法っていうのを撤廃しろっていう圧力が出たら働き手はどうなるか、時給100円、50円で働かせてもいいっていうことになる。これが実際にアメリカで起きている。アメリカでは刑務所で奴隷労働が行われています。刑務所の民営化が行われているんです。懲役労働という名で時給1ドル、時給50セントで働かせています。やっている仕事はコールセンターの電話受けだったり。普通に外で仕事を同じことをやれば時給1000円くらいもらってもいい仕事を1ドル以下でやっているわけです。これを奴隷と言わずして何と言うか。囚人のうち、使えそうな人はそういうところで使う。そうじゃない人は組立工として使う。そうすると、刑務所の中で組み立てれば中国で組み立てるより安いわけですよ。クオリティーはどちらが高いか分からないですが、絶対逃げない労働者です。暴動も起こせない。そういう奴隷労働が実は行われていて、最低賃金の撤廃であるとか色んなかたちで方法論が思考されている。
――どんな方法論ですか?
渡辺パコ氏: 今問題になっているTPPです。TPPとは何かというと、ある国の規制が高いと考え、一方の国の規制が低いと考えたら、低い国に合わせなさいという裁判を企業が起こせるルールです。例えば、アメリカでは刑務所の民営化をしてます、日本はしていません、「民営化していない」というのが規制であると言って、アメリカの企業が日本政府を訴えられる。訴えられたら大抵負けます。すると民営化しなきゃならないことになる。アメリカがさらに「最低賃金を撤廃させる」という法律ができれば、日本にも同じ法律を通すことができる。どこか1カ所突破すれば、国の生活を守ってきた法律は全部撤廃させることができることになる。
今、世界的に資本による政治の買収が行われています。議会から大統領まで全部買収してしまう。すると合法的に法律を変えることができる。そういう事態が今色んなところで進行しているんです。危ないですね。文化や伝統を踏まえてその国のかたちがあるわけです。例えば日本では、健康保険は収入がなくても欲しい、あげたいという国のかたちをしていますが、簡単に壊されますよ。
――何か対抗する手だてはあるんでしょうか?
渡辺パコ氏: われわれが知恵を持つしかないですね。そういうことを分かって、何に対して抵抗しなければいけないのかを正確にやらないと。非常に巧妙に、われわれが持っている価値観に乗っかるかたちで侵入してくる。例えば選択の自由を提供します。NOと言う人はほとんどいないでしょう。そこに乗っかってくる。
――いい顔してやってくるわけですね。
渡辺パコ氏: きれいな顔をしてやってきます。怖い顔をしては絶対に来ない。でも、そうやって門を開けるとだんだん仮面がはがれてくる。やってる本人たちも、そういうことをしてるっていう意識がないんですよね。彼らなりの美しいロジックがあるから、いいことだと信じてしまう。そうこうしているうちに、あれ??と思っているうちに奴隷化が成されていく。これを何とかしなきゃいけないなっていう。僕がやってもどうにもならないことは分かってるんですけど・・・。
――では、パコさんの本はそういう観点で今書かれていらっしゃるんですか?
渡辺パコ氏: 今年は、それを書かないといけないと思ってるので、これから出版の企画をしようと思ってるところです。「おとなの社会科」は、始めたタイミングから本にしようとは思ってたんですが、一体これを自分は何のためにやってるんだろうっていうのがなかなか見えてこなかったんですが、それがクリアになってきたので、ここで書かなきゃいけないかなって思っています。ただ、もう少し色んな見え方をする様にしないと、書いても売れないだろうなと思うので、そこが考えどころです。あがいているだけですけど、やらざるを得ないという気持ちなので、やります。
取材場所:デジタルハリウッド大学
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 渡辺パコ 』