近藤史恵

Profile

1969年生まれ、大阪府出身。 大阪芸術大学文芸学科卒業。 1993年『凍える島』(東京創元社)で第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。 ミステリのみならず、恋愛小説やスポーツ小説、ゲームのノベライズも手がける。また、大学時代、歌舞伎の研究をしており、歌舞伎を題材にした作品も多い。 代表作『サクリファイス』(新潮社)では第10回大藪春彦賞を受賞した。同作をはじめ『探偵今泉』シリーズ、『猿若町捕物帳』シリーズなど、様々なシリーズ作品を執筆する。 近著に『土蛍』(光文社)、『三つの名を持つ犬』(徳間書店)、『キアズマ』(新潮社)など。

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ミステリーから児童文学まで、
自らが読者として読みたいものを「書く」。



近藤史恵さんは大阪芸術大学文芸学科卒業後、1993年『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞し作家デビュー、2006年より、母校の大阪芸術大学文芸学科客員准教授に就任。2008年、『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞を受賞。推理小説から児童文学、ノベライズから時代物まで幅広く手掛けることのできる推理作家として活躍されています。今回は書き手としての近藤さんに、読書とのかかわり、また電子書籍の未来についてのご意見をお伺いしました。

おとなしい1人っ子で、遊び相手は人形だった。


――最近はどんな作品を手掛けられていますか?


近藤史恵氏: 新刊では、猿若町捕物帳の『土蛍』が出ます。最近は、仕事のかたわら観劇をしていて、先週は東京の新しい歌舞伎座へ行ってきました。歌舞伎も大阪に来たものは大体観ていて、2、3ヶ月に1回ぐらいは上京して東京でも観ています。宝塚も毎公演、1、2回ぐらいは観ております。

――本日は、近藤さんがどのようにして作家への道に至ったかを、幼少期までさかのぼってお伺い出来ればと思います。


近藤史恵氏: 小さなころはおとなしく、あまりしゃべらない子で、本とお人形遊びが好きでした。自分の中で物語を作って、お人形にしゃべらせて、1人で遊んでいました。両親たちにはそれぞれに兄弟がいたので、1人っ子がそうやって遊んでいるのが不思議だったそうです。また私は、レコードをかけたらずっと聞いているような子だったので、「手が掛からない子」と言われていました。

――最初の読書体験はいつごろだったのでしょうか?


近藤史恵氏: 幼稚園くらいには、親に読んでもらわずに絵本を自分で読んでいたので、早かったと思います。

――家には本がたくさんあるような環境だったのでしょうか?


近藤史恵氏: 母が保育士をしていたので、勤め先の保育園からいろいろ本を持って帰ってきてくれました。私が読み終わると返して、また新しい本を持って帰ってくれたので、自分の本以外にもいろいろな本を読むことができました。少し大きくなってからは、毎週土曜日に、近くの図書館に、父親と一緒に本を借りに行って読んでいました。あとは、小さくて薄い本だったのですが、毎月小学校からもらう1冊の本を、とても楽しみにしていたのを覚えています。

――書くことに興味を持ったのはいつごろでしたか?


近藤史恵氏: 高校生の時に、友達とリレー小説をしたり短編を書いてみたりと、部活動の一環でやっていましたが、当時はそれほど真剣ではなかったかもしれません。私は大阪芸大の文芸学科出身なので、大学でも創作の授業がありましたが、研究ばかりしていたので、授業の一環として創作の授業を受けたりはしましたが、それほど興味を持ちませんでした。

新本格ミステリー時代。読者として楽しんでいたら、自分も書きたくなった。


――本格的に執筆を始めようと思ったきっかけは、どういったことだったのでしょうか?


近藤史恵氏: 大学を卒業して、私が就職していたのは1年半くらいです。販売の仕事をしていたので、昼に1時間、夕方に40分といったように、休憩がとても長かった。そういう形態で働いていたので、喫茶店や休憩室で本を読む時間がたくさんありました。そのころ、ミステリーが新本格の時代をむかえ、綾辻行人さんなどが出てらした時で、東京創元社さんからも面白い作品がたくさん出ていました。それで、読者として読んでいるうちに自分でも書きたくなったのがきっかけです。

――デビューに至る経緯は、どのような感じだったのでしょうか?


