データはゴールに最短で到達するための「羅針盤」
小川卓さんは、ウェブサイトの訪問者の情報をマーケティングに活用する「アクセス解析」のエキスパート。アクセス解析のビジネスでの有用性を広く紹介し一般化させた立役者の一人として、全国からコンサルティングや講演の依頼が殺到しています。小川さんに、キャリア形成、アクセス解析との出会い、執筆活動の意義、電子書籍の可能性などについて伺いました。
最新のコンピューター技術で「手に職」
――小川さんの最近の活動内容について伺えますか?
小川卓氏: 去年の10月から、サイバーエージェントに所属しています。最初は、アメーバスマホのテレビCMの効果、どれぐらい人が来て、どれぐらいが会員になって、課金につながるかといった分析をしていて、1月からはアメーバピグという、キャラクター、アバターのようなものがありますが、ピグで提供しているゲームの分析を担当しています。後はサラリーマンのかたわら講演するのが年間3、40回ぐらいです。解析したものを講演の資料にするのか、会社に報告するのかの違いで、年がら年中やっていることは一緒です。
――以前はリクルートにいらっしゃいましたね。
小川卓氏: 去年の10月まで6年間リクルートにいました。最初の4年間は、リクルート全社のアクセス解析ツールの選定と導入、教育からコンサルまでをして、残りの2年間で、SUUMOという住宅情報サイトをサポートしていました。
――学生のころからコンピューターの勉強をされていたのでしょうか?
小川卓氏: 中学校3年生から大学を卒業するまでロンドンにいて、大学はロンドン大学というところに行ったんですが、専攻は化学と数学でした。卒業後に日本に戻ってきて、早稲田の理工学部の大学院に入ってからは、ずっと化学です。ジャンルとしては構造化学といって、物質の構造に光を当てて変えたりといったことで、それなりにコンピューターを使っていたので、そこでIT系に興味をもちました。それと大学を卒業するまでずっとピアノをやっていて、作曲もやっていたので、作曲したものを公開するサイトを大学に入ったころ、1998年に立ち上げました。HTMLの本を一冊買って、メモ帳で作りました。
――コンピューター関連の職業に就くことも当時から頭にありましたか?
小川卓氏: 就職となった時に、IT系の仕事に就きたいと思い、様々な会社を受けました。その中で、パソコンのソフトウェアのベースとなるOSを提供しているマイクロソフトに興味を持ち入社しました。その後は現在働いているサイバーエージェントを始めとする、様々な企業で利用されている仮想電子通貨を提供している会社「ウェブマネー」に入社しました。当時はまだベンチャーという雰囲気で社内も数十人しかいませんでした。
――ウェブマネーでは、どういったお仕事をされていましたか?
小川卓氏: 初めてアクセス解析という分野に触れました。マーケティングの部署がなかったので、上司と2名で立ち上げました。当初はサイトでどのページが見られていて、コンテンツが良いのか悪いのかもよく分からずに作っていて、効率や作る側のモチベーションも含めどうなんだというところがあった。それで、ウェブサイトの解析ツールというのがあるというのを知って、ツールを導入して運用していきました。自分たちがやっていることを可視化したい、というのが出発点でした。もちろん可視化することで、悪いこともバレるわけですから、リスクはありますが、それをやっていかないといけないと感じた。そのころが一番学んだ時期かもしれません。
最終目標は、「自分がいなくても仕事が回る状態」
――そのころは将来の展望はどのように描いていましたか?
小川卓氏: ウェブサイトのユーザーの行動が可視化されることに可能性を感じて、アクセス解析の分野でやっていきたいなという思いが強くなっていました。ウェブマネーも魅力的な会社なのですが、あくまでも決裁手段を提供しているという事で、サイトに来ずとも利用出来るため、分析や施策が行える幅は比較的が小さかったのです。そこで、単純に大勢の人に様々なサービスをサイト上で提供している会社に行けば出来ることも広がるのではということで、リクルートに入社しました。たまたまその当時、ウェブマネーとリクルートが同じツールを使っていたので採用されました(笑)。
――確かにリクルートはさまざまな分野のウェブサイトを立ち上げていますよね。
小川卓氏: リクルートはその当時PCとモバイルあわせて100サイトくらい運営されていました。最初の2年くらいは入社当時のツールを使っていたのですが、機能や負荷などの観点から、新しいツールを3名のチームで選定して決裁を取り、全社に導入する事になりました。それは2、3年ぐらいかかりました。結局150サイトで導入したんですが、各サイトでどういうデータを取るかということをやりとりをしながら実装して、1週間に1サイトをやっても3年かかる。最終的に1年半ぐらいでやったんですけれども、すべて同時進行でやる感じでした。あるところでは導入のお手伝いをして、導入が終わっているところは、データ分析のお手伝いをしたり、勉強会をやってツールの使い方をレクチャーしました。解析を根付かせたいという思いでやっていました。
――解析の有用性についてどのように説明されるのでしょうか?
