新しいメディアは誰も使い方がわからない
――円城さんは、論文をPDFで発表することを以前からされていますね。
円城塔氏: 理学系では普通のことです。プレプリントサーバーというのがありまして、雑誌に掲載される前にそこに論文を入れ込んでおくと、みんなダウンロードできて楽なんじゃないか、っていうことです。ロスアラモスとか京大とかが有名ですが。僕の頃はまだ、PDFのバージョンが1.0とかで、これは使い物になるのか、いくらなんでも重すぎないかという感じでした。当時はPostScriptがメインでしたね。それより前は、紙の学術誌しかなくて、それを大学の図書館が購入してみんなが図書館に行って読んでいたのが、検索とダウンロードができるようになったわけです。もっとも、紙の雑誌の方が引用元としても正式なものとされますし、プレプリントはあくまで「告知」なんですけど。
――そのような新しい技術に、どのような可能性を感じましたか?
円城塔氏: 学術誌はどうやっていくのだろうと考えますよね。プレサーバーに全部入れ込んでおけば、学術誌はいらなくなる。本にこだわる必要があるのか、という話になっていく。でも、学術誌もないと困る。ただ何が困るかと言ったら実はよくわからないですが。
――紙がなくては困るけど、電子との住み分けがどのように成り立つのかわからないというのは、まさに今の電子書籍を取り巻く状況に近いと思います。
円城塔氏: メディアの使い方は、わからないものです。活版印刷ができた頃は、手書きじゃなきゃいやだという話があっただろうし、電話ができた時には、電報と同じじゃないかというのがあった。むしろ電話ができた時は、両端に人がいる時じゃないと話ができないから不便だという話さえあった。電報があるから、電話の通信量は増えないだろうとか言われていた。でも、その後どうなったかは誰もが知っています。携帯電話もそうです。最初の頃、そんなの持ち歩くのは邪魔じゃないか、という話だった。今はないと待ち合わせひとつできない。電子書籍は、提供する側も使う側も、まだ使い方がよくわかっていないんじゃないでしょうか。
電子書籍に特化した書き手の出現も
――円城さんご自身は、電子書籍の可能性をどのように考えられていますか?
円城塔氏: 本の代替メディアとして使うのはあまりよくないという気はします。ラジオとテレビのようなもので、共通する部分はあるけれども、全然違う物として使うといいと思います。僕は普通に読書していても検索はしたい。昔の紙の書籍は、索引を作るのに大きな労力を使っていたわけですが、それをなくした上に、さらに便利なものができるメリットはあります。検索できて、コピーアンドぺーストができることによって、紙の本と電子の本では読み方が全然違うものになるはずですが、今はそれが同じもののように横に並んでいる状況です。今のところは書き手も、紙の本と同じように書いてますよね。でも違う書き方があるのではないかという気もしています。
一昔前の携帯小説は携帯の画面に特化して書くというようなことをしていました。電子書籍をやりたい書き手は、そういうもの探すとよいのではと感じています。当然紙の本でなきゃだめだ、というのをやる人は紙でやればよくて、検索できるのが便利だからっていう人は電子でやればいい、というだけだと思うんです。紙としての質感を持って、優雅に読むスタイルが欲しいというのと、材料として生データが欲しいというのは全然違う。僕の場合、生データをくれと思うことの方が多いので、電子の方がありがたい場合が多い。
――メディアが変われば表現方法も変わってくるということですね。
円城塔氏: 例えば、巨大な石にノミで彫るしかないなら、2ちゃんねるの書き込みとかツイッター的な「今起きた」みたいな文章は、労力に見合わないからなくなります。書く手段が楽になればなるほど、内容がばかになっていくというのは、これはもうしょうがない。何を手段にして書くかということは非常に重要で、僕は明日世の中からPCがなくなったら、違う仕事を探すと思います。
――本の編集の様相も変わっていくのではないでしょうか。
円城塔氏: 僕は「ゲラをFAXで送ります」とか言われると、そもそもFAXを持っていませんから困る。PDFであっても、画像データで来たりしますので「頼む、文字を埋め込んでくれ」と思う。編集さんとは、そういう意識の差はあります。編集者のたたかれ方というか、育てられ方というのは、最終的に印刷されているものとして見えているものがすべてで、メタデータという考え方はないし、作業部分はどれだけきたなくたっていいんです。そこは最終生産物に入っていないから。でもそれだとメンテできない。メタデータの意識があれば、テキストで埋め込むという発想も出てくると思います。後は、いまだにファイル名を日本語で付けて送ってくるのをやめてほしい。実はまだ日本語のファイル名というものが、規格として安定しているものではない、誰でも読めるものではないということは知っておいて欲しい。自分がどんな道具を使っているのか知っておくべきだという意味で。
著書一覧『 円城塔 』