近藤史恵氏: 最初に書いたのが『凍える島』(第4回鮎川哲也賞を受賞)で、書き始めてから、実際に作家デビューするまでの時間がすごく短かったような気がします。自分の中で『凍える島』のプロットが浮かんだので、仕事が終わってから、父親が買ったパソコンでずっと原稿を書いていました。鮎川哲也賞には誰にも言わずに応募したのですが、「最終選考に残りました」といきなり言われて、本当にびっくりしました。東京創元社の編集の方から、「受賞はしなくても本にしましょう」と言っていただいたのでうれしかったです。その時に、自分が小説を書いているということを、初めて人に話しました。

――初めて書いた作品が編集者の目にとまって、作家として「やっていける」という実感がわいてきましたか?


近藤史恵氏: 「デビューする」ということは、これから継続的に書いていかなければいけないということなので、舞い上がるのと同時に、「これはえらいことになったな」という気持ちも少しありました。デビュー作を書いた時は23歳だったのですが、それまで長い読書歴があったわけでもなく、まだ読んでいない本格ミステリーの有名な作品もたくさんあったので、「自分が作家になっていいのかな」という気持ちも正直ありました。

考えながら作品世界を見て、登場人物の声を聞く。


――それから数々の作品を書かれるわけですが、どのようなお気持ちで毎回書かれていますか?


近藤史恵氏: 私はどちらかと言うと、書いて、考えながら世界を見ていくといった感じのスタンスです。書いてみないとその登場人物がどんな人なのかよく分からないので、書きながら自分がその本を読んでいるような気持ちで書いていきます。「こういう着地点にする、こういう理由があってこういう話にする」という基本的なプロットは決めていますが、思ったようにキャラクターが動かないことも、もちろんあります。そういう時には「このキャラクターはこういう人じゃない」と思ったりもしますので、自分の書いている小説ではありますが、一緒になって読んでいるといった感覚が大きいです。

――そうなると、自分の作品に対して厳しい視点もお持ちなのではありませんか?


近藤史恵氏: 「これは面白くない」と、しょっちゅう思います。見えてない部分と見えている部分があって、「ここは少し無理があるのではないか」、「いくら考えてもこの方向以外は見つからないけれど、もっとうまくできたんじゃないのかな」などと思うこともよくあります。

大絶賛よりちょっとクールな付き合いの方がいい。


――編集者さんとのやり取りは、どのような感じでしょうか?


近藤史恵氏: こちらに来ていただいて会うことや、私が向こうに行った時に会うこともありますが、距離があるので基本的にやはりメールや電話が多いです。皆さんがモチベーションを一生懸命上げてくださるので、それに助けられています。

――近藤さんにとってどのような編集者が理想でしょうか?


近藤史恵氏: 情熱的な人よりも、ちょっとクールな人の方がやりやすい気がします。毎回「ここが素晴らしい」と言われるより、普段ほめない人にたまにほめてもらえると、「ああ、本当に良いんだな」と思えます(笑)。極めてビジネスライクにと言うか、こそっとほめてくださるような人がいいです。ほめられすぎるとむずがゆいと言うか、恐縮してしまいます。原稿の直しに関しては、私は激しく言われたことはあまりないですが、エッセイで、「こういうシーンを入れてください」など明確に指定されたりすると、「あまりこういう人とは仕事したくないな」と思ってしまいます。

執筆は自宅で、資料集めにはAmazonや楽天も活用。


――執筆はどちらでされますか?


近藤史恵氏: 自宅の普通の和室で、20年くらい使っているちゃぶ台の上にパソコンを置いて、部屋の一番奥のふすまの前に座って書いています(笑)。最初は違う場所に置いていたのですが、落ち着く場所を求めていったらそこになりました。

――本もたくさん持っていらっしゃいますか?