小川卓氏: 解析の有用性は主に2つあります。1つは健康診断という意味合いで、サイトの良いところや悪いところを発見するという要素。もうひとつは、売上に直結するような貢献を解析を通して行うということです。つまり改善施策に繋がるような気付きを提供していくということです。すごく単純な話ですが、分析しただけでは売り上げは上がらない。レポーティングだけではもちろん売り上げが上がらなくて、結果をもとにサイトとかサービスに手を入れることで売り上げが上がっていく。逆の言い方をすると分析しなくてもサイトは売り上げを上げるわけです。データを見なくても運用していれば人が来て売り上げが上がっていく。ビジネスゴールとかウェブサイトのゴールって航海に例えることができて、データの役割は羅針盤とか地図です。つまり今どっちの方向に向かって、このままのペースだとどれ位で着くか、あるいは着かないか。あるいは行き方が3種類あるけど、どのコースが一番安全で早いかというものを、データをもとに判断していく。船は放っておいても進むけど、正しい方向に、より効率良くゴールを実現できる方法です。それを自分でも分析しながら、なおかつ色んな人にそれを伝えて、達成できるようにしていきたいというのが、私がやろうとしていることです。自分ありきじゃなくて、自分も頑張りながら、最終的には私がいなくても回るような状態になるのがいいと思っています。
本作りの苦労が、仕事の幅を広げる大きな経験に
――執筆についてはいつごろ始められたのでしょうか?
小川卓氏: ウェブマネーにいた時期、メールマガジンで、毎月オンラインゲーム会社に取材に行って記事を書いたり、実際にゲームで遊んでスクリーンショットを取ったりというのをやっていました。それ以降も自分のブログなどの執筆をやっていたので、そういう絡みがあって文章はずっと書いていました。6人くらいで『Nintendo iNSIDE』という家庭用ゲーム機のサイトを運営して、その中でライターとして連載記事を書いたり、ゲームショーで取材して記事を書いたりもしていました。最後は売却したんですけれども、ネットで文章を書くのが楽しくなっていきました。
――書籍作家としてのデビュー作は『ウェブ分析論』ですね。執筆のきっかけはどういったことでしたか?
小川卓氏: 2008年にアクセス解析のブログを始めました。最初は自分が感じたことや学んだことを発信して、色んな人の意見をもらいたかった。それでブログを読んでいただいた編集者の方から、「本を書きませんか」というお話が来ました。ブログを初めて1年半でした。過去にもゲーム系のブログを書いていましたが、発信するとそれに対してほかの人の意見が頂けるので、それが自分にとって吸収になる。自分が思っていることや感じていることを伝えないと、そもそも反応すら返ってこないですから。発信することによって出会いももちろんあるし、本であったり講演であったりとかという機会も頂けます。書籍や連載、講演も全部、基本的にはブログを端に発していて、実は私の奥さんももともと自分のサイトに来ていた人です(笑)。
――それはアクセス解析でも予想できないことですね(笑)。
小川卓氏: 『ウェブ分析論』を書いていた時が、ちょうど結婚したころで、リクルートでサラリーマンをしているので書く時間が平日の夜か週末しかなく、あんまり奥さんを放っておくと怒られるというのもありつつ書いていました(笑)。
――初めての本の執筆で最も苦労されたのはどういったことですか?
小川卓氏: 1年かかりました。書くのは3か月で書いたんですけど、その後の校正が半年位かかりました。編集者の方は結構細かく指摘をしてくれるタイプで、ここの用語が合ってないとか、文章が伝わらないとか、難しすぎるというのを指摘してくれる。ワードの校正機能で1ページにバーっと指摘が12か所ぐらい入っているんです。それを直すのに結構苦労しました。最初って書きたい想いがあるから一気に書けるんですが、そこから分かりやすく伝えるのが一番難しかった。
――ブログとは異なるメディアでの執筆は大きな経験になりましたか?
小川卓氏: 大きかったと思います。ウェブだとわりと書き殴って、後でも直すこともできるけれど、本はなかなかそういかない。苦労した分、いい本になったというのもあります。結果的に本はよく売れて、今は改訂版も含めて第4版になっています。この本を読んでいただいたことで、外務省から講演の依頼が来るなど、仕事の幅が広がりました。
自分の本は電子書籍と相性が良い
――どのような本がお好きですか?
小川卓氏: 私自身はミステリー小説がずっと好きで、小さいころは赤川次郎や宗田理を読んでいて、大学のころに清涼院流水さんの本がかなり好きになりました。奥さんとは当時まだ結婚していなかったんですけど、彼女から「これ、おもしろいから読んだ方がいいよ」と言われて。謎を解決しないで終わるとか、何か今までにない違和感、「そんなのアリなんだ」みたいなところが楽しくて、清涼院さんの本は2、30冊は読みました。
――電子書籍は利用されていますか?
小川卓氏: 割と読んでいますね。少しずつちょこちょこ入れ始めている感じです。私の本も電子書籍化をしていて、技術評論社の『クチコミページと社長ブログ、売り上げに貢献しているのはどちら?』は、技術評論社のサイトで出していますし、翔永社の『ウェブ分析レポーティング講座』も電子書籍化しています。どちらかというと私の本は電子書籍には向いていると思っています。というのも、パソコンを見ながら読む人が多いと思いますので、パソコンの横にスマホ、タブレットとかを置くと、読みやすい。本を開きながらだとすぐに閉じてしまいますから。特に技術書みたいなものは場所を取るし、パッと調べたい時にタブレットとか、iPhoneで調べて、その都度試してみたり、辞書的に使う時にやはり電子書籍がやりやすいなと思っています。
――電子書籍ではどのような本を読まれていますか?
小川卓氏: 最近は電子書籍で雑誌を読むようになりました。発信をはじめるようになってからソーシャルブックマークやサービスなども利用して情報収集をしているのですが、雑誌はやはり最新の情報がまとまっている事、そしてキュレーションサービスでは得られにくい新たな発見や気づきがあるので重宝いsています。週刊誌は5冊~10冊くらい読んでいるのですが最近は「Newton」「週刊アスキー」「Footballista」「ファミ通」などはNexus7を使って読んでいます。
安さではなく、電子書籍ならではの価値を
――電子書籍の未来の可能性についてはどう思われますか?
小川卓氏: 私の知り合いが、電子書籍という形でアクセス解析の書籍を販売しています。それは、ツールの内容や操作が変わった時に改定する料金も含めての料金体系となっています。解析ツールは機能が追加されたり、結構中身が変わる。本だと辛いのが、そういった改定にリアルタイムで反映出来ないことです。本を出した日にはもう情報が古くなっている事も実際にありました。私の本も改訂版の時に全部直しました。GoogleのAnalyticsという解析ツールが操作方法も含めて変わって、本の改訂版の時に、必死に120枚ぐらいスクリーンショットを撮るという不毛な作業をやっていた。新しいサービスができて、260ページから340ページ位に量も増えました。逆にサービスが終了したものもあって、「このツールはいいですよ」って言っていたものが、もうないということもあります。だから、どんどん更新をかけていけるということには、電子書籍の可能性をすごく感じます。更新料も含めて売っていく方法もあるのではないかと思っています。
後はNewtonとかを読んでいると、太陽の周りを惑星が回る様子が動画で見られる。昔、確かマイクロソフトエンカルタで、例えば「ピラミッド」を調べると、ピラミッドの歴史と写真だけではなくて、ピラミッドの作り方が動画で出る。それを書籍と呼ぶかというと微妙なところはあるんですけれども、私の本でも、ツールの操作の動画があって、電子書籍で流せると、より分かりやすいだろうし、電子書籍ならではの楽しさもあると思っています。作るのは大変なんでしょうけどね。
――電子書籍と紙の本の関係はどうなっていくでしょう?
小川卓氏: 今は、本を電子書籍にすると安くなるに決まっているでしょうという感じになっています。確かにそういう面もあるでしょうけれど、どちらかというと電子書籍でしか出せないもので、お金を作っていった方がいいのではないかと思います。ウェブサイトの読み物とも違って、電子書籍は有料だけれど、そこでしか読めないもの、しっかり書かれたものや、インタラクティブ性が高いものとか、更新性があるという形で使い分けられる気はしますね。
企業の中でも「小川ブランド」を確立したい
――今後の活動についてお聞かせください。
小川卓氏: リクルートの最後の1年ぐらい「エバンジェリスト」という肩書をもらっていたんです。要は伝道師ですね。アクセス解析ツール、分析の良さを伝えるというのがミッションだと思っています。今までSUUMOとかリクルートの採用につながることを考えてやっていたんですけれど、これからは、イメージとしては「サイバーエージェントの小川」というより、「小川がサイバーエージェントにいる」という、「小川ブランド」でやっていきたいという思いが強いです。ただ、やっぱり企業だからこそできる分析もあります。さっきも言ったテレビCMの分析などは、なかなか独立すると機会がないので、会社にいることのメリットもありますね。もちろん制限されているところもあって、コンサルなんかを全部やりきれていない。今は、そこのバランスを取りながら、どうしていくか考えていますね。
今はソーシャルコミュニティーとかスマートフォンならではの分析があるので、それを学びながらやっています。サービスを分析することによって、世の中にとって良いウェブサイトが一つでも多く増えれば、最終的には自分にとっても有り難いと思います。
――執筆活動については、近々の予定はありますか?
小川卓氏: 今年の秋にも本を出すことになっていて、今回は事例中心の本にしようと思っています。分析の方法を教えるというより、こういう事例ではこういう分析をするとこういう結果につながりますというのを、1事例2ページみたいな形で50種類ぐらい書こうかと思っています。例えばメールマガジン、コミュニティー系のサービス、B2Bのサービス、ソーシャルゲームなど、どういう風に分析して、どういう風に見るのかを、サービスごとに分けて事例を出していく本にしていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 小川卓 』