近藤史恵氏: うちは結構広いのですが、ほとんど本棚と言うか、部屋の大部分は本を収納するためにあるといった状態です。本は収納場所に困ります。実家からの引っ越しで、家電製品もなく、1部屋分の荷物なのに4トントラックが来たこともあります(笑)。

――本はどこで購入されますか?


近藤史恵氏: この近くの少し大きめの本屋さんで買うことが一番多いです。家で書いていると楽天やAmazonなども便利なので利用します。特に時代小説になると資料をたくさん読まなくてはいけないので、中身も見ずに、似たような本を検索して何冊か買うこともあります。ただ積み重ねで、そこさえ押さえていたら大体は分かるような決まった資料というのがいくつかあるので、毎回全部を読むわけではありません。

――近藤さんの書かれるものは、ジャンルがそれぞれ全く別ものですね。どのような発想でアイデアを作品に落とし込まれるのでしょうか?


近藤史恵氏: 私は、自分の本を読むように書いているので、「自分はこういう本が読みたい」、「こういうのが書きたい」ということが一番のモチベーションになっています。だから、自分の好きなジャンルで、こういうのが読みたいなという理由でいろいろと書いています。

Kindleは漫画を読むのにとても便利。


――今、電子のデバイスもいろいろ出てきていて、小説も紙を電子化して読むユーザーも増えてきていますが、書き手としての率直なご意見をお聞かせください。


近藤史恵氏: 私もKindleを持っています。日本語版が出る前から買って、洋書や自分の原稿などを落とし込んで読んだりもしていました。私自身は電子書籍になんの抵抗もなく、紙から電子への移行は普通の変化ではあると思っています。ただ、既存の本屋さんや印刷所の仕事を、この先縮小するだけではなく、どう移行させていくかを業界全体でフォローしていくことが大切だと思います。電子書籍にいく流れ自体は自然なものだと思いますが、電子書籍で読まれるべき本と、物として持ちたいという本はやはり2つに分かれますので、本自体はなくならないと思います。今後は今よりも電子書籍の割合がどんどん大きくなっていくのではないかと思います。

――Kindleをお使いになって、いかがですか?


近藤史恵氏: 漫画を読むのには便利です。正直に言うと、本に関しては、私は紙で読みたい方なのです。でも漫画に関して言えば「この漫画を読もう」と思ったら10巻、20巻などとたくさん出ていたりするわけで、それを買って部屋に置くことを考えると、ハードルが高くてなかなか踏み込めない。Kindleだと1冊だけ買って読んで、面白くなかったら次は買わないということもできますし、面白かったらどんどん読んでいっても場所は取らない、というところが良いと思います。

電子書籍は時事性のあるもの、保存がいらないものに向いている。


――テキストの場合は紙で読みたいという思いがあるのですね。


近藤史恵氏: テキストも積極的にご自身で電子化されている方もいらっしゃいますが、私はあまりしていません。今も入っているデータは少ないです。便利で荷物にもならないのでiPhoneのアプリで『ことりっぷ』というJTBのガイドブックを愛用しています。ガイドブックは終わってしまうと用済みになってしまいますし、版を重ねると毎回買うのかということもありますので、電子化されるといいなと思います。あと雑誌も電子化されていくといいと思います。

――電子書籍に向いているもののキーワードは「時事性」でしょうか?


近藤史恵氏: そうですね。情報の新しさも重要です。やはり、保存するのは紙の方がまだ強いので、それほど保存性というものに重きを置かなくてもいいものが電子書籍に向いているのではないでしょうか。私は、新聞は嫌いではありませんが、新聞を捨てるのが嫌いという理由でiPhoneで新聞購読している人間なので(笑)、新聞などは本当に電子でいいじゃないかと思います。

――Kindleのコンテンツは電子書籍ストアで買われていますか?


近藤史恵氏: 私は今、自炊はほとんどしていなくて、電子書籍として売られているものを買って入れています。あとは自分の作品のテキストファイルをそのまま入れて、出先でチェックしたりします。例えば旅行に何日間も行くことになると、Kindleだとバッテリーの問題だけなので、本ではなくKindleを持って行ったりします。

デバイスの乗り換えの時に、今まで買った電子書籍をどうするか?


――電子書籍の便利な部分、可能性としてお伺いしましたけど、逆にまだまだ過渡期だと思っています。こんな風にしたらもっと使えるのに、便利になるのにという点があればお聞かせください。


近藤史恵氏: Kindleで買ったものはKindleでしか読めないっていうようなことが少なくなればいいなと思います。Kindleが壊れた時にほかのガジェットに変えたら、再ダウンロード出来ないのは少し大変だなと感じます。koboは人に貸せると思いますが、本の貸し借りには、誰かに貸している間に自分は読めなくて、返してもらったら読めるという、ある種の特有の面白さがあると思います。だからガジェットを乗り換える時にどうするか、ということはすごく大事なことだと私は思います。

検索しにくい、ランキングだけに頼る電子市場は危うい。



近藤史恵氏: あとは検索の問題もあると思います。新刊への検索が、普通の本よりも少し難しいなと思うので、売れている本しか目につかず、ふらっと買うということができない気がします。電子書籍だと売れる本と売れない本というのが、今後どんどん2分化していく気がして、少し怖いかなと思います。売れない本でも出せるようにはなるけど、売れない本は売れない本のままで、1回売れた本ばかり売れてしまうという状況になってしまうのでしょうか。

――本にある偶然性というのがなくなると。


近藤史恵氏: レビューの重要性はおそらく今後、さらに高まってくるのではないでしょうか。今でも書評ブログなどをやっていらっしゃる方がいますが、そういう人の重要性が高まり、売り上げに直結するという形で実感していくようなことになるのではないかなと思っています。iPhoneのアプリにも、電子書籍のコーナーがありますが、それこそ上位で見ていくしかありません。たとえそれほどに売れていなくても、人に届く本はたくさんあると思うので、順位で見る、検索するという点に関しては問題があると思います。

――欲しい人に届ける役割というのが出版社の役割の1つでもあると思いますが、電子書籍の市場がどんどん大きくなって、出版社の方々も今までと違った方法論というのも必要になっていますが、どのようなことが出版社には今後、必要になってくると思いますか?


近藤史恵氏: 書き手と出版社の関係は、おそらくそれほど変わらないと思います。だから出版社さんがどう読者に向けてアピールしていくかということが大事だと思います。私は書評家さん、レビュアーさん、つまり手だれの読み手と言われる、読者が信用出来る読み手がすごく大事だと思います。ただ、不信感を持つ作家さんもいますし、私もこの本を紹介して欲しかったという気持ちもあったりしますので、作家自身がもう少し自分でプッシュしていくことも大切なのかもしれません。例えばTwitterやFacebookなど、作家が今は、自分で読者とつながれる時代でもあるので、もっと積極的にアピールしてみてもいいと思います。

――Twitter、Facebook、書き手と読み手の距離、もしくはかかわり方っていうのは大きく変わっていますね。


近藤史恵氏: 今は、読者の方が割とストレートに言いたいことを言ってきて、今は楽しいことの方が多いです。人によってはしんどいという方もいらっしゃいますし、読者自身も作家のプライベートは知りたくないということも絶対にあると思います。私も犬の写真をTwitterにのせたら、「そんなのばかり見たくない」と言われたこともあります。でもサイン会では、「犬の写真をもっと見たい」、と言ってくださる人の方が多かったりします。だから読者も作家も、自分で蛇口の水を調節するように、情報のボリュームを調節しなければいけないと思います。



母と娘の物語のように、スパンの長い新作を計画中。


――今後の展望についてお聞かせください。


近藤史恵氏: 書くことを続けていきたいです。小説の題材ですと、時間の流れが長い話を書こうということで、今、編集者の人と打ち合わせをしています。私は、これまでどの話も1ヶ月から3ヶ月のスパンで終わる話が多かったので、もう少し長いものを書いてみたいと思っています。例えば、お母さんと娘の物語をゆっくり書きたいです。私は器用なタイプではないのですが、「私の作品を読みたい」と言ってくださる人にちゃんと届くように、物語に対して誠実に、そして読者に対しても誠実でありたいです。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 近藤史恵

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